あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。映画部門のテーマは、今月から新シーズン「○○の素晴らしさを思い知った映画」シリーズがスタート。初回は、「あの俳優の素晴らしさを思い知った映画」です。その“観るべき10本”を選ぶのは、マニアじゃなくても「映画ってなんて素晴らしいんだ!」な世界に導いてくれるキノ・イグルーの有坂塁さん(以下・有坂)と渡辺順也さん(以下・渡辺)。今月も、お互い何を選んだか内緒にしたまま、5本ずつ交互に発表しました! 相手がどんな作品を選んでくるのかお互いに予想しつつ、相手の選んだ映画を受けて紹介する作品を変えたりと、ライブ感も見どころのひとつです。
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お時間の許す方は、ぜひ、このYouTubeから今回の10選を発表したキノ・イグルーのライブ「ニューシネマ・ワンダーランド」をご視聴ください! このページは本編の内容から書き起こしています。
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−−−乾杯のあと、恒例のジャンケンで先攻・後攻が決定。今月は有坂さんが勝利し、あえて後攻を選択。それでは、クラフトビールを片手に、大好きな映画について語り合う、幸せな1時間のスタートです。
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渡辺セレクト1.『ダークナイト』のヒース・レジャー
監督/クリストファー・ノーラン,2008年,アメリカ,152分
有坂:うん、うん、はい、はい。
渡辺:これはね、『ダークナイト』、バットマンシリーズの作品で、クリストファー・ノーランが手がけた。新シリーズのバットマンの中で、ジョーカーを演じたのが、ヒース・レジャーです。やっぱりそれまでのジョーカー像を、大きく一新させた役柄だったなと思います。ヒース・レジャーにしても、もう本当に代表作というのは、これでできたという。本当に何ていうんだろう、完全に主役を食っちゃったタイプの役どころでした。もうこの年のね、本当にベスト級の作品だったし、やっぱりなんといってもジョーカーがすごいっていう。ジョーカー、「あのジョーカー」みたいなやつの代名詞になっちゃうような、そんな役どころでした。確か、アカデミー賞も獲ったのかな。
有坂:獲った。
渡辺:助演男優賞でっていうのもある、かなりインパクトのある役柄だったなと思います。ヒース・レジャーが、この映画が公開する前に、なんと亡くなってしまったっていうのもあって、なんかそのドラッグなのか、薬物の過剰摂取だったからとか、いろいろ言われているんですけど、とにかくそういう状態で映画の公開を待たずに、亡くなってしまうというところも話題となった作品でした。
なんで、本当にヒース・レジャー最後の最後に代表作だったし、なんかいろいろな意味で印象に残る役どころと作品だったので、まずは1本目、『ダークナイト』のヒース・レジャー、ジョーカーですね。
有坂:だよねー。これさ、もうそもそもバットマンじゃん? バットマンってことを忘れるぐらいジョーカーが前面に出すぎて、そもそもバットマン、「誰がやっていたっけ?」って見たらさ、クリスチャン・ベイルだよ。クリスチャン・ベイルだってやばい俳優でお馴染みなのに、それぐらいバランスがね。あとさ、歴代のジョーカーってさ、本当に名優がやっていて、このクリストファー・ノーランの前は、ティム・バートンが『バットマン』をつくって、そのときはジャック・ニコルソン。ヒース・レジャーの後はホアキン(・フェニックス)。『ジョーカー』ってやつで、ホアキンは、よくこのヒース・レジャーがつくり上げたジョーカー役を引き受けたなと。もっと言うと彼しかやれないぐらい。また更新してしまったけど。
渡辺:いやそうなんだよね。
有坂:あと、やっぱりこれは、アメコミ映画にアレルギーを持っている人さえも引き込んだ。それはもう、ノーランの世界観のつくり方とか、今まで陰と陽といったら、陽の印象が強かったバットマンシリーズが、一気にね、暗い話になったよね。
渡辺:そうだね。
有坂:その象徴だね。
渡辺:という1本目でございました。
有坂:だよね。これは間違いないね。じゃあ、僕の1本目は、一番最新作というか、去年公開の映画からいこうと思います。
有坂セレクト1.『TAR/ター』のケイト・ブランシェット
監督/トッド・フィールド,2022年,アメリカ,158分
渡辺:なるほど!
