あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今月の映画部門のテーマは、1年を振り返る特別編「勝手にアカデミー賞!」です。2024年に公開された最新作の中から《主演俳優賞》、《助演俳優賞》、《ドキュメンタリー賞》、《アニメ賞》、《音楽賞》の5つの部門の受賞作品・俳優を勝手に選んでみました! その選考をしてくれるのは、マニアじゃなくても「映画ってなんて素晴らしいんだ!」な世界に導いてくれるキノ・イグルーの有坂塁さん(以下・有坂)と渡辺順也さん(以下・渡辺)。今月も、お互い何を選んだか内緒にしたまま、交互に発表しました! さぁ、二人はどんな作品や俳優を選ぶのか、ぜひご覧ください。
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お時間の許す方は、ぜひ、このYouTubeから特別編「勝手にアカデミー賞!」を発表したキノ・イグルーのライブ「ニューシネマ・ワンダーランド」をご視聴ください! このページは本編の内容から書き起こしています。
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−−−乾杯のあと、恒例のジャンケンで先攻・後攻が決定。今月も有坂さんが勝利し、先攻を選択。それでは、クラフトビールを片手に、2024年の映画について語り合う、幸せな1時間のスタートです。
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有坂:はい、ドタバタで始まりましたキノ・イグルーのニューシネマワンダーランド。今月は、毎年恒例となっている年末企画、「勝手にアカデミー賞」ということで、1年間で公開された映画の中から5つのテーマに分けて、それぞれ映画を紹介していこうと思っていますので、ご自身が今年観た映画のことなども思い返しながら、自分だったらこういうのを選ぶよなとか、そういうのも含めて楽しんでいただけると嬉しいです。
渡辺:今年、公開された新作からということですね。
渡辺:そうだね。
有坂:けっこう観たよね。
渡辺:観ました。
有坂:なので、僕たちは毎年年末に外国映画、日本映画のベスト10というのをホームページで発表していて、それとはまた違ったカテゴリーで選びますので、合わせてお楽しみいただけると嬉しいです。
渡辺:あと、今日スペシャルゲストがいるということで、最後に登場いたしますので。
有坂:あの巨匠が!
渡辺:お楽しみください。
有坂:主演俳優賞から。じゃあ、行きたいと思います!
有坂の2024年《主演俳優賞》
江口のりこ
主演映画『お母さんが一緒』 監督/橋口亮輔,2024年,日本,106分
渡辺:おおー!
有坂:これは『恋人たち』とか『ぐるりのこと』の橋口亮輔監督の9年ぶりの監督作として上映された、いわゆるホームドラマになっています。あのペヤンヌマキさん主宰の演劇ユニットのあの戯曲が、もともとこれは原作になっていて、それをドラマ化して、さらに劇場用に再編集したものが、『お母さんが一緒』です。これ、『お母さんが一緒』っていうタイトルのとおり、物語の中心にはお母さんがいるんですよ。ただ、そのお母さんが、本当にオープニングに一瞬チラッと映るだけで、あとは一切出てきません。主人公であるこの3姉妹のこれは物語になるんですけれども、その3姉妹の会話の中からお母さんってどういう人かっていう像が浮かび上がってくるという、本当にもともとやっぱり戯曲だけあって、セリフを軸にしたようなホームドラマとなっています。この中で、江口のりこさんは三姉妹の長女、次女が内田さん、三女が古川さん、その古川琴音のフィアンセがネルソンズの青山フォール勝ち、という4人しか出てこない割と小規模な映画なんですけれども、やっぱりこの映画は、役者の魅力、役者の演技合戦、そこがとにかく面白いところで、特にそのリードをしていく江口のりこさんは、数々代表作があるとは思いますが、主演として張る映画はそんなにない中、本当に代表作の一本になったんじゃないかなという、個人的にはたまらない演技を見せてくれました。このお母さんというのが、どうやらすごくいわくつきの面倒くさいタイプのお母さんで、その3姉妹に共通している思いは、「母親みたいな人生を送りたくない」って言うんです。だから、なんかこう話をしていると、お母さんのせいでこうなったとか、いろいろ言うんですけど、結局特に長女の江口のりこは、もうお母さんそのままなんじゃないかっていう、とにかく面倒くさいキャラクターで、この3姉妹のいろんな、なんでしょうね、彼女が結局きっかけになってどんどん罵り合いが修羅場と化していく、という映画になっています。
渡辺:はいはい。
有坂:割と、このビジュアルの印象とかタイトルだと、すごく山田洋次的な、すごくおさまりのいいホームドラマに見えますけど、これもう映画の9割ぐらいが、8割、9割、罵り合っているっていう、観終わった人がみんなぐったりっていうタイプの映画なので、逆にそういうちょっと振り切った日本の家族ものがみたいなという人にはおすすめですし、特に、その江口のりこは、なんか罵りながらもポジション的にはコメディリリーフ的なポジションでもあって、彼女の行きすぎた、エスカレートした感情がなんか笑いを生んでいくという意味で、とにかくセリフが多い。そして、みんな早口ということで、なんか僕、観ていたときに昔のあのキャサリン・ヘプバーン、スクリューボール・コメディみたいな、なんかそういう映画かなという気もしましたので、昔のその辺のコメディが好きな方にもおすすめの一作になっています。
渡辺:かぶらなかった。
有坂:ここは大丈夫かなと思ってたんだけどね。でも、本当に、今年は江口さん他にもね、作品がいくつかあったので、かなりブレイクした年になっています。
渡辺:なるほど、では、僕の主演俳優は、今年といえばこの方です。僕も日本映画からですけど。
渡辺の2024年《主演俳優賞》
河合優実
主演映画『ナミビアの砂漠』 監督/山中瑶子,2024年,日本,137分
有坂:うんうん。
渡辺:他にも『あんのこと』とか、『ルックバック』とか、主演作がどれも良かったというところも含めて、河合優実さんかなと思っております。代表的なのは、やっぱり『ナミビアの砂漠』で、今年のカンヌの国際映画祭に出品されていて、やっぱり山中瑶子監督、若手の女性監督なんですけど、今年の日本映画でいうと若手の才能ある監督がむちゃくちゃ活躍した年だったかなと、その中の一人が山中監督で、女流監督で、いい作品を発表しているという。で、この『ナミビアの砂漠』っていうのは、現代女性の行き場のないイライラとか、憤りみたいなところを、周りに当たり散らすようなカナというですね、等身大の女の子が主人公なんですけど、それを見事に再現して見せたという、河合優実さんの存在感みたいな、そこが評価につながったと思います。オープニングで、気だるそうに歩きながら登場してくるんですけど、そのなんか気だるそうな歩き方が、もうすごいなっていう。
有坂:オープニング、素晴らしかったよね。
渡辺:この登場人物や、このキャラクターをもうそれだけで分からせることができたりとか、そんな歩き方できる22歳くらいだっけ?「そんな人いる?」みたいな。すごい女優だなっていうのが、本当にまざまざと思い知らされたんですね、っていうのが本当に河合優実だなと思いました。それで、『あんのこと』とか、またちょっと違う、これは環境的に不幸で、一生懸命、自分は真面目に生きようとするんだけど、環境がそれを許さないというような子を演じたりとか、なんかやっぱり本当にそういう人に見えるっていうのを、ちゃんと体現できる素晴らしい女優さんだなっていうのと、それを主演として堂々と張れる大女優一歩手前みたいな、若くして。という貫禄さえ出てきたというところがあって、今年、立て続けにいろいろ出ている作品がどれも良かったところもあって、やはりこの人かなと。
有坂:なんかオープニングの観せ方が上手いなと思っていて、あれ町田駅が舞台なんですけど。
渡辺:すぐわかった。
有坂:町田駅をロングショットで、町田駅の外の風景を撮っていて、そこからカメラがゆっくりゆっくりズームしていった先に河合優実がいるんですよ。だから、どこにカメラが向かってるのかなって思ったら、歩いてる中の一人にだんだん焦点が当たっていった河合優実の歩き方とかね、さっき順也が言ったみたいな。だから、観る側が、なんだなんだっていうような、うまい映像のつくり方、それと本人の実力が相まった、そういう意味でも特別な一本だし、河合優実、あれも、『不適切にもほどがある!』も今年なんだよね。
渡辺:ああ、ドラマですね。
有坂:1月に、『不適切にもほどがある!』をやったり、「クラフトボス」のCMに出たりとかね、ブレイクイヤーだね。わかりました。
有坂:はい、じゃあ、僕の助演俳優賞は、かぶる気がするなこれ。
有坂の2024年《助演俳優賞》
グレン・パウエル
助演映画『ツイスターズ』 監督/リー・アイザック・チョン,2024年,アメリカ,117分
渡辺:ああ!
