あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。映画部門の今季1年間のテーマは、「○○の素晴らしさを思い知った映画」。今回は、「あの監督の素晴らしさを思い知った映画」です。その“観るべき10本”を選ぶのは、マニアじゃなくても「映画ってなんて素晴らしいんだ!」な世界に導いてくれるキノ・イグルーの有坂塁さん(以下・有坂)と渡辺順也さん(以下・渡辺)。今月も、お互い何を選んだか内緒にしたまま、5本ずつ交互に発表しました! 相手がどんな作品を選んでくるのかお互いに予想しつつ、相手の選んだ映画を受けて紹介する作品を変えたりと、ライブ感も見どころのひとつです。


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お時間の許す方は、ぜひ、このYouTubeから今回の10選を発表したキノ・イグルーのライブ「ニューシネマ・ワンダーランド」をご視聴ください! このページは本編の内容から書き起こしています。




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−−−乾杯のあと、恒例のジャンケンで先攻・後攻が決定。今月は有坂さんが勝利し、後攻を選択。それでは、クラフトビールを片手に、大好きな映画について語り合う、幸せな1時間のスタートです。

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渡辺セレクト1.ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』
監督/ポン・ジュノ,2003年,韓国,130分

有坂:ああー、うんうん。
渡辺:これは2003年の作品なんですけど、やっぱり2003年って、韓国映画がけっこう出始めてきたときで、90年代にはじめてシュリとか、今度リバイバルもやりますけど、その辺が出てきて、猟奇的な彼女とか、それで「韓国映画すごい」みたいになってきたなかの、ちょっとまた、ハリウッド大作的な韓国映画とはまたちょっと違う形の監督として出てきたのが、このポン・ジュノの『殺人の追憶』なんですけど。これ、めちゃくちゃ本格サスペンスで、実際の事件をベースに少女誘拐犯の未解決事件を追う刑事の話だったりするんですけど。そのハラハラドキドキ感とか、捕まりそうで捕まらないみたいな感じのサスペンス具合が本当に本格的で、前作がほえる犬は噛まないっていう、またちょっと違うテイストのもので、この監督は本当にすごいなと思ったのが、この『殺人の追憶』でした。ポン・ジュノはこれで一気に名を上げて、その次にグエムル 漢江の怪物っていう怪獣映画をつくるんですけど、「なんでそんな映画をつくるのか」っていったところ、ポン・ジュノのインタビューによると、「もう自分は映画のヒットのさせ方はわかった」と。当時一番当たらないジャンルっていうのが怪獣映画っていうなかで、「自分はこの怪獣映画っていうジャンルで、ヒットさせてみせる」って言って、それでグエムルをつくって、大ヒットさせたっていうですね、本当に天才を証明したっていう、そういうタイプの人だったんですね。その実力を、バーンと本当に世に知らしめたのは、この『殺人の追憶』だったので、やっぱりこの監督の素晴らしさを知ったっていう意味では、この作品かなっていう。それで、もうね、Netflixでも撮って、とにかく話題になって、​​パラサイト 半地下の家族でついにアカデミー賞までいくっていうね、本当にすごい、アジアをリードする監督の一人っていう感じですね。
有坂:この時代、以前、さっき順也が『シュリ』っていうタイトルを出しましたけど、あれって97年とか、90年代の後半で、韓国が国策としてエンタメを世界に発信するっていう、映画のつくり方もこれまでとはガラリと変えて、それの第一弾みたいな形で『シュリ』が大ヒットして、韓国映画がどんどん変わっていった。やっぱり、そのときって、なんか覚えているじゃん。韓国映画でこんなハリウッド大作みたいなものがつくられるんだっていうのも衝撃だったし、そこからポツポツ面白い監督も出るようになってきたんだよね。で、『ほえる犬は噛まない』は、本当にちょっと小規模なブラックユーモアで、ペ・ドゥナがね、主演して、こういう面白い個性派も出てきたんだなと思ったら、『殺人の追憶』のスケール感がまたね。「何なんだ、この人のポテンシャル!」みたいなのは、すごい覚えている。
渡辺:そうなんです。
有坂:順也が熱狂していたのも覚えている。
渡辺:これね、未見の人はもうめちゃくちゃ面白いんで。
有坂:何がすごいって、未解決事件ってもう言っているのに、面白いわけだよね。それ以降、デヴィッド・フィンチャーが『ゾディアック』をつくったりとか、未解決事件でも終わりがわかっていても、映画として面白くつくれるんだっていうのを、ある意味ね、ポン・ジュノも証明した。……そうきたか〜。来るよね。韓国映画はなんか来るだろうなと思った。じゃあ、僕の1本目はこれ。僕の映画史のなかで、監督を語る上ではこの人は外せない。