有坂:これはベルリン・フィル初の女性マエストロ、リディア・ターという役を、これは実在した人物ではなくて、ベルリン・フィル初の女性マエストロっていう役をフィクションとしてつくって、その女性マエストロ役をケイト・ブランシェットが演じたんですけど、もう天才にして、ストイックで、傲慢で、かつ実はすごく繊細でみたいな。本当に難しい役どころを。ケイト・ブランシェットの演技力だけではなくて、僕がこの映画が本当に素晴らしいなと思ったのは、その映画の役者ってさ、演技が上手い、下手だけで評価はできないなと思っていて、要は監督がつくり上げる世界観の中に、バチッとはまってないとさ、浮いちゃうじゃない。そういう意味で、本当にこの映画は上品で、品格のある映画の中の中心にいる女性マエストロを、やっぱりケイト・ブランシェットが生まれ持った品格で、もう演じ切ったっていうことが、本当にもう監督とケイト・ブランシェットの出会いが、本当にありがとうとしか言えないし、そういう彼女の魅力があってこその映画として、トッド・フィールドも、『TAR/ター』という作品にしたのかなと思います。で、ケイト・ブランシェットってこの映画を観た人なら誰しも、「これでオスカーを獲ったよね」って、もうみんな思うと思うんですけど、でも実はノミネートだけで、主演女優賞は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のミシェル・ヨーが獲っているので、これはね、歴史が時間が経てば経つほど、どう評価が変わっていくかってところも見どころですけど、でも、ケイト・ブランシェット自身は、今までオスカーは何度か獲っていて、『ブルージャスミン』という映画で、ウディ・アレンの映画で主演女優賞も獲っています。『ブルージャスミン』と『TAR/ター』を、今回あらためて比べてみて思ったけど、さっき言ったように、俳優の演技力だけでは測れない、俳優の価値っていうのは。その意味で、ウディ・アレンのつくる映像世界と、『TAR/ター』の映像世界ってやっぱり違うじゃないですか。ウディ・アレンのほうが、もうちょっとフィクションっぽいというか、「映画の世界だな」って安心して楽しめる世界観だなと。だけど、『TAR/ター』は、本当にもうドキュメンタリーを観ているかのような、本当にこのベルリン・フィルの一般の人が立ち入れない高尚な世界を体感できるみたいな、そういった意味では、やっぱり『ブルージャスミン』より、僕は『TAR/ター』のほうが、圧倒的に彼女の魅力が、作品として表現されているなと思いました。
渡辺:いやー、すごかったよね。日本だとさ、アカデミー賞より後だったじゃん、公開が。だから分からなかったんだよね。しかもエブエブ旋風だったから、もうアジアの風が吹いていた中で、それはミシェル・ヨーだってなって。で、一段落してから『TAR/ター』が公開されて、「あれ?」って(笑)。
有坂:絶対こっちでしょって。
渡辺:あれって、日本だとそういうタイミングだったからね。
有坂:でも、これは本当に一世一代の名演と言ってもいいぐらいの役を、彼女が演じた。
渡辺:素晴らしかったね。なるほど! 好きだね。
有坂:いやー、これはちょっとびっくりしたよね。ケイト・ブランシェットが名女優なんてことは、とっくに分かっていたのに、そこを超えてきたから。そんなことあるんだね。
渡辺:よし! じゃあ、僕の2本目はですね。これにしようかな。ちょっとさっきの話とつながる流れで、2022年公開かな、アメリカ映画。
渡辺セレクト2.『カモン カモン』のホアキン・フェニックス
監督/マイク・ミルズ,2021年,アメリカ,108分
有坂:うんうんうん、なるほど。
渡辺:さっきもちょっと話出たんですけど、『ダークナイト』のジョーカーをヒース・レジャーが、もう過去最高のジョーカーをやった後に、『ジョーカー』って映画でホアキン・フェニックスが、更新してきたっていうですね、とんでもないことをやったんですけど、やっぱこのホアキン・フェニックスってすごくて、その後に公開したのがこの『カモン カモン』ですね。ジョーカーっていう、得体の知れない、とんでもない殺人鬼をやった後に、この蚊も殺せないような、優しさしか感じない男をその後にやって、本当にそういう人にしか見えないっていう、けっこう前の役とかインパクトある代表作に引っ張られちゃう役者さんって多いんですけど、ホアキン・フェニックスは、本当にそれを感じさせないすごさっていうのがあるんですよね。この後に、『ボーはおそれている』を最近観たんですが、下高井戸で。ちょっともうほとぼりも冷めてきたので観られると思ったら、本当すごくて。また全然違う、災難しか起こらない、常に怖がっている。「なんで僕なんだよー」みたいな(笑)。
有坂:への字の眉毛でね。
渡辺:全然違う役をやっていて。やっぱりキャラづくりが、この人、本当にすごいんだなっていうふうに思いました。ボーも本当にすごいキャラづくりだったし、『ジョーカー』を観て、その後の『カモン カモン』を観ているからこそ、本当にこの人は狙ってこの役を、ちゃんとつくり上げているっていうのはわかるんですけど。で、この『カモン カモン』は、映画自体もめちゃくちゃ素晴らしい。この年のベスト映画だった。
有坂:お互い、ベスト映画だったね。
渡辺:映像もモノクロですごい綺麗で素晴らしくて、この甥っ子の少年との心の交流の話なんですけど。本当に不器用で、ちょっと奥手で、遠回しな優しさなんだけど、それがこの人の人間のあたたかさが出ているみたいなことを、本当に観ているだけで感じてしまうっていう。それこそ本当に演技力なんだなっていうのを、分からせてくれる作品ですね。しかも、ホアキンって、ちょっと補足なんですけど、昔の作品でやらかしていて、『容疑者、ホアキン・フェニックス』っていう、フェイクドキュメンタリーっていうのかな? ドキュメンタリー映画をつくっていたんですけど、ホアキンが、そのときにも役者として名声があったんですけど、「役者は俺は辞める」って言って、「ラッパーになる」って言い出したんです。ラッパーになるって言って、みんなが大反対して、「どうしたんだホアキン」っていうのを、ドキュメンタリー映画として映していたっていう、結構長いことやってたんだよね。1年とか2年とか、ずっと俺はラッパーになるって言って、本当にCD出したりして、下手くそすぎてブーイング食らったりしてるのを、本当にずっとリアルでやっていて、みんなが心配した最後に、「ウッソー」って言って、ドッキリでしたっていうのをやったんですね。そしたら、大バッシングを食らって、「本気で心配したのに」っていって、映画業界から干されちゃったんですよ、実は。何の映画にも出ていなくて、役が回ってこないっていうのを乗り越えて、またアカデミー賞を獲るような、そのへんを、マイナスからまた這い上がって、とんでもない名優として、また君臨しているっていうね。本当にいろんな人生が、遡っても面白い役者さんっていう。
有坂:そもそもさ、リバー・フェニックスの弟じゃん。
渡辺:お兄さんがね。
有坂:もうその十字架を背負って、お兄ちゃんが亡くなっちゃって、残された弟のプレッシャーたるや。そこから始まっている彼の人生で、これだけ名優として確立しているっていうのはね。
渡辺:そこを更新し続けているので、本当に今を代表する名優かなと思います。
有坂:そうだね。好きだね。
渡辺:大好きです(笑)。ボーを観ちゃったからね、最近。
有坂:そうか。はい、わかりました。じゃあ、そんなホアキン・フェニックスと、まったく違うタイプの俳優さん、いきたいと思います。
有坂セレクト2.『紀子の食卓』の吉高由里子
監督/園子温,2005年,日本,159分
渡辺:なるほど!
