月刊手紙舎5月号で花田菜々子さんがセレクトした「心地いい音楽を聴きながら散歩したくなる本10選」。どれも、おもわず口笛を吹きながら読みたくなる本ばかりでしたが、さて、同じテーマで手紙社の部員が10冊を選んだなら? 選者である部員のコメントともにお楽しみください!
(撮影:三浦三糸)



1.『野川
著・文/長野まゆみ,発行/河出書房新社




すべての人に子どもだったときがあることを、思い出させてくれる物語です。主人公の音和は中学生です。両親が離婚して、音和は野川のほとりに転校してきました。人生は否応なしに進みます。音和は新しい学校で、変わった先生に出会います。子どもにとって家庭の変化は、世界の激変なのだ、と知っていてくれる大人です。先生は「かつて美しかった」といわれ、「現在は」美しい野川について話してくれます。私たちは、傷ついた瞬間を思い返すように、幸せな瞬間も心に焼きつけることができます。物語が、音和に、私たちに、ホタルの風景をあざやかに見せてくれるからです。
私は野川を散策したことはありませんが、ホタルの風景を思い描くことができます。手紙社のそばに野川があると知り、旧知の風景に出会ったように嬉しく思えるのです。
(選者・コメント:まっちゃん)



2.『みちくさ
著・文/菊池亜希子 ,発行/小学館




身近な場所の魅力を「みちくさ」しながら発見したくなる本です。手書きの地図や絵が可愛い、素朴な文章が可愛い、ワクワクする視点が可愛い。発売は約10年前ですが、まったく古さを感じさせない「センスのかたまり」で出来た本(この服可愛い〜この小物欲しい〜と今でも思えます)。カフェミュージックを聴きながら、ゆったり読むのがオススメです。読んだあと、外に出てみちくさしたくなることでしょう。
(選者・コメント:ヤスカ)



3.『ひとり旅は楽し
著・文/池内紀,発行/中央公論新社




“目的地はあるが、そこへ行き着くかどうかは、べつの話だ”


あとがきで書かれている、この一節がすべてを表している。大まかな予定はあたまに入れるが、要はその時々の気分次第。もちろん乗り物も使うけれど、基本は歩き。歩くスピードに合わせるように、あたまとからだが動き出す。のんびりとしたウロウロ歩きに誘われるように浮かんでは消えていく思い出や土地の記憶を拾い上げて綴られた文章が、代わり映えのしない日常と旅との境界をあいまいにしてくれます。
ドイツ文学者で翻訳家でもあった池内さん。『ゾマーさんのこと』(パトリック・ジューズキント著・古本有)や『影をなくした男』(シャミッソー著・岩波文庫)など、翻訳した本にも歩く男がよく出てくる。こちらは気軽な散歩とはいえない一面もあるのだけれど。
(選者・コメント:井田耕市)



4.『週末、森で
著・文/ 益田ミリ,発行/幻冬舎




“よけられないと思ったら、寄りそう方法もあるんだよ”


森で早川さんが何気なく教えてくれたカヤックの乗り方は、東京で働くせっちゃんの心に残り、仕事のもやもやを少し軽くしてくれました。
森の近くに住みだした早川さんの家に東京で働くまゆみとせっちゃんが週末遊びに訪れる。仲良し3人組がゆるく田舎をたのしみ、ほんのり心が元気になるストーリーが詰まった可愛らしい漫画です。ちょっと疲れた時、じんわりと染み渡るあたたかいココアのような本です。
(選者・コメント:たいちろう)



5.『須賀敦子の手紙
著・文/須賀敦子,発行/つるとはな




1975年10月から1997年4月(亡くなる一年前)に須賀敦子と親交のあったコーン夫妻への手紙を集めた一冊。貴重な肉筆(その文字がとても現代っぽく若々しい)の手紙を読んでいると、まるで自分に宛てられたもののような錯覚に陥る。
昔懐かしい、封筒になるエアメイル便箋や海外のセンスのよい絵葉書もさることながら、当時の切手や消印(「郵便番号ははっきりと」という懐かしいスタンプも)なども萌えるポイントである。
ローマでの暮らしぶりや、その時代に起こった出来事とそれに関する敦子自身の思いなどの記述もあり、ただの“お手紙”というだけではなく、貴重な時代の資料でもある。手紙の中に時折著名人の名前が出てくるので、生きていた時代のリアルさが際立ち、感情のこもったチャーミングな言葉たちが、エッセイや伝記を読むよりも一層彼女との距離を近く感じることができる。
(選者・コメント:みやこ)



