あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今回のテーマは、「あの原作の素晴らしさを思い知った映画」です。その“観るべき10本”を選ぶのは、マニアじゃなくても「映画ってなんて素晴らしいんだ!」な世界に導いてくれるキノ・イグルーの有坂塁さん(以下・有坂)と渡辺順也さん(以下・渡辺)。今月もお互い何を選んだか内緒にしたまま、5本ずつ交互に発表しました! 相手がどんな作品を選んでくるのかお互いに予想しつつ、相手の選んだ映画を受けて紹介する作品を変えたりと、ライブ感も見どころのひとつです。


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お時間の許す方は、ぜひ、このYouTubeから今回の10選を発表したキノ・イグルーのライブ「ニューシネマ・ワンダーランド」をご視聴ください! このページは本編の内容から書き起こしています。




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−−−乾杯のあと、恒例のジャンケンで先攻・後攻が決定。今月は渡辺さんが勝利し、先攻を選択。それでは、クラフトビールを片手に、大好きな映画について語り合う、幸せな1時間のスタートです。

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渡辺セレクト1.『ピンポン』/原作:松本大洋『ピンポン』
監督/曽利文彦,2002年,日本,114分

有坂:はい。うんうん、なるほど。
渡辺:漫画がもともと原作で、その後、アニメ化もされ、実写映画化されたという作品になります。最近、リバイバル上映とかもされていて、主演の窪塚洋介、井浦新、あと監督もかな。登壇があったみたいなんですけど、もう20年以上前の作品ですけど、やっぱり今観てもすごいポップで面白い作品です。松本大洋の独特のキャラクターの世界観みたいなものを、アニメ化するっていうのはね、漫画をアニメ化っていうのはイメージが割とつくんですけど、その実写化っていうのはどうなんだというところが、かなりこれはキャラクターもみんなハマっていてですね。松本大洋の世界観が、ちゃんと実写で生きているっていう作品だったかなと思います。俳優もそれぞれ良かったんですけど、音楽もすごい良くて、SUPERCARの楽曲が全編使われていて、SUPERCARもメジャーのっていうよりかは、インディーなのかな。
有坂:うん、インディー。
渡辺:バンドで出てきた新人を映画でも起用してっていうので、ただSUPERCARの楽曲と、映画の世界観もマッチして。このとき、SUPERCAR流行ったしね。
有坂:ファーストからね。
渡辺:渋谷系とはまた違う文脈でしたけど、当時かなり音楽も流行ったという感じでした。窪塚洋介が橋の上に立って、「I can fly !」って言って飛ぶシーンから始まってっていう。
有坂:伏線かのような。あの事件の伏線かのような。
渡辺:そうなんですよ。それを、この前、何かのインタビューというか登壇で息子にいじられてた(笑)。
有坂:よかったね(笑)。もう乗り越えたよね。
渡辺:そんなことできるんだっていうね。
有坂:いじるには、相当ヘビーだよね。
渡辺:ちょっと知らない方は、調べてみても面白いかもしれないです。という1本目、『ピンポン』でした。
有坂:なるほど。
渡辺:『ピンポン』は、けっこう観られるんじゃないですかね。
有坂:配信でも観られるかな。去年、恵比寿ガーデンプレイスでピクニックシネマでも上映しました。野外でやりましたね。うん、観られるね。ぜひ観てほしい。じゃあ、僕の1本目、僕も日本映画から始めたいと思います。映画は2018年の作品です。


有坂セレクト1.『きみの鳥はうたえる』/原作:佐藤泰志『きみの鳥はうたえる』
監督/三宅唱,2018年,日本,106分

渡辺:おおー。ああ、なるほどね。
有坂:佐藤泰志って、いわゆる日本の文学界のど真ん中にいる村上春樹、中上健次とか、そういった人と同時代の作家さん、同じように天才と言われながらも村上春樹などとは違って、文学賞とか、いわゆる商業的な成功にも恵まれなかった、不遇の作家として知られている人です。彼自身は、41歳という若さで自死してしまったということで、それまでの作品を改めて、そこに日の目を当てようということで、佐藤泰志原作の映画化がある時期から始まった。その中の一本が、この『きみの鳥はうたえる』です。この原作本は、これは短編小説なんですね。短編の長編映画化という形になっているんですけども、これはちょっと話を戻すと、佐藤泰志というのは函館、北海道の函館出身です。函館三部作という作品で、海炭市叙景という映画、そこのみにて光輝く、それからオーバー・フェンス。これが函館三部作と言われていて、いずれも映画化されています。一方、この『きみの鳥はうたえる』は、実は、原作の舞台は東京なんですね。それを改めて映画化するときに舞台を函館に変えて、時代設定も原作は70年代だったものを現代に置き換えて映画化しました。これを監督したのが、ケイコ 目を澄ませて、あと、夜明けのすべての三宅唱監督になります。
この映画は、3人の若者が主人公で、フリーターやりながらとか、失業中とか、仕事の同僚である男子2人、女子1人の3人組が夜通し酒飲んだりとか、踊ったり笑ったりとか、そういう未来がまだ定かではないような時代に出会った、3人の青春物語となっています。原作は70年代の設定なので、やっぱりそんな時代があったよねっていう楽しみ方だけど、それをあえて三宅監督が現代に置き換えたことで、すごく誰にも共感できるような物語に変わっています。
監督が言うのは、とにかく原作の中にある青春の空気を伝えたいということで、その文字ではなかなか表現しきれない空気感みたいなものを、監督はすごくこだわって、主演の3人、柄本佑、染谷将太、石橋静河という若手実力派の3人とコラボレーションしながら、その空気をつくっていったと言われています。結局ね、話自体は本当に若者のグダグダした日常を描いているんですけど、それがいい! 例えば、ビリヤードのシーンでね、ちょっとしたことで笑いが収まらなくなるとか、クラブで踊っているシーンとか、石橋静河が歌う「オリビアを聴きながら」とか、あと、函館を走る路面電車とか、そういう日常の何気ない風景が、すごく観ている人の心に刺さる、というのはやっぱり監督の力であり、原作70年代の設定でありながら、やっぱり原作者が表現したかった、若者の本質的な部分をきちんと監督が受け継いで形にしたからかなと思います。今をときめく日本の女優さんといえば、誰ですか?
渡辺:今をときめく? 浜辺美波? ……河合優実ですか?
有坂:そうそう、河合優実があるときのインタビューで「三宅唱監督の映画にはいつか出たい」って言っていて、その中で『きみの鳥はうたえる』を、とにかく私は何回も観ていると。そこにある空気感を、あそこまでありありと伝えられる映像って観たことないし、肌感覚で三宅唱監督のリズムが好きなのだと思います、とまで言っています。
渡辺:なるほど。
有坂:だから、いずれその河合優実と三宅監督のコラボレーションもあるのかなと思いながら。
渡辺:時間の問題じゃないですか。
有坂:ね、ぜひ、まだ観てない方は観てほしいし、本当にここ10年ぐらいの日本映画の中でもトップクラスの一本かなと、個人的には思っております。
渡辺:なるほど。クラブのシーンすごい好き。
有坂:いいよね。
渡辺:本当にリアルなんだよね。聞いてる人と、全然聞いていなくて飲んでる人とか、ちょっと客もまばらみたいなね。あのなんか大都市じゃない。
有坂:そうだね。あそこ、だってめちゃくちゃこだわったって言ってたよ。
渡辺:そうなんだ。
有坂:三宅監督自身は、音楽すごく好きだし、この映画のサントラはHi’Specっていう人たちで、基本そのヒップホップとか、わりとそっちのジャンルに三宅監督は強い人で、ドキュメンタリーとかもつくっていたりするんですけど、その目線で観ると、日本のクラブシーン、映画の中で描かれるクラブシーンがやっぱりダサいんだって。そこは、こだわってつくったと。
渡辺:妙にリアルだったなって。
有坂:注目ポイントかもしれないね。ということで、僕の1本目は『きみの鳥はうたえる』でした。
渡辺:では、僕の2本目、2本目も日本映画でいきたいと思います。
有坂:まさか?
渡辺:どうかな。2015年です。『海街diary』です。実写映画としては、是枝裕和監督ですね。
原作は漫画なんですけど、吉田秋生さんの漫画が作品となっています。。