有坂:これはもう衝撃的すぎた! 天才っているんだなって。これ、2005年の映画で、やらかしてしまった園子温監督が、『愛のむきだし』で、彼はメジャーなフィールドでブレイクしたと思うんですけど、それよりも前の作品でここにも出てますけど、主演は吹石一恵、つぐみとか、あと光石研とか、まだ光石研も今ほどメジャーではなく、映画好きの中ではもちろん有名ではあったけど、なんかいいラインを揃えたなと、名優的な。でも、この吉高由里子っていう人は、調べてみたらこのとき16歳で、新人で、彼女は知らなかったけど、つぐみとか、自分が楽しみにしていた名優たちを軽く食っちゃうぐらい。「誰なんだこの子!」みたいな。で、調べてみたら吉高由里子という女優さんで、デビュー作で、というのが分かりました。この映画自体は、園子温の映画らしく、ちょっと変わった設定で、田舎で暮らしていた吹石一恵演じる紀子が、お父さんともめて、インターネット掲示板で知り合った人とレンタル家族の仕事を始めることになるのだが……っていう、いわゆる日本の家族の原型の一家団欒みたいなもの。もちろんそういう家族もいっぱいいるけど、そうではなくて、一家団欒に見える家族の中にも、いろんなブラックな部分とか、影とか、毒とかあるよね。そういう日常の中に潜む嘘みたいなものを暴いていくみたいな、それを、ちょっと園子温らしい、ちょっと刺激的なフィクションとして映画化した作品で、個人的には園子温映画の中でもトップクラスに好きな映画ですけど、やっぱりもう公開から20年近く経った今、改めて吉高由里子のデビュー作としての価値がどんどん高まっているなと思います。やっぱり全体のバランスを崩すことなく、ただ圧倒的に『ダークナイト』でいうヒース・レジャーみたいに、みんなを食ってしまうぐらいの存在感で映画全体を支配しちゃうんですよね。それを16歳の新人ができるっていうのは、そんな新人、それ以降現れたかなっていうと、いないんですよね。なので、現時点での吉高由里子の好き嫌いはあるにしても、本当にデビュー作でここまでできてしまう人がいたっていう、記録としてもすごく価値がある作品なので、ぜひ勇気を出して観てほしいなと思います。
渡辺:勇気がいるの? すごい覚えているよ、当時言っていたの。「すごいのが出てきた!」って。
有坂:当時?
渡辺:激推しされたもん。それで観た覚えがある。園子温も、まだキレキレのすごいのが出てきたみたいなときだったじゃん。
有坂:まだアンダーグラウンドな時代だからね。
渡辺:そこに、すげぇ女優が出てきたみたいなのが、すごい覚えてる。
有坂:だから、言わずにはいられないレベルの
渡辺:今、大河ドラマの主役だからね。紫式部ですよ。
有坂:ねぇ、もうその人の原点ですよ。
渡辺:こうやって出てきたんだを、ぜひ目撃してもらえると。
なるほど。じゃあ、僕の3本目は、またちょっと続ける感じで。2015年のアメリカ映画です。
渡辺セレクト3.『キャロル』のルーニー・マーラ
監督/トッド・ヘインズ,2015年,アメリカ,118分
有坂:おお、うんうん。
渡辺:この『キャロル』って映画は、女性2人が主人公なんですけど、ルーニー・マーラと、もう一人がケイト・ブランシェット。さっきの『TAR/ター』ですね、その主人公。で、ルーニー・マーラの恋人が誰かっていうと、ホアキン・フェニックスなんです。
有坂:好きだねぇ。
渡辺:というところで、ちょっとつながってはいるんですけど、リアルな恋人ですね。この映画の中では、ルーニー・マーラとケイト・ブランシェットが恋人同士なんですね。で、すごいなと思ったのがケイト・ブランシェットは、もう金持ちのマダムなんですね。ルーニー・マーラが、高級デパートの店員なんですけど、そこにケイト・ブランシェットが買い物に来て、2人は出会うんですけど、無言のうちに目と目があって、そこで一目惚れするっていう。そういうシーンがあるんですけど、これがめちゃくちゃすごいんですよね。何の会話も交わさないのに、視線と視線だけで、「この人たち一目惚れした」っていうのがわかるっていう。そのシーンが本当に名シーンで、映画自体も素晴らしいんですけど、そこをこのケイト・ブランシェットっていう大女優を相手に、しっかりやってのけたというところで、ルーニー・マーラのすごさ。ルーニー・マーラの『ドラゴン・タトゥーの女』とか、結構キレキレな役とかやりつつ、そういうちょっとキワモノできるみたいなだけじゃない、ちゃんと正統派で大物女優を相手に思いっきり立ち回れる、そのへんの実力を見せた作品でもあるかなと思います。というので、ちょっと本当にこの一目惚れシーンは、名シーンなので。
有坂:そうだね。
渡辺:それを観るだけでも価値があると思うので、ぜひこの『キャロル』をそういう意味でも観てもらえると嬉しいなと思います。
有坂:これ、あれだね、さっき僕が紹介した『TAR/ター』と同じで、作品にすごく品があって、その世界観にこの女優二人の生まれ持っての品の良さみたいなものもハマっているから、すごい世界観だけでも楽しめるし、今、順也が言った視線の交わすところとかって、それって映画の醍醐味だと思うんだよね。言葉を交わして「愛してます」って言うんじゃなくて、目と目があっただけで、そのテンポとか、そういうところで観ている側をゾクゾクさせるような演出は、本当にやっぱり監督の力もあるし、それに応えた名女優二人。
渡辺:本当に。これ原作がパトリシア・ハイスミスなんですね。パトリシア・ハイスミスらしい、話ではあるっていう感じですね。
有坂:『太陽がいっぱい』とかね、アラン・ドロンの。『リプリー』とか。そうか、なるほどね。じゃあ、僕の3本目は、アメリカ映画いきたいと思います。2009年の作品です。
有坂セレクト3.『イングロリアス・バスターズ』のクリストフ・ヴァルツ
監督/クエンティン・タランティーノ,2009年,アメリカ,152分
渡辺:なるほど、確かに確かに。