有坂セレクト1.ウディ・アレン監督の『​​ブロードウェイと銃弾』
監督/ウディ・アレン,1994年,アメリカ,99分

渡辺:うーん!
有坂:これは1995年だったかな? 94年か、ウディ・アレンの作品なんですけど、当時90年代っていうのは「ウディ・アレンといえば恵比寿ガーデンシネマ​​」が定番で、年に1本、彼は新作を発表してたので、「今年のウディ映画は何かな?」みたいなところが、みんなの楽しみではあったんですけど。僕、個人的には、ちょうど94年に映画にハマったので、そこからハリウッド映画、いわゆるメグ・ライアンとかトム・ハンクスとかウィノナ・ライダーとか、そういうスターで映画を観ていった流れの中で、主演を務めたジョン・キューザックにちょっと凝り始めた。ジョン・キューザックが出ているんだったら観に行ってみようと思って観てみたら、出演してる人ではなくて、カメラの裏側にいる作り手にはじめて興味を持ったのが、この『​​ブロードウェイと銃弾』でした。「なんでこんな面白い映画がつくれるんだろう」と思って、夢中になってパンフレットを読み、そうしたらウディ・アレンのインタビュー本も出ているってことも分かって、それももう本当に何度も何度も読むぐらい夢中になった。ある意味、僕の映画の見方が次のステップに移行したきっかけの作品が、この『​​ブロードウェイと銃弾』です。これってウディ・アレンらしい、ちょっと知的な、ちょっとシニカルでもあるコメディ映画なんですけど、ジョン・キューザック演じる劇作家が新人で、だけど自信だけはあるみたいな。だけど、いざ稽古に入ってみると、主演女優がめちゃくちゃわがままで、さらに、その舞台をスポンサードしてくれてる人が、どうやら裏社会の人とつながっていて、その愛人に役を与えなきゃいけないとか、自信満々で自分の才能を信じていた人が、だんだんいろんな妥協を受け入れていかざるを得ない。果たして、自分は何のためにこういう仕事をしてるんだみたいなところにつながっていく。コメディではあるんですけど、割と人生観みたいなところまで物語をつなげていく。深い映画だなって、でも笑えるんですよ。あと、やっぱりウディ・アレンは世界観のつくり方が本当に上手で、この映画は1920年代のブロードウェイが舞台で、着ている衣装とか、あと照明の感じとかも含めて、一瞬にしてその時代にタイムスリップできるような、その中で繰り広げられる人間模様みたいなのが本当に楽しくて、もう何度も観てしまいました。これがきっかけで、僕はウディ・アレンの映画を観始めて、彼が影響を受けたイタリアのフェリーニとかスウェーデンのベイマンとか、そういう人の映画もどんどん掘っていくということで、監督で映画を観るきっかけになった、そんな人がウディ・アレンです。なので、ぜひ、​『アニー・ホールとかマンハッタンとか、わりと高貴なものを観ている人が多いんですけど、これは見逃すには惜しい。​​
渡辺:これはちょっと、俺もかぶったんだよね。
有坂:本当に?
渡辺:はじめて、たぶん劇場で観たウディ・アレン。
有坂:そうだよね。順也は。だから観たことがあったんだよね。ウディ・アレン自体は。
渡辺:レンタルとかでね。『アニー・ホール』とか『マンハッタン』が有名だから。
有坂:そっちは観ていたんだ。
渡辺:そっちも観ていた。覚えているのは、マンハッタン殺人ミステリー
有坂:懐かしい!
渡辺:それがタイトル的にめちゃくちゃ面白そうだと思って、観たらあんまり面白くなくて、「ウディ・アレン、大したことないな」と思った。
有坂:でた! 得意の上から目線(笑)
渡辺:それで、これが新作でやるっていうから、たぶんね、塁がおもしろいとか言ってたから。
有坂:俺、一人で観に行った。そうそう、話した。
渡辺:それで行ったんだよね。そしたら、めちゃくちゃ面白かった。しかも、ウディ・アレン、出てないじゃん。監督主演で絶対いるのにさ、出てないタイプで、めちゃくちゃ面白かった。最近の映画で言うと、カメラを止めるな!みたいな、ああいう裏側のドタバタ劇、本当に女優がわがまま言うとかさ、スポンサーがヤクザだったみたいなさ。その辺の喜劇というかね、本当に三谷幸喜的なコメディ。それのなんか上質な感じのさ、それが恵比寿でやっているっていうのがまた良かったよね。あれがちょっとなんか大人の喜劇というか、ちょっとなんかこうスーツとか着て舞台見に行くみたいな、そういう雰囲気になれるよね。
有坂:本当、都会派だよね。都会派コメディ。
渡辺:それを、20代の頃にそういうのを観られたっていうのはすごいよね。
有坂:しかも、これ、アカデミー賞の脚本賞を受賞したり、あとダイアン・ウィーストが助演女優賞も獲ったりして、本当に小規模で一見地味そうな映画なんだけど、しっかりそういう面でも評価された、隠れた名作の一つかなと思うので、ぜひちょっと今、動画配信には取り扱いがないみたいなんですけど、いずれ観られると思うので、チェックしておいてください。
渡辺:はい、じゃあ、僕の2本目はこれにします。


