あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今月の映画部門のテーマは、「もっとおじいちゃんが好きになってしまう映画」です。その“観るべき10本”を選ぶのは、マニアじゃなくても「映画ってなんて素晴らしいんだ!」な世界に導いてくれるキノ・イグルーの有坂塁さん(以下・有坂)と渡辺順也さん(以下・渡辺)。今月も、お互い何を選んだか内緒にしたまま、5本ずつ交互に発表しました! 相手がどんな作品を選んでくるのかお互いに予想しつつ、相手の選んだ映画を受けて紹介する作品を変えたりと、ライブ感も見どころのひとつです。


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お時間の許す方は、ぜひ、このYouTubeから今回の10選を発表したキノ・イグルーのライブ「ニューシネマ・ワンダーランド」をご視聴ください! このページは本編の内容から書き起こしています。




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−−−乾杯のあと、恒例のジャンケンで先攻・後攻が決定。2か月連続で有坂さんが勝利し、先攻を選択。お互いになんかかぶりそうな予感を抱きつつ、クラフトビールを片手に、大好きな映画について語り合う、幸せな1時間のスタートです。


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2005年のアメリカ映画。『世界最速のインディアン』です。


有坂セレクト1.『世界最速のインディアン』
監督/ロジャー・ドナルドソン,2005年,ニュージーランド、アメリカ,127分

渡辺:うーん! そうだね。
有坂:おじいちゃんといえばこの映画です。これは僕、本当に大好きな1本で、ことあるごとに紹介してるんですけれど、主演はアンソニー・ホプキンス。一番有名なのは、ハンニバル・レクター博士、『羊たちの沈黙』のアンソニー・ホプキンスが主演した、ヒューマンドラマになっています。舞台はニュージーランドの小さな街です。アンソニー・ホプキンス演じるバート・マンローという男は、もう60歳を超えて年金暮らしをしているような男です。タイトルにもある「インディアン」というのは、バイクの名前ですね。1920年型のインディアン・スカウトという、僕はあまりバイクは詳しくないんですけど、知る人とぞ知るバイクで、そのバイクで世界最速記録を出すことを夢見ている、おじいちゃんの話です。おじいちゃんになってまでそんな記録目指して大丈夫なのって、一見思ってしまうんですけども、やっぱり実際、このニュージーランドの小さな街でも、そんなおじいちゃんは、ちょっと風変わりな人として見られています。でも、彼の中では、やっぱり一つ、自分が目指している夢があって、その夢に向かって信念を持ってバイクの改造に改造を重ねて暮らしているという。そんなヒューマンドラマになっています。
渡辺:はい。
有坂:この映画って、どんな人にでも勧められる映画。それはなぜかっていうと、悪い人が出てこないんですよ。悪い人が出てこないにもかかわらず、ちゃんとその夢の部分、夢を追っていくっていうポジティブな部分で、めちゃくちゃ感動できる。ちゃんと、その感動に深みがあるんですね。なかなか、そこが両立する映画って限られているなと思っていて。やっぱり、わかりやすい悪役をつくって、その悪役を攻略できたから感動できますっていうのが多いんですけど、そうではなく、本当に観ていて心地の良い映画でもあります。このバート・マンローという役は、実は、実在する人なんです。実話を元にした物語となっています。結構、映画にするにあたって、だいぶいろんな要素を足しているらしいんですけれど、大枠の部分、何歳になっても夢を諦めないで、世界最速記録を目指すという人は実在していたそうです。なので説得力、実話ならではの説得力もありますし、とにかく夢を追い続けている人って、簡単に夢が叶わないからこそ、60何歳になってもチャレンジし続けているんですね。そのプロセスの中で、やっぱり自分自身もいろいろ傷ついたりとか、いろんな人の痛みを共有したりとかっていうことがあるからなのか、やっぱり人間としてすごく懐が大きい。変人って言われるんですけど、実は、誰とでも分け隔てなくコミュニケーションが取れたりとか、マイノリティの人にも当たり前のようにコミュニケーションが取れる。周りの人は、なんかちょっと違和感があっても、バート・マンローはすごく当たり前のようにコミュニケーションが取れるとか、やっぱりそれって自分自身が受けてきた偏見とかもちゃんと受け入れて、それでも前に進んでいる人ならではの人間性なのかなと思いました。今回、僕は5本選ぶにあたって、1個ルールというか決めていて、全作品、やっぱりおじいちゃんと言ったら名言。名言語りたがりなんですよ、おじいちゃんって。なので、全5作それぞれの映画の名言を、最後に紹介したいと思います。『世界最速のインディアン』の名言は、このまさにバート・マンローが言った一言。

「リスクを恐れてはいかん。それが人生のスパイスになる。それが生きるということなのだ」

というですね。リスクばかりを負って、全力で前を向いてきた彼ならではの名言も、劇中のどこかに登場しますので、ぜひ、バイクに興味がなくても全然大丈夫なので、ぜひ、多くの人に観てもらいたい、良質なヒューマンドラマとなっています。
渡辺:意外と観られないんだね。
有坂:配信で観られないんだ。映画館でも、また観られたりするからね。
渡辺:これね、超危険だからね。砂漠みたいなところを、ビューンって一直線に走って記録を目指すんですけど、超危ないんですよね。そういうのに挑戦し続けているおじいちゃんっていうね。
有坂:映像もかっこいいんだよね。
渡辺:そうそう。
有坂:スピード感もすごいので、絵的な面白さもあるし、物語もぐっと来ると。「リスクは人生のスパイス」だそうです。
渡辺:なるほど、そうきましたね。じゃあ、俺もちょっとその路線で、1本目いきたいと思います。僕の1本目は2008年のアメリカ映画です。



