
あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今回は「この日本人監督にフォーカスした映画」を切り口に、それぞれが敬愛する監督をピックアップし、おすすめの映画を5本ずつ紹介します。その“観るべき10本”を選ぶのは、マニアじゃなくても「映画ってなんて素晴らしいんだ!」な世界に導いてくれるキノ・イグルーの有坂塁さん(以下・有坂)と渡辺順也さん(以下・渡辺)。今月もお互い何を選んだか内緒にしたまま、5本ずつ交互に発表しました!
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お時間の許す方は、ぜひ、このYouTubeから今回の10選を発表したキノ・イグルーのライブ「ニューシネマワンダーランド」をご視聴ください! このページは本編の内容から書き起こしています。
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−−−乾杯のあと、恒例のジャンケンで先攻・後攻が決定。今月も有坂さんが勝利し、あえて後攻を選択。それでは、クラフトビールを片手に、大好きな映画について語り合う、幸せな1時間のスタートです。
有坂:今月のニューシネマワンダーランドのテーマは、「この日本の映画監督にフォーカスした映画」ということで、それぞれ1人ずつ映画監督をピックアップして、5本ずつ紹介していくということですね。
渡辺:では、いいですか。まず僕からいきたいと思います。まず、僕のこの日本人監督は、高畑勲監督です。高畑勲監督といえばスタジオジブリのアニメーション監督としてとても有名ですけれども、最近、「高畑勲展」とかもあって、それもすごい良かったっていうのもあり、ちょっと高畑さんを、どんな作家だったのかみたいなことを体系的に表現できるんじゃないかなと思って、高畑さんにできればと思いました。
有坂:ハードル上げたね。
渡辺:もちろん、高畑勲監督は、スタジオジブリとしてすごい有名なので、でも、そのスタジオジブリの前から活躍していた方なので、そこからちょっと紹介していければなと思います。早速、1本目ですが、これはなかなか、あまり皆さん知らない作品かなと思います。
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渡辺セレクト1.『太陽の王子 ホルスの大冒険』
監督/高畑勲,1968年,日本,82分
有坂:うんうん。
渡辺:1968年になんで、もう55年前とか。
有坂:うちらも生まれてないね。
渡辺:57年前か、という作品です。それも、高畑監督の長編デビュー作となります。ここから監督としてデビューしたのが、この『太陽の王子 ホルスの大冒険』なんですけど、このとき、監督が32歳だったそうです。アニメーションスタジオが、東映動画というところで、今の東映アニメーションですね。東映動画っていうのは、当時でも日本最大手のアニメーションスタジオで、東洋のディズニーを目指すという大きなスローガンを掲げてつくられたスタジオ。そこのスタジオの長編アニメ作品として大抜擢されたのが、高畑勲という感じでした。32歳のときにキャリアとしても長編映画大手のアニメスタジオから出す作品の監督として選ばれたという感じなので、デビュー作からすごく期待されていたんじゃないかなと思います。この『太陽の王子 ホルスの大冒険』はどんな話かというと、アイヌの伝承的な神話がベースになっている作品になります。ホルスの村が襲われて、人がさらわれて、それを助けに行くみたいな話だったりするんですけれども、ちょっと幻想的な話があったりとか、雪女みたいなキャラクターがいたりとか、そういうちょっと霊的な話なんかもあるような、昔のこの伝承的な話をアニメ化したものになるんですけど。動きとか見ると「もうなんかジブリっぽいな」って、すでに思う。このときにやっぱりスタッフとして宮崎駿がいたりとかしているので、ジブリの原型がここでできたっていう、それができたのが、この辺の作品かなというところです。これ、興行的には失敗したらしいんですけども、でも、やっぱりこのときに、後々のジブリの核となるような人たちが若手でいたりとか、宮崎駿が一番大きい存在だと思うんですけど、そういうところとの出会いとか、一緒に仕事をしたみたいなところのジブリの基盤となった、実は作品だったりします。これ、なかなか知名度が無い、昔の作品というのもありますけど、でもやっぱり、ジブリとか、高畑勲作品に興味がある人は、観てみたら面白いんじゃないかなと思います。
有坂:観られるね。Amazonプライム、U-NEXT。
渡辺:そうなんですよね。
有坂:これね、ラピュタ阿佐ヶ谷で、20年前ぐらいに観た。それも東映動画特集だった。
渡辺:なるほど。
有坂:なんかね。例えば、アメリカで言うとピクサーとかがうわーってきているときに、3DCGアニメーションとか、CGの方に時代が流れている中で、ラピュタで東映アニメやってくれたときに、なんかこの昔のセルアニメーションって、そんな時代から見ると、やっぱり新鮮なんだよね、逆にね。さっき順也も言っていたように、その動き、一個一個のキャラクターの動きにこだわるところとか、なんかその辺も、やっぱりアニメでしかできないことを追求している、あの人たちの作品だなっていうのがわかるので、観てほしいね。ジブリファンにはね。
渡辺:まだ観てない作品があると思うので、ぜひ観てみてください。
有坂:じゃあ、僕、いきたいと思います。僕が選んだ監督は、散々迷ったんですけど、濱口竜介監督です。濱口さんといえば、『ドライブ・マイ・カー』でアカデミー賞の外国語映画賞も受賞したということで、一気に世界的な監督の仲間入りをしていますが、彼は、1978年生まれの46歳。僕らの3つ下です。彼自身は、例えば高校生とか、中高生から映画を撮っていたタイプではなかったらしくて、東大出てるんだよね。
渡辺:そうだよね。
有坂:で、東大の映研みたいなのに入って、映画づくりに目覚めて、大学卒業した後、一回映画の現場に入って、助監督とか、アシスタントディレクターみたいなのをやった後、「ENBUゼミナール」っていうところに通い、その後、東京藝大の大学院に入ると。その東京藝大で、濱口さんが尊敬していた映画監督の黒沢清が講師でいて、黒沢さんに師事して映画を学んでいったというキャリアを持った監督です。濱口さんの作品を僕が最初に観たのは、まさに今日1本目に紹介する映画です。
有坂セレクト1.『PASSION』
監督/濱口竜介,2008年,日本,115分
渡辺:はい。
