tegamisha

そのカレンダーに出合ったのは今から4年前。
独特の細長い紙片の中に、「この場所しかない」
というような具合で、静かに佇んでいる写真。
その美しい写真からは、それを撮影した人の美学や、
暮らしの匂いのようなものが漂ってきました。
「花と果実」「器と骨董」というカレンダー作りを続けて
今年で9年目。2009年のカレンダーの制作が
追い込み時期に入っていた2008年9月上旬、
椿野恵里子さんの“言葉”を聞くために、
大阪市にある、古い集合住宅の一室を訪ねました。

|第8回|“写真”という表現を選んだ理由|

お手紙 改めてお聞きしたいのですが、椿野さんはご自身を表現するものとして、なぜ「写真」を選んだのでしょうか? 音楽で表現する人もいますし、文章や料理で表現する人もいる。椿野さんにとってそれが写真だったということについて、ご自分ではどう思われますか?

椿野 そうですね…たとえば、もし私が、絵がすごい上手だったら、絵でも良かったんだと思います。でも私は自分が思うようには描けないので。絵を描いても、「自分が伝えたいものや、イメージはこうじゃないな」って思ってしまうんです。写真がいちばん伝わる手段だったんですよ。差がないというか。自分が見たものを表現する、相手に伝えようとするときに、写真がいちばん思っていることを上手く伝えられる、スムーズな手段だったからだと思います。だけどやはり、写真より絵にはすごく惹かれています。

お手紙 なるほど…。椿野さんの本を読んでいて、「椿野さんは、美しい絵というか風景みたいなものがいつも頭の中にある人なんだろうな」って思ったんですよね。美しい絵とか風景を見たときに、きっと他の人よりも美しいと思えるんじゃないかって。

椿野 そうですね。もしそうだとしたら、そのことさえも幸せと思わなければいけないな、と思っているんですね。何かを美しいと思えることを。植物や道ばたに咲いている花を「きれいだな」と思えること自体が幸せだと。何かの本で「人は何気ない植物を『美しい』と感じることができて、初めて人は人になる」というようなことが書いてあったんですよ。多分、何かを愛することが、人が人になることの一歩だという、そういった意味だと解釈をしているのですが。「すごいわかる!」と思って。私は、ただそのことだけで、今まで成長してこられたんだと信じているんです。

お手紙 椿野さんのカレンダーを見ても、本当に「そうなんだな」って思います。植物に対する愛を感じるというか。

椿野 ありがとうございます。でも、今後違うことで表現できるものがあれば、そっちになるかもしれませんよね。もしも、写真がなくても文章だけで描写できるようになったら、写真は必要ないんじゃないかと思ってしまうかもしれないし。急に絵を描きだすかもしれないですしね(笑)。日本画はいつかやってみたいんです。

お手紙 そうですよね。そういうものだと思います。

椿野 たまに、私が写真に文章を付けることについて「どうしてですか」と聞かれることがあるんです。「写真は全てを埋めるものだから、言葉はいらないんじゃないか」ということを言われて。初めて言われたときにはすごい悩んだんですね。実際にちょっと落ち込んだりもして。それって否定的な意見なので「そういうことを言われてもなぜ自分はやるんだろう?」って自分なりに考えたりしたんですよ。それで思い至ったのは「私はまだ、写真に思いを込めることを模索してる途中なんだ」ということです。最近思うのは、写真に付ける言葉を書き始めたことによって、前よりもっと写真を撮るときの思いが、深くなってきているんですね。自分の中で、撮るときの姿勢が明らかに変わってきていて。被写体に対する思いも以前と変わってきているので、このまま何年か続けていたら、写真にもっと力が付くかもしれないと思って。そしたらいつか本当に写真に言葉はいらなくなるかもしれないと思って、「だから、その過程で今は文章を書いているんだ」と思うことにしたんです。まだ自分は途中なんです。

お手紙 写真に言葉が添えてあると、それを見る方が写真のバックグラウンドを想像したり、物語を作りやすいと思うんですよ。よくそういう議論がありますけど、言葉が付いてる写真があっても、全然いいと思うんですけどね。

椿野 今は私もそう思ってます。「世の中にはいろいろな考えがあるし、否定的な人もいるんだろうな」くらいに今は捉えていて。まずは近くにいる人やカレンダーを買ってくれた人が理解してくれればいいかなと思って。でも書いた言葉について、皆さんに感想とか、感じ取ったこととかを聞いてみて、私は読む側の「感じ取る力」みたいなものを、もっと信じなきゃいけないんじゃないかとも思いました。伝わらないんじゃないかと思って、言葉をいっぱい書いちゃうんですよね。そんなに書かなくても相手には伝わるということを、もっと信じていいんじゃないかと思ったんです。加減が分からないから、自分で見てもいっぱい書いちゃってるんですよ。でもそこまで言わなくても、ちゃんと伝わることが分かりました。

お手紙 最後に伺いたいのですが、カレンダーを買ってくれた人がどのようにそれを使ってくれたら嬉しいですか?

椿野 やっぱり、私と同じように使っていてくださったら嬉しいですね。時々すごい大事に使ってくださって、「額に入れてます!」とか言われることがあるんですけど。それも、もちろん嬉しいですけどね(笑)。でも、もう、ペタって。あの辺に貼ってあるみたいな、そんな感じでいいんです。皆さん申し訳なさそうに「トイレに貼ってます…」とか言われるんですけど、「あ、もう全然いいです!」って(笑)。そんな風に暮らしに馴染んでいるのを聞く方が嬉しい。自分の家に合うように使っていますと言われる方が嬉しくて、どう使うかは使う方の自由なので、そこに私の理想はないんです。やっぱりその家で、その家の風景にそれが入っていたらそれがいいなって思います。そして気がつくと「そういえば毎年このカレンダーを使っていたなぁ」って思ってもらえるような。そういうのがいいと思っています。

お手紙 素敵だなあ。今日は本当に楽しいお話をありがとうございました。

椿野 こちらこそ、ありがとうございました。

終わり

椿野恵里子さんからのお知らせ

風景のあとに-カレンダーのくれたもの

椿野恵里子さん初めての著書。椿野さんがカレンダーを制作する上で大切にしていること、ご家族とのエピソードなど、椿野さんの表現のルーツが見えてくるような一冊。写真はもちろん、文章の一文一文が、詩を読んでいるようで美しい。

種まきノート-ちくちく、畑、ごはんの暮らし

椿野さんが撮影を担当した、高知県の山間に暮らす布作家・早川ユミさんの初エッセイ。何ともいえない“暮らしのコク”が漂ってきそうな写真は椿野さんならでは。この本の撮影中に出合ったスイカが2009年のカレンダーに使われた。

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