あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今月の本部門のテーマは、「共感できない主人公が出てくる物語を味わう本」。その“読むべき10冊”を選ぶのは、ブックコンシェルジュや書店の店長として読書愛を注ぎつつ、私小説も人気を博している花田菜々子さん。「雰囲気こそ大事なのでは?」という花田さんが雰囲気で(いい意味で!)選ぶ、ジャンルに縛られない10冊をお届けします。
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1.『無敵の犬の夜』
著・文/小泉綾子,発行/河出書房新社
最近読んだ本の中で個人的にいちばん面白かったこちら。地方のヤンキー界に出入りを始めた中学生の、ある敗北を鮮やかに描き出した1冊です。1ミリも共感はしないけど、何かを過剰に信じて突っ走って全部間違ってるという切なさや、乱暴な言葉にかき消されてしまうたくさんの「言葉にならない想い」がビリビリ伝わりました。
2.『パッキパキ北京』
著・文/綿矢りさ,発行/集英社
こちらもまったく共感できないのにどういうわけだか面白い! とやみつきになってしまった小説。主人公はブランドもの大好きな駐在妻で、夫の転勤のためにコロナ禍の真っ只中の北京で暮らすことに。でも感染の不安も何のその、すぐに現地になじんで買い物・グルメ・観光、と遊びまくる! こういう図太さも大事……なの……か?
3.『今日の花を摘む』
著・文/田中兆子,発行/双葉社
51歳、出版社勤務の愉里子の趣味は、男性と肉体関係を伴う「かりそめの恋」を楽しむこと。相手をとっかえひっかえする日々だったが運命の男に出会い、本気になってしまう……。年齢や常識に捉われず性愛に純度100%の魂で突き進んでいく姿は、「わかる〜」とはならないけど、見てて(読んでて)清々しい!
4.『君が手にするはずだった黄金について』
著・文/小川 哲,発行/新潮社
今もっとも注目される作家のひとりである小川哲さんの最新刊。小川さん本人を主人公にしたと思われるこの本は、共感できないというよりは「え、これどこまでがほんとなの?」と混乱してしまう1冊です。でも(?)共感できなさも一級品で、登場人物は1ミリも投資をしていないのに投資家のふりをして大損していたり、ロレックスの偽物の腕時計をつけ続けて「みんなを試していた」と言ったり……一体なんなんだ……。
5.『いい子のあくび』
著・文/高瀬隼子,発行/集英社
これは私はまったく共感できなかった(けど面白かった)のですが、もしかしたらけっこう共感できる人もいるのかもしれない1冊。誰からも「いい子」と思われている主人公は、実は歩きスマホをしている人に「正義感」からわざとぶつかりに行く隠れモンスター。無自覚な悪意がエスカレートしていく様子が怖い!
6.『チワワ・シンドローム』
著・文/大前粟生,発行/文藝春秋
これまでずっと今の若者たちのやさしさや弱さを描いてきた作者が、「やさしさ」や「弱さをいたわりあう」ことの副作用に真正面から斬り込む怪作。可愛らしくて守りたくなる“チワワ”をキーワードに、愛に溢れた発言で人気のインフルエンサーや迷惑行為通報系YouTuberらの闘いを描いています。共感はできないけれど、SNSに蔓延する悪意やこの時代の「やさしさ」について考えるための重要な1冊。
7.『全員悪人』
著・文/村井理子,発行/CCCメディアハウス
ちょっと嫌な世界を描いた本の紹介が続いてしまいましたので(どれもほんとうに面白いんですけど!)心温まる「共感できない系」の本も。義母の認知症の介護をする著者が、義母の視点から見える世界を小説にした作品です。ユーモア溢れる文章は思わず笑ってしまうところもありつつ、義母娘のシスターフッドが伝わってやさしい気持ちに。
8.『超人ナイチンゲール』
著・文/栗原 康,発行/医学書院
こちらは子どもの頃読んだ伝記でおなじみ、“ナイチンゲール”の人生を大人向け(?)に捉え直した評伝。読み進めるほどに「白衣の天使」とはほど遠い奇人でパンクな革命家だった彼女の姿が浮かび上がります。何のために助ける、とかではなく、もう気づいたらやってしまっているんだ、という生きざまは、共感は難しいのですが圧倒されます。
9.『鬱ごはん』ヤングチャンピオン烈コミックス
著・文/施川ユウキ,発行/秋田書店
「ひとりでも楽しい」「ひとりだからこそ楽しめる」という考え方が十分に浸透したこの時代に、食に興味もなく自分に自信のない鬱野たけし(名前の雑さ……)がコンビニやチェーン店の食事をひとりでネガティブに摂取していくだけの漫画。でも主人公の哲学的なペーソスに満ちた台詞や表現が楽しすぎて、いつも発売日に買ってしまうほど好き。
10.『いちじくのはなし』
著・文/しおたにまみこ,発行/ブロンズ新社
「共感できない系主人公」のブーム(?)は大人の本だけでなく子ども向けの本にまで! キッチンで食べものたちを相手にお話会を開催するいちじくが物語の主役なのですが、なんといちじくは「ほらふき」で、どうも話の内容が信用ならないのです。で、みんなから疑われるのですがしれっとしている。これが子どもにも大ウケだそうで、やっぱり「よくわからない怪しいもの」に惹かれる気持ちに大人も子どもも関係ないのかもしれませんね。
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選者:花田菜々子
流浪の書店員。あちこちの書店を渡り歩き、2018年から2022年2月まで「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で店長をつとめる。2022年9月1日に自身の書店「蟹ブックス」を東京・高円寺にオープン。著書に『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』など。