有坂:これが2008年の映画で、濱口さんは学生時代に短編とか中編とかつくっているので、1本目の作品ではないんですけど、東京藝大の卒業制作としてつくった作品、長編です。この学生がつくった卒業制作が、東京フィルメックスに出品されたんですよ。なんだそれと思って、全然そのとき、濱口さんを知らなかったんですけど、僕も黒沢清が大好きで、その黒沢清がやたらパワープッシュしてる、学生の映画がフィルメックスでやるって見て、それで観に行って、ものすごい衝撃を受けた作品が、この『PASSION』になります。濱口さんの作品っていうのは、基本対話劇です。それは、この卒業制作の長編の1本目からそうで、長年恋人同士だったカップルの話なんですけど、その2人がいよいよ婚約して結婚しましょうと、発表をすると。そうするとその2人の周囲にいる友達、男女、友達いろいろいるんですけど、友達との間で過去のいろんな恋愛のこととか、実は浮気していたとかっていうことが一気にそれが出てきて、幸せになるはずの2人と、仲が良かった友達の関係のバランスがどんどん崩れていくという、後の浜口作品とまったく同じ構造でできている映画です。これは、5人の男女がそれぞれ主人公みたいな形で出てくるんですけど、今言ったように、そういった恋愛感情でのもつれとか、あとはちょっとしたきっかけで、どんどん関係が崩壊していくとか、本当に自分の身にも起こるかもしれないみたいな、すごいリアリティもありつつ、でも、映画として圧倒的に面白いのが、やっぱり濱口さんの才能だなと思うんですね。映画の面白いって結構説明が難しい。濱口さんは特徴がいっぱいあって、主人公とかになるべく感情を込めないで喋らせる。それで会話劇を成立させるっていうこととか、あとカット割りとか、カメラをどこに置くかっていうところ、絵として面白いとか、喋ってるところのテンポを、編集で切り返すときのタイミングとか、何かやっぱり普段映画を観ていて意識しないようなところを、すごく緻密につくり上げていくタイプなので、なんかね、本当に自分たちの日常に起こるようなドラマなんだけど、映画として面白いっていう満足感が必ず最後に残るというのは、この卒業制作のときから、そんな一面はありました。だから、これはもう、この監督どうなっちゃうんだろうって、誰もが思ってワクワクして、彼の未来をみんなで期待していたのが、当時の東京フィルメックスの観客席にすごくそういうエネルギーが充満してたのを、すごく覚えてます。そこからね、たぶん本人も予期せぬスピードで駆け上がっていくわけですが、それはまた後に紹介していこうと思います。これはそう、あとね、東京フィルメックスだけじゃなくて、サン・セバスティアン国際映画祭にもノミネートされているので、すでに一作目から、長編一作目から海外で認められているということで、とんでもない才能が出てきたなという作品が、この『PASSION』になります。
渡辺:濱口監督は脚本もやっていて、脚本がすごいなと思って、いつも。なんか会話劇の人ってさ、そのセリフも全部、脚本でやっているわけじゃん。なんか即興とか、雰囲気で撮るじゃなくて、けっこう完璧にたぶんそのとおりに撮っていると思うので、その緻密な、あの会話劇を構成しているっていうこの脚本力が、濱口監督はすごいなって思いますね。
有坂:そう、とんでもないです。
渡辺:あと、けっこう観られないんだよね。
有坂:そう、たぶんね、濱口作品観られるのね、ほとんど無いのかな。今日紹介するのは。ただ、来年新作が公開されるので、また劇場で全作やると思います。なので、ぜひちょっと覚えてほしいなということで、濱口作品で僕はいきたいと思います。
渡辺:では、続けて高畑監督の2作目にいきたいと思います。2作目は1979年の作品です。
渡辺セレクト2.『赤毛のアン』
監督/高畑勲,1979年,日本,26分
有坂:ああ、そうか。
渡辺:これは、テレビアニメシリーズになります。後に劇場版がつくられています。この『赤毛のアン』テレビ当時は、世界名作劇場というテレビアニメをやっていた枠があってですね、そこでやってました。このとき、高畑さんは43歳だったそうです。なので、さっき、オルスのやつが32歳だったので、そこからテレビアニメとかもつくり始めていて、このとき、『赤毛のアン』、『フランダースの犬』と、『母をたずねて三千里』っていうやつとか、この辺の海外作品をテレビアニメシリーズとしてやっていた時期になります。このときは、けっこうリアリズムみたいなところを追求して、アニメをつくっていたそうです。なので、『赤毛のアン』とかもそうなんですけど、普通の日常生活なんですよね。『赤毛のアン』は、原作が有名みたいなのもありますけど、基本的に孤児のアンが、養子を探していた兄と妹の、ちょっと年のいった老夫婦みたいな兄妹のところに、最初は人手として、働き手として男の子が欲しいっていうのが、間違われてもらわれていって、あまりに愛らしいアンになんか興味を持ってしまって、女の子だけどじゃあうちにいないよみたいなになったのが、そこから始まっていくのが、『赤毛のアン』の話なんですけど。本当にアンの日常を描いているというところなんですけど、そこをすごく丁寧に、日常のリアリズムみたいなところを追求していったのが、この当時の高畑勲監督ということでした。なので、この時代っていうのは、海外のアニメで、その後も語り継がれるような作品っていうのをつくっていった時代が、このときの高畑勲監督になります。『赤毛のアン』は79年の作品なんですけど、冒頭の部分を自ら再編集して、それを劇場版としてつくったのが、『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』というですね、アニメでいうと1〜5話とか、アンがおじさん、おばさんのところにもらわれるまでのところを描いたものになるんですけど、それを89年とかにつくったんだけど、ずっとお蔵入りになっていて、さらに、そこから20年ぐらい経って2010年にようやく劇場公開された。劇場公開したときの背景は、スタジオジブリだったんですよね。なので、アニメ当時から10年後に再編集して、さらにそこから20年後にようやく小さい規模で劇場公開されて、今年フィルマークスでも、それをリバイバル上映した形になります。なので、本当に、このときの海外を描く高畑勲みたいのが、このときの作品に詰まっていると。で、ここのスタッフも、もれなく宮崎駿とか、近藤喜文とか。
有坂:すごいね。
渡辺:スタッフが、今考えると信じられないような巨匠たちが集まって。
有坂:まとまらなそうなメンバーだね。
渡辺:そんな作品がこの『赤毛のアン』になります。これもね、ちょっと配信とかないと思うんですよね。DVDは売っているんですけど、なかなかね、観られる機会がない。
有坂:高畑勲もジブリの頃になると、配信では観られないのか。
渡辺:そうなんですよ。
有坂:今回はお互い、なかなかすぐには観られない人を選びがちですが、はい、わかりました。じゃあ、僕の濱口竜介の2本目の作品は、2012年の映画です。
有坂セレクト2.『親密さ』
監督/濱口竜介,2012年,日本,255分
渡辺:うーん!