有坂:この『イングロリアス・バスターズ』は、クエンティン・タランティーノがつくった2009年の映画で、タランティーノ映画は推し俳優だらけ。『レザボア・ドッグス』も『パルプ・フィクション』も『デス・プループ』も、ただやっぱりものすごいインパクトとして残ったのは、僕の中でのクリストフ・ヴァルツで、というのもこの人のこと知らなかったんですよ。この存在を。名前も知らなかったし、まったくノーマークなところから、結果的にヴァルツはこの映画で、オスカーを獲ったんですよね。助演男優賞。それで一気にブレイクしたんですけど。もともと、やっぱり彼はドイツで舞台とかを中心に活躍していた人で、映画もそんなに出ていなかった。その『イングロリアス・バスターズ』のオーディションにふらっときて、タランティーノが心を奪われて、キャスティングしたらしいんですけど。タランティーノ的には、この『イングロリアス・バスターズ』って、これはオリジナルになる映画があって、それがもともと大好きで、それを自分なりにリメイクする。さらに、自分の書いた脚本に、まさに傑作ができた! みたいな。で、このランダ大佐っていうクリストフ・ヴァルツ演じる役は、自分が今まで描いてきた数あるいろんな面白いキャラクターの中でも、最高のキャラクターができた。だからこそ、これを演じられる人が果たしているのかってことで、オーディションで、敵役がまず見つからないからオーディションしたら、クリストフ・ヴァルツが現れて、彼しかいないって惚れ込んで、キャスティングさせたら、タランティーノの想像を超える演技で彼が応えたっていう意味で、タランティーノもキャリアもある程度積んできた中で、改めて俳優という職業へのリスペクトとか、可能性を感じた作品でもあると思いますし、そんな彼と出会ったことで、彼を生かす場面を本当に力を入れてつくっているなっていうのが、この『イングロリアス・バスターズ』の第1章。これ、本当に映画史に残るプロローグ。
渡辺:オープニングのね。
有坂:そう、オープニング、本当に素晴らしくて。
渡辺:ユダヤ人を探しに来るんだよね。かくまっているんじゃないかって。
有坂:そう、田舎の家にね。で、英語とドイツ語の言葉のやり取りとか、ちょっと説明しちゃうと面白くないんで、そこは省略しますけど、ただ映画の冒頭で出てきます。その映画の観客が楽しみに物語に入っていった、その冒頭の部分で、ものすごくみんなの心を掴むのがこのクリストフ・ヴァルツ演じる、ランダ大佐です。とにかく、もうこれは緊張感にあふれるオープニングシーンで、観ていてゾクゾクするような映画史に残るワンシーンなので、これを観た人は、みんなクリストフ・ヴァルツに夢中になるはずです。後に、ここからどんどん彼は映画界のキャリアを積んで、今や名優の一人と言われています。これは、ぜひ観てほしいなと思う。
渡辺:これで本当にブレイクしたもんね。これ、本当に話題だったもんね。「誰、この人」みたいなね。
有坂:ブラピとかね、メラニー・ロランとかねマイケル・ファスベンダーとか、結構名優が出ている中で、だからこういう意味では、吉高由里子と一緒です。完全ノーマークなところから来たみたいな。でも、それがやっぱり映画を観る醍醐味だったりもするので、ぜひ観てほしいなと。だって、このパッケージに映ってないもんね、ヴァルツ。酷い扱いだわ。
渡辺:なるほどね。では、4本目いきたいと思います。僕の4本目は、1991年公開のアメリカ映画です。
渡辺セレクト4.『羊たちの沈黙』のアンソニー・ホプキンス
監督/ジョナサン・デミ,1990年,アメリカ,118分
有坂:んふふ、うんうん。
渡辺:というね、もうみんな大好き、レクター博士。これはやっぱり本当にすごかったなと思って。もう30年以上前の作品ですけど。アンソニー・ホプキンスは、このときにまあまあな歳だったんですけど、アンソニー・ホプキンスが、本当に有名になったきっかけが、やっぱりこの『羊たちの沈黙』だったので、これもアンソニー・ホプキンスがスターダムにのし上がったきっかけになった作品ですね。めちゃくちゃ有名な作品なんですけど、どんな話かっていうと、ジョディ・フォスター演じる捜査官が、連続殺人鬼を追うためにそのヒントを得るために、すでに刑務所に入れられている同じく猟奇殺人を犯したレクター博士に、その猟奇殺人犯の心理を聞きに行くんですよね。それによって犯人を探そうと思っていくんですけど、レクター博士っていうのはめちゃくちゃ冷静なインテリな人で、「何か情報を与える代わりにお前の話をしろ」っていう、お前の追い立ちだったりとか、そういったことを聞かせろっていう条件を出されて、ここの会話でどんどんレクター博士の世界に飲み込まれていくみたいな。そういう、ちょっと心理戦が繰り広げられる作品なんですけど。この映画の全体の中のレクター博士が出てくるシーンって、実はほんのわずからしくて、なのに主役なんじゃないかぐらいのインパクトがあるんですね。っていうのが、結構やっぱり観終わった人の感想と、実際の出演時間とのアンバランスさがえげつないっていう、それがやっぱりすごいんですよね。それぐらいアンソニー・ホプキンスのレクター博士のインパクトがすごかったっていう。実際の登場時間よりも、強烈な印象を与えたっていうことが、本当にすごい。アンソニー・ホプキンスは名優で、何年か前も『ファーザー』っていう映画で、認知症の父親の話で、アカデミー賞を獲ったんですね。アカデミー賞で、「主演男優賞はアンソニー・ホプキンスです」って言ったら、その場にいなかったっていうね(笑)。すごい、なんかよくわかんない空気のまま、その年のアカデミー賞が終わるっていう。
有坂:しかも、本当は別の人が獲るってみんなが思っていたら、アンソニー・ホプキンスだったよね。
渡辺:みんな「えっ?」ってなって変な空気のまま、ちょうどコロナで、本国のイギリスにいたっていう。それで、みんな「えっ?」っていう雰囲気のまま、その年のアカデミー賞が終わるみたいな。
有坂:あれいいよね。
渡辺:最近、もう80代ぐらい、それぐらいでもアカデミー賞を獲っちゃうぐらい名優なんですけど、その人が出てきた、やっぱりこの代表作でもある『羊たちの沈黙』なので、実は、そんなに登場している分数は少なかったんだっていうのを気にしながら、また観返してもらえると面白いかなと思います。
有坂:やっぱりその観ている側の深層心理みたいなものも、がっちり掴んでいるわけでしょうね。だから映画を観ているはずなのに、ジョディ・フォスターみたいに、こっちの心を完全に掴まれちゃって、映ってないのに、もうその存在を自分の中に消したくても消せないぐらい。渡辺:これはね、モノマネとかもすごいされているからね。
有坂:これはどのタイミングで観た?
