あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今月の映画部門のテーマは、「旧ソ連と東欧」な映画です。その“観るべき10本”を選ぶのは、マニアじゃなくても「映画ってなんて素晴らしいんだ!」な世界に導いてくれるキノ・イグルーの有坂塁さん(以下・有坂)と渡辺順也さん(以下・渡辺)。今月も、お互い何を選んだか内緒にしたまま、5本ずつドラフト会議のごとく交互に発表しました! 相手がどんな作品を選んでくるのかお互いに予想しつつ、それぞれテーマを持って作品を選んでくれたり、相手の選んだ映画を受けて紹介する作品を変えたりと、ライブ感も見どころのひとつです。


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お時間の許す方は、ぜひ、このYouTubeから今回の10選を発表したキノ・イグルーのライブ「ニューシネマ・ワンダーランド」をご視聴ください! このページは本編の内容から書き起こしています。




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−−−乾杯のあと、恒例のジャンケンで先攻・後攻が決定。有坂さんが先月に続き勝利し、有利な先攻を選択しました。有坂さん曰く、「順也は、いつもチョキを出してますよ!」とのこと。ジャンケンから、すでにお互いの探り合いはスタートしています。それでは、クラフトビールを片手に、大好きな映画について語り合うという、幸せな1時間のスタートです。



有坂セレクト1.『霧の中のハリネズミ/霧につつまれたハリネズミ』
監督/ユーリー・ノルシュテイン,1975年,ソ連・ロシア,10分

渡辺:うーん! そうね、ユーリー・ノルシュテイン監督。
有坂:はい、これですね、 DVDを持っているんですけど。アニメーションです。これは『霧の中のハリネズミ』、または『霧につつまれたハリネズミ』という題名で、1975年につくられた10分間のショートアニメーションです。 ストーリー的には“ハリネズミくん”が主人公で、お友達の子熊くんに木苺のジャムをね、届けに行くというお話です。 それで子熊くんのもとに行くまでに、森に入って歩いて向かって行くんですけど、途中ですごく深い霧に包まれて、右も左も分からなくなって……その霧の向こう側に何かいるんじゃないかということで、ハリネズミくんはですね、どんどん不安な気持ちになっていく。そういうストーリーがあるんですけど、まぁもちろん、その物語には一応裏テーマみたいなものもあったり、けっこう深い内容になっていたりします。それで、ユーリー・ノルシュテインって、みなさんご存知ですかね? なんか耳にしたことあるなっていう方もいるかと思うんですけど、この人はロシアの、旧ソ連のアニメーション監督。世界的な人ですね。
渡辺:そうだね。
有坂:宮崎駿さんとか、ジブリもすごく影響を受けている人ですし、この『霧の中のハリネズミ』に関しては、10年以上前に、世界のアニメーター、アニメーションの制作に関わる人で、世界中で大アンケートを取ったんですよ。これだけアニメがある中で「果たして何がベスト1か?」「ベスト100を挙げたらどんなものになるか?」っていうことで、世界中のアニメーターにアンケートを募ったところ、 なんと、この『霧の中のハリネズミ』が第1位に輝きました。ちなみに、第2位が同じノルシュテインの『話の話』という作品で、まぁそこからもわかるように、同業者からもすごいリスペクトを受けている監督がユーリー・ノルシュテインです。
渡辺:切り絵のアニメーションなんだよね。
有坂:そうなんだよね。それをコマ撮りでね、ストップモーションでつくっていくんですけど。
渡辺:質感がすごい独特で、ほんと「クラフト作家がつくりました」っていう感じの。
有坂:そうだね。切り絵・切り紙だし、あとはコマ撮りでカクカク動くのでそういったあたたかみもあるんですけど、なんかね、その霧の表現とかもガラスを使ってて、ガラスを何層も重ねて霧の奥深さみたいなものを表現してる。そんなことを1975年にすでに表現してしまった。それで、これ以降ですね、「この作品を超えたアートアニメーションは果たしてあるのだろうか?」と言われてしまうぐらい、特別な一本として語られている作品です。
渡辺:うんうん。
有坂:まあ、さっき宮崎駿さんの名前を出したんですけど、アニメーション監督だけではなくて、実はいろんなクリエイターに影響を与えている一本でもあります。一番有名なのは、ビョーク。あとは、映画も撮っているミシェル・ゴンドリーという映像作家で、二人がですね、一緒にミュージックビデオをつくるときに実は『霧の中のハリネズミ』がフェイバリット・ムービーだということがお互い分かって、意気投合して「じゃあ、自分たちなりのハリネズミにしよう」ということで、「ヒューマン・ビヘイビア」って曲のミュージックビデオをつくりまして。その中で『霧の中のハリネズミ』をやっています。
渡辺:結構そのままだよね。
有坂:そう、まんま。なので、二本立てで見比べてみるのもね、すごい面白いと思いますし、本当にね、彼らの愛も感じる作品になってますので、ぜひビョークのミュージックビデオのほうも、YouTube で出てくると思うので、よかったら見てみてください。
渡辺:映画のほうも10分。
有坂:そう、10分。
渡辺:短編アニメーションなので、さくっと観られます。
有坂:これは本当に、自分のオールタイムベストの一本でもいいぐらい特別な作品です。ちなみにノルシュテインはもう90歳ぐらいですけど、まだ御存命です。 御存命どころかね、映画もずーっとつくり続けていて……

渡辺:ふふふ。

有坂:実は『外套』というゴーゴリ原作のアニメーションを、もうかれこれ40年つくって、いまだ完成していません。なのでね、あれが完成しないと、彼も次にいけないということで、まあそんな面からも注目を集めているノルシュテインの『霧の中のハリネズミ』がぼくの1本目でした。
渡辺:なるほどね。まあこれは入るね。
有坂:言われる前にちゃんと言わないとと(笑)。
渡辺:これはそう、ぼくも先攻だったら言おうと。いきなり取られました(笑)。じゃあ1本目はぼくも、旧ソ連の作品を行きたいと思います。