有坂:キノ・イグルーは、毎年年末に公開された新作映画の中から、外国映画、日本映画のベスト10をそれぞれ発表しているんですけど、この『親密さ』は、2011年に僕は日本映画のベスト1に挙げました。それどころか、たぶん濱口竜介の作品の中で一番好きなのが、僕は『親密さ』になります。これは、かつて濱口さんが「ENBUゼミナール」っていうところに通ってたっていう話を最初にちょっとしましたが、その「ENBUゼミナール」から、今度は演技コースの講師として来てくれないかということで、濱口さんが講師で参加して、その演技コースを学んでいる学生たちを使ってつくった映画が、この『親密さ』になります。
なので、学生たちと学校の課題としてつくっていくものを、劇場公開まで持っていくっていうだけでも、そうそうないことなのに、それを本当に傑作まで高めてしまうというところで、やっぱり濱口竜介恐るべしと感じた作品が、『親密さ』です。これ、上映時間がなんと255分、4時間超えです。大長編。でも、話自体はすごくシンプルで、これは大学生のカップルが主人公なんですけど、演劇をやっているカップルで、その演劇の公演を控えているカップルが、実際その本番を迎えるまでの間に右往左往して、いろんなことが起こっていくということが、大筋の物語になっています。ただ、話自体はシンプルなんですけど、作りがちょっと特殊で、これは前半と後半でちょっと二部構成みたいになっているんですね。前半が演劇をつくり上げていく過程をフィクションとして描いた。それが前半。その演劇のタイトルが、『親密さ』というんですね。第2部は、つくり上げた演劇の、実際に舞台で上演しているものをカメラが記録した。だから、舞台を2時間以上、後半で観せるっていう、ちょっと世界映画史的に見ても、そんなやり方をやった人は一人もいないだろうというぐらい、大胆なつくり方の映画です。要はフィクションと、実際の映像ドキュメントを一つの作品の中に二部構成という形で入れると。その中で、虚構と現実が交錯していくという、ちょっと不思議な感触の映画になっています。
渡辺:うんうん。
有坂:本当に濱口さんの作品ほど、言葉で説明するのは難しいものはないんですけど、この映画では実際に舞台をつくり上げていくプロセスで、セリフの掛け合いをやっているシーンだったり、それは後に『ドライブ・マイ・カー』とかにもね、つながっていくとか、あと個人的にこの映画で大好きなのが、わりと演劇とか舞台を中心にしていながらも、後半、ラストのほうで10分間の長回しのシーンがあって、それが多摩川の丸子橋をカップルが歩いていく姿を、永遠10分間、そこでちょっと会話を交わしたり、交わさなかったりっていうのを、10分間ずっと歩いている2人にカメラが寄り添って、橋をゆっくり渡っていくっていうシーンが続くんですね。それが、真夜中から明け方の時間の10分間なんですよ。だんだん、遠くの方の空が真っ暗からだんだん日が昇ってきて、朝に変わっていくっていう、その時間の変化みたいなものも記録していて、明るくなっていくっていう映像と、2人の心のあり方みたいなのがうまくシンクロして表現できているってところで、なんと大胆につくったもんだと。だって、これ一発撮りで、もし、そこでミスっちゃったら、2回目のテイクは翌日までできない。それを、まだプロではない役者と一緒につくり上げる。そういう、みんなが本気でものづくりするぞっていうエネルギーも、この映画にはすごく詰まっているんだと思います。そんなラストシーンを持っている映画を、僕はオールナイトで最初観た。これが、「濱口竜介レトロスペクティヴ」っていう特集上映を渋谷でやっていて、そのオールナイトでこれを観て、終わった後、まさに主人公たちと同じように明け方、自分の家路に着くっていう、なんか本当に4D上映のような特別な時間を体験できたのも、この映画を特別にしている一つの要因かなと思います。今、レトロスペクティヴって言ったんですけど、通常レトロスペクティヴって、もうキャリアを終えてる人とか、もう後半を迎えている人が、それまでの自分のキャリアを振り返る意味で開催されるのがほとんどなんですけど、濱口さんはこの『親密さ』の時点で「オーディトリウム渋谷」っていうところでレトロスペクティヴが開催された。
渡辺:そうだよね。
有坂:それも本当に他にね、そんな人いません。だって、まだ商業映画を撮ってない段階だったんで。
渡辺:不思議な立ち位置だったよね。
有坂:ただ、そこで登壇しているトークの相手も、本当に有名な評論家の人だったり、もうなんかプロの監督みたいな見え方なんですけど、つくっている映画は自主映画ばっかり。というこの2011年の『親密さ』を、2本目で紹介しました。
渡辺:俺も観に行ったときは、休憩が挟まりましたね。これは4時間超えなんで。それはすごい覚えている。あと、やっぱりなんかこの当時は特にそうですけど、役者が無名なんだけど、全然面白いっていう。なんか、本当に監督力とか脚本力が高くて、なんか役者関係ないっていうね、役者さんには申し訳ないけど、そういうちょっと素人とか、駆け出しの役者さんを使っても、映画としてすごい完成度を高められるっていう、その力がもうすでにあるみたいなところが、ちょっとすごいところだなっていう。
有坂:逆にさ、例えばこの主演が長澤まさみでとか、名のある人がやっていたら、たぶん映画の空気感って全部変わるじゃん。無名の人だからこそつくれる映画を、たぶん追求していた時期の濱口さんの傑作かなって思います。
渡辺:長澤まさみを、ディスったわけではない(笑)。
有坂:大丈夫(笑)。ラブですから。
渡辺:ディスりが入ったのかなと思いました(笑)。
有坂:まさか!