渡辺:えー、何かな、レンタルかな。
有坂:でも、レンタルになって間もないみたいな。
渡辺:めちゃくちゃ話題だったじゃん。
有坂:俺は、まだね、このときは映画が嫌いだったから、90年代、94年から好きになったから、もう名作の一本として知ったみたいな。リアルタイムでは、まったく知らないんだよね。
渡辺:そうだっけ?
有坂:そうそう、でも、順也がアンソニー・ホプキンスがとか、そのレクター博士って言っていたワードはすごい覚えている。
渡辺:まあ、めちゃくちゃ話題だったからね。このとき。
有坂:なるほど。じゃあ、そうきたなら4本目を変えよう。僕の中では、このレクター博士、『羊たちの沈黙』を観る前に、同じような役柄を演じたある俳優に、僕は心を奪われました。
渡辺:同じような役柄?
有坂:それは、1995年のアメリカ映画です。
有坂セレクト4.『理由』のエド・ハリス
監督/アーネ・グリムシャー,1995年,アメリカ,102分
渡辺:ああ!
有坂:これは、本当にちょっと同じような、『羊たちの沈黙』を意識してつくった役柄なんじゃないかなっていうぐらい、刑務所という密室に閉じ込められた、オレンジ色の囚人服を着た、つなぎの囚人服を着たエド・ハリスが、刑務所に閉じ込められながらも、そこに来たショーン・コネリー演じる大学教授のことを、いろんな嘘だったりで相手の心を掴んでいって、物語はやがてどんでん返しをむかえていくみたいな、サスペンス映画になっているんですけど。この『理由』を僕は先に観ていて、その後に『羊たちの沈黙』を観た。『理由』は映画館で観て、『羊たちの沈黙』はビデオで観た。その比較の結果、アンソニー・ホプキンスよりエド・ハリスの方が名優だった。僕の中では、それぐらいのビッグインパクトになった役です。ちょっとこれは、物語がどんでん返し系なので、あまり詳細が言えないんですけど、やっぱり明らかに何か狂気を感じるみたいな、たたずまいとか、一方で相手の心さえも支配してしまうようなカリスマ性とか、圧倒的な知性みたいなものを持っている。そういう意味でも、レクター博士と比較してもっともっと語られて欲しいなと思う、隠れた名作。
渡辺:これだって、一緒に観に行ったよ。
有坂:本当に?
渡辺:一緒に観に行ったよ。で、熱狂した覚えがある。
有坂:本当に? そこが完全に抜け落ちているわ。一人で観に行ったような。
渡辺:いやいや、一緒に行ってるから。で、エド・ハリスの話をしたもん。「あいつすごいな」みたいな。やっぱりお前、特に映画観始めだから、ちょっと新しい俳優を見つけると、すごい、「俺が見つけた」ぐらいの感じの(笑)。
有坂:そうそう、スカウトの気分だよね。それが楽しい。
渡辺:その時代でしたよ。
有坂:で、今回は、実はこのエド・ハリス枠は『理由』だけじゃなくて、もう一つあって、『アポロ13』、『アポロ13』と『理由』を僕は今回挙げたんですよ。というのも、これが同じ1995年に日本で公開された。で、『アポロ13』の中でエド・ハリスが演じた役っていうのは、乗組員ではなくて、管制塔の司令官のトップみたいな。白いベストを着た、もう司令塔みたいな役割で、思いどおりにいかなくて絶体絶命の危機に陥っている中、なんかこう仲間を、メンバーをみんなを鼓舞しながらも、ちょっと一方で冷静な面も持ち合わせてみたいな、すごく知性の感じる役をやっていて、その『理由』で演じた、ああいうちょっと狂気的な部分と対局な、すごい温かみのある人間的な役もできる。「発見してしまった、名優を」と思って。で、エド・ハリスっていう名前を覚えて、僕は当時ビデオレンタル屋さんで働いていたんですけど、そこのお店は、俳優のコーナーも充実していて、当時でいうと、タランティーノブームで、ティム・ロスとかスティーヴ・ブシェミとか、そういう助演系の俳優コーナーもあるようなお店だったので、エド・ハリスもつくりたいって言ったら、「誰だよそれ」ってみんなから言われて。みんな映画が好きなのに。何にもわかってないなって思って。つくろうよって言っても反対されて。でも、この二本で、「こういう役をやっているから」って熱く語ったら、「じゃあ、1カ月限定でまずやってみよう。結果が出なかったら、そのコーナー潰すよ」って言われて、もうこれをつくれば、こっちのもんだと思って、絶対みんな発見してくれると思ったら、全然レンタルされなくて潰されたっていう苦い記憶もある。自分の伝え方がちょっと足りなくて。ただ、同じ年にまったく違う役柄の映画が同時に公開されるっていうのは、すごく深い意味もあるし、やっぱりこの俳優のポテンシャルを思い知った1995年夏。
渡辺:笑
有坂:この後、エド・ハリスは『トゥルーマン・ショー』でゴールデンローブ賞を獲ったりとか、あとジャクソン・ポロックの自伝映画『ポロック』で監督兼主演も務めて、やっと認知されたていくっていう、そのエド・ハリスの2作は、本当に観てほしい。
渡邉:最近だってさ、『トップガン マーヴェリック』で、こうやってエド・ハリスが仁王立ちしているところを、ブワーって飛行機が、あのシーン、あれがエド・ハリスです。だから、最近でも全然バリバリで、名優として出ているっていう。
有坂:そうなんだね。
渡辺:覚えてるよ、いたから俺。
有坂:記憶にございません。