渡辺セレクト2.『海街diary』/原作:吉田秋生『海街diary』
監督/是枝裕和,2015年,日本,126分

有坂:そっちかっ。
渡辺:これ、話自体が、本当に特に何も起こらない四姉妹の鎌倉の日常を描いた作品で、もともと漫画好きの人に原作を昔に借りていて、それを読んでいたら、普通に日常の話なのに、なんか泣けちゃうっていう。すごい良い漫画で、この雰囲気とか、世界観を、実写で描くなんて絶対無理だろうと思っていて、映画化の話が出たときに。でも、是枝監督だし、4姉妹のキャストもすごい、長女が綾瀬はるかで、次女が長澤まさみで、3女が夏帆、4女が当時新人の広瀬すずっていう、キャストはすごいんだけど、なんかそんなキャストがすごいで、なんか観せる映画というか、原作じゃないしなと思っていたのに、映画を観たら、見事にその世界観が描かれているっていう。なんか大事件とか起こるわけじゃないのに、そのなんか4人それぞれの日常を描くことで、なんかちょっと泣けてくるみたいな。それがすごい表現できていたので、本当になんか是枝さんすごいなっていうので、これで思った作品です。最近、Netflixで、是枝さんがまた四姉妹の話をやってます。それは阿修羅のごとくっていう向田邦子原作の、原作自体はかなり昔のものなんですけど、文学小説なんですけど、4姉妹のこのドロドロの男女関係を描いた愛憎渦巻く家族の話なんですけど、それをNetflixでつい最近発表して、その4姉妹の一人が、また広瀬すずっていうですね。広瀬すずはこれで多分、このとき新人で是枝さんに見出され、多分そこで鍛えられなのか、評価されて、広瀬すずってめちゃくちゃストイックらしいんですね。その後、ちはやふるとか、ああいうのも出つつ、メジャー映画にも出つつ、ただ、やっぱりけっこう作家性高い監督にもちゃんと使われみたいなところで、セリフを全部暗記してきて、台本持ってこないみたいな。そういうストイックなところが、若いのにちゃんとできている人らしく、本当に仕事中毒みたいな。女優魂がすごい人らしいので、まだ若いですけど、これからも楽しみな女優のまだういういしい姿が、この『海街diary』では、観られるというところも注目かなと思います。
有坂:これさ、役名「すず」じゃなかったっけ?
渡辺:そうかもしれない。原作もそうなんだよね。
有坂:原作もそうで、だから、もうなんかそういうところから、持って生まれたものが違うなって思うし、運命的に引き寄せたみたいなところもあるし、あとこの中でサッカーやるシーンが、僕ずっとサッカーやっていたんですけど、やっぱり劇中で、例えばプロサッカー選手の設定で、サッカーやっている人がドリブルがめちゃくちゃ下手に見えるとかって、けっこう致命的じゃないですか。でも、この『海街diary』の広瀬すずのドリブルって、本当になでしこジャパンにいそうなドリブルのセンスで、インタビューを読んだらサッカーやっていたわけじゃないんだよね。バスケとかやっていて、運動神経はいいらしいんですけど、やってみたらあんなに自然にできるっていうのは、誰かの人生を自分の体で再現するっていう俳優には、本当にもう適した。もう天職なんじゃないかなって、そんな目線からも思いました。あと、これから桜の季節だからね、そういう面でも、この『海街diary』の春のシーケンスもいいかもしれない。
渡辺:そうね、広瀬すずはね、本当に身体能力も優れていますよね。さっきの『ちはやふる』でも、学校の廊下を猛ダッシュするシーンが、それ観るだけで身体能力高いなってわかる。いい走りをしているんで。
有坂:大事だよね。やっぱり身体表現でもあるからね、俳優は。この3人をね、姉に持つ妹として、一切引けを取らない演技。この話だけでも1時間いけちゃいそうだから、いいですか。じゃあ、変えましょう。僕も2本目は、また日本映画なんですけど、2004年の作品です。原作者は村上春樹。『トニー滝谷』です。