渡辺セレクト2.北野武監督の『その男、凶暴につき』
監督/北野武,1989年,日本,103分

有坂:ほお、うんうんうん。
渡辺:1989年の北野武の初監督作品ですね。北野武は、たぶん映画館で初めて観たのは、キッズ・リターン
有坂:うんうん、劇場で観たんだ? 羨ましい。
渡辺:たぶん、そうだったと思う。で、「すげぇー!」みたいになったんですけど、その前にテレビとかで観てたのが『その男、凶暴につき』で。
有坂:テレビで観てたんだ。やってたんだ。
渡辺:そう、確かやってた。で、やっぱり暴力描写がすごいので、当時の感覚でいうと、うわーっていう、痛たーって感じの暴力を描くっていう。それがなんか本当に怖かったっていうのが、めちゃくちゃ覚えてる感じでしたね。あのとき、当時は本当にただ怖いっていう感じで、でも、やっぱり『キッズ・リターン』みたいな青春もので、すごい面白いと思って、「たけし、すごい!」と思って。見返したら、やっぱりすごかったっていうのが、この『その男、凶暴につき』です。いろいろ、やっぱりエピソードもすごい面白くて、もともと深作欣二が監督だったんですね。あの仁義なき戦いとかの東映ヤクザ映画を撮ってきた人が監督なので、もう本当にこの暴力男の話なんですけど、そのときに主演のたけしと対立したらしいんですね、監督と主演が。深作欣二監督っていうのは、テイクをもう、10回とか撮って、それで臨む監督と。で、たけしはもう、一発勝負でやる人っていう。そこがお互い譲らないという感じだったらしいんですね。深作欣二監督っていうのは、もう本当に『仁義なき戦い』とかたくさん撮ってきたベテラン監督で、たけしは一介のお笑い芸人で、それが役者として出始めましたみたいな感じなんですけど、でも、超売れっ子お笑い芸人で、「浅草の時代から漫才も一発勝負で俺はやってきた。何回もテイクを重ねたら、熱量も温度感とかっていうのもどんどん下がっていくだけだから、一番最初の熱量が高い一発でやるべきだ」みたいな。お互いの哲学があって、お互い譲れないっていう。これをプロデューサーの奥山和由っていう、松竹の名プロデューサーがいるんですけど、その人が「監督もう降りてくれ」と、たけしを取って、「監督どうする?」ってなったら、すごいのが、たけしに監督を依頼したっていう。それで初監督。
有坂:奥山和由っぽいよね。
渡辺:その剛腕ぶりがね、プロデューサーもすごかったっていう。ちなみに、この奥山和由っていうプロデューサーは、息子がまたすごくて、先日のカンヌ映画祭で出品した奥山大史監督ですね。今度、ぼくのお日さまっていう新作映画やるのと、あともう一人が、写真家の奥山由之、お兄ちゃんね。このすごい奥山兄弟のお父さんが、やっぱりすごい人だった。剛腕、名プロデューサーだったと。その人が、監督・北野武を生んだっていうところなんですよね。本当にね、この暴力男のここからね、武の映画が始まって、『BROTHER』、アウトレイジまでいくわけですけど、それの始まりになったっていうところで、やっぱりすごさを知ったっていう。
有坂:その後、結局、フランスで映画祭のショーだけじゃなくて、もう本当に文化人として認められるようなところまでいったのは、奥山和由の剛腕がなかったら、そうなってたかどうかわからないしね。これ、武が言ったのが、結果的にそうやって自分が監督をやることになって、なったものの、支えるスタッフ、撮影監督とか照明とかは、いわゆるもう深作一派の日本映画界のベテランたちばっかり揃っていて、誰も言うこと聞かない。そんな中で、自分が主演も張って、監督もやったっていう緊張感が、もうみなぎっているんだよね、画面に。それは奇跡的にちょっと暴力的な刑事をたけしが演じたっていう設定と、現場の緊張感が奇跡的に一つの作品にまとまった。
渡辺:テイクを重ねるごとに、スタッフたちがだんだん黙っていったっていうことらしいんですよね。
有坂:才能だよね。
渡辺:それも実力で黙らせていったっていうところもすごいな。
有坂:観たくなってきた。
渡辺:武映画は、なかなか観られないんですよ。配信もない。これは、なんかいろいろ聞いたんですけど、いろいろ事情があるらしくて観られないんですよね。劇場公開も、大規模なのはほぼやらないですよね。小規模しかやらないので、新文芸坐とかね、ちょいちょいやってますね。もう観たくなったら、新文芸坐に行くっていう。
有坂:でも、劇場で観られてよかったっていうタイプの映画なので、あとさ、新作の情報が出たね。武の新作が、ベネチアかなんかで出品されるらしくて、​​Broken Rageっていう映画で、なんかねすごい面白そうで、ハードボイルド……
渡辺:自民党の話じゃない? 総裁選の話じゃないの(笑)。
有坂:自民党の話じゃない。いわゆるヤクザ物っぽいんだけど、一部・二部に分かれていて、一部はハードボイルドとして描く。同じ脚本を、二部でお笑いとして描くんだって。すごい、そういうちょっと実験的な。
渡辺:本当だね。
有坂:そういうのにチャレンジするっていうニュースがね、昨日かな? 出ていて。も面白かったけど、そんな新作もあるそうです。
渡辺:なるほど、はい。
有坂:いいですか、じゃあ、僕の2本目です。


有坂セレクト2.クリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』
監督/クリント・イーストウッド,2008年,アメリカ,142分

渡辺:ほおお、そうですか。
有坂:これは前にね、順也がグラン・トリノを紹介していましたけど、その『グラン・トリノ』もすごい傑作じゃん。イーストウッドのキャリアの中でもっていうレベルの傑作ですけど、それと同じ年に公開された映画で、『グラン・トリノ』はイーストウッドが主演で、いわゆるアウトロー的な、自分が今まで演じてきたものをまたアップデートさせていくような役だったんですけど、同じ年にもう1本つくったこの『チェンジリング』は、アンジェリーナ・ジョリーが主演の、これは実話の映画化。実際にあった事件を、映画化したものなんですね。これは自分の子どもが取り替えられてしまったというか、なんていうんだろう、自分の子どもが見つかって、行方不明になったのち、見つかったと思って連れてきた子どもが全然違う子だった。だけど、あなたの子ですよ。いや違います。この子じゃないですって言っても、もう周りが警察とかそういう権力者たちが、あなたの子どもですって言って、受け入れざるを得ないけど、受け入れられない。で、戦うんだけど、そういうアンジェリーナ・ジョリーを、ちょっとあなたは精神的におかしいんじゃないかって言って、精神病院に入れられちゃう。要は、裏で大きな何かが動いているのに巻き込まれてしまったっていう女性の話なんですね。これ、後から知ったんだけど、実際にあった事件は「クリスティン・コクリンズ事件」っていう事件で、これ、映画の中で、養鶏場みたいなところが出てきて、そこに少年が監禁されているみたいなシーンが出てきたの覚えてる?
渡辺:ええ、覚えてないわ。
有坂:そこが、ちょっとゾワッとするほど怖いシーンなんですけど、そのシーンは同じ年に実際にあった「ゴードン・ノースコット事件」っていう事件。その同じ年に起こった不可解な2つの事件を、実は、イーストウッドは『チェンジリング』の中で表現していた。そんな情報を知らずに観ても、ちょっと恐怖のレベル、実際に自分の子どもが取り替えられてしまう恐怖もあるし、大きな力に丸め込まれてしまうっていう恐怖もあったりするんですけど、そういう物語的な面白さだけじゃなくて、その物語をどういう映像で表現するかってところもイーストウッドの演出が、もう熟練の極みみたいな、本当にピークに達したものの一つが『チェンジリング』かなと思います。さっきの、ウディ・アレンの『ブロードウェイと銃弾』も1920年代で、これも一緒で、20年代のロスが舞台なんですけど、やっぱりアンジェリーナ・ジョリーのファッションとかも、すっごい素敵すぎて、やっぱりこういう大女優なんだなっていう、アンジーのよさも生かしながら、スタームービーでありながら、イーストウッドにしかつくれない個性派な映画でもあるっていう意味で、けっこう奇跡的な一本だなと個人的に思っています。この時代のイーストウッドって、スペース カウボーイミスティック・リバーミリオンダラー・ベイビー。あと、硫黄島からの手紙っていう傑作を連発した後に、『グラントリノ』と『チェンジリング』なので、本当にもう神がかってた時代のイーストウッドのぜひ才能を観てほしいし、僕はイーストウッド映画って観たことがいっぱいあったけど、改めて『チェンジリング』でこういうものもつくれるんだ、底知れないな。この時点で80歳くらいだったと思うけど、そう感じた映画でした。
渡辺:なるほどね。スピルバーグね。
有坂:スピルバーグ? 違う違う、イーストウッドね。スピルバーグを、もしかして次に言おうとした?
渡辺:いやいや(笑)、イーストウッドも出そうかなと思ったけど、前に言ったからやめたんですよ。それでは、僕の次の監督は、なんとスティーヴン・スピルバーグです!
有坂:マジですか?
渡辺:そうなんですよ(笑)。まさかのスピルバーグです。