渡辺セレクト1.『不思議惑星キン・ザ・ザ』
監督/ゲオルギー・ダネリア,1986年,ソ連・ロシア,135分

有坂:でたー! やっぱりこれか!
渡辺:これは1986年につくられた実写のSF映画です。これが、もうなんていうんですかね、すごい拍子抜けするぐらいゆる〜い感じの SF作品となっています。なんで、アメリカの SFとはもう本当に全然違うタイプなんですけど、もうなんか美術からしてすごい独特。世界観がもう独特な感じで、不思議な宇宙船に乗ってきたおじさんがいて、そしたらなんかひょんなことから、もう一人のおじさんと一緒に全然違う惑星にタイムスリップしてしまった。それで、言葉も通じないところで、すったもんだの珍道中を繰り広げる、という話なんですけど。なんかもう挨拶がすごく面白くて……
有坂:あ、もう(コメントに)出てる(笑)。
渡辺:コメントに「クゥー!!」って出てますけど(笑)、手を広げてね……
有坂:パン・パン「クゥー!!」って。
渡辺:そう、「クゥー!!」ってやる挨拶がすごく可愛くて、しかもおじさんがやているっていう(笑)。なんか、この砂漠の中、何もないところで、そういうこのヘンテコな宇宙船に乗りながら、「クゥー!!」って挨拶しながら、珍道中を繰り広げていくんですけど、なんかすごいゆるい、へんてこな話だなぁとも思いつつですね、でも、なんかこうちょっと風刺が利いているところもあって。例えばなんか言葉の通じないところで、ちょっとした差別を受けたりとか、あとはもう資源が枯渇した世界だったりするので、それをちょっとなんかこの時代にですね、「未来は大丈夫か?」みたいなところだったりとか、あとは富が一部の人に占有されているんですね。そういう世界観だったりとか、そういうちょっと時世を皮肉ったところも、そのゆるい中に含んでいたりするので、なんかそういった意味でも、ただただゆるい作品ってだけではなくて、チクリとですね風刺を利かせているところもあるので、そういうところがちょっと奥深い感じもあって、不思議な世界観とともに語り継がれているポイントじゃないかなと思います。これを、まあ“ハリネズミ”を取られたら、こちらを紹介しようというので挙げました!
有坂:そうだね、(ハリネズミかキン・ザ・ザか)どっちかだね。このでも、本当にゆるーい、時間の感覚もね、ちょっともう分からなくなるぐらい、ゆるい時間が続くんですけど、映画本編自体は135分。結構長いんだよね(笑)。
渡辺:そうそう(笑)。
有坂:だけど、それがだんだんクセになってきて観終わった後は、「いやー、とんでもないものを観てしまった!」っていうすごい満足感があって。これ好きそうな人に「あの人好きそうだな」と思ったら、ついつい勧めてしまうような中毒性の高い映画。……あとアニメーションもね。
渡辺:セルフリメイクでね。同じ内容でアニメ版としてまた去年?
有坂:日本では今年公開されて、「キン・ザ・ザのアニメ版なんてどうなの?」って思ったら、クレジット見たらね、同じ監督がつくっているんですよ。だから、きっとアニメ版にする意味はちゃんとあって、これは見ないとということで。多分アニメ版もまだちょいちょい映画館でもやると思うので、観比べてみると、その比べる面白さがすごくあると思います。まずは実写から観ていただくのがいいかなと思います。
渡辺:そんな、ゆるい作品を紹介しました。1本目から。



有坂セレクト2.『コーリャ愛のプラハ』
監督/ヤン・スヴェラーク,1996年,チェコ・イギリス・フランス,105分

渡辺:うーん! うんうん。
有坂:これは、1996年に公開されたチェコの映画で、まあ一言でいうとヒューマンドラマです。泣けるヒューマンドラマ! これは、55歳の独身のチェリストと、5歳の少年コーリャの交流の物語なんですけど、その55歳のチェリストは独身で、子どもも嫌いだし、結構面倒くさいタイプの音楽家なんですね。ひょんなことからそのコーリャという5歳の少年と生活せざるを得なくなったおじさんが主人公です。最初はもう本当に、「もっとこう子どものこと可愛がってあげてよ!」って、観ていてイライラするような展開なんですけど、だんだんですね、いろんなことが起こって二人の間に信頼関係が芽生えていくという物語です。それで、この物語だけ切り取ると、まあよく聞く設定じゃないかなと思います。本当の親じゃないのに、もういろんなことを経験して、二人の絆が深まっていく。まあ『レオン』とかもね……
渡辺:そうね。
有坂:代表的な例だと『レオン』だったりすると思うんですけど、これはもうある意味、アメリカ映画の本当に得意とするような設定の一つかなと思いますが、この『コーリャ』はチェコ映画です。
渡辺:うんうん。
有坂:これは社会主義が崩壊する直前のプラハが舞台なので、まあそのおじさんと子どもの話だけではなくて、そういった社会背景っていうのも、実は彼らに影響してくるというところで、やっぱりこれはアメリカではもちろんつくれないような内容になっていて。そして、今これちょっと画像が映っていますけど……コーリャの顔が写ってないね(笑)。
渡辺:コーリャ可愛いんだよね。
有坂:そうこのコーリャって子どもが、本当に可愛らしくて、可愛らしいからこそ、あの名シーンで、もう涙が止まらない。本当に涙が止まらない。この96年、90年代中盤のころで、「泣ける映画何ですか?」って聞かれたときに、まず挙げるのがこのコーリャ。あと、『マイ・フレンド・フォーエバー』。
渡辺:んふふふ。
有坂:これはもうね、あの時代の泣ける映画のね、もうツートップといってもいいんじゃないかなと思います。
渡辺:はいはい。
有坂:ちなみに、これは監督のお父さんが、この55歳の音楽家なんですね。チェリスト。監督のお父さんが、主役を演じているんですよ。
渡辺:あ、そうなんだ?!
有坂:実は主役だけじゃなくて、脚本も書いていて、だから、なんかそれを息子が撮っているっていうところで、なんか二人の実の親子の関係も脚本の中に含まれているんじゃないかなっていう、深読みできてしまうところもこの映画の面白さかなと思います。
渡辺:コーリャは、ロシア人なんだよね。
有坂:うんうん。そうそう。
渡辺:だから、もともと偽装結婚で、お母さんとおじさん。そしたら子どもを置いて、お母さんがいなくなっちゃったっていう。だから、そういう社会的な事情というかね。その、ロシアになって、ちょっと不安定なところで西側にね、なんかこうビザを取るためにやってきたお母さん、みたいな。 有坂:これ、観返した?
渡辺:​​観返してない。
有坂:よく覚えているね。
渡辺:次挙げようと思っていたから(笑)。
有坂:笑! 準備していた?
渡辺:完全に準備していた(笑)。
有坂:よかった! チョキ出してくれてありがとう!
渡辺:本当にかぶるわと思って、今回。
有坂:ちなみに本当にどうでもいい話をさせてもらうと、ぼく、この映画が公開されたとき、ビデオレンタル店でアルバイトをしていたときで、「こういうおすすめ」とかいろんな問い合わせがあるお店だったんですけど、それで、泣ける映画を聞かれたときに、このコーリャをおすすめした女性がいて、で、借りて観てくれたら、もう多分、ぼくが思ってる以上にその人にとっては特別な一本にコーリャがなったみたいで。もう泣けたどころじゃなかったと言われ……その女性に告白されました(笑)。
渡辺:うそ(笑)!
有坂:(笑)。だから、一本の映画を紹介して、はじめましてのお客さんだったんだけど、そこでもう心を掴まれたって言われたのかな。どういうふうに言われたか覚えてないけど、なのでそんなことにも展開するんだなと。
渡辺:日本のビザが欲しかったんじゃないの。
有坂:(笑)! まさかのそういうオチ?!
渡辺:(笑)。
有坂:ちょっとね、配信では今やってないと思うんですけど、 調べたらDVDのディレクターズカット版が最近出てました。だからちょっと長いんですよ、最初に公開されたときよりも。 渡辺:最近出たんだ?
有坂:そう、ちょっと前に出て。なので、DVDを購入すれば観ることもできますので、どうしても観たいという方は、ぜひそちらもチェックしてみてください。
渡辺:なるほど! コーリャね、いい話だよね。なんか、いい話系でいうとコーリャになるよね。
有坂:でもちょっと暗さはあるよね。東欧なりの。



