あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。11月号の音楽編のテーマは、「私の夕暮れ」。“聴くべき10曲”を選ぶのは、手紙社の部員たちに向けて毎月「歌謡曲の向こう側」という講義を行ってくれている、山口大学教授の堀家敬嗣さんです。自身もかつてバンドマンとして活動し、幅広いジャンルの音楽に精通する堀家教授の講義、さあ始まります!






夕暮れ歌謡曲

[夕暮れ]
伊藤つかさによる〈夕暮れ物語〉(1981)の余韻が冷めやらないうちに堀ちえみの〈夕暮れ気分〉(1983)が発表されたことは、ささやかではあれ、ある困惑と動揺を歌謡曲の歴史にもたらしました。

伊藤つかさが〈少女人形〉(1981)でデビューしたわずか半年後に、堀ちえみは〈潮風の少女〉(1982)でデビューしています。〈夕暮れ物語〉は伊藤の2枚目の、〈夕暮れ気分〉は堀の8枚目のシングル盤となります。生まれた日の1週間と違わないふたりがともに[少女]の語をまとって登場し、やがて[夕暮れ]の語に頼ったことは、これを単なる偶然としてやりすごすにはいかにも特異な事態であるように思われます。


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なにしろ、タイトルに[夕暮れ]の語を含むシングル盤そのものがさほど多くは発表されておらず、事実、「オリジナルコンフィデンス」誌がレコードの売りあげ枚数に関する集計を開始した1968年の1月4日号から2005年の11月28日号までのあいだに、[夕暮れ]の語をタイトルの冒頭に冠したシングル曲は10作しか登録されていません(*1)。もちろん、シングル盤として発売されながらチャート入りしなかったものや、タイトルの途中や末尾にこの語を配してチャート入りしているシングル曲の存在などは想定できます。

ただし少なくとも、この期間の「オリジナルコンフィデンス」誌における各週間の売りあげチャートの上位100曲、および特に2002年11月から2005年11月についてはその上位200曲に、伊藤つかさの〈夕暮れ物語〉と堀ちえみの〈夕暮れ気分〉を含め、[夕暮れ]の語からタイトルを綴るシングル曲がわずかに10曲以外に認められないこと、しかもそのうち「夕暮れ+名詞」のかたちでタイトルを完結させているものが伊藤と堀の2曲よりほかないことは、どれほど強調しても過当ではないでしょう。

伊藤の歌手としての履歴において〈少女人形〉の361,890枚に次ぐ203,500枚を売りあげた〈夕暮れ物語〉は、その21週に次ぐ14週にわたってチャート入りしたうえで、最高位を9位としています(*2)。堀の〈夕暮れ気分〉の場合には、〈さよならの物語〉(1983)の186,990枚を最多に〈クレイジーラブ〉(1984)や〈リ・ボ・ン〉(1985)、〈青い夏のエピローグ〉(1983)につづく143,990枚の売りあげを記録しました。また、〈潮風の少女〉の16週に次ぐ15週にわたってチャート入りし、その最高位は8位となっています(*3)。

こうした状況においては、とりわけ後続曲は先行曲の二番煎じの印象を与えかねず、ましてそれらの歌い手は同時期に活躍した同年齢の女性アイドルである以上、メディアへの露出の次第、いわば商品としてのイメージが重複し、楽曲とともに彼女たち自身の存在性もまた、聴衆であり消費者である受け手に混同される懸念があります。つまり、シングル盤という商品、あるいはむしろアイドル歌手という商品の流通に資するイメージ戦略上の都合からすれば、こうした事態は当然ながら回避されるべきものであったはずです。

先行する伊藤つかさの側にはこの事態を予見できようもなく、だからより正確には、伊藤の〈夕暮れ物語〉の残響が減衰しきらないうちに堀ちえみの側が〈夕暮れ気分〉を発表したその事実にこそ、尋常ならざる判断があったわけです。






実際、彼女の制作スタッフは、それまで彼女が積みあげてきた、さらにそれから積みあげていこうとするアイドル歌手としての履歴を検討し、この楽曲を世間に送出するのに最適の時機を待ったといいます(*4)。要するに、商品の流通に資する関係的な理由、たとえば堀ちえみが伊藤つかさによって相対化され、これにともなって堀も伊藤を相対化してしまうことの危惧よりも、なお優先しなければならないなにがしかの事情が堀ちえみの側に存していたことになります。



「秋は、夕暮」
堀ちえみの〈夕暮れ気分〉は秋のさなかの10月5日に、伊藤つかさの〈夕暮れ物語〉は、その2年前の晩秋ないし初冬となる12月1日に、それぞれ発売されています。ただしこれはあくまでもシングル盤の発売日であって、当時の歌謡曲はこれを先取し、ラジオ番組が楽曲の一部または全部をあらかじめ紹介していたほか、CMやテレビドラマのタイアップ曲としてその発売以前から露出させ、その発売とともにこれがチャートの上位に順序づけられる機運を前のめりに煽ることが通常でした。

つまり当時の主要なアイドル歌手によって歌唱される最新曲は、基本的にはシングル盤の発売日までには、すでに聴き手の耳に相応になじんでいたことになります。この両曲も例外ではなく、そうした事情を考慮する限りにおいて、伊藤つかさの〈夕暮れ物語〉もまた、あらかじめ晩秋には聞こえていたわけです。

[夕暮れ]の語には秋の気配がつきまといます。もちろん、春夏秋冬の四季の如何を問わず[夕暮れ]は訪れます。にもかかわらず、[夕暮れ]の語には秋の気配がつきまといます。

歌い手であるふたりの[少女]とともに、〈夕暮れ物語〉の安井かずみも〈夕暮れ気分〉の諸星冬子も、いわばこの気配を歌い手の存在性に浸透させるべく言葉を紡いだ作詞家がそろって女性であることは重要です。というのも、この気配を敏感に察知し、いにしえに日本語をもってそれを書記した随筆で知られているのもまた、ひとりの女性だからです。

清少納言による「秋は、夕暮」の端的な筆致は、[夕暮れ]の語を秋の気配から不可分のものとしました(*5)。『枕草子』が「秋は、夕暮」と記し、「夕暮は、秋」とは記さなかったこと。そこに彼女の卓才があります。春夏秋冬それぞれに[夕暮れ]は訪れます。これら無数の[夕暮れ]のなかで、わけても秋のそれを清少納言が愛でたわけではけっしてありません。「夕暮は、秋」ではなく、あくまでも「秋は、夕暮」なのだと彼女は記しているのです。 つまるところ、ある秋の日に、[夕暮れ]こそがもっとも適切にこの季節を表象し、それゆえこの季節を表現するのにもっともふさわしい決定的な時間帯であるものと彼女は看破したわけです。そこに描写される[夕暮れ]の光景がどれほど陳腐にしても、この語に秋という季節の性質を、いわば秋性を託した彼女の卓見にはいまなお褪色するところがありません(*6)。

それにしても、清少納言が[夕暮れ]のうちに看取した秋という季節の性質すなわち秋性とは、いったいどのようなものでしょうか。

明けては暮れる日の循環を、やはり明けては暮れる年の循環になぞらえるとき、それは容易に理解されます。現在が一瞬のうちに更新され、過去に回収されるとともに未来を侵食していく不可逆的な、直線的な時間の流れにあって、にもかかわらず朝昼夕夜が周期的に反復される日々と同様に、周期的に春夏秋冬として反復される歳々の季節。

昼と夜のあいだで、昼から夜へと日が暮れていくように、夏から冬へと暮れていく年。ある年における秋とは、ある日における[夕暮れ]のことにほかなりません(*7)。「秋は、夕暮」の簡潔にして端正な筆致をもって『枕草子』が指摘したのは、まさしくこの等価性なのです。

[夕暮れ]とは、昼と夜のあいだの閾、その境界のことです。そして明けては暮れる日をまるごと、しかし今度はひとりの人生に、誰かの一生になぞらえるならば、昼間を子供の時刻、夜間を大人の時刻とみなす限りにおいて、閾となる[夕暮れ]とは、この日のなかでその誰かが子供から大人へと変容しつつある汽水域となるはずです。



[少女]
暮れていく日と暮れていく年とを照合するとき、昼から夜へと移行するはざかいの時刻である[夕暮れ]は、夏から冬へと移行するはざかいの季節としての秋の性質を孕みます。暑気の残滓とともに彼岸をすごし、あとはただ冬至に向けて急かされるように陽の沈み日が暮れるのが早くなるこの季節は、学校帰りの子供たちが[夕暮れ]と邂逅する季節でもあります。

次第に冷える空気は徐々に澄みわたり、濁りのない鮮明さで色彩を変容させる果てなき[夕暮れ]に包まれ、子供でも大人でもない思春期の、いまだ情緒の定まらない彼ら彼女らが光の分子となってそこに溶けていくこと。だからたとえば仮に、それが[少女]の行方に広がるものであったとして、[夕暮れ]は、子供から大人へと、女の子から女の人へと変容しつつある思春期の彼女たちの、人生における秋性の隠喩となるにちがいありません。