渡辺セレクト3.スティーヴン・スピルバーグ監督の『激突!』
監督/スティーヴン・スピルバーグ,1971年,アメリカ,89分


有坂:うんうんうん。
渡辺:『激突!』は、1971年のスピルバーグの長編デビュー作なんですよね。スピルバーグは、もう出す作品が名作なんで、だいたい知っているとは思うんですけど、やっぱり後から観て、さかのぼって『激突!』とかを観るんですけど、それでめちゃくちゃシンプルな話じゃんっていうのに、まずびっくりするんですよね。『激突!』ってどういう話かというと、今、ニュースとかで煽り運転とかすごい話題になっていますけど、そういう話です。めちゃくちゃデカいトレーラーに、ずっと煽られ続けるっていう恐怖の女性ドライバーの話なんですけど、とにかくずっと追ってくる。トレーラーが、どんな人が乗っているかも見えないんですよね。どんな相手かもわからないのに、巨大なトラックに煽られ続けるっていう恐怖を描いた作品なんですけど、そのワンアイデアで本編ずっと引っ張るんですけど、ずっと観ていられるという面白さがあるんですよね。本当にワンアイデア、面白いアイデアがあったら、一つ映画がつくれるんだっていう、それを本当に証明しているのがこのスピルバーグの『激突!』です。もう一個、挙げようと思った作品で迷ったのが、キアロスタミの 友だちのうちはどこ?で、前に言っていたことに気づいてやめたんだけど、あれもやっぱりワンアイデアだし、あっちの場合は、イラン映画でいろんな制約があるからできないことが多いんですけど、その中で表現できる。限られた中で面白い映画をつくるっていう。やっぱり才能ある監督っていうのは、いろいろ制限があってもちゃんと面白いものをつくれるっていうね、それがすごい証明された、作品だなと思いました。これなんかはスターも使ってないし、予算もないし、本当にただ車2台、乗用車とトラックを用意して、ひたすら煽り続けられるっていうシーンだけでやり通す。本当にそれだったらスターも必要ないし、予算も必要なく、それでもずっと90分とか長編を観せていられる。そういうものがつくれるんだっていう。それのやっぱりスピルバーグのすごさを感じた作品でしたね。その後、E.T.とかねいろいろ面白いのはいっぱいあるけど、さかのぼって原点を観ると、やっぱ天才ってすごいんだなって気づかされる。
有坂:これってようはさ、その後、ジョーズをつくるじゃん。『ジョーズ』の恐怖の演出と一緒で、見せない。『ジョーズ』が最初に出てきちゃったら、うわーサメだーとか、つくり物っぽいとか見えたら、もう恐怖って終わってしまうんだけど、観ている側が想像力をかきたててしまうような演出で、どんどん観ている側の心理を追い込んでいく。
渡辺:そうだね、背びれだけとかね。
有坂:『激突!』も、運転手の顔が見えたら、たぶん怖くない理由を観ている側がつけて、ちょっとそのホラー度が下がっちゃうけど、見せないからこその怖さだよね。いやー、衝撃だったね、これは。本当に映画学校とかでお手本としてね、参考になるような。
渡辺:これ、シンプルな話なんですよね。
有坂:しかもね、テレビ映画なんだよ。
渡辺:ああ、そうだったかもしれない。
有坂:で、劇場映画は、日本だと続・激突!/カージャックっていう変な邦題をつけられた映画。テレビ映画で、もうこれをつくっちゃったっていうところがまたね、スピルバーグ恐るべし! で、今、順也が、次に発表しようと思った監督名を先に言っちゃいましたけど、僕の3本目はイランのアッバス・キアロスタミです。