渡辺セレクト2.『アンダーグラウンド』
監督/エミール・クストリッツァ,1995年,フランス・ドイツ・ハンガリー,171分

有坂:ほうほうほう。
渡辺:コーリャと同じ年代のものを、ということで。これは、ユーゴスラビアですね。旧ユーゴスラビアを舞台とした作品なんですけど、これもこう90年代のミニシアターブームのときに、めちゃくちゃ流行った作品ですね。エミール・クストリッツァという監督の作品なんですけど、これもなんていうのかな、初めて観たとき、もうダイナミックすぎて何が行われてるのかも全然よくわからないけど、なんかもう勢いだけで押し切られたみたいな感じで、よくわかんないけど、すげー面白かったっていう。
有坂:圧倒されるタイプの映画だね。
渡辺:そう、そんな感じの作品なんですけど、ストーリーとしては、ユーゴが第二次世界大戦のときはナチスの占領下にあって、そこからパルチザンからナチスが負けて、その後、ユーゴができていくっていう時代背景があって、そのとき、ナチスが来たときに、一族を地下に置いてですね、地下で武器をつくるっていう。それで、その武器を販売するみたいなことをやり始める人たちがいるんですけど、その地上担当と、地下担当みたいな人がいてですね、地上のやつが戦争が終わったってこと言わずに、ずっと武器をつくり続けながら、ごまかしながら、まだ戦争中だよみたいなところで話が進んでいくという物語になっています。その中で、二人の男と一人の女性の関係性だったりとか、わりとまあ、そのあたりが中心に動いていったりするんですけど、とにかくですね、なんかもう“エネルギーの塊”みたいな映画で、何か音楽とかもね、あのなんて言うの?
有坂:ジプシー?
渡辺:ジプシー音楽みたいなね、ちょっとラテンのノリっていうか、賑やかな感じの音楽で、映像もとにかくもういろんな人が動き回っていて、歌っていて、叫んでいてみないなですね、それで何かが爆発してみたいな、そういう、いろんな、なんていうのかな本当にエネルギーと勢いの、動き回ってるタイプの作品で、もう1回観たら、絶対忘れないようなインパクトを残す作品です。 完全版っていうのもあって、今の普通のやつが3時間ぐらいあるんですけど、完全版は5時間半とか、長いんだよね。
有坂:ふふふ。
渡辺:完全版は、ぼくはまだ見てないんですけど、それぐらい、ストーリー的にも話がぎゅっと詰まった内容になっています。
有坂:これ、あれだよね。アンダーグラウンドが公開された90年代の中期って、まだこういうユーゴスラビアの映画自体あまり観ることできなかった時期だよね。以前のこのニューシネマ・ワンダーランドで『ユリシーズの瞳』という映画を紹介したと思うんですよね。それは、ギリシア映画で、バルカン半島旅する映画監督のロードムービーなんですけど、その『ユリシーズの瞳』と『アンダーグラウンド』が同時期に公開されていて、どっちも3時間ぐらいあって、どっちもすごく重い映画なんだけど、ユリシーズはセリフも少ないし、すごく淡々とした映画なんですね。一方で、アンダーグラウンドは、今の順也の説明のように、本当にもうエネルギッシュな、ダイナミックな映画だから、「どっちが好き? どっち派?」みたいなので、映画ファンの間では結構盛り上がったような一作で。アンダーグランドは、ここでは絶対に言えないんですけど、ラストシーンが本当にこれはもう映画史に残るラストシーン。……覚えてる?
渡辺:ん……(笑)。
有坂:こういう、ね?
渡辺:ん……(笑)
有坂:まあ、あとでね(笑)。本当に、クストリッツァっていう監督自体が、そういったエネルギッシュな映画ばっかりつくっているよね。
渡辺:ね、『黒猫・白猫』とかね。
有坂:自身もミュージシャンをやっているので、 音楽的な映画が好きな人にもおすすめですね。