有坂:みなさん、グレン・パウエル、ご存知ですか? もう、日本が河合優実なら、アメリカはグレン・パウエルじゃないかと勝手に思っていますが、彼は『トップガン マーヴェリック』で、トム・クルーズから指導を受けるハングマンという役で、一躍ブレイクしましたけども、その『トップガン マーヴェリック』、今回の『ツイスターズ』、もうこれはタイトルのとおり竜巻映画です。90年代に『ツイスター』という映画があって、あれはCGがどんどん進化していって、ある意味、そのCGをフルに活かしたエポックメイキングな映画がありました。それの続編というわけではないんですけども、『ツイスター』をさらに今の時代にアップデートした映画が『ツイスターズ』になっています。なので、主人公は竜巻と言ってもいいんですけども、実際この映画に出てくる人っていうのは、主人公は女性の気象学を学んでいるケイトという人で、彼女が竜巻をリサーチするために、竜巻を追いかけていくんですけど、そのライバルとして登場するのがグレン・パウエル。本当に、このグレン・パウエルが絵に描いたような、もうアホ丸出しな、能天気なパリピみたいな、本当にヤッホーって言いながら登場するような、もう頭悪そうだなアメリカ人みたいな役なんですよ。
渡辺:ユーチューバーなんだよね。
有坂:そう、ユーチューバーがカメラに向かいながら喋って、ノリノリで竜巻を追いかけていくみたいな役で出てくるんですけど、そのタイラーという役を彼は演じていて。でも、だんだんその能天気なタイラーにも違う一面があるっていうふうに、物語がちょっとずつ変わっていくんですね。結局、ケイトというのは、本当にもう天才と呼ばれた気象学の人なんですけど、アウトプットは違うけど、本質的なところは、実はケイトとタイラーというのはすごく似通っていて、共感できるポイントがだんだん見つかってくるんですね。完全にライバル、あいつに負けたくないと思っていたタイラーとケイトが、途中から手を組み始めるっていう、物語もすごく今っぽいなと。今までだったら、本当にそこをバーサスでどっちがいいかみたいな語り方だったのが、そこが手を組んで共に前に向かっていくっていうところは、すごく今っぽい。そのバディ感っていうのを物語の中に入れていったっていう意味でも、ちょっと面白い、物語の構成も面白かったなと思っています。グレン・パウエルは、今年、『ヒットマン』っていう、リチャード・リンクレイターの映画でも主演。あれは制作も兼ねているのかな?
渡辺:脚本?
有坂:脚本か、そうだそうだ。脚本も手がけている。彼は七変化する、大学講師と見せかけて、実はヒットマンっていう役で、いろんな顔を持っている大学講師っていう役で、本当にもう役者冥利に尽きる、いろんな役が演じられるっていう意味でも、ある意味、今年彼のブレイクするきっかけになった年かなと思っています。来年以降も、話題作が目白押しで、今のところ入ってるのは、J.J・エイブラムス、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』とかを手がけた、J.J・エイブラムスの新作とか、あとA24とエドガー・ライト……『ベイビー・ドライバー』の、そのコンビ作にグレン・パウエルは主演するということで、間違いなくまた来年もいろいろ出てくる名前だと思うので、『ツイスターズ』、このビジュアルで全然心が動かない人、多いと思うんですけど、本当に予想以上に面白いのでね、ぜひ観て欲しいなと思います。
渡辺:これはね、ちょっとねかぶりました!