なるほど、一生における[夕暮れ]とは、死という漆黒の闇夜が切迫した、人生の晩年を形容するためにこそふさわしい言葉であるようにも思われます。しかしながら、老人期を黄昏になぞらえる人生観は、ある生産的な生涯における直線的な成長と連続的な同一性を前提とし、その意味で男性性に傾斜しています。むしろここでは、そうした成長や同一性が分岐ないし分裂し、その切断面こそが[夕暮れ]の相貌に彩られるものと考えるべきでしょう。

つまるところ、ここで[夕暮れ]を迎え、漆黒の闇夜へと連れ去られるのは、まぎれもなくひとりの[少女]です。[夕暮れ]は、[少女]にとっての漆黒の闇夜を、要するに死を準備し、あるいは少なくとも、ひとりの女性における[少女]期の、その[少女]性の死を宣告する最後の煌きなのです(*8)。実際、たとえば結婚を機に女性たちが生まれながらの姓を変えることは、ここで彼女たちの自己同一性が切断されることにほかなりません。そのうえで、彼女の人生はこれまでとは別の生活へと組み込まれていきます。

[少女]の行方に広がり、彼女たちの到達を待ちうける[夕暮れ]とは、いわば子供から大人へと転生するために不可避の通過儀礼なのです。〈少女人形〉でデビューした伊藤つかさにとっての〈夕暮れ物語〉や、〈潮風の少女〉でデビューした堀ちえみにとっての〈夕暮れ気分〉とは、おそらくそうしたものです。

[夕暮れ]の秋性は、[少女]における女性性ときわめて親和的です。なによりもまず、それは昼の光から夜の闇へと不断に変容していく景色の一期一会の美しさに、愛らしい子供から麗しい大人へと移行するさなかにある[少女]の変貌が率直に反映されるからでしょう。

加えて、昼の光すなわち子供の時期の終焉を告げる[夕暮れ]のころとは、後戻りのできない、取り返しのつかない瞬間ごとの変容について覚えるいたたまれない喪失感や、にもかかわらず、なすすべもなくただ呆然とその変容の全体に包まれ、これに身を委ねるよりほかすべのないことの無力感、さらには夜の闇すなわち大人の時期を迎えることに対する底のない恐怖感といった、いくつもの感傷が複合的に象る一種の憂いをまとった、どこまでも情緒的な時間帯です。

こうした[夕暮れ]の空間的な属性と時間的な属性は、生産的な生涯における直線的な成長と連続的な同一性を前提とする男性性のみならず、商品としての男性アイドル歌手に対して期待される存在性にもそぐわないにちがいありません。

ところが、ある一定の女性アイドル歌手について、ある一定の瞬間に限ってのみ、そうした[夕暮れ]の属性が、彼女たちに期待される存在性と合致することがあります。彼女たちの作詞家は、その楽曲の歌い手がそうした瞬間を迎えたことを、もしくはそうした[夕暮れ]が彼女のなかに訪れつつあることを感知し、この語を歌詞のうちに招来します。女性アイドルとしての伊藤つかさや堀ちえみが生きたのは、そうした生成変化なのです。

〈夕暮れ物語〉を収録した伊藤のアルバムが《さよなら こんにちは》(1982)と名づけられたことは、こうした観点からすれば相応に象徴的です。堀の場合と比較してはるかに性急に、[少女]から[夕暮れ]までの過程を彼女は駆け抜けました。その実生活における中学卒業の時機に合わせて発表されたこの盤面において、自身のうちで希薄化していく子供性に「さよなら」を、濃密化してくる大人性に「こんにちは」を告げています。






とりわけその冒頭に収録された〈さよなら こんにちは〉では、「夕暮」に「あなた」に「言」えなかった「好き」のかわりの「さよなら」が、やがて「私がおとなになる日がきても」なお「忘れ」られない「思い出」となるとき、彼女は「友達」のままだった「初恋」に「こんにちは」と語りかけるはずです。



[風船]
ところで、伊藤つかさが歌唱する〈少女人形〉の語り手である「わたし」は、「みんな」から「人形」にたとえられるとともに、「白い風船」にもたとえられていました。また、堀ちえみの最初のアルバムである《少女》(1982)のジャケット写真は、実際にたくさんの白い[風船]が床を埋めるなか撮影されています(*9)。

これら白い[風船]には、だから彼女たちの[少女]性を表象するひとつの記号としての機能が企図されているわけです。

なによりもまず、この設えにおける白色は、[少女]の無垢さや無邪気さ、穢れなさなどの謂となるでしょう。






さらにはここでの[風船]が、ほんの微風にも揺れそよぐ不安定さや繊細さ、ひとたび手を放せばたちまち宙に舞いあがる所在のなさや軽やかさ、内包する気体の量に応じて大きく膨らみ、あるいは小さく萎む未定型の、可塑的な柔軟さ、ときにそれが注入される勢いのあまりにわかに破裂する脆さや儚さ、視認できるそうした特徴から、彼女たち思春期の[少女]のうちに芽生えつつある抽象的なさまざまの気持ち、わけても夢の容器としての心の隠喩となり、場合によっては内容物たるこれら目視できない概念それ自体となることは、およそ想像に難くありません。

〈夕暮れ物語〉につづく伊藤のシングル盤のタイトルが〈夢見るSeason〉(1982)であり、さらには堀の《少女》に後続するアルバムのタイトルが《夢日記》であったことは、だからいかにも示唆的です。その[風船]が白く手つかずの状態であること、それは、彼女たちが思い描き、その人生を彩っていく夢の可能性に際限がないことを意味します。無彩色だった[風船]が、彼女たちの夢が、その[少女]性が、しかしいまや[夕暮れ]に染まろうとしています。

実際、ひとりの[少女]と、彼女が自らこれを彩る光の分子となってそこに溶けていくような、ある圧倒的な[夕暮れ]の光景との最初の邂逅は、おそらく浅田美代子の〈赤い風船〉(1973)のものでした。




彼女のこのデビュー曲は、4月21日に発売されました。堀ちえみが誕生するちょうど11年前の同じ日に生まれた浅田は、当時すでに17歳であり、白い[風船]に託された伊藤や堀のようなあどけないまでの[少女]性は、彼女のなかではどれほどか摩耗していたことでしょう。要するに、もはや白い[風船]のそぐわない年恰好の彼女は、[少女]の語を冠して歌手デビューする資格を欠いており、その行方に広がる[夕暮れ]の語を直接的に楽曲のタイトルに含めることもまた、慎ましく忌避されたわけです。

1973年2月14日からTBS系列で放送が開始される『時間ですよ』第3シリーズの劇中歌として、“相馬ミヨコ”の役名で登場する住み込みのお手伝いの役柄で彼女が歌唱する声をもって、〈赤い風船〉はあらかじめお茶の間に浸透していました(*10)。こうした事情も、秋の気配がつきまとう[夕暮れ]の語をこの楽曲がタイトルに謳っていない理由のひとつかもしれません。加えて、そこにはテレビドラマのなかで浅田が担っていた役柄のイメージが反映され、あるいは逆に、この楽曲の側からもその役柄のありように干渉せずにはいなかったはずです(*11)。

ひとりのアイドル歌手としての浅田の存在性について、こうしてテレビが伝播したイメージへの依存の度合いはあまりに高く、そこから〈赤い風船〉のみを抽出することはおよそ困難です。

それでもやはり、〈赤い風船〉とは、[夕暮れ]に染まった[少女]性それ以外のものではありえません。まぎれもなく[少女]の[夕暮れ]を歌ったそれは、のちの伊藤つかさや堀ちえみの歩みをうながす一条の轍となります。[夕暮れ]にふさわしい季節に発表されたものではなかったこの楽曲は、けれど件のドラマの放送が終了する秋口の9月5日まで、半年以上の長きにわたって劇中で使用されます。

そのうえで、浅田美代子がこの楽曲をもってレコード大賞などの新人賞レースに参入することによって、むしろ秋から歳末にわたって今度は歌手としての彼女の歌唱が露出する機会が増大し、[少女]の[夕暮れ]を実現していきます。最終的にはこの楽曲は、1973年の第10位となる売りあげを記録し、その年の新人のシングル盤では最大のヒットとなりました。



夢の容器
[少女]が跳躍し、[夕暮れ]へと飛翔するためには、ある種の魔的な揚力を、いわば[少女]の季節から[夕暮れ]の季節への架け橋を必要とします。夢こそがこの魔力であり、風船とはまさにその容器のことです。 〈赤い風船〉において、その歌いだしから「あの娘」と「こんな夕暮れ」とを結合させていたのは、まぎれもなく「赤い風船」でした。それゆえここでは、[少女]と[夕暮れ]とは、互いが接する界面を活性化させて自らの領分を主張し、明瞭に区別された各々がそれとして概念化する以前の、渾然一体となった未分化の状態にあるとさえいえます。