渡辺:分かりました。じゃあ、続いて僕の高畑さんの3本目ですが、3本目はですね、1994年の作品になりますね。
渡辺セレクト3.『平成狸合戦ぽんぽこ』
監督/高畑勲,1994年,日本,119分
有坂:ふふふ。
渡辺:なんかさっき、濱口さん、東大っていう話がありましたけど、高畑さんも東大でした。東大のフランス文学科出身とか、超インテリなんですよね。奇しくも東大監督というところがありました。あと、さっき『赤毛のアン』とかの海外の作品をやっていましたというときに、『フランダースの犬』って言っちゃったんですけど、フランダースじゃなくて『アルプスの少女ハイジ』でした。家庭教師のトライでおなじみのあれですね。そこから、この『平成狸合戦ぽんぽこ』もそうなんですけど、一気に日本になるんですね。なんか、やっぱり『赤毛のアン』ぐらいで海外はけっこうやりきったみたいなところがあったようで、その後、テレビアニメシリーズの『じゃりン子チエ』をやるんですね。これが81年で、その後、88年に『火垂るの墓』を映画でやります。『火垂るの墓』とかがおそらく高畑さん一番有名かもしれないですけど、その後、この94年が『平成狸合戦ぽんぽこ』になります。このときは本当に日本を、『じゃりン子チエ』、『火垂るの墓』っていうところから、ずっと、日本を舞台にやるという風に変わったのがこの時代です。94年に劇場版として『平成狸合戦ぽんぽこ』をやって、この時58歳だそうです。これは話としては、多摩丘陵の、東京の多摩地区がすごい再開発されて、集合住宅とかがいっぱい立ち並び始めた時代の設定です。そうすると、山を追われ出したタヌキたちが、そこが主人公になってきて、人間がどんどん山を切り崩して、自分たちのふるさとを壊していくみたいな。これはもう人間を追い返すしかないといって、タヌキたちが先祖伝来の化け学を駆使して人間を化かして、それで追い払おうみたいなっていうことをやるコメディではあるんですけど、やっぱりこのときはもうジブリなんで、けっこう環境破壊とかそういうところのテーマ性っていうのがわりとはっきりしていて、それをテーマに作品をつくっているという感じです。日本とかも描き出したり、あと自然描写とか、森だったりとか、そういったところもリアリズムみたいなところを突き詰めていってるっていうのが、この時代も世界から日本に描く世界が変わってきているんですけど、リアリズムをとことん突き詰めるみたいなアニメ表現みたいなことを、このときもやっているのが、この時代の高畑作品ということになります。劇場公開して興行的にはこれはかなりヒットしたということで、ジブリ時代のヒット作品の一つという形になっています。本当に、このときに自然描写とかリアリズムみたいなところを追求したというのがこの作品になります。『火垂るの墓』とかもこの前、金曜ロードショーでやったり、初めてネットフリックスで配信が始まったりとか、『火垂るの墓』はけっこう観られるようになってきている感じですけど、『平成狸合戦ぽんぽこ』はまだジブリ作品だから、まだ配信はないという感じですね。はい、でもね、金曜ロードショーでたまにやったりするので、そのときに観られるのか、DVDとかは売ってると思うんですけど、
有坂:これTSUTAYA DISCASは、いわゆるDVDのレンタルで配信ではないんですか?
渡辺:配信ではないです。
有坂:『平成狸合戦ぽんぽこ』もそうだけど、この後、出てくる映画もそうだと思うけど、高畑さんの映画ってさ、この辺の日本物って一見穏やかそうな世界観なんだけど、内容かなり過激だよね。
渡辺:そう!