有坂セレクト3.アッバス・キアロスタミ監督の『桜桃の味』
監督/アッバス・キアロスタミ,1997年,イラン,98分

渡辺:変えた?(笑)
有坂:僕が、はじめて観たキアロスタミの映画が『桜桃の味』でした。これって、もうすごいシンプルな話で、イランのテヘラン郊外で、もう砂ぼこりとかが舞うようなすごい自然のところで、レンジローバーを運転している男の人がいて、すごい表情が目が死んでいて、なんだろうなこの人と思って、その人が運転している車がずっと映っているんですよ。(パッケージの)この人ですね。で、その車を運転して、たまたますれ違った男の人に声かけて、はじめて彼の目的っていうのが分かるんですけど、実はこの人は自殺をしようとしてるんですよ。それを助けてくれる人を探しているっていう設定。要は、自分が穴に入ってそれを土をかけて、自分はもう自分の命を終わらせたいんだっていう人が、主人公の一見するとちょっと暗い、重いような映画なんですけど。そうやって、彼が運転している車からの風景とか、あとそのイランらしい風景の中、車が走っているっていうのをすごい俯瞰した映像で、これは構成されているシンプルな映画です。やっぱり誰かの死を助けるなんてことは、誰もしたくないわけで、しかも赤の他人に急にそんなことを言われても、普通やらないじゃないですか。で、いろいろ人に当たっていくうちに、人の良さそうなおじいちゃんに、老人に出会って、そうしたら、実はその人の良さそうなおじいちゃんも、実は自分も昔、自殺を試みたことがあったっていう人に巡り合うんですよ。でも、その人は自分の意志で生きることを選んだということで、もうこれから自分で死を迎えようとしているこの主人公に、世界の美しさとか、生きる喜びを伝えていくっていう。もう話していて、ちょっと泣きそうになるぐらい本当にいい映画。
渡辺:これは、カンヌかなんかを獲っているよね。
有坂:これは、パルム・ドールを受賞した。しかも、今村昌平のうなぎと同時受賞みたいな形で、カンヌで最高の賞を獲った映画です。で、僕、この頃って映画にハマってまだそんなに経っていない時期で、渋谷のユーロスペースにフランソワ・オゾンとかを、たぶん観に行った時期に、予告編で毎回流れていた。でも、そのさっき言ったような車からの映像とか、俯瞰の映像とか、イランの風景とか、砂ぼこりが舞ってる風景の美しさとか、全然自分が観たことのないタイプの映画で、予告を観るたびに気になっていて、楽しみに本編を観に行ったら、もう打ちのめされるほどに感動して、この監督をそこからどんどん掘り下げていくきっかけになりました。淀川長治さん、映画評論家の「さよなら、さよなら」でおなじみの淀川さんも、キアロスタミってすごいさ、「黒澤明と匹敵するぐらいの」って言うぐらい、才能を買っている人なんですけど、なんか面白いのが、爆笑問題の太田さんって、すごい映画好きじゃん。で、淀川さんとの対談があったときに、「じゃあキアロスタミの『桜桃の味』観た?」って太田さんに聞いたら、「いや、それまだ観てないんですよ」って言ったら、その太田さんに「死刑!」って言ったんだって(笑)。そんなの観ていないお前は死刑だって言って、それぐらい淀川さんも、映画好きなら観てほしいっていう一本です。これは、配信でちょっと今観られないかなあ。観られるか。予告編、YouTubeとかにもあると思うので、予告を観て映像のフィーリングが合うなとか、物語だけじゃないものを映画に求めている人で、ビビッときたら絶対観た方がいいと思います。そんなイランの名匠のパルムドール受賞作。
渡辺:そうだね、90年代のミニシアターブームのときに来たやつで、これはもう、カンヌ、カンヌっていうので、その宣伝で観たっていう感じがある。あのときにイラン映画っていうジャンルがなかったんで、これでイラン映画っていうジャンルがあるってことを、世に知らしめた作品だったかなと思います。キアロスタミが、一人たまたまカンヌを獲るぐらい、突出した才能なのかと思いきや、イランには他にもいっぱい才能ある監督がいて、やっぱりイランって宗教上の制約がすごいあるから、当時ハリウッドでヒットの秘訣って言われているような要素がまったく使えない。バイオレンスとか、ドラッグとか、そういう爆発とかが一切ない、そういう中で面白いっていうね。そういうジャンルがあるんだっていうのを、知らしめてくれたきっかけの監督だし、作品っていう感じですね。
有坂:さっきのスピルバーグの話にもつながるけど、映画監督だけじゃないと思うけど、クリエイティブな人ってさ、「自由に何でもいいですよ、つくってください。好きなものをつくってください」も燃えると思うけど、制約があるほうが燃えるじゃん。それは映画でいうとオムニバス映画。同じテーマで、5人の監督がやるって言ったらさ、もうみんな競争相手になるわけで、制約があるからこそのクリエイティビティみたいなのがね、本当にイランとか、イランの監督はそれがいい方向にね、それぞれの個性として出ているなって、そのトップオブトップがアッバス・キアロスタミという人です。
渡辺: 『友だちのうちはどこ?』とかも面白いので。
有坂:そうそう。
渡辺:じゃあ、4本目、どうしよう。僕の4本目は、また日本でクラシックの監督です。