有坂:だよね。
渡辺:どうしよう。変えようかな、変えます。言われちゃったからね、まあ、でもグレン・パウエルは大活躍ですね。
有坂:これを観た後、二人でグレン・パウエルについてで大盛り上がりで。
渡辺:『ツイスターズ』自体面白かったからね。
有坂:そうなんだよね。
渡辺:じゃあ、僕は変えて……
渡辺の2024年《助演俳優賞》
池松壮亮
助演映画『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』 監督/阪元裕吾,2024年,日本,112分
有坂:うんうんうん、ああー。
渡辺:今年、いくつか出ているんですけど、まずこれ。『ベイビーわるきゅーれ』は、可愛い女子高生2人が、実はすご腕の殺し屋だったという、ちょっと漫画みたいな話で、低予算映画にもかかわらず本格アクションで、しかも、それが可愛らしい女の子2人がかなり本格アクションするので話題になって、大ヒットしている作品なんですけど、その第3弾。第3弾が今年公開されて、その敵役が池松くんです。で、毎回すごい敵が出てくるんですけど、もう本当に最強の敵みたいな感じで出てきたのが、今回、池松壮亮なんですけど。もう、なんかこうナチュラルボーン殺し屋みたいな、天才殺し屋みたいな感じで出てくるんですけど、本当に何か、殺し屋の才能以外はポンコツみたいな役で、それもまた面白くて、上半身裸で最初出てくるんですけど、体がバキバキで、ものすごい身体改造したのかなぐらい仕上がっていて、格闘技とかも経験者としか思えないような身のこなし方で、この人、本当に俳優としての技術とか、体の使い方みたいなのは、本当に多分天才的なんだなって思わせる。格闘技経験は一切ないらしいんですけど、格闘技経験者としか思えないような身のこなし方で、これ観たら本当にすごいんですけど、それがまず身体的な、体の使い方として技術がすごい俳優さんなんだなというのをめちゃくちゃ感じた作品です。
有坂:うんうん。
渡辺:あと、もう一つ、『ぼくのお日さま』っていうのにも出ているんですけど、これはアクション作品ではないんですけど、スケートのコーチの役なんですね。
助演映画『ぼくのお日さま』 監督/奥山大史,2024年,日本,90分
渡辺:これは、元プロスケーターだったという役で、今は子どもにスケートを教えているという役で、これもスケート未経験だったらしいんですね。だけど、スケートってけっこう難しくて、やったことある人は難しいとわかると思うんですけど、バランス取るのはすごい難しいし、後ろを向きながら滑るとか、結構技術的に高度なことをめちゃくちゃ自然にやっていて、本当に上手い人が子どもにちゃんと教えているみたいなことを自然とやっていたのに、パンフレット読んだら未経験だったっていうのを、一生懸命練習して覚えましたみたいな、っていうのが書いてあったんですけど、そういうのも含めて、身体的な俳優としての技術力がめちゃくちゃ高い人だったっていうのは、これですごいと思ったんですよね。やっぱり何かやったことないことをずっとやったかのように見せられるっていう、そういう俳優としての技術がすごいある人なんだなっていうのが本当に分かった。すごい、すごいとはずっと言われていましたけど、何かめちゃくちゃ殴られた感じがすごいとか、泣き叫ぶ感じがすごいとか、そういう分かりやすいやつっていうのが、何か自然とすごいことをやっているっていうのを、これでなんかすごい感じたというところで。
有坂:広瀬すずもそうじゃん。サッカー、『海街diary』でサッカーをやっているシーンがありましたけど、本当にあれ、サッカー経験者が見ても普通に上手い、なでしこレベルなんじゃないかっていうぐらいのドリブル、やっぱりそのとってつけたようなパフォーマンスじゃなくて、本当にそれがなんか滑らかなドリブルをするだけで、説得力が増すような物語だったら、やっぱりその彼女が演じたことの意味ってすごく大きいし、今のね、『ベイビーわるきゅーれ』ってまだ一本も観たことなくて、毎回、悪役が出てくるんだよね。それは、悪役がやっぱり最強じゃないと、こういう映画は盛り上がらないから、池松壮亮がそういう才能に長けていたとすごいわかりました。……じゃあ、次は《ドキュメンタリー賞》です。僕は、ちょっとギリギリで変えました。フランスの作品にします。現在公開中の激ヤバ映画です。
有坂の2024年《ドキュメンタリー賞》
『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』
監督/ギレム・コース,クエンティン・ヘルグアルク,2023年,フランス,98分
渡辺:ん? へぇー。
有坂:これ多分、フィルマークスの評価も低いと思う。観た人は、途中退屈で飽きたとか、眠いとか、そういう感想はすごく聞くし、でも実際わかる。で、これちょっとどういう映画かっていうのを簡単に説明すると、これオンラインのサバイバルゲームの世界に、そのオンラインのサバイバルゲーム内に取材クルーが潜入して、そこで出会う人たちにインタビューしていくっていうタイプのドキュメンタリー作品。これ、ドキュメンタリーとして撮っているところが面白い。……意外と評価高い! めちゃくちゃディスられているんだけどね。なので、この98分かな、ほぼ96分くらいがそのゲームの映像なんですね。で、963時間潜入したものを、まあ90何分にまとめているんですけど、やっぱりドキュメンタリーって、つくり手がある程度構成を考えて、頭の中でつくりたいものを実際取材して、作品にまとめていくっていうやり方と、ワイズマンとか想田監督みたいに、とにかく対象だけ決めて、ひたすらカメラを回して奇跡を待つみたいな人もいると思うんですね。この映画の場合は、誰もやったことがない新しいドキュメンタリーをつくるというところが、つくり手のモチベーションとしてまずすごくある。どうなるかもわからない。実際つくったけど、これが果たして作品として成立しているのかどうかも、つくっている人たちもわからない中で、世の中に投げている。だから、いろんな反応があって面白いし、多分このアイデアをもう一回やれないと思うんだよね。二番煎じになってしまうので。そういう意味では、やっぱりバーチャルとリアルの世界ということを、もう考えざるを得ない現代に生きていて、これは963時間カメラを回している途中にコロナに突入したんだって。だから、現実とフィクションの世界が反転したんだって、撮影中に。そういうタイミングに巡り合うというのも、たぶんつくり手の才能だと思うので、やっぱりこれは大スクリーンで観る面白さ。やっぱり、そのゲームの映像の荒さとかも面白いし、ドキュメンタリーなんですけど、やっぱりゲームのキャラクターだから、動きはカクカクしているし、みんな無表情だし、なんかその不自然な仕草とかが、ちょっとやっぱり不気味なんだよ。だけど、聞かれたことには、オンラインゲームのどこかの誰かがちゃんと答えている。リアルな人間の声と、無機質なキャラクター、それが多分、今までのドキュメンタリーとはまったく違う感覚が楽しめます。でも、本当に「非人間のレポート」っていうタイトルとか、そのあらすじとか見ると、かなり過激な映画に見えるんですけど、どっちかっていうとチル映画。本当に、これなんか、こうアイスランドの絶景みたいなところを、ひたすら歩いている映像が続くとか。
渡辺:実際のゲーム?
有坂:そう、実際のゲーム。だから、その実際にオンラインゲームをやって、そのゲーム内で出会う人っていうのも、どっかの世界の誰かなわけで。その人からいろいろな話を聞くんだけど、やっぱり本人にカメラを向けるのと、ゲームのキャラクター、アバターとして喋るのとだと、なんかこう違う言葉が出たりとかするんじゃないかってことも含めて、ちょっと実験的につくっている映画なので、なかなか、今公開中ですけど、終わったらその後、いつリバイバルやるかなんて分からないので、勇気がある方は、ぜひ「イメージフォーラム」でやっているので、観てみてほしいなと思います。
渡辺:すごいところ、きましたね。
有坂:ふふふ。
渡辺:では僕のドキュメンタリー賞はですね、これはもうこれかなというので。
有坂:だよね。
渡辺の2024年《ドキュメンタリー賞》
『キノ・ライカ 小さな町の映画館』
監督/ヴェリコ・ヴィダク,2023年,フランス、フィンランド,81分
有坂:そっちか。そうだよー。そうだ観とけばよかった……。
渡辺:今年ね、でもドキュメンタリーがけっこう豊作で、いいのがめちゃくちゃ多いんです。その中で、『キノ・ライカ 小さな町の映画館』ってどういう作品かといいますと、映画監督・アキ・カウリスマキが、フィンランドの郊外に手作りで仲間たちとDIYでつくり上げた映画館。これが「キノ・ライカ」という映画館なんですけど、その製作過程を追ったドキュメンタリー作品です。もう、カウリスマキといえば、キノ・イグルーの名付け親というのもあって、そのカウリスマキが、自分でトンテンカンテンやりながら、本当にリアルに映画館をつくっているっていう、その姿を観るだけでも楽しいですし、なんかあのカウリスマキは主人公になりがちなんですけど、「自分を主人公に撮るな」というのが条件だったらしいので、なので、本当に作業してるうちの一人みたいな感じで、あくまで出てくるという、そういうスタンスも含めて、なんかカウリスマキらしいし、いいなと思った作品です。あとは映画館がない街に、映画館ができるっていう、そういうのを関係者とか、街の人とかにインタビューするようなドキュメンタリーなんですけど、やっぱり映画館が今度は自分たちの街にできるみたいな、そういうワクワク感とかを感じられる作品だったので、本当に映画が好きな人、映画館が好きな人にとっては、すごくいい話が観られる作品かなと思います。そういうのもちゃんと収められていて良かったなと思いました。これは、絶賛公開中、公開したばっかりなので、ぜひ映画館で観てほしいですね。
有坂:そうだね、初日に行ったんでしょ?