換言すれば、こうした未分化の状態こそがここで「赤い風船」とされるものであって、それは[あの娘]がもはや[どこの娘]とも知れないような光の粒子となって[夕暮れ]のうちに溶け込み、これを彩るような、[少女]とも[夕暮れ]ともおぼつかない原風景の謂いとなります。

肺の膨らむ限り深く息を吸い込んで胸いっぱいの空気を溜め入れ、口もとに寄せた[風船]にこれを勢い大きく吹き込むとき、それはゴムの皮膜で外側と隔てられた袋の内側に風を抱いた船にちがいありません。放射状に拡散しようとするこの空気の力を皮膜の内壁に囲い、その勢いのかたちを柔軟に伸縮する材質の表面に反映させながら、手もとを離れてそれは宙に浮き、気流を漂います。

これが[少女]と[夕暮れ]とを仲介する魔力もしくは架け橋であるとすれば、それは、この袋が、それ自身たる薄い皮膜の介在をもって区分けた両側の界面に活性化をうながすような、ある流体力学的な組み込みとなるからです。

ここで[風船]に吹き込まれる呼気は、ひとつの微かな吐息であってもかまいません。吐息とは、躊躇のフィルターに濾されて喉もとを通過できなかった音声が呼気から剥離し、再び身体の内側に呑み込まれる一方で、その網目を透過した感情の塊だけが身体の外側へと溢れた、言葉にならない言葉の表出です。音声という聴覚的なかたちとして実現する機会を持てないまま潜在し、ただ空気の流れとして身体の外側に漏出した言葉。

このとき、[風船]は、もはや身体の内側に溜め置けない余剰の感情を預かる容器となります。ここで柔軟に伸縮する自らの素材の性質を生かして[風船]の表面に反映されるもの、それは、この皮膜の介在をもって活性化する界面の両側から相対的に限定される、力学的な関係性の輪郭にほかなりません。

伊藤つかさの〈少女人形〉において、「みんな」から「夢を見る人形」と「呼」ばれる「私」の様子は、すぐさま「風に揺られ」て「飛んで」いる「白い風船」へと置換されます。

つまりここでは、ひとりの[少女]たる「私」は、「夢を見る人形」でありながら同時に不安定な「白い風船」でもあるわけです。いまだ確固たる行動の規範を獲得することのない彼女にとって、「夢を見る」こととは、他人の支えなしには自立できない「人形」のように、自身の外側で生じる空気の流動に依存して凭れかかり、ふわふわと所在なく「揺られ」たうえで、ただしどこかに属領化するまでは軽やかに「飛んで」みることです。

そこでの「白い風船」が、彼女を束縛しようとする諸条件の潮流に直截に影響されて右往左往し、たどたどしい航跡を記しながらもなお、無限の可能性に行方を開かれた未定型の「夢」の容器となることはいうまでもありません。このとき、「人形」が孕んだ「夢」の可能性が無尽蔵であることは、なにより「夢」を吹き込まれたゴム素材の袋の「白」さが保証しています。
いまだ無垢な「私」には、どのような「夢」をも無邪気に思い描くことができます。どのような「夢」であれ、それが「夢」でありさえすれば、それは魔的な揚力となって膨張した「白い風船」を浮上させます。



白い[風船]
ところで、〈少女人形〉の「私」は、2コーラス目では「みんな」から「夢唄う人形」と「云」われることを告白しています。さらにこの「白い風船」は、水面の波打つ「リズムに合わせ」ながら「海に浮かぶ」ものともなります。「白い風船」の皮膜の内側に抱かれた「夢」は、ここでは[唄う]行為をもってその外側へと放出され、今度は自ら「夢」の容器を乗せる気流ないし風となってこれを「海」に導くわけです。

「白い風船」が波打つ水面の起伏する「リズムに合わせ」て「海に浮かぶ」ことは、だからひとりの[少女]たる「人形」が「夢唄う」ことと同義です。波打つ海面は、上昇と下降を繰り返して水平線の位置をその都度修正し、この「リズムに合わせて」、そこに「浮か」んでいる「白い風船」の所在も高く低く更新されていくでしょう。

修正され、固着しない海面の起伏をなぞるように、波間を高低に漂う「白い風船」について、垂直方向の所在の推移を抽出すべくその光景を輪切りにし、これを時間軸に沿って水平方向に並列していくとき、その断面にはまさしく五線譜が記載されるはずです。要するに、ここでの「白い風船」とは、一定の律動をともなって上下に修正される水平線すなわち五線のうえで、高低の変化を刻み、これを記譜する音符にほかなりません。仮にその尻尾から細い糸が垂れている場合にはこれは2分音符となり、それが切れれば全音符となるわけです。

〈少女人形〉が「夢唄う」やいなや、[白い風船]は水平線を五線に見立てながら、たちまち音符へと生成します。音符とは歌声の器です。「夢」を抱き「唄」に乗ったこの[風船]は、ひとりの[少女]を[夕暮れ]へと、〈少女人形〉の「私」を〈夕暮れ物語〉の「夕暮れ 小道 坂道」へと連れ去ります。

伊藤つかさが〈少女人形〉につづいて性急に〈夕暮れ物語〉を発表した一方で、堀ちえみの制作者は、〈潮風の少女〉にはじまる彼女の[少女]の季節を丹念に微分化し、その緩やかな変貌を根気よく表現していきます(*12)。〈潮風の少女〉と後続の〈真夏の少女〉(1982)、そしてこれらのあいだに発表された最初のアルバム盤《少女》がその端緒となります。

このアルバムのジャケットの裏面を占める写真では、白い[風船]が白い床を埋めるなか、小さく清楚な白い花束を両手で胸の前に掲げてほほえむ白い衣装の堀ちえみが全身像で捉えられています。壁面と床面が立体的に構成する接合部の境界を隠蔽するかのように白い[風船]を密集させながら、わずかに堀の足もとにだけは立錐の余地を残すことでかろうじて重力を感じさせるこの無彩色の空間には、[風船]、花束、堀自身のほか具体性を帯びる事物はまったく配されていません。

奥行きを欠き、空間であることすら訝られるきわめて抽象度の高いここでは、つまるところ、[風船]、花束、堀ちえみ、そしてまぎれもなく白さそれ自体こそが《少女》のものと謳われているわけです。

ここでの白さは、言葉を介した伊藤つかさの〈少女人形〉の場合よりもさらに直截的に、無垢さや無邪気さ、穢れなさといった[少女]性を表象してみせます。〈潮風の少女〉の「私」の反映である「波に揺れる 小さな舟」は、このアルバムに収録される限りにおいて白さを印象づけられ、「リズムに合わせ」ながら「海に浮か」んでいた〈少女人形〉のあの「白い風船」と等価になるはずです。

それでもなお、[少女]は無垢なままではいられません。いまだ誰かに宛てて宙空に放たれることなく、次々と膨らまされては澱んだ空気のように彼女の足もとを埋めていく夢の容器の数々にあっても、彼女の無邪気さ、穢れなさ、その表象としての白さは、きわめて緩やかにではあれ、別の色彩をもって染まっていきます。



ピンクの[風船]
すでに《少女》においてさえ、たとえば〈亜麻色の風〉が吹いています。「亜麻色」は、なるほど自然の、素朴な生成りの色です。そこでは「「君は素顔がいい」と 逢うたび言ってくれ」る「あの人」に対して、[少女]は「綺麗に見せたい」という願望を抱かずにいません。「あなたの吐息」が「見えないしゃぼん玉」となって「ゆらゆらと耳もとで はじけて消え」るとき、とうに「白い渚」が、「夢色海岸」がそこにはないと悟った彼女は、自らが「亜麻色」に染まりつつあることを知ります。

曖昧だった夢のかたちがそうして次第に覚醒し、系列化していきます。「抱きしめて」-「指をはなさずに」-「恋人でいさせて」-「何か話してほしい」-「行かないで」といった、「遠い街角」へと離れてしまう「あなた」に対するその夢の、願望の系列は、しかし「声にならない」まま、「あなたが好き……」と心が呟くときの「……」のうちに凝縮され、いずれ静かに「はじけて消え」てしまうでしょう。

この「……」は、だから「見えないしゃぼん玉」そのもの、ほとんどの光を透過させながら、だが条件に応じて潤滑に艶めく虹色を表面の張力にたたえる、あの儚く脆い[風船]のことにちがいありません。

〈真夏の少女〉のB面に収録された〈真珠色の季節〉では、「青い風」は、「亜麻色の風」が「白い渚」を過去のものとしたようには[少女]の夢を染めることができません。たとえ「青い風と一緒に」なろうとも、いまだ「私」の「手のひらにはいっぱい」の「白い貝がら」があるからです。いまの彼女は、その手にいっぱいの白い夢を数えることに文字どおり夢中なわけです。