有坂:映画のつくり方、アニメのつくり方もそうだけど、そのバランスがたまらない。ポンポコも衝撃だったな。衝撃受けると思わないで観てるからさ。
有坂:じゃあ、僕の3本目にいきたいと思います。濱口竜介、3本目は2015年の作品です。
有坂セレクト3.『ハッピーアワー』
監督/濱口竜介,2015年,日本,317分
渡辺:うんうんうん。
有坂:この映画は、先ほどの4時間超えをさらに上回る317分。5時間超えの大長編映画になっています。『親密さ』と同じように、この『ハッピーアワー』も神戸で撮影された映画なんですけど、神戸に参加できる即興演技ワークショップっていうのの講師で、濱口さんが呼ばれて、そのワークショップに参加していた人を主人公に撮った映画が、この『ハッピーアワー』です。
これは演技経験のない4人の女性が主人公なんですけど、内容的にはごく普通の30代後半の女性たちが抱えている不安とか、悩みみたいなものを、317分で描く。「成立するのかそんな映画?」って思うんですけど、これがまた商業映画ではないんですけど、でもね、渋谷のイメージフォーラムで公開されたときに、ついに濱口さんブレイクしたなっていうくらい、もうね、どの回もソールドアウトみたいな大人気になっていた。ブレイク前夜の作品が、この『ハッピーアワー』かなと思います。で、この今映ってる、このケーブルカーに乗っている4人の女性が主人公なんですけど、この4人は30代超えても仲が良くて、何でも話せる親友同士と思っていたら、そのうちの1人が、みんなに内緒で離婚協議を進めていたと。別に、それは夫婦の話なので伝える義務もないんですけど、そういうことを離婚協議を進めてるんだよねと言ったら、そこから親友同士だったはずの4人の心のバランスが崩れていくんですね。誰かの秘密がきっかけで、その矢印を自分に向けると、自分の中にもいろんな不安だったりみたいなものがあって、じわじわじわじわ、そういった不安とか悩みとかが広がっていって、静かに不協和音が広がっていくと。で、後半ラストに近づくにつれて予想外の事態がどんどんと発生していくという、スリリングな展開になっていく。そういった意味では、さっき紹介した『親密さ』よりも、『ハッピーアワー』の方が観やすい、物語としてはすごく分かりやすいつくりになっているので、観やすさはあると思いますけど、とはいっても5時間超えの映画となっています。これも、僕は観た瞬間、ベスト1決まってしまったっていうぐらい、その年もぶっちぎりベスト1。実際、海外でも評価されて、スイスのロカルノ国際映画祭、主演4人が最優秀女優賞を獲得した。
渡辺:新人なのにっていうね。
有坂:新人なのに「ワークショップに参加してみよう」って行って、参加してみたらロカルノ映画祭で最優秀女優賞を獲ったと。でも、それもさっき順也が言っていましたけど、監督の力で、自分の世界にどういうふうに女優さんを、魅力を引き出すかみたいなことが、本当にこれだけの精度で叶うと、作品としてのクオリティにもつながるし、それがきちんと日本を飛び越えて世界でも評価されるという、本当にいろんな映画監督に勇気を与えた一本でもあるのかなと思います。お金がないからなんていう言い訳ももうできなくなるという、ある意味そこの基準を上げた作品でもあるのかなと思います。
これも、でも本当に、この映画のほうがテンポがいいので、始まったらけっこうあっという間に。
渡辺:いや、もう観やすいよね。めちゃくちゃ面白いし。
有坂:と思うので。
渡辺:フィルマークスの評価もね、すごい高いし。
有坂:本当だ、4.3!
渡辺:これはね、当時、観られなくて遅れて観たんですけど、本当、濱口作品は観られないので、劇場でやるタイミングだったら絶対行ったほうがいいんですけど、めちゃくちゃ面白いです。で、なんかこれなんかもう完全に昼ドラで、あのドラマなので、なんかこの普通のテレビドラマ5話分を一気観するみたいな、そういう感覚なんで、なんか5時間の映画って言うと腰が引けちゃうんですけど、普通にドラマで考えたら5話分ってそんなに長くない。これを一気観しますっていうぐらいの面白さです。めちゃくちゃ面白い! これ本当にね、すっげー面白いと思った。エンタメだなと思っちゃった。
有坂:そうだね。エンタメになるんだよね。人間関係だけで。
渡辺:こういうのってね、アート映画で長いと辛そうみたいな感じがするかもしれないですけど、普通にエンタメだと思って観られちゃう。
有坂:『ハッピーアワー』はエンタメだね。確かに。そう、なんかね、幸せだなと思っていたら、すぐになんか今度不穏な空気になったり。本当に、ちょっとしたことで人間の感情とか、空気って変わっていくなってことを、なんか映画にまとめられるっていうのはね、なかなかあんまりそんな監督もいないし、それを一般の人を使って、5時間超えの映画にしてしまう。このメインビジュアルに、キービジュアルにもなってるケーブルカーにね、女性が4人。どんなシーンで出てくるんだろうと思ったら、のっけから出てきます。でもね、やっぱりロケーションとかも、神戸のいろんなロケも風景も観られるので、次、機会が来たら、ぜひ逃さないでいただければと思います。
渡辺:はい。じゃあ、次は4本目ですね。4本目の高畑作品。4本目は、1999年の作品。
渡辺セレクト4.『ホーホケキョ となりの山田くん』
監督/高畑勲,1999年,日本,104分
有坂:出た!