渡辺:初日に行きました。
有坂:僕はまだ観てないんです。
渡辺:満席で、「ユーロスペース」が、やっぱりカウリスマキの聖地になっています。このドキュメンタリーの監督も来てて。もうすでにこの現地に行ったことがあるという人がいたり、なかなか濃いファンの人たちが集まった初日でしたね。
有坂:「ユーロスペース」っていう会社は配給も手がけ、劇場も運営している。本当にカウリスマキの映画をずっと配給しているんですよ。なので、その劇場でカウリスマキがDIYでつくった映画館のドキュメンタリーが観られるっていうのはね、それはなかなか胸熱な時間になると思って、僕も早く、楽しみにいきたいと思いました。……じゃあいいですか? はい、じゃあ続けていきます。次は《アニメ賞》、《アニメ賞》は今年は、割れそうだね。豊作だったと思います。僕の《アニメ賞》は、日本の作品です。
有坂の2024年《アニメ賞》
『ルックバック』
監督/押山清高,2024年,日本,58分
渡辺:うーん!
有坂:これは、藤本タツキの原作、『少年ジャンプ+』で発表した読み切りの原作『ルックバック』を、劇場アニメ化した作品になっています。これは、学生新聞で4コマ漫画を連載している小学生の4年生の藤野という女の子と、そこで隣のクラスに不登校の生徒がいて、その子も実は漫画が好きでっていう、2人がふとしたことで出会って、正反対な2人が漫画への思いでつながっていく、しかし……、っていう物語になっています。これはね、上映時間が58分。60分を切っているっていうところでも、すごく新しさを感じて。まあただ、この60分切ったことは、ほんと賛否両論あると思って、やっぱり人によっては、もうあと30分、2人のバックグラウンドを描いてくれた方が、ラストが感動できたんじゃないかっていう話もあったり、ただ一方で、60分に収めたからこそ劇場側は、本当に1日7回転とか8回上映ぐらい。
渡辺:10回やってた。
有坂:10回やってたんだ。10回やってても満席だったりするんですよ。だから、もうちょっと今落ち着きましたけど、ある時期、『ハリー・ポッター』とか、『ロード・オブ・ザ・リング』から始まったあの流れで、映画が3時間超えが当たり前みたいになってきたところと比べると、また違う一石を投じたなと。
渡辺:これは本当にそうだね。
有坂:ただ、短くすればいいっていう話でもないので、そういう意味でも、これからつくられるアニメ映画の上映時間にも注目してほしいなというぐらい話題を呼んだ。
渡辺:今、本当に長いのが多いからね、“マーベル”とか。
有坂:そうだね。
渡辺:2時間半とか普通になっている中で、ちょっとそこに疲れている。
有坂:そうそう。
渡辺:そんな流れもあった中で。
有坂:でも、世の中の考えとしては、今の若い子は、TikTokとか、短い映像に慣れているから、長い映画を耐えられないって言われていても、映画の上映時間は長いままだったところに、『ルックバック』がきたと。この映画の内容に関しては正反対の2人。自分の才能に自信満々な子と、引きこもりで学校にも行けないみたいな子が、やっぱり一つのものを通してだんだん繋がっていくということで、その才能とか、嫉妬とか、努力とか、みんなも共感できるようなポイントがあったり、あとその絵としての躍動感にすごい満ちているので、本当にこれはスクリーンで観てほしいなと思う一作だし、将来が不安な人とかね、今、実は自分は好きなことがあって、夢を追いかけていますよっていう人も、すごくパワーをもらえる一作かなと思います。
渡辺:クリエイターの人はね、観たらちょっと泣いちゃう。
有坂:僕たち2人は絵心がまったくないので、そこの共感は難しいところではありましたけど、本当に青春映画として素晴らしいなと思いますので、ぜひ観てほしいなと思います。
渡辺:これもかぶりましたね。
有坂:だよね。変える?
渡辺:変えます。何にしようかなって考えていたんですけど、まあでも、僕の《アニメ賞》はとてつもなく長いタイトルのアニメです。
渡辺の2024年《アニメ賞》
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章』
監督/黒川智之,2024年,日本,120分
有坂:うんうんうん。
渡辺:これが、前章・後章というふうに、前編、後編で分かれているんですけど、前編の方ですね。これは漫画が原作で、それのアニメ化。アニメ映画化なんですけど、原作も未読で知らなかったんですけど。観たらめちゃくちゃ面白い作品でした。これ、浅野いにお原作の漫画なんですね。主人公は、女子高生なんですけど、彼女たちの日常を描いているんですけど、世界があるとき、UFOがやってきて、巨大UFOがやってきて、東京上空にずっととどまっている。どうやら宇宙人がいてみたいな、そういう非日常の世界観の中の女子高生の日常を描いている作品です。なので、基本的にストーリーは学生の青春ものなんですね。友情の話だったりとか、恋愛の話だったりとか、でも、外の世界というか、彼女たちの周りの世界は、宇宙人がいるという非日常なんですけど、これがやっぱりちょっと前のコロナの世界と連動していて、コロナみたいな未知のものがやってきて、世界中で多くの人が亡くなったりとか、感染するとか、すごい非日常な、外に出ちゃいけないみたいな、マスクしなきゃいけないとか、そういう環境になりつつも、結局、僕らは普段の日常の生活をしているわけです。なんかそことリンクするところもありつつ。なので、こう宇宙人がやってくるみたいな不思議な話ではあるんですけど、そういうところでちょっと共感性もかなり感じられる作品だったと思います。やっぱり宇宙人がやってくるとかっていうので、前半の終わりが地球滅亡まであと半年みたいなところが出てきたりとか、空から宇宙人がわらわら降ってくるみたいな、そういう「この先、どうなる?」みたいな感じで、後編に続くっていう終わり方っていうのも、期待度が爆上がりして、めちゃくちゃ面白かったですね。これは、すごい原作未見で観たんですけども、その後、漫画も一気に全部読んで、面白すぎていろいろ他でも調べたくらい、ハマった作品です。この二人の主人公の声優も面白くて、あのちゃんと幾田りらという、声優でも役者でもない二人が声優を演じているんですけど、これがめちゃくちゃハマっていて、幾田りらは声優やってんじゃないかぐらい、めちゃくちゃ上手。なので、なんの違和感もなく観られますし、幾田りらなんかは、本当になんか声優並みの実力がある、本当にすごい人だなと思うくらい、うまかったです。なんで、そういうのもいろいろ含めて、かなり面白かった作品だと思います。