こうして「始ま」る「恋」を「真珠色の憧れ」と名づけた彼女にとって、その白さとは、無彩色であるよりはむしろ、〈亜麻色の風〉における「見えないしゃぼん玉」のように、あらゆる色彩が混交してまばゆく煌く、眩しい輝きであるかもしれません。

ただし、虹のごとくすべての色彩を潜在させつつ輝きを増したその季節の行方には、「やがて暮れゆく空」が広がっています。そしていずれこれにも「さよならし」なければならないことさえ、おぼろげながら彼女は察知しています。彼女は、[少女]の携えた[風船]の白さ、その無償の輝きが、様々に紆余曲折する経験と資質のプリズムをとおして分光され、次第に色彩を帯びていくその果てに[夕暮れ]の訪れることを直観しているのです。

この限りにおいて、《少女》に後続し、〈真夏の少女〉を収録したアルバムのタイトルが《夢日記》とされたことは、けっして軽視できません。ここでもやはり、まずもって注目すべきはジャケット写真です。

その裏面で、またしても白い衣装を身に着けた堀ちえみは、白い床面に今度は腰を降ろしています。《少女》では彼女の手もとにあった白い花束は、いまや彼女の背後の壁一面を覆うまでに増殖したうえでピンク色に埋没して後景化し、かわりに2羽の白い鳩が堀とともに佇んでいます(*13)。かつて床面と壁面との境界を隠蔽するように彼女の足もとに集積していた[風船]は、ここではそのころに比して大きく膨らんでいるうえに、ピンクに色づきつつあることによって、白い床面をより濃色のピンクの壁面へとつなぐ緩衝帯となります。






《少女》から《夢日記》への変遷は、まさしくそこでの[風船]のありように表象されています。いまだ宙空に放たれることなく、なお澱んだ空気に倣って彼女の背後に滞留しながら、けれどピンク色のそれは確実に膨張する過程にあります。依然として白い衣装に身を包んだままの堀ちえみが腰を降ろした白い床面の前景と、増殖した花束によって濃色のピンクに覆われた壁面の後景とのあいだで、この空間を奥行き方向に立体化させる[風船]は、拡張していく彼女の世界に深度を与え、そこに一定の遠近感を保証します。

もはや純粋で無垢な《少女》の純白ではありえない《夢日記》の色面の階調は、あらゆる色彩が混交してまばゆく煌く輝きたる真珠色の夢の潜在性が、[風船]をひとつのプリズムとしてそこで分光され、壁面にピンクの色彩を実現したものとなります。経験と資質のプリズムを介して成長の名のもとに覚醒を開始した夢の容器たる[風船]は、ただし彼女の夢を仄かに染色し、その輝きを穏やかに分光する反面で、《少女》のころには無制限に思い描かれた夢の自在な可塑性を次第に限定し、その行方を色濃く示唆します。



[風船]の変態
白い衣装の堀ちえみの傍らに佇んでる白い鳩が、経験と資質のプリズムによる分光を先送りされた夢の謂いであり、したがって白い[風船]の能動的な変態として、その翼をもっていまだ飛翔の機会をうかがっていることは論をまちません。停滞してなお、もしくは澱むからこそ膨張していく[少女]の夢が、彼女の成長とともに重荷となって宙空を舞うことを諦めるとき、その輝きの潜在性はすべからく枯渇してしまうでしょう。

皮膜の内側に風を孕んだ[風船]が、その重さのあまり皮膜の外側の風に乗ることを放棄し、飛べない夢の容器となって堆積していく一方で、《夢日記》は風に乗るすべをかろうじて夢のために残してもいます。あの白い鳩が叶えたもの、それは、[少女]の夢をめぐって膨張する[風船]の機能的な分節化です。

そしてこの白い鳩は、たとえば伊藤つかさの〈夕暮れ物語〉にあっては、「しっぽを振」りながら「わたしのあとを/ついて来た」、1匹の「迷い子の小犬」へとかたちを変えます。色彩に関わる言葉が事物を直接的に形容することのないそこで、小さな「坂道」に「どこからか」現われるこの「迷い子の小犬」は、だから白いにちがいないその毛並みを「夕暮れ」に染めることによって、「いつの間に」か「どこかに消え」てしまうのです。

こうして《少女》の夢を仄かに染色し、その輝きを穏やかに分光する経験と資質のプリズムとなった[風船]が、《少女》のころには無制限に思い描かれた自在な夢の可塑性を次第に限定していくとき、その行方はいっそう色濃く染まり、やがて果てには[夕暮れ]が待ちうけています。堀ちえみの〈夕暮れ気分〉の冒頭で「オレンジ」の色彩に「染まる」あの「小石」は、まさしくそうした行方に転がっています。

それは《夢日記》においてピンク色に染まりはじめた[風船]が、その内側で膨張していく夢の過重のあまり飛翔することを放棄し、かといってそこに孕まれた夢がこの薄い皮膜を破裂させ、そこから噴出する力能も獲得できないまま、ついに臨界点を越えて急速に冷却化し、夢とこれを包む皮膜とが癒着して凝固したすえの、きわめて硬質な結晶です。

かつて、ようやくピンク色に染まりはじめたばかりの[少女]の夢が、そうした過程で溶剤を少しずつ揮発させて濃縮し、ついに実現される機会にまみえることなく「オレンジ」色に「染ま」っていく[小石]へと生成すること。つまるところ、これは夢の化石にほかなりません。

純粋で無垢な白の輝度のまま、あらゆる色彩が混交してまばゆく煌く真珠色を呈した[少女]の夢は、いくつもの経験と資質のプリズムを介することでそこを透過する輝きの度合いを徐々に喪失しながら、あるいは逆にプリズム自体を濁らせ、その透明さの度合いを徐々に低下させながら、分岐を繰り返していきます。

[風船]から機能的に分節化し、風に乗るすべをかろうじて夢のために残していた《夢日記》の白い鳩もまた、〈夕暮れ気分〉にあっては相応に硬化せざるをえません。「涙」を墜とすかわりに「けとば」された「空罐」がそれです。鈍いながらも光を撥ねる金属製のそれは、天高く夢を飛翔させることは叶わないまでも、かろうじて重力に離反し、地表から跳ねてみせるはずです。

この[空罐]は、かつてそれが孕み、すでに飲み干された夢のかたちをうかがわせつつも、しかしそうした夢のためにではもはやなく、いわばその抜け殻として、[風船]から委ねられた機能を自身が宙空を横切ることで実現します。

ただし、ここでの「空罐」が、「涙になりそうだから」こそ「けとば」されたものであることに留意しておく必要があります。「空罐」の地表からのこのわずかな浮揚は、「涙」の地表への墜落とは逆方向の潜勢力をもってこれを代行するものであり、あるいはむしろ、鈍いながらも光を撥ねる金属製の容器のなかに孕まれていた夢の最後の一滴が、地表へと零れ墜ちる寸前で蒸散し、にわかに「空罐」を地表から跳ねる浮力となったのです。



〈赤い風船〉
この限りにおいて、夢のこの最後の一滴、この雫が、[夕暮れ]に対峙してなお気化することなく「涙」のまま煌くならば、[風船]もまた、夢の化石すなわち「小石」となって「オレンジ」の色彩を抽出するまでもなく、夜の闇に向かっていくつもの経験と資質のプリズムを透過する途上で、あのピンク色を濃厚な赤色のうちに直線的に収斂させていくにちがいありません。

こうした率直さをもって、ひとりの[少女]と、彼女が自らこれを彩る光の分子となってそこに溶けていくような、ある圧倒的な[夕暮れ]の景色とが最初に邂逅したのは、浅田美代子の〈赤い風船〉においてのことでした。

[少女]の行方に広がる[夕暮れ]とは、子供から大人へと、女の子から女の人へと変容しつつある思春期の彼女たちの、人生における秋性の隠喩でした。[夕暮れ]を迎え、漆黒の闇夜へと連れ去られる[少女]。[夕暮れ]は、[少女]にとっての漆黒の闇夜を、つまりは死を準備し、または少なくとも、ひとりの女性における[少女]期の、その[少女]性の死を宣告する最後の煌きです。

[少女]としてデビューした伊藤つかさや堀ちえみにとって、子供から大人へと転生するために不可避の通過儀礼、それが[夕暮れ]だったのであり、ひとりのアイドル歌手として、〈少女人形〉から〈夕暮れ物語〉に至る伊藤つかさや、〈潮風の少女〉から〈夕暮れ気分〉に至る堀ちえみが生きたのは、[少女]から[夕暮れ]への生成変化だったことになります。

そうした特権的な存在性の祖型として〈赤い風船〉を歌唱する浅田は、その歌詞の言葉をして[少女]から[夕暮れ]への生成変化の祖型たらしめ、これが生起させるイメージは、情緒の定まらないまま[夕暮れ]に包まれ、光の分子となってそこに溶けていく[少女]の原風景となったのです。