渡辺:『ホーホケキョ となりの山田くん』ですが、このとき、高畑さんは63歳ですね。これはどういう作品かというと、4コマ漫画をアニメ化した作品になります。いしいひさいちさんの4コマ漫画なんですけど、これは顔が大きくて、キャラが二等身みたいな、そのぐらいのかなりデフォルメされた作品になります。それまで高畑作品、リアリズムみたいなところを突き詰めてきたっていうのがあって、それをもう『平成狸合戦ぽんぽこ』でやりきったらしいんですね。それで、次の表現として選んだのが、超絶シンプルな4コマ漫画で、漫画の線画っていうところでリアリズムの真逆をいくような超シンプル、もう背景もないっていう、そういうところについに行き着きます。なので、本当に高畑さん、時系列で観ていると作家性がめちゃくちゃ面白くて、もうなんか行き着くところまで行ったら、こんなシンプルな4コマ漫画の背景ないみたいなところに行くんだっていうですね。
これを観ると、めちゃくちゃ実験的なことやっているんですね。ぼく、子どものときに観て、全然面白いと思わなかったんですけど、大人になってこれを映画館で、映画館というか、あそこ国立映画アーカイブですね。やっていたときに観に行ったら、とんでもない傑作だっていうことに気づいて。これはもう、子ども向けの作品じゃないっていう。アニメなんだけど、子ども向けじゃなくて、大人のアニメーターが、ものすごい実験的なことをやっているっていう。それに、やっぱり子どもは当然気づかないので。本当にある程度、目が肥えてから観ると、すごく話としても面白いし、絵のタッチが途中で変わるとか、そういう実験的なことを、本当にすごいアニメだから表現できることをやっているという感じですね。遠くの人物は小さくて、近くに来ると大きくなるみたいなのが、実写だと普通ですけど、その感覚を途中で変えてしまったりとか、すごくこの人にとっては近く見えるみたいなので、遠くてもなんか急に大きくなったりみたいな表現を、それってやっぱりアニメーションだから表現できる手法だったりするんですけど、そういうのをすごくやっている作品です。なので、あんなに自然の描写とか背景画とかを緻密にやっていた高畑さんが、一気に築いてきたものを全捨てぐらいの形で、次の表現になったっていうのが、この『ホーホケキョ となりの山田くん』です。日本の庶民の家庭を描いていて、ここでもやっぱり日本を描くというところは踏襲しつつ、これをやってのけたという感じです。これは興行的には、かなり失敗したらしいです。
有坂:だろうね。
渡辺:でも、海外からの評価とか、批評家筋からは評価が高いみたいな。そういう、一般受けはしないけど、評価する人は評価しているっていう。その辺が高畑さんらしいというか、自分の道を進む天才みたいなところが、これでも出ているかなと思います。
有坂:多分、今まで何千本と映画を観てきてるけど、おそらく『ホーホケキョ となりの山田くん』が、最もキービジュアルのギャップと、本編のギャップ、そのギャップが一番あったのが『ホーホケキョ となりの山田くん』で、こんな過激なつくり方してるんだ。これをなんかでもね、この庶民のサラリーマンを主人公にしたアニメでやるっていう、そのバランス感覚がやっぱ高畑勲らしさ。
渡辺:面白いよね!
有坂:ほんと面白い! なかなかね、薦めても観てもらえないタイプの映画だけど。
渡辺:観ようと思っても観られないですからね。なかなかね。
有坂:そうね。
渡辺:観られる機会があったら、ぜひ観てもらいたいなと思います。
有坂:今回も高畑勲展に合わせても、やらなかったね。
渡辺:そうね、受けないと思ったんだ……。
有坂:(笑)。フィルマークスさんお願いします! じゃあ、僕の4本目いきたいと思います。濱口竜介の4本目は、2021年の作品です。
有坂セレクト4.『偶然と想像』
監督/濱口竜介,2021年,日本,121分
渡辺:うん!
有坂:この2021年っていうのは、なんと『ドライブ・マイ・カー』も公開されています。
渡辺:そうなんですね。
有坂:もう、この同じ年に、この傑作2本を放つって、イーストウッドかっていう。
渡辺:(笑)。
有坂:これ実際に、『偶然と想像』を準備しているときにコロナ禍に突入して、スケジュールがぐちゃぐちゃになって、『ドライブ・マイ・カー』と同時進行でつくっていた。公開の年も同じ年になったということで。
渡辺:短編集だからね。
有坂:そう、こっちは短編集で、合わせて100何分なんですけど、ただ、この作品もベルリン国際画祭で銀熊賞というグランプリを受賞した。『ドライブ・マイ・カー』は、アカデミー賞とか、カンヌの脚本賞も受賞したということで、世界的に見ると、本当にここがターニングポイントの年と言われるのが、この2021年かなと思います。僕は個人的には、『ドライブ・マイ・カー』よりも断然こっち派で、『偶然と想像』は、今回、時間軸で濱口竜介の作品を紹介していますけど、本当に次のステージに踏み出したなっていうくらい、彼が今まで積み上げてきた、長尺で時間の厚みをもって表現するみたいなところをぽっと手放して、単話構成の短編映画集をつくったら、これがまたね、でも濱口節は全開で、だけど、今までの映画よりももっと軽やかな、ちょっとね軽妙でコメディタッチな良さが短編集で表現されたと。
渡辺:めちゃくちゃ面白いからね。
有坂:これ、本当に色々面白くて、人間同士のコミュニケーションから始まる不穏だったりっていうところはこれまでとそんなに変わらないんですけど、僕、これ観たのって、渋谷にあるBunkamura。「ル・シネマ」が、渋谷宮下に移転する前の、東急の本店にあった、品のいいマダムしか行かないんじゃないかと言われていたBunkamuraの「ル・シネマ」で観たんですよ。で、その「ル・シネマ」って、いわゆるベートーベンの伝記映画とか、もう上品な映画しかやっていない中、初めて、もう何十年っていう歴史の中で初めて日本映画を上映したのが、この『偶然と想像』だったんですね。で、それを、そんなBunkamuraが選んだなら間違いないって言って、これまでのテンションで、品のいいマダムがこの映画を観に来たら、この映画の2話目が、大学教授をちょっと色気のある女性がハニートラップを仕掛けるというエピソードが2話目にあるんですけど、そのハニートラップを仕掛ける側の女性が、小説を朗読するんですよ。それがちょっとエロティックな小説で、永遠生々しい言葉を、「ル・シネマ」の品のいいマダムたちとみんなで聞いているときの気まずさ。
渡辺:(笑)。
有坂:「私、何を観にきたのかしら」、みたいな空気がすごい。ちょっとざわついていて。それを、でも初めて「ル・シネマ」初の日本映画として選んだところに、劇場としての覚悟みたいな、今後また違う個性をつくっていくぞっていう覚悟が見られて、個人的にはグッときました。この映画は、今までの濱口作品と同じように、ありふれた会話が思いもよらない方向に行ってしまうとか、ハニートラップを仕掛けているはずが、カウンセリングみたいになったりとか、あとはやり直せない過去をやり直そうとしてみるとか、何かちょっとした些細なことなんですけど、その些細な変化が意外と人間の心にどれだけ大きなものを与えるかみたいなことを、分かりやすく、笑いを交えながら教えてくれるのが、この『偶然と想像』かなと思います。
渡辺:入門編にはちょうどいいですね。
有坂:そうだね。
渡辺:めちゃくちゃ観やすい。あとキャストも、古川琴音とか中島歩とか、渋川清彦とか、わりと有名な人も出てきている感じなんで。
有坂:そうなんだよ。これはね、前2作の一般の人を撮るっていうのとは、また違うフェーズでつくっている。
渡辺:これも観られないよね。
有坂:そうなんだよね、この『偶然と想像』も、僕、その年のベスト1なんだけどね。
渡辺:これは面白いよね。
有坂:ぜひ、機会を見つけて観てください!