有坂:声は大事だよね、本当に。
渡辺:でも、もう観られるんだね、配信で。
有坂:早いね。
渡辺:まあでも、3月公開だから。
有坂:順也は、続けてみたんだよね。
渡辺:そう、前章を観ていなくて、後章が始まったタイミングで、ちょっと遅ればせながらやっている劇場で前章を観たら、めちゃくちゃ面白くて、続けて後章を観にいった。
有坂:僕は、わりと最初の頃に観に行って、前章が面白すぎて待ちきれないんですけどと思ったら、順也は、いや俺はもうすぐ観られるぜとか言って、自慢されたことを覚えています。……今日はビールのおかわりが来ました。
渡辺:2杯目です。
有坂:いつもより飲ませていただいて。じゃあ、最後《音楽賞》。《音楽賞》って難しくない? 毎年思うんですけど、何があったかなっていうのを考えた結果、これあったじゃんっていうのを紹介したいと思います。
有坂の2024年《音楽賞》
『チャレンジャーズ』
監督/ルカ・グァダニーノ,2023年,アメリカ,131分
渡辺:おお。はい。
有坂:『チャレンジャーズ』、みなさん観ました? いまいちポスタービジュアルとかの影響なのか。
渡辺:あれ、全然意味がわからないもんね。
有坂:本当に、話題にならなすぎているんですけど、これは監督がみんな大好き、『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノの最新作で、あのゼンデイヤとかが、もうバンと出ている。サングラスをよく観ると、男の人が2人映っている。どうやらテニスプレーヤーだということで、内容がわかると思うんですけど、これ何に似てるんだっけ、このポスター。なんか、このポスターのデザイン自体が、数年前のなんかの映画に似ていて、そのイメージもちらつくみたいな意見もありましたが、これはテニス界を舞台にした映画で、2人の男、1人が元スター選手。さらにその親友のテニス選手。その2人が恋をするゼンデイヤ演じる元スター選手だね、ゼンデイヤも。その10年以上にわたる愛の物語を描いたラブストーリーになってます。この映画で、やっぱり2人の演技とか、監督の演出力とか、見どころはいっぱいあるんですけど、けっこう過激な映画。それは、物語の内容というよりも表現が過激だなって思って、例えば、テニスしてるシーンでも、テニスの球にカメラをつけて、こっちに向かってくるみたいな、観ている側が思わず驚いてのけぞっちゃうような演出だったりとか、わりと情熱的な物語で、さらに表現もパンチの効いた演出が続くみたいな。観終わった後、結構ぐったり疲れるような映画かなと思うんですけど、その中でこの映画の音楽を担当したのが、トレント・レズナーとアッティカス・ロスというコンビです。彼らの音楽、この映画でいうと、エレクトロニックミュージック、本当にちょっとダンサブルな、EDMみたいな音楽がガンガンガンガン、ビートのきいた曲がずっとかかるんですけど、なんかその速いテンポの曲に合わせるように編集のリズムもすごく高速で、さらにそこに映っている映像もダイナミックで、役者の演技も本当に泣き叫んだりみたいな形で本当にこの映画全体の感触をつくっていく。その一助となっているのがやっぱり音楽かなと思いました。
有坂:うんうん。
渡辺:これってトレント・レズナーとかがつくっている音楽もそうなんですけど、効果音、例えば、ラケットの打球音とかも、そんなに音量を上げなくていいのにとか、あとちょっとドキッとするような音でつくっているような気がするので、そういう意味で五感を刺激し続けてきて、さて、物語はどういう着地をむかえるかみたいなタイプの映画かなと思います。トレント・レズナーってロックミュージシャンとしても有名ですけど、ここ最近、やっぱり例えば、『アイリッシュマン』っていうスコセッシの映画で、「ザ・バンド」のロビー・ロバートソンが音楽やっていたりとか、あと『ファントム・スレッド』とかで、順也が前回紹介した、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドがやってたり、ロックミュージシャンが映画音楽を手がけるっていうのが、ちょっとなんか新しい流れとして出てきているなと。これまでのモリコーネとかミシェル・ルグランみたいな映画音楽の作曲家がいて、90年代に入ってタランティーノとか、ソフィア・コッポラだとか、ウェス・アンダーソンみたいに、自分の映画音楽に監督が選曲して既存の音楽を選曲するっていうDJ的な音の作り方。さらに、ここにきて、ロックミュージシャンが映画のサントラを手がけるっていう動きも出てきているなという意味でも、ちょっと一回ちゃんと紹介したいなと思いました。このトレント・レズナーとアッティカス・ロスっていうコンビは、今回は『チャレンジャーズ』でサントラを手がけましたけど、彼らは基本的にはデヴィッド・フィンチャーの映画で何作も音楽を手がけています。例えば、『ドラゴン・タトゥーの女』、『ゴーン・ガール』、『Mank/マンク』、あと最新作の『ザ・キラー』まで手がけているので、フィンチャーとしては彼の作る世界観に合うコンビなんじゃないかなと思いますので、ぜひこの『チャレンジャーズ』だけじゃなくて、デヴィッド・フィンチャーの映画も合わせて観てていただけたらなと思います。
渡辺:これね、男2人、女1人の三角関係のラブストーリーで、テニスの話。このポスターからは全然分からないので、っていうもったいなさがある。なるほど、これはまったく考えていなかった。
有坂:次、順也が何を挙げるか、全然想像がつかない。
渡辺の2024年《音楽賞》
『ロボット・ドリームズ』
監督/パブロ・ベルヘル,2023年,スペイン、フランス,102分
有坂:なるほどね!