なるほど、浅田美代子のデビュー曲のタイトルには、[少女]の語も[夕暮れ]の語も掲げられてはいません。むしろそれだからこそ、〈赤い風船〉の歌詞の言葉は[少女]から[夕暮れ]への生成変化の祖型となります。「あの娘はどこの娘 こんな夕暮れ」と綴られるこの楽曲の最初のフレーズにおいて、すでに[少女]と[夕暮れ]とは並置され、その共棲を謳っているからです。

これは、[少女]から[夕暮れ]までに3ヶ月を要した伊藤つかさの場合や、18ヶ月余も費やした堀ちえみの場合のように、彼女たちが成長する歩調に合わせて[少女]と[夕暮れ]の関係性が整理され、その明瞭な分離ないし分節化を通時的に継起させる秩序が確立する以前の、混沌とした坩堝の状態です。

時間軸にそって適宜準備された経験と資質のプリズムが彼女たちの無限の潜在性をその都度分光し、実現されうる夢の可能性の範疇を次第に狭めていくのではなく、そうしたプリズムもまた、[少女]もろとも存立平面上で分子の状態に還元され、ある気体状の全体となって時間の遠近法を無効にするような、無時間的な[夕暮れ]。光の輝き、夢の煌きのうちに彼女が預けた無限の潜在性をそのまま吸収し、漆黒の闇へと、すなわち宇宙へとこれを散逸させ、遍在させるそれは、宇宙に開かれた底のない穴のように、時間さえも呑み込む多孔質のものでしょう。

おそらくそこでは、[少女]はいまだ[少女]でさえなく、ただ「どこの娘」とも知れない「あの娘」としてふるまうよりほかありません。過去と未来とが現在のうちに混在し、または厚みのない一瞬のうちに過去と未来とが圧縮された唯一の時間性としての[夕暮れ]。それは流れる時間の概念を培養する苗床としての[夕暮れ]です。

そうした[夕暮れ]の光景が浅田美代子から伊藤つかさへと継承される過程で、任意の穴を塞ぐように滞留する宇宙の塵芥を核として結晶化したプリズムが焦点化する光跡のうちに、[少女]は芽生えます。さらにこれが堀ちえみに付託されるまでに、成長の名のもと流れはじめた時間のうねりに巻き込まれ、この結晶からはいくつもの薄片が剥離せずにはいません。

プリズムの塊から風に舞うように剥落するこの硝子片を時宜よく透過してにわかに煌く夢は、だがわずかに屈折し、それに応じて潜在性を減衰させながら、無彩色の白から「真珠色」が、「亜麻色」が、ついには「オレンジ」色が抽出されるまで、色彩の微細な差異が光の輝きから順に汲み尽くされていくわけです。



指示詞/疑問詞
したがって、浅田の[風船]の赤さとは、多孔質な漆黒の闇から時間の概念をともないつつ存立平面に向かって下垂し、まさにそこに墜落しようとする光の最初の一滴、すなわち[少女]性の萌芽を予告し、その発芽をうながす熱量の昂りを示唆するものであるかもしません。

〈赤い風船〉の歌詞では、指示詞と疑問詞の用法が特徴的です。ここいう指示詞とは、コやソやアを語幹に掲げる指示語の系列であり、またドなどを語幹に掲げる疑問語や不定語の系列を疑問詞と位置づけることにします。〈赤い風船〉では、たとえば7文字からなる冒頭のフレーズからすでに指示詞「あの」と疑問詞「どこ」とが連続しているように、コソアド語が多用される一方で、人称代名詞はまったく使用されていません。

「あの」-「どこ」-「こんな」-「なぜ」-「この」-「どこ」-「こんな」-「誰」-「あの」-「あの」-「この」-「どこ」-「なぜ」-「この」-「よその」-「こんな」-「誰」-「あの」-「あの」-「あの」。

けっして長いわけではない歌詞から順に抜きだされた指示詞と疑問詞の系列を俯瞰すれば、それらの多用は一目瞭然です。

指示詞の機能とは、「これ」や「それ」や「あれ」といった指示代名詞の場合には、既存の事物の集合から任意の部分を対象として括りだすことにあり、「この」や「その」や「あの」といった指示形容詞の場合には、これに続く名詞が参照する概念の一般性から個別的な事物の存在性を担ぎだすことにあります。いずれの場合においても、指示された対象または事物は、ほかに代理のない唯一無二の具体性をもって提示されます。

この具体性は、言表行為の主体と、その言表を受けとる客体とのあいだで、こうした事物をめぐる経験が自明のものとして共有されていることを前提とするものです。換言すれば、指示詞の使用とは、たとえそれが現場指示の場合のように空間的に、ないし文脈指示の場合のように時間的に、発話者の立脚点ともっとも隣接性の度合いが高いとみなされるコ系の語幹を持つ語の場合であってさえ、主体とともにあらかじめ経験され、了解された過去の事態を客体に参照すなわち想起させる行為にほかなりません(*14)。

いわばそれは、ある種の既視感の共有への企みであり、自明性としての非現在たる過去の水準に依拠するものです。つまり指示詞とは、これを発話する主体とこれに指示される対象とを連結し、関係づける細い紐帯であり、あるいはむしろ隔たりそのものです。

この行為遂行的な隔たりは、主体が指示する対象を客体に受け渡すやいなや、その役目を終えてたちまち消失することは不可避です。括りだされた対象や担ぎだされた事物の存在性は、すでに唯一無二の具体性のもと主体と客体に共有され、指示詞は再び沈黙しなければなりません。指示詞とは、主体と対象を関係づけたとたんに消失する隔たりとしての空虚さの謂でもあります。

自明性としての非現在たる過去の水準への依拠と、主体と対象を関係づけたとたんに消失する隔たりとしての空虚さ(*15)。指示詞の使用には、そうした二重の意味において “もはやない”感覚がつきまとうことになります。

歌謡曲の歌詞において考慮すべき指示詞の機能とは、したがって、その語が発話された瞬間に、この言表行為の主体たる歌い手とのあいだで経験が共有されているかのような錯覚へと聴衆を誘うことにあります。受容者が実際に楽曲を聴いている空間および時間からその意識を遊離させ、歌詞の言葉が構築する空間およびそれが組成する時間のうちに瞬時にこれを引き込むこと、これこそが、そこで指示詞に期待される役割なのです。

歌詞に描かれる主人公とほぼ等身大の人格として彼が、彼女が、指示詞をもって稚拙な歌唱力で語りかけるとき、聴き手は、歌詞の言葉が構築する空間とそれが組成する時間に悦んで耽るでしょう。

しかしながら、こうした経験を共有することのうちには“もはやない”感覚がともなわずにはいません。



“もはやない”/“いまだない”
指示詞がもっぱら自明性としての非現在たる過去の水準への依拠をもって機能するのに対して、疑問詞は、いわば不明性としての非現在たる未来の水準への依拠をもって機能します。時間や場所、主体や目的、方法や理由などに関わる情報の欠損ないし空白を表明する語、それが疑問詞だからです。

欠損ないし空白は、やがて更新された情報をもって充填されることになるかもしれませんが、けれどそうした充填は、疑問詞をともなう言表に対して事後的に実施されるものです。あらかじめ発話された疑問詞がそこにあり、これがいずれ別の言葉へと置換されるのであって、その逆ではありません。疑問詞は、将来的なこの置換を待機しながら、欠損ないし空白をそこに露呈させています。この限りにおいて、言表行為における疑問詞は、不明性としての非現在たる未来の水準に依拠しています。

疑問詞の使用は、それに応答があり、そこに表明された欠損や空白が充填されることを必ずしも見込んではいません。欠損や空白の充填の訴求に先んじて、まずはそうした隙間それ自体を白日のもとに晒すことにこそ、疑問詞の本来の機能はあります。「あの娘」が「どこの娘」なのか、充分な情報が提供される保証はなく、また誰もが本気でそれを知ろうとしているとも限らないのです。そこでは疑問詞は、欠損や空白という事態を、不定という事実そのものを参照させるわけです。

このとき、置換されるべき対象を宛てがわれないまま宙吊りにされた疑問詞は、ほかならない当の疑問詞それ自体として言表のなかを彷徨いつづけます(*16)。

それどころか、疑問詞が表明した欠損ないし空白について、ひとたびこれが充填されたとしても、指示詞の場合と同様に、言表の文脈のうちに着地できるのは置換された別の語の側であって、これを参照させた疑問詞の側ではありえません。もはや言表の意味から剥離し、虚空に放擲された疑問詞は、いつまでたっても着陸を先送りされ、ただ幽霊のようにそこを浮遊するばかりです。特定の座標にけっして到達しえない疑問詞とは、それ自身が永遠に未踏の隙間であって、それは依然として経験されざる、しかもけっして経験されえない言葉となります。

不明性としての非現在たる未来の水準への依拠と、けっして充填されない欠損ないし空白として実体化された隙間。疑問詞の使用には、こうした二重の意味において、“いまだない”感覚がつきまとうことになるのです。

