あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今月の本部門のテーマは、「散歩で世界を発見するための、よい本」。その“読むべき10冊”を選ぶのは、ブックコンシェルジュや書店の店長として読書愛を注ぎつつ、私小説も人気を博している花田菜々子さん。「雰囲気こそ大事なのでは?」という花田さんが雰囲気で(いい意味で!)選ぶ、ジャンルに縛られない10冊をお届けします。
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1.『日常の絶景 知ってる街の、知らない見方』
著・文/八馬 智,発行/学芸出版社
建築デザインや土木が好きな人にはたまらない1冊。みんな大好き(?)な室外機からショッピングモールの駐車場、鉄塔、はては砂防まで、ふだん見ても何とも思わなかった「街でよく見かけるもの」にデザインの視点という補助線を1本引いてもらうだけで、あれはこんなに面白いものだったのかと発見ができるようになります。楽しい……。
2.『秀和レジデンス図鑑』
著・文/谷島香奈子・haco,発行/トゥーヴァージンズ
純喫茶のブーム、平成レトロブームなど、わたしたちはなつかしさに憧れを見出してやまない生きものなのかもしれません。しかし真のレトロ好きたちが待ちに待ち望んだ“あれ”についての本がついに誕生しました。その名も『秀和レジデンス図鑑』。あの青い瓦に白いボコボコの壁のマンションの知られざる魅力がたっぷりつまった1冊。「いい」マンションを探す散歩っていうのも楽しそう。
3.『ほじくりストリートビュー ザ・フューチャー』
著・文/能町みね子,発行/交通新聞社
グーグルマップが進化した現代ならではの、新しい散歩の楽しみ方。まずグーグルマップで「これどうなってるんだろう」と気にかかるへんな地形や独特な道を探し、実際にその場に行ってみて確かめる、という、地図好きにはたまらない試みです。読み終えた後は「自分の家の近所にも絶対なにか掘り出し物のスポットがあるはずだ!」とグーグルマップを開いてしまうこと間違いなし。
4.『世界を、こんなふうに見てごらん』
著/日高敏隆,発行/集英社
ここまで紹介した本が教えてくれるのは、見方を「知る」と、今まで見えなかったものが見えるようになるということ。べつにただ散歩しているだけでも十分に面白いのだけど、やっぱり何かを発見できることがうれしいんだと思います。動物行動学者の著者による、エッセイというよりも『語り』とでも呼びたくなるこの1冊は、人生の中で何度も読み返したくなる哲学的なメッセージ。春らしい表紙は誰かにプレゼントするのにもよさそう。
5.『ウォークス 歩くことの精神史』
著・文/レベッカ・ソルニット,訳/東辻賢治郎,発行/左右社
歩くことに魅せられている人にぜひおすすめしたい本格的な1冊。「災害ユートピア」や「説教したがる男たち」の著者として今もっとも注目されている書き手、レベッカ・ソルニットが歩くことについてさまざまな角度から捉え、思考と文化と歩行がいかに深く結びついているかを綴っています。歩くことはたしかに心に良さそうだけど、こんなにもその深さを言葉に(そして500ページ以上の分厚さの本に)できるなんて、と感動。
6.『夜のピクニック』
著/恩田 陸,発行/新潮社
歩くことにちなんだ名作小説も1冊ご紹介しておきましょう。日本を代表する作家のひとりである恩田陸さんの初期のベストセラー。かくいう私もこの本で恩田陸さんを知りファンになりました。夜を徹して80キロを歩く高校生活最後のイベント「歩行祭」で、主人公はある思いを胸に秘め、賭けに出ようとしていた——。歩くことで生まれる奇跡のような夜。永遠の青春小説です。
7.『今日を歩く』
著・文/いがらしみきお,発行/小学館
こちらも出会って以来マイフェイバリットな1冊。『ぼのぼの』の作者であるいがらしみきおさんが毎日同じ道を歩くことを漫画にしているだけなのだけど、この描写力、モノローグ、どこか不穏な人々の表情、読後にじわりと広がる余韻、すべてが好き。なんとなくやる気が出ない日やじわじわ低空飛行の時期にふと読み返したくなります。
8.『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』
著・文/パリッコ,発行/スタンド・ブックス
酒場ライターとして活躍するパリッコさんの、まち探検の日々と身近な自由研究的試みをまとめた楽しいエッセイ集。これまで飲み歩きをメイン活動としていたパリッコさんがコロナによって最大の喜びを奪われる中で、日常に面白さを探し、自分のアイデアで新たな楽しみを作り出していくところがすごい。人生の幸せって、どれだけ自分で自由研究のテーマを見つけて夢中になれるかなんじゃないか……なんて、そんな大それたことをふと考えてしまった。
9.『47都道府県女ひとりで行ってみよう』
著・文/益田ミリ,発行/幻冬舎
散歩の延長のような旅行がしたい……と思います。友達と観光名所を目指し、スケジュールを組んで、おいしいものを食べて……と、そんなのではなく、地味な場所にひとりで新幹線とかで行って、名所で写真を撮ることもなく、なんでもない道をただ歩いて適当なビジネスホテルに泊まって帰る。そういうのいいよな〜と思ったら、すでに2008年に益田ミリさんがやっていました。「旅行=珍しい経験をしなきゃ!感動しなきゃ!」から解き放たれた低テンションのレポートに共感!
10.『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』
著・文/松田英子,発行/朝日出版社
最後に、現実とはちがうもうひとつの世界についての散歩の本を。眠るときに見る夢についての本なのですが、夢ってほんとうにいい夢のときは「もっと夢の中にいたかったのに!」って思うし、いやな夢のときは起きて夢だとわかっていても嫌な気分から抜けられない。そんな“夢”を、なんと自分の思うようにコントロールできるというのです! とはいえ、読んだだけですぐ思い通りの夢が見られるわけではなく、まあその辺はダイエット本を読んだだけではやせないのといっしょか……。でもやってみたい!! と思わせてくれる本でした。
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選者:花田菜々子
流浪の書店員。あちこちの書店を渡り歩き、現在は「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で店長をつとめる。著書に『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』など。