渡辺:めちゃくちゃ興奮していたのを、見ているから。俺も熱狂したけどね。なるほど、変えて、これにしたんだね。そうですか。最後、悩むけど、こっちにしよう。僕の5本目は、1998年の日本映画です。つい先日リバイバル上映があって、それをちょっと観たばっかりっていうのがあるんで、一気に候補に。
渡辺セレクト5.『鮫肌男と桃尻女』の浅野忠信
監督/石井克人,1998年,日本,107分
有坂:観てたよね、インスタ上げてたね。
渡辺:つい最近観て、あらためて面白かったなと思った。このときの90年代の、この時代の日本映画って割とスタイリッシュなものが多かったし、監督の石井克人も、もともとテレビCMをつくっていた人で、そういうテレビCMとか、PVから映画にくるみたいなのが、いろいろスパイク・ジョーンズとか、そういう人たちが、中島哲也とか、日本でもアメリカでも割とそういう時代だったんですね。CMとかミュージックビデオとか、つくっていた感じのスタイリッシュなノリで作品をつくるみたいのがあった時代なので、久しぶりに観て、この90年代のスタイリッシュなカット割りとか、そういうのをめちゃくちゃ感じて懐かしいと思いつつ、やっぱり面白いなって感じた作品でした。その中で、当時の新進気鋭の役者としてできてたのが浅野忠信なんですよね。浅野忠信って、今でも雰囲気まったく変わらなくて、あの感じなんですよね、当初から。なんかこう演技派とか、作品によって全然違う人みたいな、そういうのじゃなくて、どう見ても浅野忠信なんだけど、それがいいっていう。本当に唯一無二の存在感の役者なんだなっていうのが、最近の浅野忠信を見ていても思うし、やっぱり最初からそういう感じだったんだ、というのを思いました。で、石井克人とトークもあって、上映の後に、それで言っていて面白かったのが、その前に青山真治の『Helpless』に出ていて、本当になんか人を殺していそうな雰囲気のこの人を使いたいと思ったっていう。それで、来てもらったら、なんかすごい良い人だし、でもなんかね、役やらせたら本当にそんな感じの雰囲気になる。そんな役者さんでしたみたいな話をしていて、それで、やっぱりそういうタイプの人なんだなみたいなっていうのも知ったし、なんかね、浅野忠信の演技なのか、演技じゃないのか、よく分からない感じの雰囲気とかも、鮫肌でもすごい出ていたし。あとちょっとね、やっぱり狂気をはらんだ役をやらせると、本当に怖いというかね。本当に人殺しているんじゃないかって思わせる怖さを出せる人なんで。ちょっとね、そういう怖い役をやると、深田晃司監督の『淵に立つ』とか。
有坂:あれなんて怖すぎるよ。
渡辺:本当に、ちょっと何しでかすか分からないみたいな。そういうのをやると本当にハマる。この人は、本当にそういう唯一無二の存在感で、やっぱすごい人なんだなって改めて感じたので。
有坂:今の『淵に立つ』で思ったけど、その『Helpless』って、あれがたぶん、これより前じゃない。そのときって、浅野忠信って色白で、もっと華奢で、なんかちょっと透明感さえも感じていた。だけど、何考えているか分からないみたいな役だったんですよ。『淵に立つ』も、何考えているか分からない役っていう意味では共通しているんだけど、なんかもっとさ、ホアキンみたいに、体の肉体からあふれ出るエネルギーみたいなさ、完全にこの人やばいなみたいな、腕力もありそうだし、みたいな役になってたじゃん。もともとは、もっと華奢だったんですよ。
渡辺:そう、線が細かったんですよ。このときも、めちゃくちゃ線が細かった。パンツ一丁のシーンとかあるんですけど、「細っ」て感じの。
有坂:そこはね、変わっていないようで、実は変わっている部分もあって、それを見比べる面白さはあるかもしれないね。石井克人っていったら、個人的には『茶の味』が大好き。もうなんかね、独特なんだよね、ユーモアが。それが当時のシネフィルって、「映画好きからすると鼻につく」とか、「何、スタイリッシュな映画撮っているんだ」とか、「おしゃれな映画ばっかりつくりやがって」って言われていたのはすごい覚えているけど、だんだん映画が、もっといろんなものが、ポップなものも楽しめる世代が出てきたっていうのが、たぶんこの90年代の半ばだったかもね。
渡辺:なんか、そのトークのときに、この映画のときに、助監督にすごい意地悪されたって言ってた。
有坂:はははは(笑)。助監督がたぶんあれだよね、映画の世界の超先輩でしょ。そうそう、わかるわかる。だから、僕、その当時、ビデオ屋で働いていて、まさにそういう映画。かつての日本の映画原理主義みたいな人たちがいた中で、やっぱり批判されていた監督って、石井克人と岩井俊二、是枝監督だった。「雰囲気系」って言われちゃって。「雰囲気の何が悪い」って思っていたけど。
渡辺:へー、なるほど。
有坂:でも、面白いよね、そういうのを振り返るとね。でも、このとき、たぶん『ピンポン』とかも出てきて、すごくなんかこうポップな、新時代の日本映画が出てきたなって。
渡辺:そうだね。
有坂:邦画じゃなくて、日本映画っていう言葉で語りたくなるようなものが出てきた時代の、ある意味象徴的な一本だね。
渡辺:そうだね。いや、本当に面白かったっすよね。
有坂:リバイバル、観たいな。
渡辺:一日だけでした。映画館でやるのは。なんかブルーレイ発売記念っていうので、それはトーク付きだったから、一日しかできない。
有坂:じゃあ、フィルマークスでやってください(笑)。
渡辺:はい(笑)。いや、やりたいなと思うぐらい!