指示詞と疑問詞とは、かたや主体と対象を関係づけたとたんに消失する隔たりとしての空虚さとなり、かたやけっして充填されない欠損ないし空白として実体化された隙間となるような、“ないこと”に関わる互いの第二の性質においてはほとんど同質の機能を遂行するものの、まさにそれが遂行される現在の一瞬について、“もはや”自明の非現在たる過去の水準への依拠と、“いまだ”不明の非現在たる未来の水準への依拠をとおして、“ないこと”をめぐる方向性を真逆のものとします。

〈赤い風船〉では、とりわけ1コーラス目において、そうした指示詞と疑問詞とが交互に提示され、系列化しています。それは自明性としての非現在たる過去と、不明性としての非現在たる未来とのあいだの綱引きです。そして“もはやない”感覚と“いまだない”感覚とに聴き手としての私たちを引き裂く〈赤い風船〉の歌詞の言葉は、その引力と斥力とが平衡する真空の陥没地帯を固有の現場とするのです。

だからおそらく、ここでは「あの娘」と「どこの娘」に挟まれた助詞「は」こそが、両者の勢力の均衡する支点として、その左右に分配されたふたりの[娘]に一貫性を、いわば統一的な人格を与え、関連づけるような、そうした真空の中心すなわち現在であるかもしれません。

ところで、“相馬ミヨコ”という役柄のもとに、浅田美代子が劇中歌として屋根のセットのうえでギターを爪弾き、「あの娘」と歌いはじめたとき、ここでは眼下を俯瞰する視点が担保されています。そこから「あの娘」をまなざした彼女は、その視界を今度は上方に振って「こんな夕暮れ」の空を仰ぎ、しかし再び「あの娘」のもとへと伏せる視線の運動をもって、「どこの娘」とも知れないその「娘」が「赤い風船」を「しっかり握り締め」ている光景が「夕暮れ」に屹立するあいだ、それを傍観する視座にあります。



「あの」/「この」
いわばそれは、歌詞の言葉が構築する空間のなかで息づく登場人物に対して能動的に干渉することを禁じられた、ある種の超越的な視点であるとも思えます。ここでは語り手は、「あの」の語に集約される距離を「娘」とのあいだに維持したまま、唯一の軸に固定した視線を下から上へ、上から下へと振り分けるばかりです。

ところが、この視点は、Aパートの8小節がこなされ、この旋律の起伏がA’パートへと引き継がれるやいなや放棄されてしまいます。「あの娘は」の起伏には「なぜだか」が、「どこの娘」の起伏には「この手を」が対応して置換され、指示詞と疑問詞とが交差するそこでは、この楽曲においてもっとも重要な要素である「赤い風船」を媒介として上昇の運動が組み込まれていきます。

下方に降ろされ、「しっかり握り締め」られた「赤い風船」を認めた視線は、「この手」から「するりとぬけた」それを追って虚空を仰がずにはいません。ここでの「赤い風船」の浮揚は、Aパートで「夕暮れ」を「こんな」と形容する視線が仰観した運動を反復させてみせるわけです。

重力に背いて浮遊するこの軽やかな動性に目を奪われて見逃してはならないのは、その運動が「この手」を起点としていることです。「あの娘」が「しっかり握り締め」ていたはずの「赤い風船」が、にもかかわらず「この手」から「するりとぬけた」のです。その理由は、ひとまず「なぜ」でもかまいません。とにかく、かつて誰とも知れない「娘」を「あの」と指示していた語り手は、その「娘」の「手」について、より隣接性の程度が高い「この」の語をもって私たちにその共有をうながしているのです。

事実、1コーラス目のAパートでは「あの娘はどこの娘」と歌いだされたところを、2コーラス目ではまさしく「この娘はどこの娘」と置換される一方で、A’パートの「なぜだかこの手」の歌詞は、2コーラス目にあってなお語句を更新することなく共通の言葉が繰り返されています。楽曲の冒頭では隔たっていた語り手と「娘」とのあいだの距離は、「この」と指示されることによってにわかに解消されてしまうことになります。

ここでは「あの」と指示した主体の傍観する視点が空間的に移動する暇もない以上、「あの」と指示された対象それ自体に瞬時に同化し、その「手」を「この」と指示する視点へと転移ないし憑依したか、もしくはそうした視点を新たに獲得したものと考えるよりほかありません。超越的な視点から「あの娘」をみつめていた語り手が、その視野に内在する空間と時間のうちに当の「娘」の身体を借りて受肉化し、紐糸を「しっかり握り締め」ていたはずの「赤い風船」がすり抜けた空虚な「手」を「この」とまなざしてみせたわけです。

語り手の視点の設定をめぐるこうした自在さは、いわば自由間接話法のものです(*17)。超越的な語り手の視点を登場人物のうちに組み込むここでの「この」の語の使用は、〈赤い風船〉においてそうした事態を直截に達成します。指示詞「あの」の語が表現し、そこに集約される距離を介して「娘」をまなざしていた語り手の視点が、本来はその視線の対象であった登場人物による言表行為に依存する「この」の語の使用をもって、その超越性を一挙に放棄するなか、まなざすものとまなざされるものとの視線をめぐる安定した関係性は宙吊りにされずにいません。

音声による遂行的な言表行為の主体たる歌い手の浅田美代子は、まずはその超越性に一致する視点に語り手の視座を据えたうえで、当初は歌詞の世界の登場人物である[少女]の姿を「あの娘」として見守っていたものの、やがてそこに降下して侵入し、彼女の視界をわがものとして「この手」をみつめるのです。

当時の浅田の年齢からすれば、その容姿がいかに幼くあどけないものだったとはいえ、やはり「赤い風船」を「しっかり握りしめ」る様子は想定しにくいところでしょう。したがって、この場合、いったんは屋根に腰かけて夕景の町を俯瞰する現在の地点から、[少女]のころの自身を「あの娘」と指示して回顧したのち、そのまま記憶のなかの登場人物であるかつての自分を、小さな「この手」から「しっかり握り締め」ていたはずの「赤い風船」を「するりとぬけ」させてしまった自身の過去を生きはじめたものと理解できるでしょう。

「あの娘」をまなざす現在の自分と、それにまなざされた過去の自分としての「この娘」。〈赤い風船〉における[少女]は、「あの娘」と「この娘」のあいだにあって、なお無時間的なこの[夕暮れ]のうちに共存しています。あるいはむしろ、永遠のものであるこの無時間性こそがここでの[夕暮れ]の謂なのです。



「よその」
浅田美代子の最初のアルバムもまた、《赤い風船》と題されています。そのスリーヴに封入された歌詞カードには、1曲目に収録した〈赤い風船〉について指示詞「その」の語が一度きり印字されています。ところが実際にはこれは、当のレコード盤において浅田美代子の声が「よその家に」と歌唱しているものに該当します。要するにそれは、本来は印刷されるべき「よ」の文字が脱落した誤植です。

浅田の歌唱のとおりに、もしくはシングル盤の場合のように正しく「よその家に」と綴られるならば、この語句に先行する「しょんぼり」の語が表現する「この娘」の孤独や失望をなお鮮明とすることに貢献するでしょう。また、この「よその家」は、もはや見慣れた「隣の屋根」とは断絶した匿名の、他所の建築物として、「どこの娘」と同様に「どこの」ものともわからない未知の家屋となるでしょう。このとき、「よその」の語は、指示詞「その」よりはむしろ疑問詞への機能的な親和性を帯びるにちがいありません。 それでもなお、この脱字は、イメージの生成をめぐって歌詞の言葉を共振させる契機となるような、ある結節点として作用しうるものです。創造的な失語ないし吃音といえるかもしれません。

たとえば、「涙がひかる」ときの煌きは、「その家」の「灯り」に由来します。ほとんど「陽」が「暮れ」ようとしている薄暗い景色のなかでにわかに「涙」を「ひか」らせたのは、ほかならない「その家」の「灯り」です。それが「涙」に光を注ぐことによって、「この娘」は不意の「涙」とともに夜の気配をも覚え、あたりはすでに「灯りともる頃」となったことを悟ります。そのうえで、「この手」を「ぬけ」て「屋根に飛ん」でいった「赤い風船」と、「この手」で「ひか」っている「涙」とが連結されるのです。 

ここで語り手の「小さな夢」を視覚的になぞらえる「赤い風船」が、やがて「どこか遠い空」で「しぼ」んで誰かの手もとに届くように、その「灯り」を反射する「涙」の煌きには、「暮れ」つつある「陽」の次第に衰微していく輝きが結晶化しているかのようです。「夕暮れ」に赤く映える天球は、その色を拡散させ、あたり一面を染めあげ、無限の諧調に変転しながら、やがて輝度の衰退する果てに、これを零れる「涙」のうちに凝縮させます。

