今日のお手紙

     

手紙社のリーダー格と大型新人。

2012年5月1日のお手紙

5月から7月にかけて、いくつかのイベントを手がけている手紙社。その、第一弾である「パンフェス」が、本日より始まりました。このイベントのリーダーは、「パルコテンチョウ」こと、フジエダ。昨年の9月に手紙社に入社してから、初めて自分で音頭をとったイベントです。

そして、今月の終わりに行われる「東京蚤の市」のリーダーは、番頭セソコ。6月に行われる「森のカフェフェス」のリーダーは、ワタクシキタジマ。まだ発表していませんが、7月に京都で行う予定のリーダーは、社長ワタナベ。意図的にやったわけではないのですが、なんとなく、こういう流れになって来ました。

ちなみに、イベントとは違いますが、秋に予定している久しぶりの著書は、京都のマスダがリーダー。手紙社のなかで、リーダーになれる人間が増えて来たのは、しみじみ嬉しい…と、昨夜、PARCOでパンフェスの準備をしながら思いました。彼らに続け! 若人よ!

本日5月1日をもって、もうひとり、リーダーになりうる、というか超大物が手紙社の仲間になりましたよ。むふふ。近々、みなさんに紹介する機会もあるかと思います。

“彼”も含めて、新生手紙社のメンバーを、WEBサイトの中で紹介するページを作りたいと思っているので、どうぞお楽しみに。

今日はこのあたりで。また明日。

ボサノヴァ食堂、今日から日曜日まで営業しています。おすすめは、夜!

2012年4月27日のお手紙

カフェ手紙舎、今日から日曜日まで「ボサノヴァ食堂」として、営業しております。ずばり、おすすめは夜。いつも雑貨が並んでいる棚にお料理を並べて、まるでスペインのBAR(バル)のように営業していますよ。

こちらは、フェイジョアーダ。豚肉のバラ肉と、レンズ豆、ひよこ豆、白インゲン豆を煮込んだものを、ごはんと一緒に食べます。ごはんは十六穀米。先ほど食べましたが美味しかったー! こちらはランチでも提供しています。

こちらは、トリモモのつめもの焼き。中にあるまるいのはオリーブ。周りのベーコンは、もちろん成城・城田工房のもの。

カウンター、こんな感じです。本当はもっと料理が並んでいます。そして、南アメリカ大陸の美味しいワインも取り揃えております。

日曜日の夜は、高砂隆太郎さんのライブもありますよー。

明日から3日間は、ボサノヴァ食堂! シェフが、予定しているメニューを描いてくれました。

2012年4月26日のお手紙

明日から3日間、手紙舎つつじヶ丘店は、「ボサノヴァ食堂」
調布PARCOでは1階で、「東京蚤の市」のプレイベント

臼井シェフが、ボサノヴァ食堂で予定しているメニューを描いてくれましたよ。こんなメニュー!!

お待ちしていまーす!!

就職活動をしている学生の方々へ、参考になるような、ならないようなお話。

2012年4月25日のお手紙

昨年の末当たりから、就職活動をされている学生の方々から、新卒採用の問い合わせをいただくことが多くなりました。手紙社、新卒採用を行えるほどの集団ではないので、お断り、というか「新卒採用を行う予定はありません」とお答えするしかないのですが、学生たちから送られてくるメールを読むたびに、現在(いま)の就職活動の厳しさを感じざるを得ません。

僕の就職活動の時は、バブルの最後の時代だったので(当時はもちろん、今年がバブルの最後、なんていうことはみんな思っていなかったので、つまりバブルのまっただ中だったのです)、いまの学生たちから見たら想像できないかもしれませんが、企業の就職説明会に行っただけで内定をもらえる、というようなことが珍しくありませんでした(シンジラレナイでしょう?)。いわゆる「売り手市場」だったわけで、多くの会社が、人を必要としていたのです。

余談になってしまいますが、あのときは企業側がどれだけ内定者を確保できるか、ということが課題だったので、内定解禁日(当時は、それが国によって定められていました。確か8月1日だったような)に、内定が出た学生たちを軟禁する、ということが公然と行われていました。「軟禁」といっても部屋に閉じ込めておくわけではなくて、内定記念パーティを盛大にやったり、内定者を全員ハワイ旅行に連れて行く企業もありました。なぜこんなことをやっていたかたというと、当時は、学生が2つ、3つの企業から同時に内定をもらうなんてことが当たり前だったのですね。ですので、一斉解禁日に、企業側は「踏み絵」をやるわけです。学生たちから見れば、かなり豪華な踏み絵ですよね(もっとも、その後すぐにバブルははじけてしまったわけで、一転、リストラが必要になった企業側から、僕たちの世代は「バブルの遺物」とか揶揄されることになるのですが)。