有坂セレクト2.『トニー滝谷』/原作:村上春樹『トニー滝谷』
監督/市川準,2004年,日本,75分


渡辺:出た!
有坂:大好きだからね。これは、村上春樹の短編小説を映画化したんですけども、長編映画化といっても70分台だったので、中編と長編の間ぐらいの作品です。これは、イッセー尾形と宮沢りえが共演した作品なんですけども、最愛の妻を亡くしたトニー滝谷という名前でやっている、イッセー尾形の悲しみと喪失感みたいなものを描いた作品なんですけれども。もともとイッセー尾形演じるトニーは孤独で、もう、その孤独を忘れてしまうぐらいの人と出会って結婚したのが宮沢りえ。で、宮沢りえと幸せな日々を送っているんだけども、もしこの人を失ってしまったら、またあの孤独が待っているかもしれないと思っていたら、その妻を実際に失ってしまう。そういう男の人を、イッセー尾形が、もう本当に絶妙に演じた作品となっています。村上春樹って、映画化はね、ちょいちょいされています。ドライブ・マイ・カーもそうですし、ただ、村上春樹のこだわりとして、基本、自分の小説が映画になるのが好きじゃないってインタビューでも言っています。大体断っていると。だけど、それは何でかというと、自分の書いたセリフがそのまま音声になることに耐えられない。いわゆる書き言葉と、話し言葉は違うよね。ただ、村上春樹の書き言葉。そのリズムあってこその村上春樹ワールド。それを、そもそも映画にするのは難しいんじゃないかってところが、彼の中には一つあるみたいで、それで断っていると。ただ、映画化されたものをリストで見てみると、共通点は一つだけ。短編作品なんです。なので、短編というのは、基本的にワンアイデア、ワンシチュエーションを長編映画化するときには、脚本家、監督のアイデア、そういうものが加わってこないと作品にはならないんですね。なので、それは、村上春樹は良しとしてるんだよね。だから、すごく映画も好きな人だから、そこの可能性を閉ざしていないところが素敵だなと。でも、自分の作品の長編映画化の難しさも本当に理解しているっていう意味で、すごく面白いエピソードだなと思います。そんな数ある村上春樹の原作もので、僕の中ではダントツで、『トニー滝谷』がトップの作品となっています。これ、なんでこの原作が映画化して成功したのかなって思うと、やっぱりこれは監督の力が大きいと思います。市川準監督という、もともとCM畑で名CMを撮ってきた人なんですけれども、彼のやっぱり持っている映像センス。この映画でいうと、基本、セットなんですよ。何か、あの河川敷かなんかに建てたセットをつくり替えて、部屋のシーンだったりとか、オフィスのシーンだったりっていうのをつくっていく、すごく面白い制作スタイルなんですけど、そこを使ってカメラがローアングルで水平に動くっていう。カメラの動きだけで自分の世界をつくろうとする部分であったりとか、あとここぞというタイミングで吹いてくる風の心地よさとか、どうしても映像でないと表現できないみたいなところを、もちろん村上春樹の原作を理解した上で、映像で表現している。あと、光の使い方、逆光の美しさとか、とにかく観ていて、もうつくり手の美学が詰まっている作品だなと思いました。それは映像だけに留まらないで、実はナレーション。この2人に加えてナレーションがいるんですけど、それが西島秀俊。
渡辺:そうだったっけ?
有坂:あの声で、ナレーション。ナレーションのみです。で、音楽が坂本龍一。なので、本当にどのパーツが欠けても成立しない、パーフェクトな世界観を市川準監督はつくったと。本当に贅の極みと言っていい、76分の映画かなと思います。ぜひ、観ていない方はもちろん、大スクリーンで観られるのがいいなとは思うんですけど、観られますか?
渡辺:観れますか? でも、配信でやってそうだけどね。
有坂:そうだね。やってない。じゃあすいません。いずれ、たぶん観られると思いますし、劇場でもね、目黒シネマとかで年に1回、市川準の特集とかもやってるので、ぜひ機会があったら観てほしいなと思う。
渡辺:宮沢りえもいいしね。ファッションとかもいいし。
有坂:そう。だから、そのイッセー尾形が惚れ込んだ宮沢りえ演じる女性はね。もう、服を買うことだけが趣味みたいな人だよね。もう、その服を買っていれば幸せっていう人がいなくなった途端、衣装部屋に残った大量の服、それをね、自分の、この人デザイナー役なんですけど、そのアシスタントで入ってきた女性に妻の服を着せて、どうしてもだからその喪失感から抜けられないっていうところを、洋服とかも使って表現するところも素晴らしいので、ファッション好きも観てほしいなと思います。
渡辺:なるほど、じゃあ、ちょっとそれを受けて、はい、じゃあ僕もですね、3本目村上春樹、いきたいと思います。僕は、2018年かな。