「陽」が「暮れる」とともに「涙」が「ひかる」こと。太陽が落ち、「涙」が墜ちる。光をめぐって無限の広大さから蒸溜された一滴の「涙」には、だからきわめて純度の高い煌きが孕まれているはずです。落下する運動と光の煌めきとを太陽から移譲された「涙」。まぎれもなくそこには、膨らみ、舞いあがり、漂いながらも、やがて萎み、落ちる「赤い風船」の、膨張から収縮にいたる運動との相似性があります。

仰がれた丸い空や落下する雫との形態的な類似性をも援用しつつ、ここで「赤い風船」は、「夕暮れ」が「涙」へと蒸留され、「しぼ」んでいく壮大な運動のイメージをなぞる隠喩となります。単にその上昇-下降の運動に仰観-落下の運動を投影させるのみならず、「こんな夕暮れ」から「涙がひかる」に及ぶまでの光の拡散-凝縮の運動についても、それは膨張-収縮の運動をもって体現しているわけです。

「赤い風船」の「飛ん」でいった「隣の屋根」が「灯りとも」った「その家」である限りにおいて、〈赤い風船〉の歌詞の言葉はこうして循環し、指示詞「その」はひとつの結節点となります。一方には、上昇-下降と膨張-収縮のふたつの運動をともなう「赤い風船」の系列が、他方には仰観-落下と拡散-凝縮のふたつの運動をともなう「夕暮れ」と「涙」の系列があります。そしてこれらの系列は、一方を他方のうちに入れ子状に組み込みながら、そうした運動を相互的に反映しあう唯一の持続となるのです。

その歌詞の語り手は、「涙」のわけさえ「なぜだか」知りません。彼女は「赤い風船」が「この手」から「するりとぬけ」て「飛ん」でいったことが悲しくて「涙」を零したわけではありません。ただ気がつけば、すでに「この手に」それが「ひか」っていたのです。それは「夕暮れ」が彼女にもたらした「涙」であり、さらにいえば「夕暮れ」それ自体が零した「涙」、もしくは「涙」として墜ちた「夕暮れ」なのです。



“ノスタルジー=ユートピア”
呼気を、「夢」を吹き込まれた「風船」は、そこでは球体の水滴が重力に囚われて下垂する「涙」の形状となり、これが呼気を、「夢」を存分に孕んで膨らんだときには、今度は天地を反転させて空に吸われるように宙を舞っていくでしょう。そこでは「この娘」もまた、「赤い風船」を介して光をめぐる循環運動のうちに、いわばその持続する全体のうちに組み込まれることになります。〈赤い風船〉における[夕暮れ]とは、こうした持続する全体の謂にほかならないのです。

その歌詞の言葉は、自明性としての非現在すなわち過去の水準への依拠をもって機能する指示詞と、不明性としての非現在すなわち未来の水準への依拠をもって機能する疑問詞を多用し、もはやない”感覚と“いまだない”感覚のあいだを往来する過程で、光と闇との強度的な対比や、上昇運動と下降運動との力学的な対比を織り込みながらイメージへと生成していきます。“もはやない”昼光と“いまだない”闇夜のあいだで、過去とも未来とも秩序づけられないまま生成されるイメージのこうした運動だけが、そこでの唯一の現在性となります。

とはいえ、絶対的な果てなき外部へと膨張しながら次第にゴムの濃厚な皮膜を薄く伸ばしていく「赤い風船」は、それに応じて、透かして仰がれる無限の闇の気配を徐々に色濃くせずにはいません。夜の帳とは、だから全体の増大する熱量に耐えきれずに膨張し尽くした「赤い風船」の薄い皮膜が、ついに闇に向かって破裂し、内部の混沌を、運動を、持続する全体を放出させたすえの虚無のことかもしれません。

しかしながら、おそらくそうではないはずです。「赤い風船」を「灯り」へと、「涙」へと、もしくは一番星へと変換し、〈赤い風船〉は一挙に萎んでしまうのです。運動のもっとも凝縮された状態であるそうした小さな煌きの数々は、再び出現する「陽」のもとに解凍されるまで、いつまでも静寂とともに潜んでいます。そうした沈黙の時間こそが夜なのです。

“もはやない”感覚と“いまだない”感覚のあいだにある[夕暮れ]。人称代名詞によって存在を担保される特定の人格が属領化させるような過去への郷愁でも、また未来への憧憬でもないそれは、いわば“ノスタルジー=ユートピア”です。

〈赤い風船〉の内側からこのゴムの皮膜を、すなわち[夕暮れ]の天空を仰ぐとき、そこから透けて煌めくもの、それは、宇宙の闇でも超越者の気配でもなく、これを「赤い風船」とみつめ、[夕暮れ]の天空と仰ぐ[少女]の瞳の耀いにちがいありません。



*1 『SINGLE CHART-BOOK COMPLETE EDITION 1968-2005』, オリコン・マーケティング・プロモーション, 2006, p.719.
*2 同書, p.58.
*3 同書, p.486.
*4 『82-87 ぼくらのベスト 堀ちえみCD-BOX』付属ブックレット, ポニーキャニオン, 2002, p.100.
*5 清少納言, 『新版枕草子上巻』, 石田穣二/訳注, 角川書店(角川文庫), 1979, p.15.
*6 同書, pp.401-445.
*7 松浦寿輝, 『平面論』, 岩波書店, 1994, p.73.
*8 同書, p.74.
*9 『82-87 ぼくらのベスト 堀ちえみCD-BOX』付属ブックレット, p.9.
*10 加藤義彦, 『「時間ですよ」を作った男―久世光彦のドラマ世界』, 双葉社, 2007, pp.38-91.
*11 加藤康一+伊藤強,「時代と寝なくなった歌手たち」,『ポスト歌謡曲の構造』所収, 足立里見/編, 五月社, 1986, p.227.
*12 『82-87 ぼくらのベスト 堀ちえみCD-BOX』付属ブックレット, p.98.
*13 同書, p.9.
*14 『精選版 日本国語大辞典 第二巻』, 小学館国語辞典編集部/編, 小学館, 2006, p.285.
*15 見崎鉄, 『Jポップの日本語―歌詞論―』, 彩流社, 2002, p.210.
*16 同書, p.246.
*17 ジル・ドゥルーズ,『シネマ1*運動イメージ』, 財津理・齋藤範/訳, 法政大学出版局, 2008, p.131.

*ここでの記述は、堀家敬嗣,「表象としての【夕暮れ】」第1章-第4章, 『山口大学教育学部研究論叢』第59巻-第62巻所収, 山口大学教育学部, 2010-2013.をもとにしています。



堀家教授による「私の夕暮れ」10選



1.〈あほ空〉二村定一・天野喜久代(1928)
 作詞/堀内敬三,作曲/Walter Donaldson,編曲/紙恭輔



西洋音楽を大衆化した大正期の浅草オペラの舞台を踏み、いち早くジャズにも関心を示した二村定一と、やはり浅草オペラで活躍した天野喜久代とのデュエットで録音された楽曲のうち、もっとも普及したもののひとつ。B面に収録された〈アラビヤの唄〉とともに、アメリカのヒット曲に堀内敬三が日本語の歌詞をつけたカヴァー曲だが、二村と天野のこの盤は日本で最初のジャズのレコードとされる。のちに軽演劇の劇団を結成して二村と協働する榎本健一がソロで吹き込んだヴァージョンも有名。2016年には、生前の大滝詠一が吹き込んでいたヴァージョンも発売された。歌謡曲における[夕暮れ]の情緒の源流といえる。



2.〈赤い風船〉浅田美代子(1973)
 作詞/安井かずみ,作曲・編曲/筒美京平




南沙織の登場を契機に女性アイドル市場が開拓され、天地真理、麻丘めぐみ、アグネス・チャン、桜田淳子、山口百恵らがあいついでデビューした。そうしたなか、歌唱の不安定さを親しみやすさの記号へと変換し、ルックス次第では歌唱の如何を問わない女性アイドル観を成立させた最初のひとりが浅田美代子である。前奏におけるストリングスの力強い上昇が、彼女の歌唱の介入ののち、後奏においてはエレピを交えて頼りなさげにふわふわ揺れてどこかに消えていくさまは、まぎれもなく彼女の手から離れて宙を漂う「赤い風船」の音響的な表象であり、編曲家としての筒美京平の天才を感じずにはいられない。1年後に発表された〈しあわせの一番星〉は、いわばこの楽曲の変奏である。