有坂:じゃあ、僕も最後は日本映画で締めたいと思います。2018年の作品です。
有坂セレクト5.『お嬢ちゃん』の萩原みのり
監督/二ノ宮隆太郎,2018年,日本,130分
渡辺:おお!
有坂:これは、もう本当に僕の中では日本映画の驚かせてくれた俳優で言うと、さっきの吉高由里子に次ぐ衝撃が、この『お嬢ちゃん』の萩原みのりでした。これ、ここにも書いていますけど、彼女が演じた役って、本名と同じ「みのり」っていう役なんですよ。で、「どいつも、こいつも、くだらない」っていう、このキャッチコピーが表してるように、この萩原みのりが演じる「みのり」は鎌倉に住んでいて、なんか一見、ちょっとこうキュートな普通の女性に見えつつも、実は、社会だったりとか、人間関係に、自分でも理解できない、まだ言語化できない苛立ちを、ものすごい持っているっていう女性を彼女は演じていて、その中でつながってくる人とのなんかいろんな交流だったりとか、なんかこう迷走している21歳の女性を描いた作品になっています。この映画の監督は、二ノ宮隆太郎っていう人で、俳優としても活躍してる人。
渡辺:若手のね。
有坂:そう。で、彼が別のドラマで彼女と共演したときに、すごい強烈なインスピレーションを受けて、彼女に向けて役をつくりたいと。で、彼女ありきで立ち上がった企画が、この『お嬢ちゃん』。
渡辺:そうなの?
有坂:そうなんです。で、もし自分が書いた脚本で、萩原みのりに断られたら、この映画はつくらないっていうぐらい、彼女じゃなきゃ演じられないものを、同業者の俳優兼監督の人がつくってくれたってことで、ちょうどそのオファーを受けたときに、萩原みのりは所属していた事務所を辞めたときで、で、もう女優を続ける自信もなくなっていたみたいなタイミングだったんだって。もう、じゃあ最後にこの役、これだけありがたいオファーを受けたならっていうことで、やっぱり本人的には全身全霊をかけて演じた役だったみたいです。で、そういう本当に奇跡的なタイミングも重なって、やっぱりその鬱屈とした気持ちみたいなものを、彼女自身が演技力なんかを超えて、その存在で見せてくれる。その彼女を中心軸に置いて映画をつくるという監督の覚悟も含めて、本当に何か特別なものを観てしまったなって。萩原みのり、これから追っていこうと思って、その後、結構いろんな映画とかも観ていたんですけど、まさかまさか、昨年末で芸能界を引退してしまった。
渡辺:そうなの?
有坂:そう、彼女は、『佐々木、イン、マイマイン』という映画にも出演していましたけど、あの映画の内山監督と結婚して、でも、結婚して辞めたっていうよりは、自分の時間を取り戻したいとか、俳優業に対してもやもやしたことも全部含めて、一回、自分の中で向き合って、引退するって決めて、昨年末に引退してしまったんです。
渡辺:なるほど。
有坂:まあ、戻ってくる可能性はあるかもしれないんですけど、ただ、なんか振り返ると、一回、もう女優を諦めかけてたときに、二ノ宮監督にすくってもらって、この『お嬢ちゃん』で、彼女はその後ね、結構いろんな映画にも出たり、ドラマもCMも出ていましたけど、そのキャリアを継続するきっかけになった映画がこの『お嬢ちゃん』なので、ぜひ、まだ萩原みのりを知らない人は、この一本を観てもらえれば、彼女のすごさは体感できると思うので。
渡辺:確かに、主演作ってあんまりないかもしれないね。
有坂:そうだね、助演は結構ね。でも、ここから主演をいっぱい張っていくみたいなタイミングで引退だったから。
渡辺:なるほどね。
有坂:あとは夏の鎌倉の風景もね、存分に堪能できるので、これからの季節にいいと思います。
渡辺:今泉力哉の『街の上で』とかに出ていたね。学生の監督みたいな、いい感じの役で出てましたけどね。けっこう配信で観られる、Amazonプライム、U-NEXT。
有坂:言葉にできない苛立ちを抱えている人も、ぜひ共感できること間違いなしだと思うので、ぜひ観てみてください。
──
渡辺:意外とかぶらず。
有坂:そうだね。タランティーノはなかった?
渡辺:なかった。
有坂:候補にも上がってなかった?
渡辺:候補にも上がってなかったね。
有坂:あとは何? 例えば、どんなのがあった?