就職活動そのものだけを取ってみれば、あの頃に比べれば天と地ほどの差があると思います。何十社とまわってみても、内定の通知をもらえない辛さ。僕も経験がありますが、採用をしてもらえないということは、自分自身を否定されたような気持ちになるので、そういうことが何回も続くと、ちょっとやりきれなくなって来ますよね。自分の“力”には自信があるのに、そして、やりたいことはマグマのように体の中で燃えたぎっているのに、そのエネルギーを拾い上げてもらえない切なさ。一方で、周りには少しずつ内定が決まりだした同級生が増えて来て、次第に、自分に自信がなくなって来てしまう。これはかなりきつい。

もし、そういう状況に陥っている学生たちがいたら、僕は「就職活動なんてやめちまえ」と言ってしまいたい。就職をやめちまえ、と言っているわけではありません。そんな不憫な就職活動はやめても良いんじゃないかと(こういうことを書くと誤解を受けることがあるので申し上げておきますが、就職活動そのものを否定しているわけではありません)。

受けて落ちて、受けて落ちて、という繰り返しに快感を覚える人ならばどんどんやって良いと思うのですが、もしそうでないならば、そういう世界(やり方)だけにこだわる必要はないのではないかと思うのです。「真っ当に就職活動をして内定をもらいたい」というのは、言い換えれば「他の人と同じ集団にいることで安心したい」ということに他なりません。手紙社のWEBサイトをご覧になっている方は、ただお金を稼ぐために働きたい、ということではなく、「自らを表現することを飯の種にしたい」という人がほとんどだと思うので、他の人と同じやり方でやるのは、クリエイティブとは言えません(誤解のないように繰り返し言いますが、真っ当に就職活動をして内定をもらった人は、それはそれで素敵なことだと思います。そのやり方で、自分が働きたい会社に入れた人は素晴らしい)。

では、真っ当な就職活動以外にどういう方法があるかと言えば、もし、あなたが働きたい業種や、なりたい職業が決まっているなら、「なんとかしてその業界に潜り込む」という方法があります。

大切なのは人のつながりです。意中の業種や会社があれば、あらゆる方法を使い(いまは、facebookなどもあるので)、なんとかその会社のスタッフ(できれば社長)へのつながりをたどっていく。そして、例えば、目的の会社の社長を紹介してくれそうな人と知り合いになり、その人から、社長を紹介してもらう。人は、知っている人から誰かを紹介される際、まず断れないのでそういう方法をとる。

社長に会えたらどうするか? こう言うのです。
「インターンで良いので(つまり、給料はいらないので)働かせて下さい!」

手紙社のように、採用を行っていない会社はゴマンとありますが、では、それらの会社が、「人を欲しくないのか」と言えば、そうではありません。「企業は人なり」とはよく言ったもので、人材を採用する余裕がない会社でも、ほんの何パーセントかは、「優秀な人材がいたら採用したいかも」程度の気持ちは持っているものです。

「しばらく給料はいらないから働きたい」という優秀な人材が目の前に現れたら、きっと、基本的に採用活動をしていない企業の社長も、心が揺れます。実際、その人が3カ月インターンで働いて、一所懸命働いてくれて、優秀な人材だとわかれば、「正式に採用しよう」と思うのが、人の心です。

間違えては行けないのは、いきなり「給料はいらないので働かせて下さい!」と言っても、働かせてくれるわけはなく、あなたがその会社のどんなところを好きか、興味を持っているか、というのを、真摯にアピールする必要があります。

ちょっと話がそれます。よく、面接の際に、自分がどれだけ優秀か、というアピールに終始する人がいますが、よろしくない。特に就職経験がない人たちは、採用する側にとっては、ぶっちゃけ「一緒に働いてみないとわからない」というところが多分にありますので、どれだけあなたが自己をアピールしても、「なるほど、この人は仕事ができるだろうな」と納得することはあまりありません。

アピールするならば、その会社への知識、愛。おおよそ採用の面接は恋愛と同じようなところがあって、たとえばあなたが告白されたとして、相手が自分の自慢ばかりするような人だったら嫌でしょう? それよりも「あなたのこう言うところが好き」と言われた方が、人の心は動くものです。そしてそれは、より具体的で、(ストーカーにならない程度に)ありきたりでない方が良い。例えば、「あなたの目が好きです」と言われるよりも、「あなたの声、とてもきれいで好きです」と言われたほうが、ぐっと来ませんか(来ない?)。

例えば、手紙社が採用の面接をしているとして、面接に来た人が、「『かわいい印刷』の第●章の構成が好きなんです」とか、「『今日のお手紙』の2011年10月●日のお手紙に感動しました」とか言われたら、かなり悪い気はしないですし、「この人、よく見てくれているな」と好印象を持つと思います。