有坂セレクト3.『アリス』
監督/ヤン・シュヴァンクマイエル,1988年,チェコスロバキア・スイス・イギリス・西ドイツ・ドイツ,86分

渡辺:うんうんうん。
有坂:再びチェコ映画。ヤン・シュヴァンクマイエルっていう人は、本当にもうアートアニメーションの世界ではもう巨匠中の巨匠ですね。シュヴァンクマイエルの長編デビュー作が、この『アリス』になります。アリスというタイトルのとおり、原作は「不思議の国のアリス」になってます。それで、このビジュアルも可愛らしいなって思うかもしれないんですけど、シュヴァンクマイエルの世界観って可愛らしさもあるんですけど、なんかそれ以上にグロテスクなんですよね。なんかいかがわしくて、でもユーモアもあって、グロテスクなんだけど、キャラクターに愛らしさもあって。だから一言ではね、なんか定義できない。もうシュヴァンクマイエルの世界観としか表現できないような、すごくオリジナリティのある世界をつくってくれる監督さんです。
渡辺:うんうん。
有坂:この『アリス』っていうのは、実写と、あとはアニメーション……ストップモーションアニメを融合してつくった作品なので、動きとかもちょっとカクカクしていて、実写映像の滑らかな映像じゃないからこそ、ちょっと観ていておとぎ話っぽいというか、ちょっとファンタジー感を映像からも感じることができる。彼はそういうつくり方をしてる人です。それで、なんかのインタビューで読んだんだけど、その原作のアリスに絵を描いているジョン・テニエルの挿画はすごく素晴らしいんだけど、やっぱりそのイメージでみんなアリスといえば、あのジョン・テニエルの絵が浮かぶと。でも、そのイメージが固定化してることが「どうなんだ?」ってことで、やっぱり違ったアリスがあったっていいだろうってことで、あんなとんでもないビジュアルのものをつくってしまった。
渡辺:(笑)。
有坂:これも、あまり言わないほうがいいかな(笑)。とにかく、 グロテスクでシュールなんですけど、本当にすごいものを観られてよかったっていう満足感はあります。なのでこの芸術の秋に観るにはふさわしい一本かなと思いますし、僕らも上映したことがね……
渡辺:そうね、結構いろんなところでね。
有坂:神楽坂の「ムギマル」っていうお饅頭屋さんのカフェで、初めて上映した作品が、この『アリス』。おまんじゅう食べながらアリスやったんですけど、すごい暑かったんだよね。
渡辺:あのときか!
有坂:そう、2階で上映したんですけど……
渡辺:古民家なんだよね。
有坂:1階でお饅頭をつくっているから……
渡辺:ホクホクと……
有坂:その湯気が2階に上がって、サウナ状態で『アリス』を観るっていう。
渡辺:閉め切ってやっていたのでね。
有坂:そうそうそう。このままだとやっぱりこう、生命に関わるっていうことで氷を買って。
渡辺:クーラーが壊れていたんだっけ?
有坂:違う違う、もう下からの湯気で。
渡辺:それだけでだっけ?!
有坂:縁日でよくあるような、金魚すくいの袋に氷を入れて配って、自分で冷やしながら命を守りながらアリスを見るっていう(笑)。相当これも体験としてもシュールだった、そういう思い出もある作品です。これは1988年の作品になります。多分配信で観られるんじゃないかなと思います。「アリス チェコ」とかで検索してもらえれば、観られると思いますのでぜひ!
渡辺:なるほどねぇ。まあ、シュヴァンクマイエルはね、入れたいところですね。結構なんか美術館とかでも、シュヴァンクマイエル展をやっていたりとか。
有坂:そう、これもまさに図録。奥さんが美術作家で、映画の美術もやっていて、その展覧会のこれは図録になります。 可愛らしいっていう言葉ではとても表せない……(笑)。ぜひ、一度観てみてください!



渡辺セレクト3.『サタンタンゴ』
監督/タル・ベーラ,1994年,ドイツ・スイス・ハンガリー,438分

有坂:きたー! 好きだねぇ。
渡辺:この『サタンタンゴ』っていうのも、まためちゃくちゃすごい映画で、これはなんていうのかね、映画史に残る一本ではあるんですね、間違いなく。まあいろんなところで特徴があるんですけど、一つは、めちゃくちゃ長い。7時間超え! という作品です。それで、監督のタル・ベーラっていう人がですね、とにかく長回しをする監督なんですね。長回しっていうのは、一つのシーンをもうずっとカット無しで撮り続けることを言うんですけど、とにかくずーっと長回しのオンパレードなので、7時間半あるのに、わずか150カットって言われていてですね……。最近のハリウッド映画とかだと、普通の2時間ものの映画でも、多分カット数は1,000とか2,000とかいくんだと思うけど、そのぐらいパン、パン、パン、パンとカット割りをして、もう3分ぐらいでね、3日ぐらいを表現しちゃうぐらい、カット割りでいろんなものが短縮できる。でもとにかくこの作品はもう長回しだし、作品自体長いんですけど、やっぱりその時間体験だからこそ感じられるあの内容だったりっていうのもあるので。
有坂:うん、そうだね。
渡辺:これは本当に寂れた街に、主人公? のイリミアーシュっていう男が、死んだと思っていたけど、街に帰って来るっていう噂話から始まる話なんですね。それで、イリミアーシュが何者なのかは、ちょっと分からないし、「あのイリミアーシュが生きていたらしい」「誰かが見た」そして、「イリミアーシュがついに帰って来るらしい」みたいな噂が駆け巡るという。あの、『桐島、部活やめるってよ』って作品がありますけど、あれもですね、桐島が部活やめるらしいよっていう噂だけの話っていうところだったんですけど、この『サタンタンゴ』も最初はそんな感じなんですよね。「イリミアーシュって誰なんだ?」みたいな。イリミアーシュが帰って来るらしいって。それで、実際にイリミアーシュは本当に登場する。だから、『桐島、部活やめるってよ』とは違ってですね、ちゃんと登場するっていう。ただ、 イリミアーシュが登場する時点で3時間ぐらい経っているんですね(笑)。
有坂:(笑)。
渡辺:だから、前半は本当に『桐島、部活やめるってよ』状態で。でも、それでも面白いから、ずっと観ていられるんですね。その中で、ようやく“あの”イリミアーシュが現れて、そこからまたがらりと雰囲気が変わって、スピードが増して、話が転がり出すという。このなんか寂れた街の雰囲気だったりとか、あとさっきパッケージで3人の男性が並んでいたシーンがありましたけど、あれがまさにイリミアーシュが登場するところで、3人の男が向こうのほうから喋りながら歩いて来て、通り過ぎてまた遠ざかっていくという。そのシーンが、ずっともう歩いてるのをそのまま10分か15分ぐらい。ずーっと向こうから来て通り過ぎて姿が消えるまで、3人の男が喋りながら歩いているだけっていう。そういう本当になんて言うんだろう、長回しの体験というのが本当に堪能できる作品です。なかなかね、観る機会もないし、家だとちょっと辛いと思うんで映画館で観るのがいいんだろうなって思うんですけど。
有坂:逃げられない状況でね(笑)。
渡辺:一応、映画館だと休憩が入るんですけど。
有坂:2回、休憩があるよね。
渡辺:ただですね、これもう観終わった後は、その劇場にいる人たちみんな戦友みたいな感じになります(笑)。
有坂:ハイタッチしたいよね(笑)。
渡辺:「お疲れ様でした!」みたいな。「すごいの観ましたね!」みたいな、そういう感じになれるので。なかなか7時間超えの作品ってそうそうないですけど、という意味でもすごい映画体験のできる作品です。
有坂:コメントで、「7時間寝て起きてもまだやってる感じ」って(笑)。そう、ぼく、この『サタンタンゴ』を観たとき、ちょっと寝ちゃったんですけど、まだやってる感じどころか、シーンが変わってなかったです(笑)。そういう映画。
渡辺:笑! そうなんだよね。
有坂:ちょっと「右から左にあの人が動いたな」くらいしか変化がなかった(笑)。それで、やっぱり映画の時間感覚って、なんか観れば観るほど面白いなと思うようになって、要はみんなそれぞれ、体内の時間感覚って違うと思うんですよね。その自分の時間感覚に合った映画っていうのは、やっぱり眠くもならず、すごく夢中になって観られる。それが、『ミッション:インポッシブル』の人もいれば、『サタンタンゴ』の人もいるんですよ。だから、どっちがいいとかじゃなくて、自分に合ってるか合ってないか。それは内容だけじゃなくて、時間感覚というところもそれぞれ違うので、自分に合ったリズムを見つけるっていうのも、自分なりのいい映画を探すときのポイントかな、という気もします。
渡辺:はい、というわけでで、すごいのいきました。
有坂:なんか、地中海かなんかの特集したときにさ、『マンマ・ミーア!』のときとか、順也あのときはすごく派手な映画というか、わかりやすいラブストーリーとかで攻めたじゃん。今回はどうやってそういうのを入れてくるのかなーと思ったら、ゴリゴリのアート系でしたね(笑)。
渡辺:無理だった(笑)。そっちでいくパターンも考えたんですけど無理でしたね。こっち系の作品はカラーがはっきりしているというか。
有坂:旧ソ連と東ヨーロッパってやっぱりね、暗い映画ばっかりです。
渡辺:そう、最高にエンタメ系だなと思ったのが、コーリャだった。
有坂:と、キン・ザ・ザだよね。
渡辺:キン・ザ・ザね(笑)