渡辺セレクト3.『バーニング 劇場版』/原作:村上春樹『納屋を焼く』
監督/イ・チャンドン,2018年,韓国,148分


有坂:そっち? 絶対『ドライブ・マイ・カー』かなって(笑)。
渡辺:『ドライブ・マイ・カー』ってさっき言われちゃったから、違うところで。
有坂:負けず嫌いだね。
渡辺:この『バーニング』っていうのは韓国映画です。日本映画ではないですよね。これも、短編が原作となっています。『ドライブ・マイ・カー』っていうのは、けっこういくつかの短編を組み合わせてつくられたものなんですけど、この『バーニング』っていうのは、『納屋を焼く』っていうのが元ネタ、というか原作なんですけど。なんか原作は、納屋を焼くのが好きみたいな男の話なんですけど、それが本当か嘘かっていうところから話が広がっていくみたいな感じなんですけど。この韓国版もプロットは一緒なんですけど、基本その男女のカップルがいて、そこにもう一人男が入ってきて、帰国子女的な男が加わって、男二人、女一人みたいな関係性ができるんですけど、この新しく加わった男が言うことが本当なのか、虚言なのかがよくわからない。それが、また納屋を俺は焼いたことがあるんだよねとか、あそこの納屋を昔放火したんだとか、それが本当なのか嘘なのかよくわからないような、ちょっとつかみどころのない男が加わることで、その3人の関係性ができてきて、また、もともとカップルだった2人の関係性もちょっと変わっていくというですね、という話になっています。イ・チャンドンっていう監督なんですけど、イ・チャンドンっていうのが、まためちゃくちゃクセ者監督で、オアシス​​』とかペーパーミント・キャンディーとかですね。韓国映画のブームになる前の時代の監督なんですけど、かなり社会派なのかなっていう、わりとインパクトの強い感じの作品をつくる人なんですけど。なので切れ味がすごい鋭いというかですね、という作品で、村上春樹の原作自体も掴みどころがないんですけど、この作品も若者の掴みどころのない焦燥感みたいなものを描いているんですけど、これがめちゃくちゃいい映画です。もともと、NHKの周年かなんかでテレビプログラムとしてつくられたんですけど、それを劇場版にすることで、プラスの要素も加えて、さらに長くして劇場版として公開されたものになります。このポスターにも映っている、この夕暮れの中で、女の子が不意に踊り出すシーンがあるんですけど、そこにすごいジャズの名曲がかかるんですけど、ここがめちゃくちゃ名シーンなんで、なんかやっぱりいい映画ってすごい映画的なシーン。映画ならではみたいなシーンが入るっていうのが、すごい良い映画の特徴だなとは思うんですけど、それがまさにこれで。なんか、この女の子が夕日をバックに急に踊り出してですね。そこにジャズの名曲がかかるみたいな。これは、ちょっとなんか本当に映画で観てほしいタイプの作品ですね。
有坂:なんか、村上春樹とイ・チャンドンっていうのは、ちょっと意外な組み合わせだよね。
渡辺:そうだよね。
有坂:イ・チャンドンも、やっぱけっこうちょっとやっぱハードな映画を撮る人で、でも、やっぱりそういう人のつくってみたい原作ものの一つに入ってくる村上春樹。
渡辺:そうなんですよね。
有坂:ある意味、だからそこのギャップを楽しんでみるっていうのも、『バーニング』の楽しみ方のポイントかもしれないね。完全に忘れていた。『バーニング』あったね。
渡辺:『ドライブ・マイ・カー』かと思った?
有坂:ありがとうございます。勉強になりました(笑)。じゃあ、僕の3本目。ここでようやく海外の映画です。1997年の映画です。


有坂セレクト3.『ジャッキー・ブラウン』/原作:エルモア・レナード『ラムパンチ』
監督/クエンティン・タランティーノ,1997年,アメリカ,155分

渡辺:ほお、うん!
有坂:これは、言わずと知れたクエンティン・タランティーノの監督第3作目にあたるものです。レザボア・ドッグスパルプ・フィクション、『パルプ・フィクション』で、もうカンヌ、オスカーも獲り、次何を撮るって世界が一番注目したタイミングでつくったのが、この『ジャッキー・ブラウン』です。話的には、この真ん中に映っているパム・グリアという黒人の女優さん、彼女が航空会社の客室乗務員として働いています。ただ、給料が安すぎて生活がなかなか難しいので、裏で武器の密売人の運び屋の仕事もやっている、という設定のジャッキーが主人公です。そんな生活を送っている中で、あるとき、連邦捜査官に目をつけられて逮捕されて、おおもとを逮捕するのに協力しろって言われるような形で物語は進んでいくという、いわゆるアメリカ映画の犯罪ものとしてはよくあるプロットなんですけれども、そんな映画がこの『ジャッキー・ブラウン』となっています。エルモア・レナードの原作小説タイトルは、『ラム・パンチ』というタイトルで、日本でも小説、文庫本で買えたりするので、気になった方は見てほしいなと思うんですけれども、原作は白人なんです。なんで、それを黒人のパム・グリアに演じさせたかというと、実は、タランティーノ自身が少年時代にめちゃくちゃ虜になった映画が、70年代の黒人映画。いわゆるブラックスプロイテーションという時代の映画にめちゃくちゃ夢中になって、そのトップスターがパム・グリアだったんですね。いつか、パムと仕事をしたいと、『パルプ・フィクション』とかではうまくいかなかったということで、あなたのために役を書いたということで、熱烈ラブコールで主演を演じてもらったという背景があります。それに加えて、タランティーノって原作者のエルモア・レナードの小説がとにかく好きで、有名なエピソードなんですけど、タランティーノが13歳のときに、エルモア・レナードの『ザ・スイッチ』という小説を読みたすぎて、でも、お金がないから万引きして捕まった(笑)。それぐらい熱狂的だっていう、そういうバックストーリーもあるんですけども、そんな過去に万引きした、原作は違うんですけど、原作者の小説を自分が仕事を選べる環境の中で、『ジャッキー・ブラウン』という映画に仕立て上げたものになります。公開当時の評価って、けっこう低かったよね。
渡辺:そうだよね。
有坂:今、振り返ると分かるんですけど、確かに僕自身も、『レザボア・ドッグス』、『パルプ・フィクション』の流れからすると、ちょっと地味だなって思った。それは『パルプ・フィクション』っていうのは、3つの犯罪ストーリーを時間軸をシャッフルして見せていくっていう、物語の面白さだけじゃなくて、それをどういうふうに見せるか、どんなスターに演じさせるかというところに、やっぱり今までの映画とは違う完全に新しい俺らの時代のスター監督出てきたみたいなね、熱狂があったんですけど、この『ジャッキー・ブラウン』というのは、いわゆる『パルプ・フィクション』で描いた3つの物語のうちの1つだけを、丁寧に描いている。そういう意味で派手さはなかった。みんなが次何を見せてくれるか、みたいなとことは、まったく違うところにいったんですけど。でも、タランティーノからするとやっぱり原作へのリスペクトがまずすごくあるということで、今の俺が心で求めてる映画はこれだということで、つくってみたら、やっぱりけっこう時が経てば経つほど評価されていく、作品として認められているので、これはソウルとか、そういうR&Bとか、そういう音楽ジャンルが好きな人からも当時から高い評価を受けていましたし、改めて、、、