渡辺セレクト4.マキノ雅弘監督の『次郎長三国志』
監督/マキノ雅弘,1952年,日本,82分

有坂:そっちか! 最高。
渡辺:最高なんです。『次郎長三国志』って1952年とかのいくつかあるんですけど、東宝版ですね。最初につくった東宝版がとにかく面白いんですよね。『次郎長三国志』ってどういう話かというと、もともとその講談とかに使われたいみたいなんですけど、清水の次郎長っていう、静岡県の清水にいる次郎長と言われていたヤクザの親分なんですね。最初はただの若者なんですけど、「俺は街道一の大親分になる」って言って、渡世の稼業に足を踏み入れるんですけど、そこで人格者なんで、一人また一人と子分が増えていくんですね。旅をして子分というか、仲間がどんどん増えていって、それでやがて宿敵の黒駒の勝蔵っていうのがいるんですけど、そいつと対決しに行くっていう。そのときに、大政、小政とか、いろんな桶屋の鬼吉とか、森の石松とかですね、いろんな個性的な仲間が次々に増えていって、いろんなドラマがあるっていうコメディなんですね。これがとにかくめちゃくちゃ面白いんです。映画なんですけど、シリーズで全9話かな。内容的には全10話あるんですけど、それは、10話目は途中で終わっちゃってるんですけどっていうシリーズものです。これは本当に面白くて、有名人でこの作品の大ファンの人がいて、その人が尾田栄一郎っていう人で、尾田栄一郎って人がどういう作品をつくったかっていうと、「俺は海賊王になる」って言って、旅に出て仲間がどんどん増えていくっていう。「ONE PIECE」っていう日本で一番すごい漫画をつくった人なんですけど、それの元ネタがもうここにあるっていうですね。そういうぐらい影響力のある、すごい作品なんですよね。マキノ雅弘って人は、本当に早撮りの名人で、たくさん映画をつくっていて、他にも高倉健をスターにした日本侠客伝かな、っていうヤクザモノシリーズとかですね、いろんなシリーズ企画とかもいっぱいあるんですけど。全部面白いんですけど、その中で一番面白いのがこの『次郎長三国志』です。なので、本当にクラシックの日本映画っていろいろあるんですけど、その中でもめちゃめちゃエンタメだしコメディだし、誰が観ても面白いし、「ONE PIECE」が好きな人だったらもう間違いないので、その元ネタがここにあるので、そういう面白さが詰まった作品。こういう古い映画でも、本当に今の感覚で観ても全然面白いし、そういうすごさを知ったっていうのが、この作品だったなって感じですね。
有坂:これ、DVDのボックスがちょっと前に出たとき、尾田栄一郎が描いていたよね。
渡辺:そう、もともとDVDボックスがなかったんですよね。尾田栄一郎と、もう一人ラジオの対談で盛り上がった相手が鈴木敏夫っていうジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんのラジオ番組で、この二人が対談してこの話で大盛り上がりして、「よし、東宝にDVDボックス出させよう」って。
有坂:そういう流れだったんだ?
渡辺:そう、そういう流れで、尾田栄一郎がイラストを描くパッケージのね、で、鈴木敏夫が圧をかけるっていう(笑)。それでちゃんとね、DVDが出たんですよね。そんな逸話もある。本当にファンが多い作品ですね。
有坂:なんか、これ、僕と順也の好みの違いで一番大きいところって、こういう昔の日本の文化とか、歴史とか、そういうのは順也はすごい詳しいし、好きなんですよ。僕は、どっちかっていうと、そういうものがけっこう後回しになっているタイプで、例えば「次郎長」っていう文字だけで観る気が起きないと思って、どんどん後回しにしてた映画だったんですね。だんだん昔の日本映画って、今観てもめちゃくちゃアバンギャルドなのがあるなとか、小津安二郎なんて、その際たる人だけど、で、マキノ雅弘って人がいて、その『次郎長三国志』シリーズがやばいみたいな。で、「ラピュタ阿佐ケ谷」で特集やったときに観に行ったら本当にすごくて、だけど、そういうイメージでこういうもの苦手だなっていう人が観ても、十分楽しめる新たな世界が開けると思うので、騙されたと思って観てほしい。
有坂:本当にね。これはね。
有坂:Amazonプライムで、レンタルで観られるんだね。
渡辺:これはね、なかなか自分からは手を出さないと思うんで、何かそういう強烈プッシュがないと観ないタイプだと思いますが、本当にね間違いないですね
有坂:はい、じゃあ、僕の4本目も日本映画です。


有坂セレクト4.黒沢清監督の『蛇の道』
監督/黒沢清,1998年,日本,85分

渡辺:出た! フランスのやつ?
有坂:じゃないです。柴咲コウじゃないほうで。これね、ちょっと前に公開されていた、自分の過去作をリメイクした、フランスでリメイクした蛇の道っていうのがあって、そっちは柴咲コウが主演なんですけど、ではなく、オリジナルのほうで、主演が哀川翔と香川照之です。この話的にはすごいシンプルで、幼い娘を殺されてしまった父親役が哀川翔で、その自分の娘を殺してしまった人間に復讐をしようと思って、いろいろやっている中で、彼に手を貸す謎の男が現れる。逆だ、香川照之が殺された娘の父親で、謎の男を哀川翔が演じていて、その中で繰り広げられる復讐劇っていう設定になっています。だけど、分かりやすいはずの復讐劇が、どんどん話がそこから逸脱していくんだよね。「なんだっけ、この映画?」みたいな、不思議なほうに転がっていく。実は、この『蛇の道』って一作目で、もう一個、『蜘蛛の瞳』っていう二作目がある。それ、両方合わせて一作品みたいなところもあるみたいなんだけど、でもね、ちょっとテイストが違って、蜘蛛の瞳はもうちょっとコメディ要素もある。こっちの『蛇の道』は、武でいう『その男、凶暴につき』みたいな、ちょっと重いほう、割とヘビーな内容がある。
渡辺:これ劇場でやっていたんだっけ?
有坂:これ、元々Vシネなの。
渡辺:そうだよね。
有坂:Vシネって、いわゆる劇場公開しないで、レンタルビデオ全盛期の頃に、ビデオでパッケージ化してレンタルで借りてもらうもの。でも、Vシネって低予算で制約もない中で映画がつくれるから、意外と自由にやりたい表現をチャレンジして、後に三池崇史とか、どんどんいろんな人がブレイクしていくきっかけになった。その土壌がVシネなんですけど、Vシネとしてつくられているんだけど、これね、2週間限定で劇場でやってたんだ。今はなき、「中野武蔵野ホール」という映画館。
渡辺:懐かしい。
有坂:そこに観に行ったの。で、Vシネなのに劇場でやるんだってことも新鮮だったし、しかも、この前に黒沢清ってCUREを撮ってた。
渡辺:この前なの?
有坂:この前なの。『CURE』は彼の代表作って言われる、萩原聖人と役所広司の名作サイコサスペンスですけど、あれもちろんすごかったんだけど、このね『蛇の道』のほうがもっと異様な怖さがあって、才能をまざまざと見せつけられているみたいな。黒沢清に夢中になるきっかけになった映画です。最初にお話したフランス版のリメイク、それも本人、黒沢清が撮っているんだけど、やっぱり全然違って。なんで、フランス版、あんなにモヤモヤしたのかなっていうのを考えれば考えるほど、一つの答えにしか、自分の中では出なくて。それは日本で撮っているっていうことがやっぱり大きい。黒沢清っていう人はすごいインテリで、画面の構図とか空間のつくり方とか、これぞ映画っていう画面のつくり方、もう上品なの。どんな内容、ジャンルを撮っても。上品なんだけど、廃墟みたいなところで人間の腹黒い部分を演じさせたり、血みどろをスプラッターみたいなホラーになったり、でも、画面が美しいんですよ。そのバランスが、他にはない、決定的な黒沢清の才能だなっていうのが、フランス版を観て分かった。フランス版ね、上品すぎるんだよ。
渡辺:フランス版しか観てないんだよね。モヤモヤしかない。
有坂:ぜひ、もうね哀川翔に惚れるよ。
渡辺:そうなんだ。なるほど。
有坂:これ、脚本がリングの高橋洋だったりするので、やっぱりその時代の才能が集結して、低予算のVシネをつくっているっていう、その時代の面白さも含めて、ぜひ機会があったら勇気を出して観てほしいなと思います。
渡辺:そうですか、黒沢清、今すごいね。新作もやっていて。
有坂:そうそう、Chimeっていう短編もやってるからね。
渡辺:『Chime』もいいしね。……なるほどな、どうしようかな、ウディ・アレンがかぶっちゃったんで、どうしようかと思ったんですが、じゃあ、別の5本目、もうこの人しかいないということで、僕の5本目はこれです。