有坂セレクト4.『エルミタージュ幻想』
監督/アレクサンドル・ソクーロフ,2002年,ロシア・ドイツ・日本,96分

渡辺:んー!!
有坂:ちょっと予定していたものを変えて、順也の今の『サタンタンゴ』を受けてこれを。2002年に作られた作品です。何で『サタンタンゴ』を受けてこの映画を挙げたかというと、「長回し」っていう話をさっきしていたけど、『エルミタージュ幻想』は、なんと90分ワンカットの映画です。ワンカット編集ゼロ。編集なしで、本番1日で撮り終えるっていう、本当にもう狂気のプロジェクト。
渡辺:ねぇ、1回もだから途切れない。
有坂:そう、これはエルミタージュ美術館ってね、世界遺産にもなっている場所を舞台にしているので、もう第一級の美術品とかが展示されている中で、カメラが主人公に合わせてどんどんどんどん動いていく。美術館の中をずっと主人公が巡っていく、その姿をカメラがずっと追っていくっていう90分なんですけど、ストーリー的には、3世紀にわたるロシアの近現代史を表現してます。部屋が変わると100年後のロシアになって……とか。そのあたりに関しては、ぼくも全然ロシアの現代史とかわからないので、ちょっと理解しきれない部分はあるんですけど、この映画に関しては、もうね“贅”の極み。ぼくは映画館で観たんですけど。これは映画館の大スクリーンで観ると、本当に写っている美術品、アート作品も、出演する役者さんが着てる衣装、今ここにも写っていますね、本当にドレスとかも、どれぐらいするの?って、そこに映り込む人たちみんなが、本当に見たことのないような、もう絢爛豪華な衣装と美術で魅せてくれます。だからもう、目で楽しむタイプの映画のこれはもう極みといってもいい一本かななと思います。
渡辺:これね、ロマノフ王朝なんだよね。
有坂:うんうんうんうん。
渡辺:おれ歴史好きだからさ。
有坂:そう、順也は大好きだよね。
渡辺:ロシアのロマノフ王朝の宮殿が、エルミタージュ美術館なんだよ。だから、あそこでロマノフ王朝の興亡をワンショットで描いたっていう。
有坂:それはすごい。
渡辺:だからピョートル大帝とか、エカテリーナとか、歴史上の皇帝が映っているんだよね。扉を開けるごとに時代が変わるっていうね。だから、ワンショットなのに、すごい時間が経っているっていうやつだよね。
有坂:あれもどんどん、要はワンカットって編集がないってことは、もう観ている人も映画の世界と一体になっていくんですよ。没入感がすごい。後半ね、すごい大パーティーみたいなシーンになっていくんですけど、もうその食事シーンとかは、ぜひ、スクリーンで体験してもらいたいなと思いますね。
渡辺:なるほど。次どうしようかな。ソクーロフを入れようかなと思ってね。
有坂:いいよいいよ、入れなよ。あれでしょう?
渡辺:やめようかな。
有坂:やめんの?
渡辺:ソクーロフ、だって言われちゃったんだもん(笑)。ソクーロフは、『太陽』をこの前、初めて観たんです。
有坂:そうなんだ。
渡辺:そうそう、好きそうでしょ。でも、映画館で観たいと思っていたので、ずっと観ないで。それで「アップリンク吉祥寺」で初『太陽』。最高でしたよ。
有坂:それは4本目?
渡辺:用意していたけど、やめます(笑)。ソクーロフじゃない方でいきたいと思います。