(配信中断)
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有坂:復活です! 良かった。はい、なんか『ジャッキー・ブラウン』の話をしている途中から、音声が途切れてしまったということで、後半、僕めちゃくちゃいい話をしていたんですけど、全カットで(笑)。
渡辺:全部なかったことになりましたが。
有坂:また、機会があったときにお伝えしたいと思います。じゃあ、とりあえず残り2作ずつあるので、順也の4本目から。
渡辺:巻きでいきますかね。じゃあ、僕の4本目はですね、2002年の香港映画です。


渡辺セレクト4.『インファナル・アフェア』/原作:同作
監督/アンドリュー・ラウ,アラン・マック,2002年,香港,102分

有坂:ああ!
渡辺:これは、『インファナル・アフェア』がオリジナルなんです。なので、その後、ハリウッドリメイクされて、それがディパーテッドという作品なんですけど、『ディパーテッド』に対しての原作というか、結果原作になった。これ、なんでそうしたかというと、『ディパーテッド』って『インファナル・アフェア』が面白かったので、ハリウッドリメイクが決まって、ハリウッドリメイクの方は、監督がマーティン・スコセッシ。
有坂:巨匠!
渡辺:で、主演がレオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ジャック・ニコルソンという、錚々たるメンツでリメイクされました。『ディパーテッド』も基本同じ話で、キャストを変えてアメリカを舞台にして、それなりにヒットしたんですけど、やっぱり『インファナル・アフェア』の方が面白いというので、原作の凄さっていうハリウッドリメイクにも負けない。この原作版の凄さっていうのがやっぱりこれはあったなというので、やっぱ香港映画の中でもかなり名作の一つだと思います。香港映画っていうと、カンフーアクションとかそういうのが有名だったりするんですけど、これは刑事ものですね。お話としては、一人が潜入捜査官でマフィアに入っていて、実はマフィアの方からも警察に潜入していた人物がいたっていう。それがこの2人なんですけど。それがやがて退治するという話なんですけど、本当に先が読めない展開だし、本当によくできた刑事マフィアものというか、サスペンス要素もすごいしっていう。なので、これは原作がすごすぎたっていうものですね。で、これがあまりに流行ったので、続編ができるんですね、2、3と。前日譚とか、その後みたいなのができるんですけど、そっちも面白いんですよね。これが当たったからつくった話なのに、よくできているっていう。その前日譚、こんなことがその前に2人にあったのかみたいなことが、この『インファナル・アフェア』にちゃんとつながっていたりとか、3部作としてもよくできてるので、リメイク版も含めて観ると本当に面白いかなと思います。
有坂:アンディ・ラウとトニー・レオン。
渡辺:香港を代表する2人ですけど。
有坂:そうだね。それは、『ディパーテッド』も評価は高いですけど、そんなレベルじゃない、『インファナル・アフェア』。でも、見比べてみる面白さはね。
渡辺:そうだね。
有坂:やっぱりあると思うので、好き嫌いもあると思うので、そのあれだね、結果、リメイクされてオリジナルが原作になったという考え方は面白いね。
渡辺:これ、観られますかね? これはね、本当に面白いので、ちょっと観てない方は、ぜひ観ていただきたい。
有坂:観られるね。ぜひ、観てみてください。じゃあ、僕の4本目は、また日本の映画に戻ります。


有坂セレクト4.『少女は卒業しない』/原作:朝井リョウ『少女は卒業しない』
監督/中川駿,2023年,日本,120分

渡辺:あ、それ!
有坂:これは2022年の映画なんですけれども、僕はその年の日本映画の第2位に選びました。
ちなみに、1位はPERFECT DAYS。でも、今選べって言ったら、『少女は卒業しない』が1位かな。
渡辺:そうなの?
有坂:選んだ後ね、やっぱりこっちが1位なんじゃないかって思い始めて、今はやっぱりこっちが1位。
渡辺:そうですか。
有坂:というぐらい、個人的には高い評価の一作です。
渡辺:群像劇でね。
有坂:群像劇です。
渡辺:河合優実ですよね。
有坂:主演が河合優実なんですよ。朝井リョウってね、原作、映画化されているものがいっぱいありますよね。桐島、部活やめるってよ何者正欲などなどあるんですけれども、『少女は卒業しない』という原作は、これは連作短編です。なので、この映画の設定というのは、廃校になってしまう高校を舞台にした、4人の少女の卒業式までの2日間を描いた青春ものなんですね。一方、原作は、映画の4人の少女に対して、7人の少女の視点で原作は描かれています。なので、7人の少女の視点から卒業式に向かっていく2日間を、それぞれ短編形式で描いた原作となっています。高校生の卒業までの2日間って、それはいろんなドラマが起きるよね。恋人はいるけれども、これは舞台が東京ではないので、地方なんですね。なので、大学の進学が東京になってしまい、恋人と別れることになってしまうかもっていう人がいたりとか、ちょっと気まずい空気になっていたりとか、ずっと恋心を抱いていた幼馴染に思いを寄せている子とか、あとは、その藤原季節演じる図書室の管理をしている先生に、淡い恋心を抱いている子がいたりとか、そういったいろんな人がいる中、主演の河合優実演じるのは、卒業生代表の答辞を述べるという、彼女にもなんかね、ちょっとね、秘密があるんですよ。
渡辺:泣いちゃうんだよね。
有坂:泣いちゃうよね、これ。そうなんです。そういう4人の卒業式までの2日間。それが卒業式に向かって物語が進んでいくので、本当にいろんなそれぞれの思いが積み重なっていった卒業式。でも、それは多分みんなが体験してきていることと、同じだと思うんだよね。友達との時間とか、先生への思いとか、卒業してからの不安とか、そういうものを基本、時間軸をまっすぐに描いているからこそ、エモーショナルになった作品かなと思います。原作はもうちょっと時間軸が入り組んでいるから、そこを整理したという意味で、すごく監督・中川監督の才能も感じるなって思いますし、すごいのは、この中川監督って、これが長編デビュー作。
渡辺:そうなんだよね。
有坂:この前にカランコエの花っていうね、中編をつくっているんですけど、これまた今田美桜がね、初主演で、めちゃくちゃこれもいい学園もの、LGBTを絡めた学園ものの中編があるんですけど、それが評価を受けて、もう長編デビュー作にして、朝井リョウ原作という。これでも、本当に期待を裏切らないどころか、監督としての才能をさらにアップデートさせた傑作だと個人的には思っています。いろんな物語があるんですけど、よくあるメジャーものの恋愛映画みたいな、何て言うんだろう、変な、何て言うんだろうね。物語を盛り上げるための演出というよりは、すごくナチュラルに表現しているところが、すごく監督の品の良さみたいなのも感じるし、そういう小さな積み重ねがあるからこそ、卒業式の答辞のシーン、そこがある意味ピークなんですけど、河合優実演じる主人公が一発撮りで、答辞を述べるという。その緊張感につながっていくと思うんですね。これはぜひ、今卒業式終えた子たちとか
渡辺:シーズン的にはいいかもね。
有坂:自分の子どもたちが、卒業式を終えましたっていう人もいると思うので、改めて今観てほしいなって思うし、映画ファンからすると完全に去年ブレイクを果たした河合優実の、これは初主演作です。他にも藤原季節も出ているし、窪塚くんの息子も出てるし、あと浅野忠信とCharaの息子、あのバンドのボーカルやってる佐藤緋美も出ているんです。だからもう、ネクストブレイク候補だらけというか、
渡辺:あれ息子なんだっけ? 森崎でしょ。あれが一番好きよ、俺。
有坂:あれが息子です。
渡辺:森崎が最後ね、歌うんです。それがね、一番俺は良かった。
有坂:アルプススタンドのはしの方っていう映画の女優さんとか、ヤクザと家族 The Familyの女優さんとか、本当に青春映画の見どころの一つとして、ネクストスターを探すっていうところもこの映画は満たせるので、ぜひ観てほしいなと思います。
渡辺:なるほどね。
有坂:音声、途切れていないかな。よかった!
渡辺:いよいよ5本目ですね。僕の5本目はですね、1950年の日本映画です。『羅生門』。


