月刊手紙舎6月号で花田菜々子さんがセレクトした「雨音を聴くような気持ちで静かに読みたい本10選」。梅雨のこの季節に読みたくなる素敵な本を紹介していただきましたが、さて、同じテーマで手紙社の部員が10冊を選んだなら? 選者である部員のコメントともにお楽しみください!
✳︎ここで紹介した10冊を、手紙舎つつじヶ丘本店の一角に準備しました。どなたでも読むことができますので、カフェタイムのお供にぜひ!
1. 『あまつぶぽとりすぷらっしゅ』
作/アルビン・トゥレッセルト,絵/レナード・ワイスガード,訳/渡辺 茂男,発行/童話館出版
「ぽとり ぽっとん すぷらっしゅ」という雨音が、少しずつ音を変え、雨は水たまりから池、谷川から湖、牧場、そして町を通り最後は海に行き着く。
ワイスガードの渋い色合いの絵がストレートに伝える雨粒の旅で、ページをめくるごとに垣間見える動物や人間の暮らし。
渡辺茂男のリズミカルな訳詞が、雨の日の心を軽くしてくれるだろう。
じっくり絵をながめるもよし、子供に読み聞かせるもよし、の一冊。
(選者・コメント:はたの)
2.『めぐらし屋』
著/堀江敏幸,発行/新潮社
疎遠だった父が借りていた一人暮らしのアパートの遺品整理で見つけた、大学ノートに書かれた「めぐらし屋」という言葉。そう、わからないことは、いっぱいある。わからないことは、わからないままにしておくのがいちばんいいと教えてくれた父親が語らなかった過去と、主人公の蕗子さんの平坦な日常が重なり合う。
大切なのは、わかったという言葉によって削り取られてしまう小さな部分があることを知ること。例えば、地平線という言葉によって、本当は存在している小さなでこぼこをなかったことのようにきれいにまとめてしまうことや、色々なことを上手に要約してしまうことでこぼれ落ちてしまうものたちへ思いをめぐらすこと。他の人が聞いても気にも留めないようなことのなかに、心に残る思い出や日常があるということに気が付くこと。
全編を通して静かに降り続ける雨音に浸りながら、丁寧なことばに耳を傾けるようなお話です。
(選者・コメント:井田耕市)
3.『わたしの時間旅行』
著/山本容子,発行/マガジンハウス
雨の降る日。雨音を聴きながら部屋にいると外界と切り離された“日常なのにどこか日常ではない“不思議な空間が出来上がる。
そんな時に普段はパラパラめくるだけの画集やイラスト集をじっくり眺めると、まるで美術館の中にいて、一対一で作品と向き合っているような気分になる。
梅雨のある日、私が選んだのは「わたしの時間旅行」。画家の山本容子さんが表参道で建設中のビルの囲いにアートワークを依頼され、370点余りの絵を描き、それを一冊にまとめたもの。
旅をテーマにした作品たちは、家にいても私を時間や空間を超えた旅に連れて行ってくれる。カラッとしたモロッコの風景、有名画家が歩くパリの街角。容子さんの言葉。
420ページにわたる本の途中にふと顔を上げて窓の外を見ると、まだ雨粒が空から落ちてきている。
そして私は安心する。雨が降っている間は何に追われることもなく、時間旅行を続けることができるから。
(選者・コメント:みやこ)
4. 『キッチン』
著/吉本ばなな,発行/新潮社
何度も何度も読み返してきた本。この本を読む時は、自分の弱っている部分とか、心のちょっと凹んでいる部分とかが顔を出す。
そういう自分に気づくことは、けっこうしんどいのだけれど、主人公・みかげの言葉たちで綴る物語は静かな雨の音みたいに、しとしとと優しく心に響いてくる。
“何度も苦しみ何度でもカムバックする。負けはしない。力は抜かない。”
うんうん、と頷いている私がいる。
ほんとうはいつだって強くて明るい自分でいたいけれど、弱ってたり凹んだりしている自分もいてよいのだ……。
「キッチン」を読んだ後、私はいつも少しだけ、ダメな自分を好きになれている気がするんだ。
(選者・コメント:KYOKO@かき氷)
5.『ハーメルンの笛吹き男-伝説とその世界』
著/阿部謹也, 発行/筑摩書房
“130人の子供たちが1284年6月26日にハーメルンの町で行方不明になった”
グリム童話で有名なハーメルンの笛吹き男。ただの寓話ではないことをご存知ですか? せっかくの雨の日。日常を忘れ歴史を深く静かにさまよう旅に出るのはいかがでしょうか。
ハーメルンの笛吹き男とは一体何者なのか?何故この事件は起きたのか? 著者が想像の翼を広げ、丁寧に捉えた史実に深い考察を与えます。
おそらく何度か読み返し、たどり着いたと思ったらスタートに戻る。そんな旅になるでしょう。それでも、豊富な写真や絵画が想像力を刺激し、旅のエスコートをしてくれますのでゆっくりと。