渡辺セレクト4.『ストーカー』
監督/アンドレイ・タルコフスキー,1979年,ソ連・ロシア,160分

有坂:うーむ。
渡辺:ロシア映画でいうと、まぁ旧ソ連時代の巨匠が、アンドレイ・タルコフスキー監督なんですけど、タルコフスキーって、けっこう“難解”みたいに言われるんですよね。僕もけっこう二十歳ぐらいのときとかは、有名だから『ノスタルジア』とか、当時、 VHSとかで借りて観てたんだけど、全部観られたことがなくて。
有坂:わかる! 俺、『惑星ソラリス』、7回目ぐらいでやっと観られたもん。寝ちゃうんだよね。
渡辺:ぜったい寝ちゃうんだよね(笑)。
有坂:わかるわかる(笑)。
渡辺:一回もまともに観られたことがなくて、でも、それはちょっとさすがにやばいと思って、今年、特集上映やっていたの。ユーロスペースで。 それで『ストーカー』を初めてちゃんと観たら、観られたんだよね(笑)。そうなんだよ、これ20代では無理だよって思って。寝ちゃうもん。まぁ、そのぐらい結構、映像詩人って言われていて、言葉の説明とかストーリー性とかっていうよりかは、なんかその映像の雰囲気で魅せるタイプの監督なんですね。
有坂:うん。
渡辺:で、この『ストーカー』っていうのはどういう話かって言うと、いわゆるストーカーの話ではないです。あの女の子を追っかけますとかではなくてですね、 SFなんですよね。あのタルコフスキーって、けっこうSF作家で、これがどういう内容かっていうと、ある日突然「ゾーン」っていう、謎の空間が出現して、冒頭のアナウンスでその世界観が説明されるんですけど、ある日ゾーンが現れて、政府は軍隊を派遣したけど、その軍隊が一瞬で全滅してしまった。だからそのゾーンは「立ち入り禁止区域として今もある」、みたいなそういう設定が、冒頭で説明されるんですね。ゾーンって何なんだ、みたいなところから始まるんですけど、そのゾーンに、実は入っていくと億万長者になれるとか、不老不死になれるとか、欲しいものが手に入るとか、まことしやかにそういう噂が実は市民の間では広まっているんですね。あとは、そのゾーンは超危険地帯なんですけど、その中に行き来できる人が一部いる。それで、その人たちのことを「ストーカー」って言うんですね。で、ストーカーに頼んで「願いがあるから中に連れていってほしい」みたいな、そういう人たちが出始めているっていう物語ですね。主人公は、そのストーカーなんですけども、そこに依頼が二人の男性からきて、ゾーンに連れて行ってほしいと。で、ゾーンの中に入っていくっていう話なんですね。その中で、なんで彼らはゾーンに入りたかったのかとか、そういうのがだんだん明らかになっていくという展開なんですけど。その中で、そもそもゾーンって何なんだろうとか、そういうのがはっきりしないまま、話は進んでいったりするんですけど、そういうところに、なんかこう「これって何なんだろう?」って考えさせられる余白があったりとかする。
有坂:うんうん。
渡辺:そういう部分がね、昔はまったくわからなかったんだけど、そこがすごいわかるようになってきて。で、ちょっと自分なりに考えたのは、この映画がつくられたのが、1970年代なんですね。だからまだソ連時代で、まあそれでもソ連の末期だと思うので、そのゾーンっていうのが、当時のソ連からしたら、西側諸国に対する恐怖みたいな、なんかちょっと不安、恐怖みたいなものが、そういうので表現されていたんじゃないかと。で、なんか共産主義とかソ連の体制を信じてはいるんだけど、でも「実はその外側にもっといい世界があるんじゃないか?」とかっていうのを思い始めているみたいな。それをなんかタルコフスキーが表現したことなんじゃないかなと。それが合っているかどうかちょっと分からないんですけど、それぐらいまで何か感じられるようなぐらいには、観られたんですね。
有坂:(笑)。
渡辺:昔はそんなことなかったのに、40代になったら、なんとなくちょっと見えてきたものがあるみたいな、というのがあって、それがすごいタルコフスキーを、新しく味わえたっていうね。でも、ちょっと作品としては、すごい難解な部類には入るので、紹介するにはどうかなっていうのはちょっと思っていたんですけど……。
有坂:コメントが今きましたよ。「ゾーンは西側かもしれない! 面白そ~う!」
渡辺:そう、なんかちょっとそういう読み解ける余地みたいなものがね、ある作品なんですよね。コメント、「ハッピーエンドなんだろうか…」ときてますね(笑)。
有坂:あと、ストーカーは廃墟好きな人は絶対に観たほうがいいですよね。
渡辺:そう、ゾーンの中がね、廃墟なんですよね。
有坂:その廃墟をどれだけ美しく撮るかっていうのに、執念を燃やしてつくった映画なので、おすすめだね。あっ、廃墟に反応した人がいる!
渡辺:笑! ほんとだ。そうですね。なんとなく、今の感じを持って観たら、また見え方が変わるかもしれないので。 ぜひぜひ!
有坂:でっかい廃墟です! おすすめです。