渡辺:あとはデ・ニーロとか。あと、ファン・ジョンミンとか。
有坂:好きだね(笑)。
渡辺:ファン・ジョンミンは、何か入れたいなと思った。あと、『PERFECT DAYS』の役所広司 っていうのも。その辺も、ちょっと最近すぎるかなと。
有坂:もはや役所広司、何を選んでいいか、難しいところだね。
渡辺:あのーなんだっけあの人、ボブの? 『市子』の杉咲花。『湯を沸かすほどの熱い愛』とか。日本映画は他にもいろいろありますけど、でも、この5本並べたときに、バランスも含めて自分の中ではしっくりきて、萩原みのりは引退してしまったし、してしまったが故に、もっと多くの人に知ってほしいなということで、このラインアップになりました。
渡辺:はい。
有坂:みなさんそれぞれに、たぶん「俳優の素晴らしさを思い知った映画」ってあると思うので、これをきっかけにね、自分なりのあの人、この映画、考えてもらえたら嬉しいなと思います。では最後に何かお知らせがありますか。
渡辺:僕は、フィルマークスのほうで、リバイバル上映企画をやっているんですけど、ちょうど今週末から5月24日(金)から、宮崎駿の『未来少年コナン』っていう昔のテレビアニメシリーズがあるんですけど、それの最初の1〜4話っていうのを、劇場初公開っていうのを企画しまして、それを全国の映画館でやります。あと、その次の週に5月31日(金)から、『アバウト・タイム 愛おしい時間について』っていう作品ですね。ちょうどこれが10周年っていうのがあって、リバイバル上映をやります。これも、ちょうど結婚式のある作品なんですけど、ジューンブライドの季節にできたらいいなっていうので。
有坂:シャレてるねぇ。
渡辺:6月頭の梅雨の時期に、ほら雨降るじゃん結婚式って。
有坂:最高だよね、あのシーンいいよね。
渡辺:ポスターにもなっているシーンなんですけど、なので、ちょうどその時期にやりますというのが、お知らせとしてあります。
有坂:僕のお知らせは2つ。これ言っていいのかな?
渡辺:言っちゃダメなのは、ダメでしょ。
有坂:ここだけで言っちゃうと、この本がおかげさまで、まだちょっと各所で取り上げていただいて、某大手新聞でこれから紹介してもらえるとかあるんですけど、ちょうど今週の土曜日の「王様のブランチ」で、六本木の蔦屋書店の文芸ランキングで、何位かに入ったということで、取り上げてもらえるという。
渡辺:すごいよね! おめでとうございます。
有坂:本当に、この本は企画段階から、長い時間かけてロングセラーにしていこうということで、発売から半年ぐらい経ちましたけど、いまだにこうやって取り上げていただけて、嬉しい限りです。あともう一つが、今年の恵比寿ガーデンプレスのピクニックシネマのスケジュール、及びラインナップが先日発表になりました。ピクニックシネマは、今まで8月にやっていたんですけど、今年はですね、会期を前倒しして、6月7日(金)からスタートします。ガーデンプレイスが30周年のアニバーサリーイヤーということもあり、今回はピクニックシネマ、なんと19日間、19作品やります。
渡辺:すごいよね。
有坂:『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』から、『カモ 、カモン』、このラインナップどうですか? かなり自分的にはいいものを揃えたなと思っていて、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のような近年のメジャー作もありつつ、『人生フルーツ』、あと『アメリカン・ユートピア』。この映画は劇場で観たほうがいいに決まってる映画なんですけど、劇場で観て熱狂した人に、屋外でビールを飲みながら踊りながら観てほしいなと。
渡辺:踊っちゃうよね。
有坂:あとは、クドカンの『ピンポン』とか、『恋する惑星』とか、『湯を沸かすほどの熱い愛』を観て恵比寿で泣きませんか? っていうことだったり、『リアリティ・バイツ』もありますし、あと『ブルース・ブラザーズ』もありつつ、最後は『カモン カモン』で締めたいなと思っています。小雨であれば決行なんですけど、ガーデンプレイスは屋根があるので。ただ、雨が強くなってくると中止になってしまうので、19作品のうち何本できるかは、やってみてからの楽しみですけど、ぜひ19作品、コンプリートしましたっていう人が、一人、二人くらい出てほしいなと思って選びました。エブエブとか『アステロイド・シティ』。本当に最近の映画ですけど、1回観た人でも、1回で理解しきれなかったとか、2回目観たほうが面白いっていう意味で選んでいるものもあります。なので、その辺も自分の好きなものを観て、探してきてもらうのも良し、あえて自分で選ばないなと思うものにチャレンジしてもらうのも良し。これ、無料のイベントなので、できれば普段観ないものにチャレンジしてほしいなとも思ったりします。ぜひ、会場にはいますので、ぜひお声がけいただけると嬉しいなと思います。
渡辺:最近のやつで、見逃しちゃってるやつもあるかもしれないもんね。
有坂:『ウィ、シェフ』とか『CLOSE』とかもあるし、さりげなく『君の名前で僕を呼んで』とかあったりします。ああ、楽しみ!! そんなピクニックシネマも、ぜひよろしくお願いします。
渡辺:充実のラインナップだからね。
有坂:今年の6月から7月中旬は、このピクニックシネマに捧げます! がんばります!
──
有坂:ということで、今月のニューシネマ・ワンダーランドは以上なんですけど、せっかくなんで来月のテーマも発表しちゃいましょう、6月の次のテーマは、「あの場所の素晴らしさを思い知った映画」。これはちょっと今回よりも解釈が自由だから。
渡辺:なるほど、あの場所?
有坂:まだ日程は決まっていないんですけど、6月のテーマとして「あの場所の素晴らしさを思い知った映画」をお届けしたいと思います。次回もお楽しみにということで、今月のニューシネマ・ワンダーランドは以上です。みなさん、遅い時間までありがとうございました!
渡辺:ありがとうございました! おやすみなさい!!
──
選者:キノ・イグルー(Kino Iglu)
体験としての映画の楽しさを伝え続けている、有坂塁さんと渡辺順也さんによるユニット。東京を拠点に、もみじ市での「テントえいがかん」をはじめ全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映。その活動で、新しい“映画”と“人”との出会いを量産中。
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キノ・イグルーイベント(@kinoiglu2003)
有坂 塁(@kinoiglu)/渡辺順也(@kinoiglu_junyawatanabe)