これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?


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第23回「生活の拠点を変えるイメージってありますか?」

 

月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。

先月、「紙博&布博 in 京都」でトークショーに出演するため京都を訪れたのですが、コロナ禍前のように海外からの観光客が戻っていることを実感しました。このGWも全国各地で、以前のような賑わいを取り戻すことでしょう。私はGW中は家や近所でのんびりゆっくり過ごすのを楽しみにしています。

5月はkohaさんからの相談にお答えします。“悩み”というよりも、視野を広げるための軽やかな思考というふうにもとらえることができるお便り。読者のみなさんも、GWに一緒に考えていただくのにいい内容だなと感じています。


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相談者:kohaさん

甲斐さんこんにちは。毎月楽しみにしています。

わたしは生まれも育ちも東京で、20代独身です。とくにまわりにそういう人がいるというわけではないのですが、色々な情報を目にする機会も多く、最近ふと地方移住について考えたりしています。

これまでと変わった環境、空気での人生、新しいコミュニティー。東京の環境にそれほど不満もなければ、便利さにも慣れてしまっているので、まだ妄想の域を出ないのですが……。

甲斐さんは大阪、京都、東京(?)と生活の場が変わってきたかと思います。環境が変わることについての思いなどありますか? また、甲斐さんのまわりで都会から都会でないところへ移住した方がいたら、どんな感じなのか気になります。

とりとめなくすみません、よろしくお願いいたします。


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ちょうど先日も親しい友人夫婦から「移住や2拠点生活についてどう思う?」と問われて話をしたところでした。友人夫婦は私と同じ40歳代。最近、東京ではない場所に住まいを持つのもいいなと思い始めたそうです。なにせ東京は家賃が高い! 私もときどき日々の忙しさでストレスがたまったとき、インターネットで他地域の賃貸物件を眺めては、その部屋・その土地に暮らすことを想像します。今とは違う暮らし。そこに思いを馳せることで、私の場合、不思議と心が緩むのです。友人夫婦とは、住むならあの土地はどうだ、ここが住みやすそうと、とりとめもない話に。その上でお互いに、2拠点生活ならば現実味があるけれど、完全移住は難しいかもしれないね、という結論に達しました。


私が完全移住が難しいと思った理由はまず第一に、車の運転が苦手であること。運転免許は持っていますが、向いていないことが分かっているので、日頃から人任せです。交通が発達している都市部以外の暮らしには、車の運転はできるに越したことはありません。それから私は、社交的ではないという自覚があるのも大きな要因。濃密なご近所付き合いやコミュニティに属することも不向きな性格だと思っているので、現時点では都市部での生活が合っていると感じています。けれども将来的には、どこか別の土地と東京を行き来する可能性はなきにしもあらず。10年後はどんなふうに暮らしているか、まだまだ分かりません。分からないからこそ、不安も楽しみも両方あります。


何年か前に、東京から実家のある屋久島にUターンした方とお話しをする機会がありました。その方はある時期までは、本や映画や音楽やファッションや……カルチャー的なものを楽しんで過ごしていたけれど、今の時代はネットショッピングで購入したものが2~3日以内には到着するので、暮らしていくのは東京でなくてもいいと思い切りがついたそう。確かに物質的な便利さにおいては、日本中どこでも、それほど差がありません。全国各地にステキなお店はたくさんあって、都市部ならではという感覚もなくなってきました。


身近な友人にも、この10年以内に、東京から東京以外に移住した人はたくさんいます。しかしながら、今は本当に気軽に、写真を送ったり連絡を取り合ったり、定期的に会うこともできるので、遠く離れてしまったと悲しい気持ちはそれほどありません。むしろ、友人が越した先の土地を身近に感じるようになったり、遊びに行ける場所ができたなと、心嬉しく思います。移住した友人たちもみな、移住先で楽しく暮らしているようです。「自分の暮らしは、自分で楽しく作り上げる」そんな気持ちを持った方たちばかりというのもありますが、自分で自分を分かっていれば、暮らしを楽しもうという気持ちがあれば、東京でも東京以外でも、生き生き過ごしていられると思います。


仕事で各地の自治体に携わらせてもらう中、kohaさんと同じ20代の知人・友人もできてきました。“まちづくり”や“観光”に関わりある方たちというのもあるかもしれませんが、感心するほど身軽に移住や転職をしていて、いろんな可能性があるのだなと頼もしく見つめています。この春にも、数年前に関西で出会ってイベントを担当していただいた方から、「北陸に移住します」と連絡がありましたが、きっとまた会えると楽しみにしています。


静岡生まれの私は、大学4年間を大阪で過ごし、その後に京都暮らしも体験し、今は東京生活20年以上。10代~20代の自分には、大阪や京都は海外留学したのと同じような異文化が待っていて、今思えば刺激的で楽しい日々でした。若い頃の感性で、異なる文化、異なる価値観、異なる言葉、異なる食生活……当たり前とは違うことだらけの中で暮らすことができたのは、宝物のような経験です。


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kohaさんは東京以外の土地へや、環境を変えてみることに興味がおありだと思うので、すぐに完全移住といかずとも、いろいろな土地で開催されているイベントに参加してみるのはいかがでしょう。多くの自治体が、移住に向けての、体験会・ツアー・トークショーを開催しています。そこでkohaさんと同じように、“今とは違う場所で暮らしてみたい”と考えている方と出会い、情報交換できるかもしれません。妄想から一歩踏み出してみると、世界が一変することもありそうです。それから、東京といえども、土地が変われば環境も変わります。昨年、東村山市のまちづくりワークショップに参加したのですが、普段自分が暮らしている東京の地域とは違った魅力があり、同じ都内でも異なる生活やまちのよさがあるのだなとあらためて感じることができました。
20代のkohaさんはまだまだたくさんの可能性を秘めているので、なにかしら行動してみてほしいです。個人的には環境の変化を経験するたび、一段ずつ成長できた気がしているので、ぜひぜひぜひ、と背中をおしたいです。どんなことでもやってみて初めて、向き不向きに気がついたり、土地ごとで変化する自分を実感できることがあって、無駄なことはありませんでした。こうしてkohaさんへ送る言葉を綴りながら、自分も50代になったら、再び環境を変えてもいいかなあと思い始めてきました。


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甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、エッセイ集『たべるたのしみ』『くらすたのしみ』『田辺のたのしみ』(ミルブックス)など、著書多数。2022年11月に『乙女の東京案内』(左右社)、2023年4月に『地元パン手帖』(グラフィック社)を2倍以上の情報量でリニューアルした『日本全国 地元パン』(エクスナレッジ)を刊行。