渡辺セレクト5.アキ・カウリスマキ監督の『愛しのタチアナ』
監督/アキ・カウリスマキ,1994年,フィンランド,62分

有坂:うんうん。
渡辺:アキ・カウリスマキは、やっぱり一番思い出深い監督ではあるんですけど、最初のうちはレニングラード・カウボーイズっていう、超絶リーゼントでものすごいとんがったブーツを履いて、サングラスしているバンドの人たちみたいなところが有名になって、そのイメージだったんですけど、その後いろんな作品も観られるようになってきて、たぶん浮き雲が一番有名になった後に、過去のない男で一気に有名になっている感じだったんですけど。やっぱりイメージとしては、最初はよくわからない。みんな無表情だし、ぼくとつとした喋り方で、笑っていいのかどうなのかみたいなっていうのが、ちょっとつかみづらいところはあったんですけど、面白さがわかると、もう噛めば噛むほど味が出るみたいな感じになってきて、そのぼくとつさとか、「無表情なのにコメディなんだ」みたいなことがわかってきた中で、面白かったのが、この『愛しのタチアナ』だったんですね。その中でも、このすごい無表情でぶっきらぼうな喋り方で、ぎこちなくさえ思えるような演技なのに、なんでこんなに感情が伝わってくるんだろうっていう、それをあえてモノクロでやっているのに、すごくカラフルに思えるぐらいな、イメージが一番持てたのが、この『愛しのタチアナ』という作品で、カウリスマキの中でも、たぶん僕が一番好きなんですけど。なんかこのコーヒー中毒、カフェイン中毒の男とか、なんか設定が「そんなやついる?」っていう、そんなキャラクター、映画史上初めてじゃないかみたいな、何にも喋らないのに恋してるって伝わるみたいな、本当になんかそういうね、カウリスマキ独特の演出と世界観みたいのが、やっぱり面白いなっていう。そういうのを、この監督って本当にすごいんだなって思わせてくれた作品が、僕的にはこれかなっていう感じの作品でございます。
有坂:しかもこれ、ロードムービーでありながら、62分なんだよね。
渡辺:そうなんだよね。バディものでね。
有坂:この短さで、4人キャラクター出てくるロードムービーで、62分でこのクオリティっていうのはびっくりだったね。
渡辺:いい大人になって家出するみたいなね(笑)。
有坂:そうそう、ダメなんだよね、男たちがダメなんですよ。
渡辺:それが愛おしいっていうね。
有坂:そうそう、マッティ・ペロンパーね。配信でも観られるね。
渡辺:観られるね。なんかユーロでね、特集上映もやっていたしね。枯れ葉に合わせて。
有坂:そうだね。観てほしいね。カウリスマキはね、キノ・イグルーの名付け親になってくれた監督なので、僕らにとっては特別な人です。……はい、じゃあ最後、僕の5本目はフランス映画で締めようと思います。

有坂セレクト5.エリック・ロメール監督の『レネットとミラベル/四つの冒険』
監督/エリック・ロメール,1986年,フランス,95分

渡辺:うーん! おおー。
有坂:これは1986年の脂の乗っていた時期のエリック・ロメールのオムニバス映画になっています。レネットとミラベルっていう2人の女の子が主人公で、その2人が田舎で出会って、その後、パリで一緒に同じ部屋に住んで、その中でいろんな物語が起こっていくっていう、4つのエピソードを2人が演じていくっていう。本当に低予算、実際に撮影現場も少人数で、16ミリカメラを肩に担いでつくった、本当にプライベート映画みたいな、何でもないような女の子2人の日常を描きながら、なんでこんなに面白いの? っていう映画になってます。このレネットって女の子はすごく感覚派で、ミラベルはどっちかっていうと理論派っていう、2人の違いがあるからこそ、そのギャップにいろんな面白みが出てくるんですけど。第1話は、自転車のパンクがきっかけで2人が知り合って、その夜明けから朝に変わる瞬間に、一瞬だけ無音の瞬間が訪れる。静寂の時間が訪れる。それを「青の時間」という表現をしているんですけど、その青の時間っていうのを2人で体験しようよっていうのが1話目。2人が、その後パリで同居生活を始める。カフェに行ったらお釣りを出してくれない。面倒くさいカフェのボーイに絡まれているっていうのが2話目。本当にそういう、3話目は物乞いと窃盗常習犯みたいなテーマとか、本当になんでもないような女性2人のスケッチなんですけど、本当にエリック・ロメールっていう人じゃないと、こんな面白い映画にならないんじゃないかなというぐらい、唯一無二の世界をつくれる人なんだなっていうことを改めてこの映画で感じました。これって最初に言いましたけど、16mmフィルムで、本当に少人数のキャスティングで、低予算風に撮っているから真似できそうなんですよ。真似したくなるんですよ。真似すると、やっぱり改めてエリック・ロメールのすごさを知るみたいな。実際、僕は、映画は撮ったことないんですけど、撮っている人たちが、昔ビデオレンタルでバイトしていたときにいっぱいいて、その辺の人たちも言ってました。「わからない」って、なんであんなに面白くなるのか。
渡辺:会話劇だしね。
有坂:そうそう、会話が面白ければ映画として面白いのかというと、きっとそれだけでもなく、2人のキャラクターとか、夜中にすごい変な音楽をかけて2人で踊るシーンとかもあるんだけど、その選曲のセンスとか、あのダンスの気持ち悪さとか(笑)。あと、映っていますけど、このパンクしたチューブ直すこのタライっていうか、何て言うんだっけ、この綺麗な赤とか緑に映える赤とか、色彩センスも、衣装も、そういう音楽の選曲も、何から何まで含めて、やっぱり映画は面白さなんだなということを、このシンプルな映画だからこそ分かるのかなと思うので、今、観られるんだよね。Amazonプライム。ぜひ夏の間に観てほしいかも、特に1話目、青い時間は。これがたぶん、面白いと思った人は、エリック・ロメールの作品はだいたい行けると思うので、ぜひだんだんロメールも観てない人も増えてきてるからね。合う人が本当に好きになれると思うので、ぜひ観てみてください。
渡辺:濱口竜介監督とかは、思いっきりロメールの影響を受けている。濱口監督とかが、けっこう好きっていう人は、いいかもしれないですね。