渡辺セレクト5.『羅生門』/原作:芥川龍之介『藪の中』『羅生門』
監督/黒澤明,1950年,日本,88分

有坂:なるほど!
渡辺:映画は黒澤明、本当に有名な作品ですけど、原作は芥川龍之介です。芥川龍之介の短編なんですね。これも村上春樹と同じように、短編を膨らませて映画にしたというものになります。で、短編は、舞台は平安時代で、本当にみんなが飢餓で飢えている。主人公の下人は、ここで盗賊になるか、それとも餓死するか、みたいなところで、究極の選択を迫られるみたいな、それで、羅生門で死人の女性の髪の毛をカツラとして売るために剥いでいる老婆を叱責するっていうですね、下人を描いたのが原作なんですけど。映画版は、黒澤明の方はプロットは一緒なんですけども、それを証言する人によって意見が違うっていう、そういう見せ方をしたのが、黒澤明の天才的な演出というかですね、同じ事実なんだけど、見る人によってちょっと見え方が違うとか、視点が違うみたいなところを、この『羅生門』から始まって、いろんなその後の映画でそういうパターンってあるんですね。そういう映画ってあるんですけど、それが羅生門スタイルみたいに言われていたりもするので、なんか裁判ものとかあるんですけど、同じ事実なんだけど、その証人によってちょっと視点が違うっていう。それによって真実がどうなのかっていうのがブレ出すっていう。そういう演出にしたのが、この黒澤明の『羅生門』なんですよね。なので、その辺がすごい、これはなんか原作も芥川龍之介の代表的な作品でもあるし、リメイク版もまたリメイクというか、映画版もまたすごいっていうですねっていうので、芥川龍之介に、黒澤明っていう、ちょっとパンチが強い。
有坂:うまくいくわけないと一瞬思っちゃうよね。
渡辺:するんですけど、やっぱりこれは名作として語り継がれているものなんで、三船敏郎とか、​​京マチ子、森雅之みたいな、もう名優と言われる人たちが出ている作品なんで。黒澤明はかろうじて聞いたことがあるけど、映画は観たことないみたいな人も多いと思うんですけど、七人の侍とかねいろいろ黒澤明の名作多いですけど、この『羅生門』っていうのも語り継がれている作品なので、こういう機会に、ぜひ観てもらえるといいなと思います。
有坂:結局あれだよね、人の視点によって受け止め方が変わるって、映画の中だけの話じゃないじゃない。現実世界でもさ、クラスで誰かが何かやらかしてそれを5人が語ったら、5通りの見方があるっていう。普通に生きている中での本質を、その作劇に落とし込んだってところが、やっぱり黒澤の天才で。それが、でも今まで映画として表現がなかったから、羅生門スタイルになったんだよね。すごくなんか、やっぱり本当に人生の本質を見ている人だからこその表現だなと。それの原作が、また原作としてすごいし。伝説的なね。日本よりも海外の方が評価が高いんだよね。
渡辺:そうなんですね。
有坂:日本だと、日本人のフィルターが入るけど、そこを削ぎ落として表現として観ると、圧倒的に評価が高い映画が『羅生門』。
渡辺:あと、やっぱり短編を映画にするっていうのは、短編っていう、短いからこそ余白が多いところを埋める作業が、映画作家としてやりがいがあるのか、膨らませることができるっていう。
有坂:そうだね、燃えるよね。
最後、紹介しづらくなった。そんな高尚な映画を紹介すると。
渡辺:からの(笑)。
有坂:からの、僕の5本目は、アメリカのスティーヴン・キング原作の2007年の映画です。