有坂セレクト5.『素敵な歌と舟はゆく』
監督/オタール・イオセリアーニ,1999年,フランス・スイス・イタリア,117分

渡辺:おおーほほほ。
有坂:最後5本目は、順也4本目を受けて再び予定を変えて。
渡辺:なんでだろう? つながるの?
有坂:これはグルジアの監督。今、ジョージアですね。ジョージアのオタール・イオセリアーニっていう人が作った映画なんですけど、タルコフスキーが旧ソ連のときに、現代ソ連で一番尊敬する監督はって言われて、イオセリアーニって言った。
渡辺:そうなの!?
有坂:その巨匠のタルコフスキーも尊敬するのが、オタール・イオセリアーニという人です。そのイオセリアーニは、ジョージアでずっと映画を作っていたんですけど、この『素敵な歌と舟はゆく』からは、拠点をパリに変えて、生活拠点も変えるんですよね。それで、パリに住みながら、パリで 映画をつくるようになります。イタリアでもね、つくったりと、割とフットワークの軽い人です。それで、今日紹介した映画は、特に順也のラインナップは、かなりね、ずーんとくるようなヘビー級の映画が多いんですけど、もうね、そういう旧ソ連・ジョージアが嫌で、イオセリアーニは飛び出したんじゃないかなっていぐらい、彼の映画は、このパッケージのビジュアルのとおり、すごく軽快なコメディ。
渡辺:そうだね。ノンシャランって言われる。
有坂:そう「ノンシャラン」っていう言葉をね。このパッケージにも「人生、ノンシャランといこう」と書いていますけど、そういったタイプの映画です。で、ちょっとこれ、何ていうんでしょう、群像劇なんですよね。はっきり「この人」っていう主人公が一人いるわけではなくて、パリ郊外の大きな屋敷が舞台で、そこに出入りする人とか、関わる人たちの日常のスケッチになっています。ちょっとこれ物語、読みます。どんな内容か。「 パリ郊外の大きな屋敷。中では楽しげなパーティーが開かれている。パーティーの主役は、この屋敷に住む家族の母親。仕事をバリバリこなすやり手実業家。派手なパーティーが大好きで、今日も大勢の客を招いて大騒ぎ。一方、父親は大のワイン好きで、1人部屋にこもり愛犬のラブラドールと一緒にお気に入りの鉄道模型を眺めてご満悦。その息子ニコラは毎朝スーツに身を包み、家を出たかと思うと、途中でラフな服に着替えて、パリ市内へ。そこでなんと物乞いやバイトをしている。そんなニコラは今日もまた浮浪者とつるんだり、カフェの女の子に恋したり……」という映画です。
渡辺:うん。
有坂:……「だから何?」っていう。「ここから物語がすごい展開してくんでしょう?」って思うかもしれないんですけど、おおよそこんな内容の映画です。なので、何かが起きそうで何も起きない。何も起きてなさそうで何か起きてる。っていう本当に自分たちの日常にも重なるような内容なんですけど、これがね、ほんと不思議とずっと観ていたくなるような魅力があるんですね。なぜなら、たぶんそれは監督の人生観だったりとか、ノンシャランといこうというくらいの人なので、すごく人生を彼なりに肯定していて、その肯定感みたいなのが、物語だけじゃなくて、例えばキャラクターの行動だったり、そこで流れる音楽だったり、画面に差し込む光の美しさだったり、いろんな形で表現されているんですね。だから、もうこの『素敵な歌と舟はゆく』という作品は、これはもう小説でも表現できないし、演劇でも表現できない、映画だからこその本当にこの気持ちよさ。心地よさ。芸術作品になっているかなと思います。
渡辺:うんうん。
有坂:これもう、ぼく個人的にはオールタイムベストに入ってもいいぐらい、イオセリアーニを知った一本でもありますし、この後に『月曜日に乾杯!』っていう、 また同じようなね内容の映画が公開されたので、ぜひ併せて観てほしいなと思うんですけど、ぜひこの『素敵な歌と舟はゆく』を観るときは、ワインを片手に観てください。もしくは、すぐ寝ちゃうかもという人は、ワインを準備して観てください。途中でね、めちゃくちゃおいしそうに、おじさんたちがワインを飲んで歌い始めるんで、そのときは必ずあなたもワインを飲んで! 参加していただけたらと思います。めちゃくちゃオススメです。イオセリアーニの第9作目の作品です。
渡辺:なるほどね、いいよね、これね。
有坂:最高! あっ、ジャック・タチとかが好きな人にはおすすめかもしれない。
渡辺:基本的に人生賛歌なんだよね。
有坂:そうだよね。
渡辺:もう酒を飲んで、友達と笑っていれば、うまくいくよ! みたいな。
有坂:こんな感じの人が出てくる(自分たちをさしながら)。
渡辺:そう(笑)。「悩んでいたってしょうがないよ」って背中押してくれる作品なので、もう飲んじゃうよね。
有坂:飲んじゃう飲んじゃう。
渡辺:『月曜日に乾杯!』なんてさらにね。
有坂:そうだよ、仕事に行こうとして「やっぱ仕事行きたくねぇなぁ」って言って、行く方向を変えて、ベニスに入っちゃうっていう(笑)。ファンタジーですけども。月曜や日曜に観ちゃいけない映画だよね。
渡辺:本当に。
有坂:では、最後5本目、何がくるのかな?
渡辺:もう、これはヘビーでいきますよ!
有坂:笑!
渡辺:こうなったら(笑)