3.〈まちぶせ〉三木聖子(1976)
 作詞・作曲/荒井由実,編曲/松任谷正隆




第1次ユーミン・ブームの翌年に三木聖子に提供した〈まちぶせ〉は、しかし大きなヒットにはつながらず、5年のあいだ埋没したあと1981年に石川ひとみの歌唱で再発売され、これが同年の〈守ってあげたい〉以降の第2次ユーミン・ブームの嚆矢となった。三木によるオリジナル版と石川によるカヴァー版を比較すると、三木の側が古びて聞こえ、そこにこの楽曲が埋没していた5年のあいだの歌謡曲に対する認識の変容がうかがえよう。歯切れよく澄んだ、だがいくぶん細い三木の清楚な歌唱に対して、石川の甘ったるい声質の媚びたような歌唱は、そのルックスの甘さとあいまって、“ぶりっ子”の時代にこの歌詞の主人公の腹黒い企みをいかにも説得力のあるものとする。また、Aパートの7小節目から8小節目をまたぐ「二人」の語の符割りなどは、三木の場合には「♩〻♩〻|♩〻」と3音を奇数拍のオモテに置いて「fu••ta••|ri••」と各音節を譜面上に等分しているが、石川の場合には8小節目の最初の4分音符をシンコペーションで8分音符ひとつぶん前倒しして7小節目に食い込ませ、4拍目のウラから「ri」音が歌唱されている。「fu••ta•r|i•••」のように半拍分だけ前につまった符割りは、伴奏にも共有される。その前のめりの感覚がリズムの同期をもって強調され、スタッカート気味の演奏とともに、「夕暮れ」の「喫茶店」での出来事に驚き、焦り、高まった鼓動の表現となる。石川のカヴァー版では、サビへのブリッジとなるバイオリンのピチカートによるアルペジオや、それを吸収したサビで主旋律の符割りとドラムスはじめ伴奏のリズムが合致する際の心地よさも聴きどころ。



4.〈想い出のスクリーン〉八神純子(1979)
 作詞/三浦徳子,作曲/八神純子,編曲/大村雅朗




ここでは「夕暮」は、もっぱら「蒼く蒼く」「暮れ」ていく。おそらく陽光はすでに隠れて久しく、薄暮から宵闇へのグラデーションが鼻先をよぎる。いかにもシティ・ポップス的な大村雅朗の編曲にふさわしく、ここでの三浦徳子による歌詞の言葉にほとんど具体的な描写が欠けているのは、閉じた目蓋を「想い出のスクリーン」にした「私」がただ後悔だけを「見つめて」いるからである。



5.〈恋人よ〉五輪真弓(1980)
 作詞・作曲/五輪真弓,編曲/船山基紀




「枯葉散る夕暮れ」の寒々しさをストリングスのみで表現する冒頭の10小節をはじめ、船山基紀による弦の編曲が冴えるこの楽曲は、まぎれもなく五輪真弓の代表作である。ただし、重厚で深刻なこの大ヒット曲よりも、その1年後に発表された〈リバイバル〉の軽やかな暗さにこそ、五輪の魅力を感じる。なお、そのデビュー曲は、ほかならない〈少女〉と題されている。



6.〈風は秋色〉松田聖子(1980)
 作詞/三浦徳子,作曲/小田裕一郎,編曲/信田かずお




〈青い珊瑚礁〉がヒットしたのちの10月1日に発売される本人3枚目のシングル盤であるにもかかわらず、ここでバラードを選択しなかったことが、松田聖子のアイドル生命を持続可能なものとしたように思える。それとともに、小田裕一郎が提供した最後のシングル曲として、彼女の草創期を「冷たい秋」の「ひとりぼっちの夕暮れ」で完結させたことは、女性アイドルにおける[夕暮れ]のありようをめぐっていかにも示唆的である。そのうえで、三浦徳子は、これを別離ではなく再会ないし再開の物語として提示し、作曲に財津和夫を迎える次曲となる〈チェリーブラッサム〉の「新しい私」への紐帯を残す。



7.〈夕暮れ物語〉伊藤つかさ(1981)
 作詞/安井かずみ,作曲/加藤和彦,編曲/清水信之



伊藤つかさは、浅田美代子が成立させた女性アイドルの価値観の系譜にあって、その繊細な存在性のかすかさや脆さを表象する重要な要素として、稚拙な歌唱の不安定さをむしろ積極的に前景化させる。呟くように、囁くように、聴き手に語りかけるように歌う彼女の声は、歌詞の言葉を歌い手のものではなく伊藤つかさという存在のものとする。4分音符によるピアノの和音弾きの前奏はまぎれもなく「夕暮れ 小道 坂道」を「帰」る彼女の足音を表現し、このことは、その左手が根音をシャッフルのリズムで叩いて彼女に歌唱をうながすときに詳らかとなる。〈赤い風船〉の作詞家を起用したこの楽曲が収録された2ndアルバム《さよなら こんにちは》では、大貫妙子が提供した〈さよなら こんにちは〉と〈春風にのせて〉の両曲にも「夕暮」の語が用いられ、まさにこのアルバムこそが伊藤つかさの[夕暮れ]と謳う。



8.〈トワイライト−夕暮れ便り−〉中森明菜(1983)
 作詞/来生えつこ,作曲/来生たかお,編曲/萩田光雄




歌詞のなかに「たそがれ」こそあれ、[夕暮れ]の語が歌われることはない。しかもそれは、〈少女A〉の彼方に準備されたものではなく、むしろ並行する2本の鉄路のようにあらかじめ分裂しているふたつの系列のうちもう片側、〈スローモーション〉や〈セカンド・ラブ〉の行方に位置づけられている。歌手として中森が担ったこの二極性が、彼女における[少女]から[夕暮れ]への移行を妨げたのだろうか。おそらくそうではない。なぜなら〈少女A〉にも「少女を大人に変える」ような「黄昏れ時」は等しく訪れているからである。つまり中森は、楽曲の副題にかろうじて「夕暮れ」の語を織り込んでなお、この語をその声で歌うにふさわしい[少女]の季節を生きることがなかったのである。



9.〈夕暮れ気分〉堀ちえみ(1983)
 作詞/諸星冬子,作曲/天野滋,編曲/清水信之


〈夕暮れ時はさびしそう〉のN.S.Pから天野滋を作曲に迎えたこの楽曲には、伊藤つかさの〈夕暮れ物語〉を編曲した清水信之も加担している。作詞の諸星冬子とともに天野が堀ちえみに提供した曲としては、その1stアルバム《少女》に収録された佳曲〈愛♡だけどロンリネス〉がある。プロデューサーの渡辺有三によれば、〈夕暮れ気分〉の楽曲自体は早期にできており、堀ちえみの存在性がこの楽曲に追いつくまで吹き込みの時機を待っていたというから、ことによると《少女》のころにはすでに準備されていたのかもしれない。その適時が4thアルバム《雪のコンチェルト》の直前であったことは、「いつ」と知れず「夕暮れ」てしまった「12月の街」の「冬色した帰り道」に、「人の波に つまず」いてしまう〈12月の祈り〉がB面の最終曲として収録され、A面の最終曲である〈夕暮れ気分〉と一対をなしていることからも明白である。



10.〈11月のソフィア〉岡本舞子(1985)
 作詞/秋元康,作曲/鈴木キサブロー,編曲/山川恵津子


高い歌唱力がアイドルとしてはむしろ致命的な仇となった岡本舞子が、作詞家を阿久悠から秋元康へと、作曲家を山川恵津子から鈴木キサブローへと替えて挑んだ楽曲。それでもなお、ここでもっとも印象的に響くのは、彼女の歌唱を味わったあとで提示される後奏による[夕暮れ]の感覚である。



番外_1.〈夕暮れ時はさびしそう〉 N.S.P(1974)
 作詞・作曲/天野滋,編曲/福井峻



男性による歌唱曲のため番外とした。伊藤つかさに〈モーニング・キッチン〉を、堀ちえみに〈愛♡だけどロンリネス〉や〈夕暮れ気分〉を提供した天野滋が率いた、N.S.Pの最大のヒット曲。



番外_2.〈夕暮れ〉THE BLUE HEARTS(1993)
 作詞・作曲/甲本ヒロト


https://www.youtube.com/watch?v=zgYF5m9Pddw


男性による歌唱曲のため番外とした。パンクを装った歌謡曲であり、たとえばAパートにおける最初の4小節のコード進行Ⅰ−Ⅴ-Ⅵm-Ⅲmは、堀ちえみの〈夕暮れ気分〉のAパートにおける最初の4小節のⅠ−Ⅲm7-Ⅵm-Ⅲm7とほとんど同じである。



番外_3.〈スパークだ!〉クレイジーケンバンド(2014)
 作詞・作曲/横山剣




男性による歌唱曲のため番外とした。堀内敬三が〈あほ空〉をとおして歌謡曲に提示した[夕暮れ]の情緒を懐かしむような歌詞に、軽快で洗練されたサウンドが合致し、聴くものの胸を締めつける。








文:堀家敬嗣(山口大学国際総合科学部教授)
興味の中心は「湘南」。大学入学のため上京し、のちの手紙社社長と出会って35年。そのころから転々と「湘南」各地に居住。職に就き、いったん「湘南」を離れるも、なぜか手紙社設立と機を合わせるように、再び「湘南」に。以後、時代をさきどる二拠点生活に突入。いつもイメージの正体について思案中。