 

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有坂:という10本、出揃いました。ちなみに、あと何用意してた?
渡辺:あとは、イーストウッドもそうだけど。
有坂:タランティーノとかこなかった?
渡辺:そう、タランティーノは、なんか何回も言っている気がしたし。
有坂:前に挙げたよね。
渡辺:あと、リドリー・スコットとかテルマ&ルイーズを言いたいと思ったら、なんか前に言ったなっていう。あと、キアロスタミとか、ウォン・カーウァイとか。でも、恋する惑星、言ったなと思って。
有坂:言ったね。
渡辺:あとヴェンダースとか、是枝監督とか、ウェス・アンダーソンとか、ポール・トーマス・アンダーソンとか、ジョン・ウー、ソフィア・コッポラ、ゴンドリー、ジャームッシュ、スパイク・リー、スコセッシ、トリフォーとかね、ノーラン、ヒッチコック、ガイ・リッチー、ケン・ローチ。
有坂:ケン・ローチ出なかったね。
渡辺:そうね。ケン・ローチも、なんか言ったなって思った。けっこうね、言っているんですよね。
有坂:だんだん回を重ねるとね。
渡辺:でもね、改めて思ったのは、いろんな角度から候補に挙がるってすごいなと思って。
作品でも監督でもテーマが全然違うのにさ。それでもまた挙がるってすげーなって、それだけ好きなのかもしれないし、監督とか作品の持つ力がすごいっていうのかもしれなけど。けっこうね、候補はめちゃくちゃありました。
有坂:スコセッシとかね、考えた。あとね、ジャック・タチ。プレイタイムとか、挙げようかなって思ったけど、ロメールにしました。
渡辺:フランス枠で(笑)。
有坂:フランス枠で。はい、ということでね、みなさんも自分のね、推し監督とか、もしいたら、また改めて教えてください。じゃあ、最後にお知らせがあれば。

渡辺:僕が、またFilmarksでリバイバル上映をやっているんですけど、今、90年代の洋画の名作とかをやっていたりするんですけど、ちょうど今やってるのがターミネータ2です。これはもう劇場で観たい作品ですし、未来でAIが暴走して人類vsAIの核戦争が起こるって話なんですね。それを止めるために、過去に戻ってきているっていうのがターミネータなんですよね。未来のリーダーのジョン・コナーの命を助けるためにボディガードをするみたいな、そういう役だったりするんですね。なんか、実はAIネタだったっていう話だったりとか、あと昔なんで、しかも、監督がタイタニックのジェームズ・キャメロンで、制作費を湯水のように使うでおなじみの監督なんで、ビル爆破したりとか、ヘリコプターを本気で危なく飛ばしているとか、今だったらもうCGでやっちゃうようなことを、ガチでやっている人なんで、そういうところも見どころです。あと、9月6日からさっき話にも出てきた、『恋する惑星』を劇場上映します。これもね、劇場で観たことないっていう人は、めちゃくちゃおすすめなんで、この前ね、恵比寿ガーデンプレイスのピクニックシネマでもやったんですけど、改めて観ても面白いので。音楽も最高だし、夏の季節にぴったりだと思うので、その辺もぜひ!

有坂:キノ・イグルーのイベントとしては、今週末が、横須賀美術館、台風の影響で屋外でできるかどうか心配ですが、それがあるのと、あと、9月14日、15日は二子玉川ライズの屋外上映会で、今年はワンダー 君は太陽の日本語吹き替え版上映をやります。これも一応申し込み制で、抽選にはなるんですけども、ぜひ興味のある方は遊びに来てください。あとちょっと先なんですけど、去年も開催した、今はなきテアトル蒲田という、なくなってしまった名画座を一日だけ復活させるという、あのプロジェクトが今年も無事開催できることになりました。いよいよ、来年はないんじゃないかと、老朽化でね、もうなくなる詐欺みたいに言われるのも怖いですけど、今年はちょっとここだけ先出しの情報で言うと、去年と同様、朝11時から夜8時までの9時間ぶっ通しのイベントというところは一緒です。今回のテーマは、「タイムテーブルのない映画館」ということで、9時間の中で短編作品10本やったり、トークショーがあったり、あと映画音楽のライブがあったり、ZINEのマーケットがあったり、もう9時間で、その時間を決めないので、その場のフィーリングで、じゃあ、これから映画やりますとか、ライブ始まりますとか、すごく時間に縛られないライブ感のあるイベントを、11月3日にやりますので、そこはぜひ皆さん、予定をあけてお待ちいただければと思います。去年はね、手紙社の小池くんも来てくれて、きっと今年も来てくれるんだろうなぁ。その答えは、後ほど聞けると思います。天の声で聞けると思います。

 

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有坂:ということで、今月のニューシネマ・ワンダーランドは、以上となります。皆さん、遅い時間までありがとうございました!
渡辺:ありがとうございました! おやすみなさい!!

 

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選者:キノ・イグルー(Kino Iglu)
体験としての映画の楽しさを伝え続けている、有坂塁さんと渡辺順也さんによるユニット。東京を拠点に、もみじ市での「テントえいがかん」をはじめ全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映。その活動で、新しい“映画”と“人”との出会いを量産中。

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有坂 塁(@kinoiglu)/渡辺順也(@kinoiglu_junyawatanabe