閑話休題。
もし、自分が働きたい業種や職業が決まっていて、それでも就職活動がうまく行かず、心を擦り切らしているようだったら、方法はひとつではないよ、と言ってあげたい。「内定」をとることがゴールではないよ、と言ってあげたい。

先にも書いたように、手紙社は採用活動は行っていないのですが、昨年から今年にかけて、3度くらい、僕に直接「手紙社で働きたいんです」と言ってくれた、就職経験がない若者がいました。その度に「今は無理だから」と断って来たのですが、ちょっと仕事を手伝ってもらう機会があったり、接しているうちに彼の真摯さに心打たれるようになりました。その彼が、明日手紙社に入社します。これは、本当に特異な例かもしれませんが、こういうこともあるので。

これまでで最長くらいのお手紙になってしまいました。お付き合いありがとうございました。また明日。

恋愛中は言えなかったけど、別れるときになって初めて、相手が思っていることがわかった…みたいな。

2012年4月24日のお手紙

わけあってこの数日、何人かの方と、ちょっぴり切ないメールのやり取りが続いているので、なんというか、軽い失恋をしたような気分になっています。恋愛中は言えなかったけど、別れるときになって初めて、相手が思っていることがわかった…みたいな。そんなことってありますよね。

僕たちはなぜ、誰かとコミュニケーションを取るとき、思っていることを言えないのでしょうね。相手を傷つけることや、嫌な思いをさせることを言わないというのは理にかなっていると思うけれど、相手への好意や、良いと思っていること(=褒めること)など、ふだん面と向かって言えないのはなぜなのでしょう。

よく言われるのは、そういうのは「日本人の特性」というお話。アメリカの人とか、褒めるの上手ですもんね。本当に褒めているかどうかは別として、悪い気はしないですけど。

でもまあ、“このくらい”のほうがいいような気がするなぁ。何かの節目に、「あの人は本当はこんなことを思ってくれいたんだ!」というのがわかるほうが、情緒があるような気がします。あの人は、そんなことを思ってくれていたんだ。今僕は、しみじみと、そんな世界にいます。

今日はこのあたりで。また明日。

手紙社のちょっとした記念日のお話。

2012年4月23日のお手紙

手紙社のちょっとした記念日のお話。それは、4月21日。一昨日の土曜日の朝のことです。手紙社のtwitter(@tegamisha)のフォロワーが1万人を超えました。twitterのフォロワー数がどうのこうの、という時代ではないことはわかっていますが、ちょっとウレシイ。

なんというのでしょうか、芸能人が「twitterを始めました。フォロワーがあっという間に1万人になりました」というのとは、同じ1万人でも違うと思っています。こつこつ積み上げて来た1万人。「情報発信」が命綱の僕たちにとっては、それを絶え間なく、みんなで続けて来られたという証拠かなぁと…。小さな勲章。

twitterをフォローして下さっている人たちは、手紙社にとっては「審査員」のようなものだと思っています。自分たちのツイートがリツイートされた数というのが一目瞭然でわかるので、それが価値があるものなのか、そうではないのか、審査されている感じ。実際に、twitterの反応から生まれた本や企画もあるので、実質的にたいへん助けられています。これまで、フォローして下さったみなさまに感謝を申し上げます。

次なる目標は、フォロワー10万人!? でも、これまでのペースで行くと、10万人に到達するためには、あと18年かかるので、そのときまで、twitterは存在するのか? 手紙社は存在するのか? 僕の髪の毛は存在するのでしょうか? 

なくなる可能性が高い順から、僕の髪の毛→手紙社→twitter、でしょうね(これには、髪の毛はなくなってもいいから手紙社は存続して欲しい、という願望が含まれていますw)。

今日はこのあたりで。また明日。

都市生活者の、静かなる幸福を深夜のデニーズで思う。

2012年4月20日のお手紙

昨夜のお話。調布PARCO店にて「バースデーカード展」のディスプレイが終了した後、夕ご飯を食べようと、いきつけのラーメン屋に駆け込んだのですが、閉店時間になってしまい、ギリギリアウト。ならば、と、もうちょっと閉店時間が遅いであろうラーメン屋に駆け込んだのですが、こちらもギリギリアウト。こうなるともう、ファミレスしかないんですよね。そう、「深夜の社員食堂」と言われている(?)、デニーズ国領店。

デニーズに着いたのは、深夜0時になろうとしている時で、僕たちが座った禁煙席には、僕たちの他に、3組(3人)のお客さんがいました。面白かったのは、みな、“同じ”ことをしていたのですね。3人とも、片手に文庫本を持ちながら、食事をしていたのです。