渡辺:はい、じゃあ、ラストいきたいと思います。僕の5本目は、高畑さんの5本目は、2013年の作品です。
渡辺セレクト5.『かぐや姫の物語』
監督/高畑勲,2013年,日本,137分
有坂:大傑作!
渡辺:はい、このとき、これが遺作となっているんですけど、78歳ですね、公開当時。その作品となっています。かぐや姫の話は、日本人なら誰でも知っている話ですけど、日本最古の物語です。これをアニメ化するというので、これをアニメ化にものすごい時間をかけて、つくったんですけど、高畑さん、東大出っていう話をしましたけど、めちゃくちゃインテリで、しかも、超理論派というか、ロジックをしっかり組み立ててつくるタイプの人なんですよね。宮崎駿は、感覚派の人なんですけど、高畑さんは真逆のロジックを積み重ねて積み重ねてやるっていう。かぐや姫は、だいたい皆さん、お話は知っていると思うんですけど、もともと月で何かを犯して、それで地球に来た人で、最後、月に帰るっていう話なんですけど、「かぐや姫はどんな罪を犯したのか」みたいな、「かぐや姫の罪とは何だったのか」みたいなことを考えて考えて、なんで月に帰らなきゃいけないのかみたいなところを、めちゃくちゃ考えてつくったそうです。これ、キャッチコピーも、「姫の犯した罪と罰。」っていうのがコピーとしてついていて、なので、その辺をかなり考えてつくったそうです。今までの流れのとおり、舞台は日本でやった作品なんですね。その一個前が『ホーホケキョ となりの山田くん』で、一気にリアリティを捨て去って、背景すらないみたいな線画の漫画のタッチでっていうのを、ここでも踏襲してですね。本当に線画の、鉛筆で描いたようなタッチの、それがコマ送りで続いているアニメーションという、そこに水彩画の色を付けたという。本当に絵巻物がアニメになりましたみたいな、そんなタッチになってますね。なので、これも背景も本当にあんまりないタイプのやつで、ずっと突き詰めてきたリアリティを捨て去って、さらにシンプルな線画に行き着いて、この線画のアニメーションっていうのを、デジタルの世の中で本当に鉛筆のタッチの超アナログな線画を表現するっていう、天才の考えていること、よくわかんないみたいな。本当に芸術家が突き詰めて、本当にたどり着いた最終到達点みたいな、本当にそういう作品でした。なので、かぐや姫っていう日本人ならみんなが知っているようなストーリーを、ロジックでまた、なぜかぐや姫は地球に来たのかみたいなところを、なぜ帰らなければいけなかったのかみたいなところを考え直して、その表現とするアニメーションは、ずっと長年やってきたものの集大成。天才のアーティストが、最後にたどり着いた表現方法みたいなところを、たっぷり時間とお金をかけて、本当に今の商業ベースだと成立しないんですよね。この時間とお金のかけ方。これは、興行としてはそれなりにヒットはしていたんですけど、あまりにもお金をかけすぎているから、採算は取れてないっていうですね。今の商業ベースだと考えられないつくり方をしているんで、本当にそれまで成功してきたジブリだから、許されたやり方っていう、とんでもないスポンサーがいて、天才に好き放題やらせたらこうなるっていうですね、それをもうやれた最後のアニメじゃないかな。作品としても、僕大好きで、高畑作品としたら一番好きかなっていう。本当になんかジブリだから、なかなか観られる機会がないのが残念なんですけど、これはやっぱり映画館で観たい作品なんで。これがどっかでまたリバイバルされる日があったら、また映画館で観たいなと思わせてくれる作品です。
有坂:観たいね。
渡辺:このとき78歳で、結局80いくつで次もつくりたいって言いながら、残念ながら亡くなってしまったんですけど、でも、なんかこう体系的に見てくると、本当に最後にここにたどり着いたなって思わせてくれる、素晴らしい遺作なので、観ていない人がいたら、ちょっとこれは何かやるタイミングがあったらね、ぜひ観逃さずに観てもらいたいなと。
有坂:全然やんないね。公開後、ひょっとしてやっていない?