ページを捲り続けると、気付けば行間から13世紀ハーメルンの人々がこちらを見ている気がします。彼らの世界観、宇宙に触れる瞬間が静かに訪れ、ココロが震えます。
この旅が終わり、雨上がりの街で空を見上げた時。この世界を、日常の喧騒を愛おしいと感じる事が出来るのではないでしょうか。
(選者・コメント:田澤専務)
6.『孤独の愉しみ方 森の生活者ソローの叡智』
著/ヘンリー・ディヴィッド・ソロー, 訳/服部千佳子, 発行/イースト・プレス
森のなかで自給自足の生活をしながら、自然と調和し、孤独と向き合ったソロー。心にじんわり染み渡ってくる名言集です。
自分のリズムで歩くこと、「みんな」は存在しないこと、自然と共に簡素に暮らすこと。忙しい毎日のなかでふと立ち止まり、自分と向き合うことのきっかけを作ってくれます。
“今日から、お金にならなくても本当の仕事を始めよう
今日生きるためだけの仕事をやめて”
(P214 より)
現代人の多くの悩みの原因になっている仕事に関することばも勇気付けられます。
“雨の音と交流する
やさしく慈悲にあふれた交流を”
(P296より)
雨の日に一人でお茶を飲みながら、静かな森の生活から紡がれたソローのことばを味わいます。じっくり孤独と向き合うことこそが、私たちに必要な時間なのかもしれません。
(選者・コメント:Mayamoon)
7.『さびしい王様』
著/北杜夫, 発行/新潮社
やさしい文体で書かれた大人のための童話です。そして、少し変わっている物語です。何といっても「前書き」と「後書き」が6個あって、「中書き」まであるのです。なかなか本文にたどり着かなくても、物語と関係ないのでは? と疑ったりしないで、のんびりと読んでください。むかし昔のお話のようで、実は物語が書かれた1960年代後半の空気が流れていて、21世紀の現代から見ると、まさにおとぎ話です。
こどものような王さまが、革命という危機で否が応でも変わり始めます。そして目まぐるしく物語は進みます。梅雨のような陰鬱な王宮での生活が一転、嵐が吹き、傘を差し伸べる仲間ができ、晴れ間が覗くかと思えば、最後には……。
遠い国の荒唐無稽なお話ですが、本当は怖くて悲しいのです。
(選者・コメント:のぶこ)
8.『がんばらない練習』
著/pha , 発行/幻冬舎
「すぐに帰りたくなってしまう」とか「からあげばかり食べてしまう」とか、こんなことばっかりやってちゃダメだよなぁと思いつつ、やっちゃうアレコレがのんびりとした文体で綴られています。深夜にしとしと降る雨音を聴きながら、気の置けない誰かさんと、長電話している時の様な気持ちで読めます。
特に好きなのはあとがきのこの部分。
“人生の全てが自分の思うように進んだとしたら、何の面白みもないだろう。そんなものは人生ではなくただの妄想だ。生きるということは自分の妄想と現実との差を確認し続ける行為だ。人生は思うようにならないからこそ、その中でいろいろいとやることがあるのだ。”
突き放す様な冷静さと、じんわりとした温かさが入り混じる感じが、ちっとも懐かないけど、たまに近寄って来てくれる猫のようで好きです。
(選者・コメント:sakuya)
9.『鳥が教えてくれた空』
著/三宮麻由子, 発行/集英社
……にわか雨? と慌てて顔を上げたら、家族が扇風機のスイッチを入れたところでした。そんな多愛ない音まで聞き逃せなくなるエッセイです。著者の三宮さんは4歳で一夜にして視力を失いました。空の手触りを想像していた彼女が「うわさで聞いた未知のもの」である空の存在を捉えるまでの経験と喜びを伝えてくれます。三宮さんは普通の人なのです。
見えない世界を受け入れるために、彼女の周囲の大人たちも手を尽くしてくれました。それでも触れない空の存在を実感するには足りないのです。だからこそ、自分の感覚、点と点がつながって開いたと彼女が気づいたその感激に胸を打たれます。
三宮さんが「地上から空を聞いた」とき、渓谷の上から「セミの声が下から聞こえる」と周囲に伝えることができたとき、私たちは自分に五感があることを知るでしょう。
(選者・コメント:まっちゃん)
10.『おじさんのかさ』
著/佐野洋子, 発行/講談社
『おじさんのかさ』と言う題名に惹かれて手にとりました。
おじさんが大切にしていた傘。傘への強い愛着とこだわりが変化して、別の形の愛着へとなるきっかけにほんわかします。
物を大切に思う気持ちと、物は使ってこそいかされていくと思う気持ちが芽生えます。雨の日の楽しみをおじさんに教わり、傘をさしてお出かけしたくなります。
(選者・コメント:伊万里のともこ)