渡辺:これはもうわかりやすい。『ロボット・ドリームズ』っていうのは、スペインのアニメーションです。で、主人公は、犬なんですね。孤独なドッグが、友達ロボットを注文して、それで、この二人の友情みたいなお話ではありますけど。ここでもう本当に象徴的に出てくる音楽、アース・ウインド&ファイアーの「セプテンバー」という曲です。これは、往年のディスコソングなんですけど、これ予告編でもこの曲は使われていて、BGM的かなって思いきや、めちゃくちゃ印象的に上手に使われていて、この曲で伏線を回収する、そういう見事な使われ方をしている。しかも、この映画すごいのが、長編なんですけど、全編セリフなしですね。まさかのセリフがないのに、本当にもう感情移入して泣いちゃうっていう、めちゃくちゃ出来のいい作品になっています。だから、セリフがないぶん、音楽がめちゃくちゃ印象的に使われている。その中で本当にこの「セプテンバー」が一番象徴的に使われていて、伏線をちゃんと回収するっていう見事な使われ方をしていて、本当にお見事! という感じの作品でした。
有坂:「セプテンバー」もアレンジがいくつかあるんだよね。みんなが聞いたことがある本家の音だけじゃなくて、ちょっとインストバージョンがあったり、何気なく流れている音楽が「セプテンバー」とか、さっき順也が言ったように、やっぱりセリフがないぶん、やっぱりそこにへのこだわりが、なんかすごく感じられてね。これは、始まって、11月公開か。
渡辺:まだ、映画館でやっている。
有坂:観た人の、その感想でどんどん口コミで広がっていった感じがあるね。
渡辺:未見の人は、ぜひ観てください。
有坂:パブロ・ベルヘルって『ブランカニエベス』っていう映画、ヤバい映画をつくった監督。
渡辺:実写映画なんですよ、それは。今回初のアニメーションっていうね。
有坂:でも、あれもちょっとアニメーションっぽい映画だよね。世界観も、絵づくりも含めて。だからつくるべくしてアニメをつくっているなっていう感じはしたんですけど、そんな彼がニューヨークを舞台に映画をつくっているので、なんかそのニューヨーク愛みたいなのに、ちょっと感じられるような。
渡辺:そうだね、80年代のニューヨークが。
有坂:80年代なんだよね。
渡辺:なんか、この背景、『ヨーヨー』のポスターが貼ってあったりとか、そういう細かいところまでいいんだよね。
有坂:そうなんです。
渡辺:わかる人にはわかる、そういう細かいところまでよくできてるんですよ。
有坂:今、順也が言った『ヨーヨー』っていうのは、フランスのピエール・エテックスっていう映画監督、映画監督のみならずマルチアーティストなんですけど、その代表作が『ヨーヨー』って言って、そのロボットがニューヨークで孤独に暮らしている部屋の壁に、『ヨーヨー』のポスターが貼ってあるんですよ。しかも、テレビ見てるロボットの後ろに貼ってあるから、ドッグの後ろに飾ってあるから、なんかその『ヨーヨー』っていう映画を観ると、またこの映画の違った見方というかね、深みが増したりすると思うので、なんかそういう面白さもある映画かなと。なるほどね、『ロボット・ドリームズ』は完全に忘れてたな。「セプテンバー」ですね。
渡辺:まあ、だからかぶったのもあったけど、変えました。
──
有坂:そうだね。いや、ドキュメンタリー賞、カウリスマキか。ワイズマンくるかなと思った、『至福のレストラン 三ツ星トロワグロ』。
渡辺:『どうすればよかったか?』とか、『マミー』とか、今年はいっぱいあった。まあ、でもやっぱりカウリスマキ。
有坂:なるほど、わかりました。じゃあ、みなさんの、勝手にアカデミー賞を自分が選ぶならっていうのもね、改めて考えていただけると嬉しいですし、今回紹介した映画、観てない気になった映画などあったら、ぜひ劇場、配信などで観ていただければなと思います。ありがとうございます。
──
渡辺:じゃあ、最後に告知タイム。
有坂:うん、スペシャルゲスト! もうね、僕たちが呼び込んでいいのかっていうぐらいの日本映画界を代表する巨匠を、まさかお迎えします。
渡辺:ドキュメンタリー作家の、原一男監督です。どうぞ! こちら真ん中に。
有坂:応援団の緒方(伶香)さんもぜひ。どうぞ、どうぞ。
緒方:いつもは羊毛で紡いだりとかして、あと映画のイラストを描いて、手紙社さんのイベントとかでもお世話になっております、緒方伶香と申します。キノ・イグルーさんの、実はおかげもあり、原一男監督をお手伝いすることになっております、今。原一男監督も自己紹介お願いします。
原:50年になりますか、もう。一貫してドキュメンタリーをつくっております。未だインデペンデント系メーカーとしてはあまり威張れた話ではないんですが、極貧状況の中で映画をつくっております。極貧というのを売りにするのもあまりいい話じゃないんですけどね。しかし、リアルに言えば、間違いなく極貧は極貧で、仕方ないじゃないですかね。そういう状況の中でしかつくれませんのでね。別に極貧の中だからといって、落ち込んでやっているわけじゃありませんしね。目いっぱい面白い映画をつくりたいというふうに思っております。お話をいろいろ聞いておりましたら、ドラマって自由でいいですよね。ドキュメンタリーって、どうしても相手が現実の生の人と相手にカメラを向けるものですからね、その制約がなかなか大変です。もちろん、その制約を逆手に取って、それを面白さに変えるということはもちろん考えはするんですけど、しかしなかなか厄介なことなんです。大事な話を。おしゃべりをしていると際限なく、また第2部になりそうですが、それは置いておいて、クラウドファンディングということを、私たちの映画づくりを応援していただいている人がですね、「原さん、クラウドファンディングやんなよ」って言っていただいてですね。それを組織していただいて半年間かかっているということで、ここにいる緒方さんはお手伝いなんて言いましたけど、お手伝いというレベルをはるかに超えましてですね、今や中心的に裏方さんとしてですね、引っ張ってもらっているんです。
緒方:いえいえ……。
原:実際、私は、今まで若い頃はですね、一人で全部やると意地を張っていたんです。カメラも自分でやりますし、編集も自分でやった方がいいと、さすがに今思わず口走ってしまったんですけど、編集はプロの人にお願いしてますけど、とにかく自分で全部責任を持ってワンカットの映像を、自分の力でやるというふうに思っていたんですが、この歳になって少し考え方が変わってきました。少しというか、かなり変わってきました。というのは、やっぱり映画ってですね、いくら監督が優秀でも、一人じゃできないんですよ。だから、いろんな人の力を借りてつくっていく。現実的にそうなんですけど、力を借りるって、「借りる」っていうんじゃなくてですね、その人たちが撮った映像。それは素人であろうがなかろうが関係ないんですね。ようするにカメラ、iPhoneで撮った映像であっても、その人に撮ってくれた映像が面白ければ、どんどん本編の中に入れるというようなことを、実は過去の作品でやったことがあるんです。それがですね、楽しかったんですね、私。その楽しかったということが、実は私の意識をかなり変えてくれたんです。それをもっと積極的に生かすというような考え方を追求してもいいかなっていうふうに大きく変わったんですね。その一環で、お金も今までは「疾走プロ」というふうに名付けていますが、私と私のかみさんの2人だけでやってきたんですが、なんていうんでしょうか、なんで2人だけでやらなきゃいけないのか、息切れしたってこともありますし、……そもそも映画は多くの人の幸せを願ってつくるものなので、多くの人の幸せを願ってつくるのだから、多くの人の幸せを願うという考え方を同じく持っている人たちと、みんなで力を合わせてつくる方が本来すじ道ではないかと思うようになったのです。それで「関わっていいよ」って言ってくれる人は、実はいったん言ったら、もうそれを後悔するというようなことになるんですが、それはそれでね、そういう人たちが一緒に苦労していって、一緒に苦労を共にしてですね、つくり上げるということの方が、本来あり得ていいんじゃないかというふうに考えるんですね。そういうことでクラウドファンディングって、今どき差別用語でしょうか、なんか物もらいみたいなイメージが私の中にあってですね。そこは毅然として俺はやるんだと思っていたんですけど、そうじゃないんですよね。そういういろんな人が、本当に気持ちなんですね。そういうお金を出して、私がつくりたい、つくろうとしている映画に対してお金を出してあげるよということで、今日でスタートして、準備は半年かかりましたけれども、スタートして今日で5日目かな。まだスタートしたばっかりですけど、ただ目標額が大きいんですよね。1000万円だそうです。だそうですって人ごとで言いますけどね、一応1000万ということを目標にして、原さんやろうねっていうふうに、周りが言ってくれているんですね。これ、矛盾するようですけどね、1000万って大きいって言いましたけど、1000万でも足りないかもしれない。無駄遣いは、けっして私たち、独立プロというか、自主制作派と言っていますが、無駄遣いをしないようにということは身についておりますのでね。映画づくりの現場に経費を全部かけて、できるだけ無駄を省いて、
緒方:穴も開いてますね。ダウン。
原:これは転んだんですよね。新品の上着なんですけどね、そういう話じゃないじゃないですか(笑)。
渡辺:タイトルは。
原:すみません、『水俣曼荼羅』という作品、6時間12分の作品をつくりました。これはですね、自分で言うのもなんですが、画期的な映画だというふうに思っております。何が画期的かというと、エンターテイメントドキュメンタリーとして、つまりエンターテイメント性というものを、ドキュメンタリーでかつてこれ以上発揮したことはないであろうというくらいで、6時間12分、見た人の98%が「長くなかったよ」と言ってくださっているので、私も実は、自信を持っているんですけどね。
緒方:公開されているんですか?