渡辺セレクト5.『異端の鳥』
監督/ヴァーツラフ・マルホウ,2019年,ウクライナ・スロバキア・チェコ,169分

有坂:ふふっ……。
渡辺:去年公開だったかな? ぼく、去年のトップ10にも入れたんですけど、これはもうめちゃくちゃすごい映画で、かなり重厚なんですけど、もう本当に素晴らしい映画で。これ舞台は東欧のどこかっていうことで、時代設定も場所も特定せず、 という内容になっていて、おそらく東欧のポーランドとか、そのあたりで、時代的にも第二次世界対戦が終わるくらいみたいな、なんとなくの設定で、主人公は男の子なんです。ジャケットでこのカラスと向き合ってる男の子です。彼が身寄りをなくしてしまって、それで転々といろんな家に居候になったりとか、働きに出たりとかっていう話なんですね。ざっくり言うと。それで、よく昔話だと、「昔々あるところに男の子がいて」みたいな、「意地悪ばあさんに酷い仕打ちを受けて」みたいな、そういう話ってありますけど、本当それの実写版みたいな感じです(笑)。で、いい人が出てこないんですよね。この主人公の男の子が、もう意地悪ばあさんとか、じいさんにひたすらいじめられながら、生き延びるためにいろんな家を転々としていくっていう、こう悪夢のおとぎ話みたいな。
有坂:地獄絵図だよね(笑)。
渡辺:内容、今のを聞くと相当辛いなと思うんですけど、これ映像がね、めちゃくちゃ綺麗なんですよね。このポスターもモノクロですけど、全編モノクロの作品です。映画自体は2019年なので、新しいんですけど、映像美がめちゃくちゃ素晴らしいんですよね。どのカットを取ってもなんか写真集になるぐらいの、そのぐらいの絵力が強くて、クオリティがめちゃくちゃ高いんですよね。なので、映っている姿は酷いんですけど、映像がめちゃめちゃ美しいので、ずっと観ていられる、っていうタイプの作品なんですよね。それで、酷い目に遭いながら、少年なんですけど、転々としていくうちに、少年自身も成長していきながら、時代もちょっと最後「落ち着くのかどうなのか?」みたいな感じにはなるんですけど……。もう本当に、これを観たときは結構衝撃を受けて、観終わった後も「すごいもの観たな」っていう力強さと、本当に絵力がめちゃくちゃすごかったので、これはもうずっと残る作品だなっていうふうに思いました。これ「どこがつくっているんだろう?」と思ったら、どこだっけな? ウクライナとか、スロバキアとチェコも入っていたかな。かなりですね、東欧も東欧っていうですね、マニアックな国がつくった作品なんですけど、でも、ハーヴェイ・カイテルとか、ハリウッドの役者とかもね。
有坂:そうだね、タランティーノ映画に出てくる。
渡辺:あと、ウド・キアだったりとか、ちょいちょい有名な作品に出ているヨーロッパ、欧米の役者がですね、ちょいちょい出ているんですね。
有坂:出てくると、ほっとするよね。「ハーヴェイ・カイテル出てきた!」って。ドキュメンタリー観ているかのような感じのところに、知っている顔が出てくるとほっとする。
渡辺:そうだよね。で、これは『異端の鳥』っていうタイトルなんですけど、原題は『The Painted Bird』っていう。ペインテッドバードっていうのは「ペンキを塗られた鳥」っていう意味で、劇中のシーンにも出てくるんですけど、鳥がですね、ペンキを塗られた鳥を空に離して群れに戻すとですね、そのペンキを塗られた鳥が、群れから集中的に攻撃されて死んじゃうっていう、そういう場面が、シーンがあるんですね。それは、もともとそういう習性があるみたいで、ちょっともう異物だと思ったら、群れに入ってきたものを攻撃して追い払うっていう。それが、『異端の鳥』っていう日本のタイトルになっていて、このテーマとかを表してるんですけど、やっぱりちょっと異物が来ると人っていうのは排除したがるんですよね。それが、この少年が異物になる場合もあるし、その裏に何かこう違う人が入って来て、村人が追っ払うみたいなシーンが、背景であったりするんですけど、それがこのなんか戦時下のちょっと荒んだときに、そういう人間のこう闇の部分が現れてしまうんですね。そういうのがこう表現されている作品なので、何かそれがね。しかも公開されたときが、なんかあのトランプ大統領が「メキシコ帰れ! 」みたいに言っていたときだったりしたので、それが響いたんですよね。
有坂:うんうん。
渡辺:なので、やっぱり映画ってその時代を映すメディアだったりするので、そういう時代には、そういう作品がつくられて、それがやっぱり、そういうニュースとかを見ているから、自然と心に響くものだったりするので、何かそういう記憶がまだあるうちに、これも観ていただけると響きやすいんじゃないかなと思います。
有坂:本当になんか、地獄を見せられてるような感じなんですけど、映画が終わって日常に戻ると「ああ良かった……」って。天国にいるかもって。映画ってそういう効果もあるよね。本当に辛い映画、内容を観れば観るほど、やっぱり自分の今いる現実のありがたみとか、幸せな部分が、逆に映画を通して見えてくるということもあるので、恐れず、まあコンティション的にね、ベストコンディションになったときにぜひ。今日、順也が挙げた作品は、ベストコンディションで観てくださいと(笑)。
渡辺:そうね(笑)


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有坂:という5本ずつ計10本紹介しましたが、いかがだったでしょうか? みなさん、観たことがあるっていう映画ってありました? もしくは、これすごい好きとか。あの映画はないでしょとか。
渡辺:笑
渡辺:今日のだと一番、もし観ているのだとしたら。
有坂:​​キン・ザ・ザか、アリスかな?
渡辺:エルミタージュ幻想とか?
有坂:ちょっとね、途中で話したんですけど、やっぱりその旧ソ連と東ヨーロッパの映画って、なんかどうしてもそういう暗い部分とか、影がある作品ばかりで、そこをね、無視して選ぶことはなかなか難しかったんですけど、やっぱり普段あんまり観ないような、例えば重い映画はあまり観ないよって人も、たまに観るとね、違った刺激があったりとか、やっぱり昔は苦手だったけど、まあ順也が昔、タルコフスキーがあれだったけど、やっぱり歳を重ねると、不思議と受け入れられるようになって、受け入れられた自分のことが好きになったりするよね。「良かった、成長している」って。そういうところもあると思うので、ぜひ恐れず、今日の10本を観ていただけたらと思います。もう個人的にはね、この10本をこれから観られるなんて羨ましいって感じだよね。そういうことで、じゃあ映画の紹介のほうは以上なんですけど、何か最後にお知らせがあれば。
渡辺:そうですね、キノ・イグルーのイベントも延期になってたものが、やり出したりします。次が10月10日かな。10月10日に、ライブハウスで映画『音楽 』、アニメのですね、を上映するという企画で、静かなロックバンド「SPORTS MEN」の演奏付きという形で、久しぶりにイベントを、生のやつをやります。それもちょっとぜひ!
有坂:絶賛予約受付中で、まあライブと映画上映が楽しめる。さらに『音楽』をつくった監督にも来場していただいて、舞台挨拶もありますので、それを代官山の「晴れたら空に豆まいて」でやりますので、最高の音響でぜひお楽しみいただけたらと思います。
渡辺:あとは。
有坂:10月16日、17日に横須賀美術館で、延期になっていたたね、夏のシネマパーティーをやります。ウェス・アンダーソンの『ムーンライズ・キングダム 』を上映しますが、まだちょっと情報が出せていないのですが、10月に入ってから、こちらは予約受付開始いたしますので、ご興味ある方はぜひ遊びに来てください! 
渡辺:ぜひ!
有坂:はい、ということで今月のキノ・イグルーの「ニューシネマ・ワンダーランド」は、これをもって終了となります。みなさん、遅い時間までどうもありがとうございました!
渡辺:ありがとうございました!
有坂:また、来月もよろしくお願いします!


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選者:キノ・イグルー(Kino Iglu)
体験としての映画の楽しさを伝え続けている、有坂塁さんと渡辺順也さんによるユニット。東京を拠点に、もみじ市での「テントえいがかん」をはじめ全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映。その活動で、新しい“映画”と“人”との出会いを量産中。