僕は、彼らの姿を見て、直感的に、「3人ともひとり暮らしに違いない」と思いました。「そりゃあ、こんな時間に外食をしているわけだから(家にかえっても食事の準備をしてくれる人がいない可能性が高いわけだから)、ひとり暮らしの可能性が高いでしょう」という声が聞こえて来そうですが、そういうことでもないんですよね。

僕も、18歳の時に東京に出て来て以来、ひとり暮らしの期間が長かったのですが、やはり、こういう経験がよくありました。仕事で帰りが遅くなったときに、コンビニのお弁当を買って食べるのも味気ないし、なんとなくそのまま家に帰るのも寂しい。そのまま帰ると、一日が仕事で終わってしまうような気がして、一日が終わってしまう前に、「ハッピーな時間を過ごした」という段階を踏んでおきたい。この時間だとファミレスしか開いていないけど、あたたかいものを食べて、読みかけの本を読もう…、という、そういう感じ。小さな寂しさと、小さな幸せが入り交じった、静かにあたたかい時間。

昨日、デニーズで見かけた3人を見て、そんなことを思いました。都市生活者の、静かなる幸福。寂しさに裏打ちされた幸福とでもいうのでしょうか。深夜のデニーズも悪くないものです。

今週はこのあたりで。みなさん、素晴らしい週末を。

「2大儲からないジャンル」と言われている「カフェ」と「雑貨店」を経営している男のつぶやき。

2012年4月19日のお手紙

店舗経営の中で「2大儲からないジャンル」と言われている「カフェ」と「雑貨店」を経営している手紙社ですが(かなり自虐的な始まり方ですが)、そりゃあもう、みんなで毎日試行錯誤しながらやっているわけです。

「店」というやつの意地悪なところは、毎日毎日売上がわかってしまうところで、これにかなり揺さぶられわけです。一喜一憂とはよく言ったもので、「よっしゃ行ける!」と思った次の日は、「だ、だめかもしれない」と思ったり。本来なら、長期的な目で見つめていかなければ行けないのですが、なかなかそうは行かないよなあ、兄弟。

できることなら「憂」より「喜」の割合をなるべく多くしたいわけで、毎日毎日考え、みんなで話し合い、「カンブリア宮殿」や「プロフェッショナル 仕事の流儀」や「ソロモン流」を見て刺激を受けたりして、もがいている。

必死にもがいているときに、「カフェは儲からない」「雑貨屋は儲からない」という声が方々から聞こえて来て、また揺らぐわけですが、そんなとき、僕が拠り所にしていることがあります。それは、多くの人が「no」と言っているときは、「yes」の方向に行った方が、チャンスが広がると言う経験。みんなが「ダメ」ということは、それだけ競合が減るということで、「チャンス」じゃないのかと。そして、こう唱えるのです。

自分たちのやり方があるはずだ。
自分たちのやり方があるはずだ。

と。

そしてまた、今日も考えるのです。

大人のみなさん、静かに燃えて行きましょう。

2012年4月18日のお手紙

先週の北海道出張では多くの人に出会いました。初日の夜には、札幌にて、E隊長がセッティングしてくれた「森のカフェフェス実行SVT」(SVTとは、S=super V=volunteer T=team の略)の会合があり、20人以上の頼もしき仲間たちが集ってくれました。みなさん、非常に個性が強い、実力者ばかりで、頼もしい。

こう実力者ばかりが顔を揃えると、「この人には敵わないな」という人が何人もいて、“静かに”、燃えて来ます。

若い時は、こういう場面では、“激しく”燃えていました。燃える炎の正体は何かというと、「嫉妬心」なんですよね。「チクショー、負けないぜ! オレはあの人を超えてやる」という。

若い頃なら誰しも経験する「根拠のない無敵時代」。今考えるとかなり恥ずかしいのですが、つまり、あれです、あれ。「俺はまだ本気出してないだけ」。「リアルな自分」を客観的に眺める余裕がない、あの頃。

一方で、年齢を経て来ると、良くも悪くも「自分」の特徴…できること、できないことがわかってくるので、「敵わない」という人が現れたときに、「では、自分は何をするべきなのか」と、問うようになるのですね。これが“静かな炎”の正体。

大人のみなさん、静かに燃えて行きましょう。

今日はこのあたりで。また明日。

出発(たびだち)の季節なのでしょうか。

2012年4月17日のお手紙

出発(たびだち)の季節なのでしょうか。僕の周りにいる、多くの人が、出発とうとしています。思えば自分自身も、4年前、出発ったのは、春でした。

住み慣れた“場所”を離れて、新たな地へ出発つには、大きな勇気を必要とします。だから、その道を選んだ人には、大きな祝福の拍手を送りたい。それだけで、価値があるからです。

自分の足で、自分が選んだ道を歩くこと以上に、価値があることは、そう人生にはありません。

がんばれ、ガンバレ、頑張れ。

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