原:はい、もう、全国の劇場公開は2年前に終わって、今DVDの発売も行いましたし、それでもしつこく自主上映は続けているんですよ。来週から北海道大学で上映をしてくれることになり、私たちもトークにいくんですが。
緒方:最近では、このゴールデンリングをイタリアの映画祭で受賞して、デイヴィッド・リンチとかも受賞したものなんですけど、ここで上映がされました。
原:カメラさんアップを。いやいや、いんです。ロングですけどね。
緒方:これですね。
原:これ本当にゴールデンリング賞といって本当に金で、まさかメッキじゃないと思いますがこの指輪をいただいたんですね。
緒方:取れないですね。
原:取れますよ、いくらでも。
緒方:言葉が、スローガンが入ってるんですよ。「Dark side of Movie」、人の暗闇を描いてきたっていう。
原:映画祭そのものの名前が面白いんですよ。ラヴェンナって土地の名前で、ローマから車で4時間くらいの小さな昔ながらの佇まいのきれいな街なんですけど、そこで映画祭があるんですよね。映画祭の名前が「Ravenna Nightmare Film Fest」という名前なんです。映画祭にナイトメアっていう名前をつけているところが気に入ったんですよ、私は。で、そこの映画祭が、このダークサイドという名前の賞を出していただけるということで、もう嬉しくて。
有坂:作品に向けてなんですか? 一つの作品というか、原さんのキャリアに?
原:もらった賞はたぶんね、功労賞みたいな賞だというふうに思っております。
緒方:アジアでは初!
原:ドキュメンタリーの人に賞をあげるのは、初めて。アジアでも初めて。
緒方:賞金はないです(笑)
原:ということで、ありがたくいただいてきました。
原:それで話を戻しますが、『水俣曼荼羅』を現地で上映したんですね。私たちはやっぱりご当地の人たちが映画を観て、反感を持たれなければいいな。それが不安なんですよね。実際にやって、けっこう皆さんから良かった良かったって、自分たちのところへいらしてくれたということを言っていただいて、その後、地元に記者クラブというのがあります。記者クラブの存在そのものについては、いろいろ批判もあったりしますが、それは置いといて、地元の記者の人たちが記者会見をやってみましょうと言っていただいてね。嬉しいじゃないですか。それで記者会見をやってくれたんですが、記者の人は原監督。「これからあと、次どうなさるんでしょうか?」と聞かれましてですね。ドキッとしたんですよ。というのは、これ20年かかっていますからね。もうこれで水俣との関係はもう終わっていいんだと、新しいやつをやりたいもんだ、というふうに漠然と考えていたわけです。えっ、この後? って言葉に詰まって、もともとノリがいいほうで、サービス精神もこう見えてあるんですよ。仏頂面していますけどね、結構あるんです。それでついついですね、今回の映画をつくるにあたって、いろいろやりたいことがあってもできなかった作品。思うように取材が進まなかった。いろいろ心残りなことがあるもんで、引き続き考えていこうかなって思ってますって、私は言ったんです。そしたら、翌日の新聞の見出しがですね、「原監督、続編に意欲」と書かれた。それはもうね、後に引けない。そのことを悔いてはいないんです。そんなふうに、瓢箪からコマみたいな感じでね、つくるしかなくなっちゃったよなって言いながら、つくるっていうのも悪くないじゃないですかね。それで、よしじゃあやってみようかというふうに思い決めたんですが、話が戻りますが、お金の部分をどうするか、ということで、じゃあ、今回はクラファンを、実は、1本目の水俣回ったのは、ある人が、「原さん、私ポケットマネーを出すから、水俣やってみない?」って言ってくれたんですよ。本当にね、ポケットマネーなんですよ。その人、ある私立大学の事務局長をやっていらっしゃって、給料も出ますからね。その中から水俣に行く交通費、“あご足”といいますけど、あご足の経費の分を12年間出し続けたんです。それでね、すごいなと思うのは、一言も内容に関しては、何もおっしゃらなかった。思うようにやってください。それで、いつ上がるんですかっていうことも、一言もおっしゃらなかったんです。それで12年間、なぜ12年間というと、私立大学の事務局長というポジションですが、定年退職っていうのがあってね、12年経ったときに、「原さん、もうこれ以上はできないよ」って、自分の老後の設計がね、ちょっと難しくなるのでごめんねって言われて、いえいえ、ごめんなさい。本当にごめんなさいってとんでもない。ごめんなさいって言うのは私たちの方なんですよねって、お礼を言って、その後は疾走プロダクションという、私と私の妻のプロダクションで、自主制作という同じような借金を背負ってつくるというスタイルで、後を継いで完成した。だから、もう作品が誕生したということが奇跡みたいな話なんですね。それが、今回は「原さんに出してあげよう」と言って、大口で言ってくれる人がいれば、いいんですが、ないですよねと、今言おうとしたんですけど、実はね、100万円出すからね、何の見返りもいらないよって言ってくれた人が、すでに3人いらっしゃいました。本当にありがたいんですよね。で、そういう人たちのお金で、ちょっと撮影を2年ほどしこしこと続けてはいるんですよね。それでクラファンという制度というか、成り立ちからして、20年かけてっていうふうにはいかなくて、私の年齢も年齢なんで、2年で仕上げなさいよというのがきつく言われてきまして、1本の作品に時間をかけるのが私の特徴なんですが、そこはもう首根っこを押さえられたみたいな感じで、だから、2年で作らなきゃいけないんだという覚悟はしておりますが。
渡辺:この続編のためのクラファン。
原:そうなんですよ。パート2ということで、ただ一つ作り手としての大きな課題があります。
これは常日頃、私の持論なんですけど、パート2というのはパート1よりも2倍、3倍の面白さじゃないんです。10倍以上、面白くないとつくる意味がないと思うんです。
渡辺:そんなにハードル上げて大丈夫ですか?(笑)
緒方:もう、あちこちでハードルを上げて(笑)