6.『のほほんと暮らす
著・文/西尾勝彦,発行/七月堂




詩人・西尾勝彦さんのポケットサイズの本です。どのページにものほほんとした空気が流れていて、のほほんとした世界にどっぷり浸かることができます。のほほんなことリストも載っていて、読みおわる頃にはのほほんの使い手になれそうです。
ちょっとゆっくり歩きたいとき、深呼吸したいときに。読んでいると心に気持ちの良い風がそよそよと吹いてきてくれるような。のほほんを大事にすることで、すこしだけご機嫌な日々を長持ちさせることができる。わたしの中では心のお守りのような存在の一冊です。
(選者・コメント:ちゅんちゅん)



7.『音がなければ夜は明けない
著・文/山下 洋輔, 筒井 康隆, 村松 友視ほか,発行/光文社




ジャズピアニスト山下洋輔が、音にまつわるお話を画家に小説家、時にはお坊さん等から聞いたり書いたりして集めた本。1つのお話が7~10ページ位なので、気軽に読みやすい作りになっている。その中でも面白いなぁと思ったのは河野典生の音楽の歴史についてのこんな一節。


“(中略)音楽用語にこだわらずに、調和と緊張(法則と反抗)と考えれば、いわば、そいつのくり返しが音楽の歴史と言っていいのだ。 最初はテンションであったものが、やがて耳慣れてくると実質的には新しいコードだ。そいつに新たなテンションを加えて、刺戟を楽しむやつが出てくる。そのくり返しを続けているうち、耳慣れるやつと耳慣れないやつ、新テンションにシビレるやつ、騒音としか聞こえないやつ、そういう変化が生じてくる。”


音楽ってなんだか人生とだいたい一緒……いや、音楽が誰かの人生を突き動かすのか?
……とかなんとか、誰かと語り合いたくなる一冊だ。
(選者・コメント:sakuya)



8.『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる
著・文/石井好子 ,発行/暮しの手帖社




“「今夜はオムレツよ」
フライパンが熱くなるとマダムはおどろくほどたくさんバタを入れた。”


台所から流れるフライパンにバタがとけ卵がこげてゆく匂い。それは台所で歌われる甘くやさしいシャンソンのよう。ブローニュの森に空に向かって咲くマロニエの花。巴里の空気感が行間から漂ってくる……。シャンソン歌手石井好子さんのお料理の随筆。
旅の思い出はたべものとつながっている。私の「暮しの」なかのおいしい旅の「手帖」。そんなふうな一冊です。
私の散歩道にはいつもデミグラスソースのにおいが流れている。きっとワインがたっぷりの……。いつか巴里でオムレツを
(選者・コメント:坂野亜希子)



9.『ニュー東京ホリデイ 旅するように街をあるこう
著・文/杉浦さやか ,発行/祥伝社




この本には、古くて新しい東京の街たちが、カラフルなイラストと心をこちょっとくすぐるような文章とともに登場する。
こんな風にワクワクしながら街を歩いたのは、いつ頃までだろう。早足で目的地に向かうのが当たり前になって、通りすぎる街の風景も色褪せてしまって随分経つ。丸の内、浅草、新宿、青山……杉浦さやかさんのイラストと文章に案内され、懐かしい気持ちになったり、新しい発見に嬉しくなったりしなから、ページを捲っていく。ガチガチしていた心が柔らかくなっていく。色褪せていた街の記憶が彩りを取り戻していく。
久しぶりに街をゆっくり歩きたくなってきた。そろそろ、出かけてみようかな。柔らかくなった心に染み込んでいく音楽を聴きながら。
(選者・コメント:KYOKO@かき氷)



10.『地球の上に生きる
著・文/アリシア・ベイ=ローレル,発行/草思社




シンプルに生きる事を夢見る私達へ、最強の“手作り”本。大地を愛し、静かな暮らしを求めた作者の生活の知恵が詰まった一冊で、自然の中で生きることの指南書。
どこから読み始めても良し、絵本のようにパラパラ見ても楽しめます。すべてが手作りの暮らしは実践したくてウズウズするはず!1970年の本なので、訳者のあとがきから読むと入りやすいかと思います。読み終えて、空を見上げ草木を観察する。次に一歩踏み出した時には少し違う景色になっているかも。
(選者・コメント:keiko hatori)




以上が、部員がセレクトした10冊です。いかがでしたか? ここで紹介した本は、2021年5月19日に放送した北島家ラジオ(部員だけが聴けるラジオ)のなかで、手紙社の部員が候補を出した本のなかから、手紙社代表の北島勲が、さらに10冊に絞ったものです。みなさんにお散歩のお供に、人生のお供に、読んでいただけたならとても嬉しいです。