有坂セレクト5.『ミスト』/原作:スティーブン・キング『霧』
監督/フランク・ダラボン,2007年,アメリカ,125分

渡辺:ああー、そっちですか。
有坂:スティーヴン・キングは、言わずと知れたホラー小説の帝王と言われた人で、数々映画化されてます。多分、その映画化されてる本数、その映画化されたものの評価の高さで言うと、本当に世界一じゃないかなと思います。ざっと挙げるだけでもキャリーシャイニングスタンド・バイ・ミーミザリーIT/イットショーシャンクの空にグリーンマイルなどがあります。
渡辺:名作揃い。
有坂:そう。こう見ると、ホラーの帝王と言いながら、『スタンド・バイ・ミー』があったり、『ショーシャンクの空に』とか、『グリーンマイル』があるんですね。なので、あくまで得意なジャンルといったらホラーだけど、人間の心理的な本質を物語に落とし込むのが本当に長けている人かなと思います。
そんなスティーヴン・キングの原作を、原作というのは中編小説です。それを125分、ちょっと長めの長編に映画化したのが、フランク・ダラボンという監督です。フランク・ダラボンは、まさに『ショーシャンクの空に』と『グリーンマイル』を監督した人。だから、もうこの人がつくるスティーヴン・キングものはハズレなし、っていう流れで、『ミスト』が公開されたんですよ。これ、リアルタイムで観た人だったらね、共感してくれると思うんですけど、『ショーシャンクの空に』とか『グリーンマイル』の、いろいろ大変だけど、どんどん返しがあって、人生が前を向くとか、希望のあるハッピーエンド、深いとこまでいった末の些細なハッピーエンドみたいなものを期待して観たら、この『ミスト』は真逆で、どん底まで突き落とされます。いわゆるバッドエンドの映画なんですね。もう、フランク・ダラボンブランドを信用した人ほど裏切られるという、気持ちのいい裏切られ方をする映画です。これ、どんな映画かというと、すごくシンプルな映画で、あるアメリカの小さな街に、スーパーマーケットが舞台で、スーパーマーケットにいつものように買い物に行ったら、すっごい外で激しい嵐が起こって、ものすごい霧に包まれるんですよ。
渡辺:閉じ込められちゃうんだよね。
有坂:で、帰ろうとするんだけど、最初に帰ろうとした人が霧の向こう側にいる何かに襲われそうになって、閉じ込められちゃうんです。でも、霧の向こうに何がいるかわからない。だから、とりあえず今ここで帰ることはできないから、スーパーマーケットでみんなで過ごそうとする人たちの話です。そういう状況で何が起こるかっていうと、やっぱりそこの中で例えば5分後に出れますとか、分かってれば何にもトラブルは起きないんですけど、いつ晴れるか分からない霧、さらに霧の向こうに何かがいる。このままスーパーマーケットの中にいて生きていられるのかっていう不安、そういう気持ちがどんどん積み重なっていって、だんだんそこにいる人たち同士も疑心暗鬼になってくるんです。
渡辺:何かが起こっているってことは、分かってるんだよね。外でね。
有坂:そう、外に何かがいるんですよ。何かがまったく分かんない。目に見えないから、目に見えないっていうのは人間恐怖で、それを霧っていうものを使って表現しているんですけど、やっぱこれ上手いなと思うのは、小さい街なんだよね。だから、みんな意外と顔見知りなんですよ。でも、そういう人たちも、やっぱりこの状況に追い込まれると徐々にギスギスした雰囲気になってきて、だんだん派閥みたいなものができてきて、その派閥同士で一触即発になってくる。これってでも、ある意味、社会の縮図なんです。今、アメリカとかって、本当真っ二つで、それをある意味、小さい街のスーパーマーケットの中にまとめたという意味で、原作がまず素晴らしい!それを忠実に映画化しているという意味で、映画版も素晴らしいです。この映画がさらに面白いのは、ここまで映画、原作に忠実に描いているのに、最後の最後のラストだけ変えているんですよ。
渡辺:そうなの?
有坂:そうなの。
渡辺:これ、原作と違うんだ。
有坂:原作と違う。ラストはね、原作版は、ちょっとした希望があるラスト。霧の向こう、ちょっと軽いネタバレになっちゃうんですけど、最後はもう出ていかないと始まらないから、みんなで出るんですけど、霧の中、車で運転していて終わるのが原作です。そこにちょっとした希望があるんです。何かまでは言いません。映画版はというと、スーパーマーケットを出て霧の中を行きます。映画版は、その向こう側に何かがあるんです。それがもうね、圧倒的な絶望。本当に打ちのめされたよね。
渡辺:いや、でもこれはね、すごかった。面白かったよね、でもね。それが良かった。
有坂:バッドエンドって、もちろん観たくないっていう人の気持ちも分かるんだけど、やっぱり小さい丁寧な伏線を積み重ねていった先の絶望だから、本当にもう観ていて心を打ちのめされるんだけど、やっぱり生きているとこういうことってあるかもしれないし、心の奥から何かを考えたくなるような、ある意味だから、表現としては素晴らしい作品だと思います。それを、映画版を観たスティーヴン・キングが、じゃあなんて言ったか。「執筆中に思いついていれば、この結末にした」。大絶賛。これ、『シャイニング』のエピソードを知っていると余計面白くて、今のエピソードって。スティーヴン・キング原作の『シャイニング』をジャック・ニコルソン主演でね。スタンリー・キューブリックという人が過去に映画化しました。映画としては大名作です、『シャイニング』。でも、原作者は納得全然いっていなくて。「俺の『シャイニング』をなんてことしてくれたんだ」みたいなことを言って、スタンリー・キューブリックをめちゃくちゃ否定して、それでも腹の虫が収まらず、ついにスティーヴン・キングが自ら監督して、テレビ映画として『シャイニング』をつくったんですよ。これが、俺がつくりたかった『シャイニング』だって言ってやったら、そっちのバージョンがめちゃくちゃつまんないっていう。あのエピソードのおかげで、やっぱり小説と映画の面白さの軸足の違いが、はっきりしたんですよ。だから、映画版を観ている人は、やっぱり映画の『シャイニング』最高というし、
渡辺:映画史上の名作って言われてるからね。
有坂:そのレベルで面白いんですけど、でも、原作は原作で同じように評価を受けているんですよ。だから、原作者が映画版を否定するってことを、その鵜呑みにしなくてもよくて、表現が違うんだってところから考えることが面白い。でも、そんなスティーヴン・キングも、この『ミスト』のラストは大絶賛という。そのオチも含めて、いい映画だなって思いました。なので、すぐに、今晩にでも観てくださいなんて、軽く言える映画ではないんですけど、本当にこういう映画もあるんだとか。
渡辺:観られるかな?
有坂:今ってやっぱり社会不安だったり、こういう時代って先が読めない時代じゃない、これからって、良くも悪くもそういう時代になればなるほど、映画でこの先、物語がどうなるかわからないってことを追体験することも、映画を観る意味かなって思ったりするので、ある意味、その究極の一本が『ミスト』かなと思います。ぜひ、覚悟を決めて観てほしいなと思います。

