メランコリーそして終わりのない可笑しみ

日常に潜む非日常な感覚、物質の漂わせる孤独感。陽気なのか陰鬱なのか。その画面に表れる風景は等身大でありながら、どこかパラレルワールドに迷い込んでしまったかのような不思議な気持ちを引き寄せます。

自ら磨き手に入れた独特な写実描写は、質感や陰影からシュルレアリスムの様相を呈していて、じっと見ていると、ポップさの奥から奇妙さがクローズアップされていくような、ある種の没入感に浸ることができるのです。そんな快作・怪作を描く新鋭のアーティスト・HIROKI YAGIによるこの個展では、一人暮らしの日常から視点と着想を得たデジタル絵画「HOME SWEET HOME」シリーズをはじめ、その新作、そして新たな手法を試みた作品など20余点を展示します。

HOME SWEET HOMEシリーズより《担当者不在》2021年

この個展は、強い陽射しとセミの鳴き声が混在するような日に、体験して欲しいかもしれません。きっと忘れられない夏になりますよ!

 



対極にあるものだから面白い〜八木宇気の仕事〜

陰影の濃さが夏を強く意識させるような光射すある日、新鋭のアーティスト・HIROKI YAGIこと八木宇気さんの制作拠点にほど近い喫茶店で、今、個展に向けて考えていることや作品の背景について話を聞きました。駅前にはちょうど良いサイズの商店街があり、近くに多摩川の流れる場所が、今の八木さんの住み処。大学院まで横浜国立大学に通っていた八木さんにとって、馴染み深い沿線なのだといいますが、出身地の花火で名高い長岡市を流れる信濃川を望む風景と重なるところがあるのかもしれません。



八木さんが大学で学び研究していたのは、極めてデジタルな世界でした。プログラミングをベースに、情報メディアと呼ばれる分野。美大ではありませんが、ここでメディア芸術に接点ができたということになります。自身でも絵を描くことが好きで、システムエンジニアとして就職し、働きながら独学でイラスト制作を続けてきました。作家としての八木さんが大きく動いたのは、本格的な制作活動始めて3年ほど経った頃、「The Choice」に入選したこと(作品は上掲の《担当者不在》)。ここから展示への声掛けや仕事の依頼が増えてくるようになったそうです。その後、TIS(東京イラストレーターズ・ソサエティ)の公募展で入賞するなど、脂の載った30代をスタートさせています。

今回の個展タイトル「melancomic.」は、melancholic(憂鬱な)とcomical(滑稽な)を合わせた造語で、八木さんの中にある普遍的なテーマといって良いかもしれません。相反するものを組み合わせることで生じる違和感や奇妙さを、面白さや魅力に変換していく作業。そこにアーティストとしての矜持を見出しているように感じます。ダリやマグリットに感銘を受けて、シュールな世界観をつくるようになったといいますが、ともすると暗くて不気味な雰囲気の漂う画面に、可笑しさを感じさせるような空気や造形、ポップな色彩を加えていくことで、独特な“八木節”を演出しているのです。



上掲の作品は最新作の一部で、たまたま友人がちょっと傾いた画面の写真を送ってくれたことに、インスピレーションを受けての試みだといいます。不安定な景色と妙なリズム感。常世離れした視界の中に存在する俗っぽさ。物理的にも概念的にも、“コントラスト”という意識が制作の根底にある、と八木さん。そして、様々なきっかけから直感的に面白そうだと思ったことを作品に落とし込んでいきます。とりとめのないものとなりそうな“直感”を制御するのはコンセプトで、平たく言えばロジックということになります。直感的に得た面白さの要所は何処なのか、なぜ面白いと感じるのか、如何に画面上に落とし込むのが良いか。会社員時代にエンジニアとして仕事をする上で培われたロジカルな思考が、現在アーティストとして絵を描くことに生かされているのも興味深いところです。

これまで、作品の印象やそこから生じる人間の感情について、思考が大部分を占めていたという八木さん。直近の制作では、同時代性や表現の新しさにも目を向け、常に広い視野で探求し続けています。例えば、今は多くの作品をデジタルで描き、ジークレーなどに出力して作品とするスタイルを採っていますが、作品写真を見て興味を持ってくれた方が、デジタルで描いていると知ってがっかりする、というような経験もあったのだそうです。芸術の価値とは何なのかを考えさせられる1コマかもしれません。そんな自身にとってショックな出来事であっても、メディウムや技法によって絵の捉えられ方や価値のようなものが左右されること自体への面白さを感じ、今度はデジタルとアナログを同居させる作品も構想しています。「comic」というワードから、写実的な描写に漫画っぽい創作を加えるという作品も。どういう方法で「melancomic.」な世界を広げていくことができるのか、八木さんの挑戦は続きます。今回の個展がひとつの分水嶺になるのでは、という期待を膨ませつつ、これからますます注目されるであろうこの才能の一端を、見届けることができるかもしれない貴重な機会。確かめに来てみませんか?





▼HIROKI YAGI(八木宇気)
1991年新潟県長岡市生まれ。大学院卒業後、独学で絵の制作活動を開始。現在は東京を拠点に、主にデジタル絵画やミクストメディア絵画などを制作。憂いと笑い、具象と抽象、デジタルとアナログなど、相反する感情や感覚、表現手法から生まれる魅力を追求し、作品に落とし込む。
公式サイト https://hirokiyagi.com
Instagram @melan.comic

【HIROKI YAGI – melancomic. -】
会期 2024年8月7日(水)〜25日(日)※月・火定休日(祝日はオープン)
開廊時間 12:00〜18:00 ※22日(木)、23日(金)は22時までオープン
会場 TEGAMISHA ART GALLERY(調布市国領町2-12-19 goodroom residence 調布国領1F)
tel.042-426-4165

※作家在廊日 8/10(土)、11(日)、17(土)、18(日)、24(土)、25(日) 予定

カフェ・TEGAMISHA TERRACE(L.O.17:00)も、ぜひ併せてお楽しみください。