渡辺:やってないかもね。
有坂:はい、じゃあ、僕の濱口竜介、最後5本目は、2023年のあの作品です。
有坂セレクト5.『悪は存在しない』
監督/濱口竜介,2023年,日本,106分
渡辺:うん、うん。
有坂:これは、もとは『ドライブ・マイ・カー』の音楽も手掛けたミュージシャンの石橋英子の、ライブパフォーマンス用の映像をオファーされた濱口さんが、「こういうものをつくりましょう」とつくっていくうちに、それをだんだん映画にしていきたくなり、また音楽用の映像とまた別で映画をつくるという形で、成立した作品です。
渡辺:これで成立するのが、もう信じらんないよね。
有坂:本当、そんな企画から始まってんの? っていうくらい、ゴリゴリの濱口ワールドの長編映画になっています。物語的には、長野県の田舎が舞台で、そこに暮らす、つつましく暮らしている親子が主人公なんですけど、その自然豊かな環境に、あるときグランピング場の設計計画が持ち上がった。そこを主導している会社というのが、コロナの煽りを受けて経営難に陥っている芸能事務所。そこが政府から補助金もらってグランピング場をつくると、何とかしてつくらないと会社が成り立たない。で、それを成り立たせるためにいろいろやっていくうちに、そこの川に汚水を流さないと成立しない。それを流そうとしているってことが分かって、その村に動揺が広がって、だんだんいろんなバランスが崩れていくっていう物語になってます。なので、これは、これまでの濱口作品の長編作品の中では、すごくストーリーラインもわかりやすいですし、そういう環境問題とかもテーマとして入っているので、わりと共感性も高い映画だなと思います。これまでと同様、会話の面白さは継続しながらも、これまで以上に長野の大自然が舞台ということもあって、ワンショット、ワンショットがとにかく美しい。あと、カメラワーク、森を歩いているところを横から移動撮影で撮るとか、そういう絵としての美しさみたいなのが、今までの映画以上に際立っている作品だったかなと思います。なんか、このセリフで出てくる言葉でいいなと思ったのが、「上にいる者の振る舞いが、すべて下の者に影響する」。それはもう、川の水の流れの話で、例え話で出ているんですけど、それは人間界に置き換えてもまったく同様のことで、やっぱり描いている世界以上に深いことをメッセージとして発信しているのが、濱口作品かなと思います。で、どんなふうに終わるのかなと思ったら、誰も想像できない衝撃のラストが待っています。
渡辺:まさに衝撃のラストだよね、これね。
有坂:これはもうね、その後、このラストどういうことなんだろうって話しても、いろんな人の考察を読んでも、もうわからない。本当の意味での衝撃のラストが待っています。ぜひ。
渡辺:これも配信で観られないね。
有坂:なんで観られないんだろう。やっぱりやりたくないのかな。
渡辺:やりたくないんだろうね。ジプリも、濱口さんも。その辺もね。
有坂:原理主義者(笑)。
渡辺:面白いよね。天才。「東大出は配信しない」みたいな。
有坂:そうだね。東大出身はアンチ配信。
渡辺:これも面白い。これ短いもんね。
有坂:短いっていっても100分、短編だね、濱口さんにしたらね。
渡辺:これ、でも本当に面白いですね。これまたキャストが、一気に有名人じゃなくなって。
有坂:そうだね、またね。
渡辺:この主演の大美賀さんって、もともと美術スタッフかなんかやっていてね、「君、いいね」みたいになって、「やってみる?」みたいな。
有坂:でも、存在感がすごい独特だよね。
渡辺:独特。本当に相変わらず台詞回しが面白いので、脚本力の高さが抜群なんですよね。なんか、いけすかないコンサルとかが出てきて。
有坂:そういう意味で、何か共感しやすいよね。こっち側に肩入れしたくなって。あいつら、なんとかなっちまえと思うんだけど、それがなかなか思い通りにいかない。そういう意味での観やすさが、すごくあると思います。
渡辺:来年、新作やるわけでしょ。こんなに観られないんだったらもうね、絶対劇場で観てくださいっていういね。
有坂:また、レトロスペクティヴでやるね。新作のタイトル、発表されていて、『急に具合が悪くなる』。
渡辺:すごいタイトルだね(笑)。
有坂:2026年公開されます。
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有坂:ということで、以上10本お届けしましたが、いかがだったでしょうか? 最後にお知らせがあれば。
渡辺:そうですね。僕は、またフィルマークスのリバイバル上映をやるんですけど、ちょうど今日から、『コーヒー&シガレッツ』をちょうど公開20周年になるので、これ1週間限定なんで短い期間なんですけど、10月1日がコーヒーの日っていう記念日があって。
有坂:見つけたね、また。
渡辺:その日だけ、トークショー付きで、今泉力哉監督と松居大悟監督、この2人の対談を上映後やります。それぞれ、ジム・ジャームッシュが好き、『コーヒー&シガレッツ』が好きという監督で、松居大悟監督なんかジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』をベースに、映画もつくっています。そんな2人の思い入れたっぷりのトークなんかを。
有坂:劇場はどこでやるの?
渡辺:新宿ピカデリーでやります。もうチケットは完売したんですけど。
有坂:したのかい!
渡辺:けっこうね、早かった。まあでも、この作品を映画館で観られる機会もあまりないので、ちょっとお時間がある方は、ぜひ観ていただけると嬉しいなと思います。
有坂:じゃあ、僕からはキノ・イグルーのイベントについて、10月10日から13日、連休ですね。4日間、麻布台ヒルズでまたやります。今回は4日間なんですけど、初日『南極料理人』、2日目『グリーンブック』、3日目『シング・ストリート 未来へのうた』、4日目『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』というラインナップでお届けします。また、予約なし、無料で観られますので、ぜひ、きっと天気もいいはずなので、野外上映へ遊びに来てください。
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有坂:はい、ということで、駆け足で10分オーバーになってしまいましたが、ぜひ皆さんも日本人監督ね、監督で映画を観るって、自分とフィーリングの合う人を見つけると、新作が待ち遠しくてたまりません。あと、濱口さんを学生の頃に見つけた身からすると、やっぱりね、バンドと一緒で、これから出てくる人を最初に見つけると、本当になんかね、推し活。映画監督も推し活の一つだと思うので。
渡辺:そうだね。
有坂:そういう視点でも楽しいと思うので、ぜひ若い才能を探すというのも、やってみてはいかがでしょうか。ということで、今月のニューシネマワンダーランドは、終わりたいと思います。遅い時間まで皆さん、ありがとうございましたー!
渡辺:ありがとうございましたー!! おやすみなさい!
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選者:キノ・イグルー(Kino Iglu)
体験としての映画の楽しさを伝え続けている、有坂塁さんと渡辺順也さんによるユニット。東京を拠点に、もみじ市での「テントえいがかん」をはじめ全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映。その活動で、新しい“映画”と“人”との出会いを量産中。
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キノ・イグルーイベント(@kinoiglu2003)
有坂 塁(@kinoiglu)/渡辺順也(@kinoiglu_junyawatanabe)