 

──

 

有坂:ということで、いろいろありましたが、なんとかラストまでたどり着けました。
渡辺:ありがとうございました。
有坂:いかがですか。
渡辺:そういう切り口あんだねとかはちょっとね
有坂:やっぱり思うよね。一口に原作って言ってもね。そうそう、だから、原作を読んでから観るか、観てから原作を読むかっていうところも、それぞれのこだわりがあって面白いし、どっちがいいという答えはない。
1個だけ、最後にまとめで言いたいなと思うのは、途中も出てきましたけど、基本原作の映画版で映画が傑作とされているもののほとんどは、原作は短編小説なんです。なので、ある人が書いた、作家さんが書いた世界を、さらに映画監督・脚本家のイマジネーションで拡大して、新しい世界をつくるぐらいの気持ちでつくったものが傑作として評価されやすい。一方、長編小説の長編映画化っていうのは、もちろん、そっちの方が数は多いよね。でも、いまいち作品として認められない理由は、どうしても小説を説明するだけで終わっちゃう。だから、小説ファンは、確かに原作に忠実だったねっていう満足感はあるかもしれないんですけど、じゃあ、映画として面白いか。いわゆるワクワクできるかとか、エンタメ性とか、そういう面白さには欠けるものが多い。
渡辺:描ききれない、みたいになっちゃうんだよね。
有坂:だから、その余白とかイマジネーションみたいなものを取り込んだ方が、映画は面白くなりやすいかもねっていうのが、キノ・イグルーでよく話もしているんですけど、僕たちなりの仮説となっています。ぜひね、これをきっかけに、原作と映画をみなさんなりに考えてもらえたら嬉しいなと思います。

有坂:では、最後に何かお知らせを。
渡辺:また、僕、フィルマークスでリバイバル上映企画をやっているんですけど。
有坂:今度は何?
渡辺:ちょうど今週末、3月28日からノッティングヒルの恋人をやります。『ノッティングヒルの恋人』ってジュリア・ロバーツとヒュー・グラントのラブストーリーなんですけど、逆シンデレラストーリーみたいな感じで、ヒュー・グラントが書店の店長で、ジュリア・ロバーツがスターの感じなんですけど、そういう設定もあるので、今、個人書店って増えているので、個人書店、全国のところとタイアップして、何かオリジナルのブックカバーがもらえますみたいな企画したりするので。
有坂:企画したの?
渡辺:企画しました。っていうのをやっていたりもしますので、本当にこのリチャード・カーティスってラブコメの帝王で、ラブ・アクチュアリーとかアバウト・タイムとか、いろいろ名作が多いんですけど、やっぱりね、今観てもすごい面白いんで、ぜひ劇場で観られる機会はあんまりないんで、この機会に観ていただけると嬉しいです。
有坂:1週間限定、全国リバイバル上映。
渡辺:全国何館くらいでやるの?
渡辺:全国40館くらい。
有坂:ファンは多いよね、俺も大好き。これはだってさ、ローマの休日じゃん。本当だから間違いないフォーマットなんだよ。多分、これはまた何十年周期でこういうものはつくられていくだろうなっていう。ある意味なんか、映画に、映画ならではの世界を求める人にはね、間違いないフォーマットだなと思ってね。いいんだよね。ラストもいいしさ。
渡辺:あと音楽もね。
有坂:エルビス・コステロの「She」がね、鉄板だよね。絶対観に行こう。なるほど、わかりました。

有坂:じゃあ、僕からは、4月5日、キノ・イグルーのイベントで、神奈川県葉山市の玉蔵院のお寺で毎年やっている、ブッダの誕生日イベント。「花まつりWEEKEND」というマルシェがあります。その中の初日、4月5日土曜日に、お寺の本堂で映画の上映会があります。今回は、はじめての映画という60分弱の中編で、初めて映画をつくる高校生たちの青春映画となってます。今をときめく高石あかりさんという女優さん、もうネクスト河合優美だよね。秋から始まる、NHKの連ドラの主演も決まっているベイビーわるきゅーれにも出ている高石あかりも出ている青春映画なんですけど、これけっこう衝撃なのが即興演技なんです、全部。物語の大筋だけあって、あとはもう役者たちの即興演技で成り立っている、60分の映画となっています。配信とかでも観られないので、ぜひ気になった方は観てほしいなと思います。
あとちょっと日程が定かではないんですが、キノ・イグルーの花見企画。みんなと一緒に花見をしたいということで、日程を決めて、朝から夕方まで来たい時間にみなさん来てくださいという、ただみんなとお酒を飲むという花見イベント。それを今度の土曜日にやる予定なんですけど、天気が雨予報で、しかも寒いので、どうしようかって話で、ちょっとまだ決まってないんですけど、インスタでそれはちょっと後々発信したいと思いますので。
渡辺:1週間ずれるかも。
有坂:そう、仕事の休憩時間とかでもいいんで、みなさん自分で飲みたいものとシート持って吉祥寺の井の頭公園にお集まりいただければと思います。

 

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有坂:はい、ということで、過去最高にバタバタだったニューシネマワンダーランド。バタバタは慣れてるからね、うちらは。こんなもんじゃないことも経験してきたんで、改めてこれもライブ感ということで、楽しい1時間でした! 遅い時間まで、みなさんどうもありがとうございました!
渡辺:ありがとうございました!
有坂:また、来月お会いしましょう。おやすみなさい!!

 

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選者:キノ・イグルー(Kino Iglu)
体験としての映画の楽しさを伝え続けている、有坂塁さんと渡辺順也さんによるユニット。東京を拠点に、もみじ市での「テントえいがかん」をはじめ全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映。その活動で、新しい“映画”と“人”との出会いを量産中。

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キノ・イグルーイベント(@kinoiglu2003
有坂 塁(@kinoiglu)/渡辺順也(@kinoiglu_junyawatanabe