原:もう、吹いておりますので、自分で自分の首を絞めるような、だって『ターミネーター』の1は低予算でしょ。それが大ヒットして、じゃあ第2部をつくるときには、金を莫大にかけた超大作で、それから『エイリアン』も1はやっぱり予算そんなにかけてないですが、大ヒットしたものだから、2作目はかなり大作でつくったじゃないですか。そういうふうに、劇映画の世界では当然予算を投下するわけです。ところが、私の方は予算は投下しないで、しかし面白くというスケールだけは求められるものですから、かなり厳しいです。
有坂:それを2年でつくる(笑)。
原:そうなんです。そんな状況の中で、なんとかエンターテインメントのドキュメンタリーを完成させようということで、隣にいる緒方さんがですね、実は、主婦の方なんですが、私と知り合ったためにですね、地獄のなんとかで、こういうのはね、塗炭の苦しみっていうんですよ。
緒方:これ出していますよ。この新刊ですね。
原:だから、この人が実質はプロデューサーなんですよね。とてもお手伝いなんてもんじゃなくてですね。作品の全体を仕切る立場にいる人なんです。で、実際にニコニコしていらっしゃる人ですが、現場に出るともうきついんです。
緒方:いやいや、そんなことない。
原:ぐうの音も出ずですね。実は、私がカーッとなりやすいんですよ。私がカーッとなると、その後がネチネチネチネチ、怒っちゃダメよって言われて、苦しみが一つ増えた感じがして、そんな感じで頑張っております。以上、重要なことはみんな言いましたでしょうか。
緒方:いや、クラファンのことはあまり言われていません。
原:では、お願いします。
緒方:はい、なので、クラファンをですね、モーションギャラリーさんで始めたばかりで、まだ5日目、今のところ70万ぐらいこれコレクターが35名、33か35名っていうことなんですが、最初の1週間で結構決まるっていうか、ガッていったら成功するって言われているらしいので、最初はフェイストゥーフェイスで、ありがとうございます。こちらのQRコードをかざしていただいたら、監督の「水俣曼荼羅part2」の画面に飛びますので、ぜひお気持ちだけというコースもありますし、幅広くご用意させていただいてますので、2月28日でもう終了なんです。それまでに1000万円集まらないと、ちょっと完成の見込みが遠ざかるということになります。ぜひ今回は、監督が言いそびれてましたけど、1で描けなかったタブーに切り込むということで。
渡辺:1もだいぶ面白かったですね!
緒方:ここで「(勝手に)アカデミー賞」を3年前に見て、行って、それで知り合って監督と、手伝うことになりました。そう、順也さんと一緒にね。ルノワールでお茶をして、それから手伝っていうことにズルズルとなってしまったんですけど、まあ、社会のためにっていうのが本当に、今でも穴のあいた服とかきてますし、今日も水俣の取材終わって1日でですよ、1300キロ1人で運転して、このフルーツを積んで、水俣の美味しいフルーツを積んで、運転してきているので、車中泊とかね、79歳ですけど、なのでちょっとでも健康維持。今ね、映画界のブラックはダメだって運動が盛んですから、監督も倒れないように、健康を保てるようにっていう意味も込めて、人間らしい生活を送りながら制作してほしいっていう意味も込めて、クラファンをやっていますので、よろしくお願いいたします。
原:ありがとうございました。
緒方:招きいただきまして、ありがとうございました。長くなっちゃってすみません。
有坂:貴重なお話をありがとうございました!!
──
渡辺:というスペシャルゲストの会でございました。
有坂:本当に原さんと横並びでね、普通に喋っていましたけど、僕は、もう忘れもしませんけど、映画に目覚めたのが19歳でで、だんだんいろんな映画を観るようになって、日本映画を観ようになって、日本映画の歴史の中に、黒澤明とか小津安二郎とかいろんな監督がいるっていう中で、実は原一男っていう名前を知って、『ゆきゆきて、神軍』を映画館で、中野かな、で観て、本当にもうね、ガツンって頭叩かれるぐらいの衝撃。で、これを撮っている人ってどんな、本人はまだカメラの向こうにいるんですけど、どんなヤバい人が撮ったんだってずっと僕は思っていたんで、こんな優しくお話してくれるなんて、当時は夢にも思いませんでしたが、でも本当にね、水俣のことも含めて間違いなくずっと映画って残っていくものなので、もうこれが50年、100年て残っていく。水俣のことを後世に伝えていくっていう意味でも残っていくものをつくれるか、つくれないかっていう瀬戸際だと思うので、ぜひ、作品を観てからがいいという人は、『水俣曼荼羅』を配信で観られると思うので、観ていただくとか、他、原さんの『ゆきゆきて、神軍』とか別の作品も観て、考えていただければいいかなとは思います。
渡辺:そうだよね。あと、やっぱり新作映画に関われる機会ってなかなかないよね。
有坂:そうなんだよね。
渡辺:こういうクラファンとか、新作映画あるんですけど、やっぱり誰か分からないと、なかなか応援していいのかどうか悩んでしまうというのがあると思うんですけど、やっぱりこういういい機会をだし、巨匠の新作に関わる、なかなかないチャンスだと思います。
有坂:「俺、原一男の映画にクラファンした」とかね、それはもう相当、映画史への貢献ぐらいなことだと本当に思うので。ぜひ興味のある方はそちらのページも見ていただいて、ご協力いただければと思います。
有坂:もう、なんの話をしていたんだっけ。
渡辺:アカデミー賞ですね。
有坂:アカデミー賞ですね。勝手にアカデミー賞も含めて、年末年始の時間で、また皆さんも映画を楽しんでいただければと思います。では、また来年、お会いしましょう! ありがとうございました!!
渡辺:ありがとうございました!!
──
選者:キノ・イグルー(Kino Iglu)
体験としての映画の楽しさを伝え続けている、有坂塁さんと渡辺順也さんによるユニット。東京を拠点に、もみじ市での「テントえいがかん」をはじめ全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映。その活動で、新しい“映画”と“人”との出会いを量産中。
Instagram
キノ・イグルーイベント(@kinoiglu2003)
有坂 塁(@kinoiglu)/渡辺順也(@kinoiglu_junyawatanabe)