渡辺セレクト1.『グラン・トリノ』
監督/クリント・イーストウッド,2008年,アメリカ,117分

有坂:ああ、出た!
渡辺:これは、クリント・イーストウッド監督主演の作品となっています。まあ、イーストウッドね、もうイーストウッド自身がね、おじいちゃんとして現役バリバリでも活躍し続けているという人なんですけど、やっぱりイーストウッドの最高傑作じゃないかなっていうぐらい、高みに上がった作品です。
有坂:そうだね。
渡辺:どういう内容かというと、このイーストウッドおじいちゃんが主人公なんですけど、退役軍人です。朝鮮戦争に従軍していた退役軍人なので、アジア系嫌いという偏屈おじいちゃんです。もう、ことあるごとに差別発言をして、アジア野郎は嫌いだみたいな。でも、こう現代のアメリカっていうのは、アジア系の移民とかもすごい増えてきていて、近所にもアジア系がすごい増えてきていると。この『グラン・トリノ』っていうタイトルが、このおじいちゃんの愛車の名前がグラン・トリノって言うんですけど、あるとき、その愛車のグラン・トリノを盗もうとする不良グループがいて、それを追い払ったんですね。それがアジア系不良グループ。それで、そのときに捕まったのが「タオ」という少年なんですけど、実は、話を聞くと、このタオ少年は、不良グループにこき使われていて、それで車を盗んでこいと言われて、どうやら無理やりやらされていたということが分かった、というところから、この老人と少年の交流が始まっていきます。それで、だんだんこのタオ少年と心を通わせていく中で、タオ少年も心を入れ替えて、不良グループから足を洗いたいというようになっていく。でもなかなかそうもいかず、というところで、このアジア嫌いだった老人が、アジア少年のために立ち上がっていくっていうところがあるんですけど、これがね、もう感動するし、もう「おじいちゃんかっこいい!」ってなるしですね。本当にすごい、おじいちゃんになってかっこいいイーストウッドっていう作品なんです。なんか、少年と心を通わせていくステップとか、エピソードとかもすごく自然でいいし、自分の「アジア系は嫌いだ」みたいな偏見を、年寄りって、やっぱり偏屈じいさんって、スタンスを変えられないんですけど、やっぱり本音のスタンスっていうのは、自分の味方は守るみたいな、そういうところがいい方に出て。そして衝撃的って言っちゃうと、あんまりあれなんですけど、本当にラストまですごい見せてくれるっていう作品になってます。本当に映画としてもすごく素晴らしいんですけど、こういうプライドを持ってというか、最後まで戦い抜くというか、守るべきものを守るとか、自分の気位が高いというか、そういう立ち位置を貫き通すみたいな、そういうおじいさんっていうのも、かっこいいなと思わせてくれる作品となっています。
有坂:これさ、映画の前半、イーストウッドが、本当に変屈ジジイな場面が、結構長いじゃん。あの場面だけ観ると、本当に「もっとおじいちゃんが嫌いになる映画」なんですよ。
渡辺:そうだね(笑)。
有坂:でも、終わってみたらまったく反対までいける。その振り幅を、物語として描けたことも素晴らしいし、やっぱりイーストウッドっていう人自身が、『ダーティハリー』とか、割と自分が主役でいろんな人と戦ってきて、そういうものが彼の肉体に宿っているので、やっぱりイーストウッドならではの説得力もある。さっき順也も言いましたけど、ラストがね。あんなラストだよね。とても言えないですけど、僕はもう嗚咽しそうで、覚えているのが、「新宿バルト9」で観て、終わった後、新宿駅まで歩いて、なんか高架、あそこを歩いているときに思い出し泣きした。
渡辺:笑。
有坂:「まだ、駅まで行けない」と思って、そこでちょっとひと泣きしてから、電車に乗ったっていうのをすごい覚えてます。ぜひこれはね、観てもらいたいし、本当に一番脂が乗っているときのイーストウッドといってもいい、同じ年に、アンジェリーナ・ジョリー主演の『チェンジリング』も公開されてるんですよ。そっちも傑作で、同じ年にこんな2本つくれるって、本当ね、イーストウッドってもう一人いるんじゃない? ぐらい勢いに乗っている時代のイーストウッドです。
渡辺:本当に最高傑作!
有坂:これ観られるね。
渡辺:アマプラでもやってるし、ぜひ観てみてください。
有坂:では、僕の2本目、いきたいと思います。これも取られたくなかった1本です。



有坂セレクト2.『マイ・インターン』
監督/ナンシー・マイヤーズ,2015年,アメリカ,121分

渡辺:うんうん!
有坂:おじいちゃんっていうとね、ちょっとローカルなイメージがありますけど、ちょっと都市型のおじいちゃんです。『マイ・インターン』は好きな人も多いかなと思いますが、一応、物語を簡単に説明しておくと、アン・ハサウェイ演じるジュールス。彼女は、ニューヨークを拠点にした人気ファッションサイトのCEOを務めている、スタートアップ企業の社長です。彼女は、仕事と家庭を両立させながら、みんなから羨ましがられるような人生を歩んでいるという人なんですけども、ところがある日、人生最大の試練が訪れるというときに、インターンとして雇われたのが、この(写真の)左側にいるロバート・デ・ニーロ演じるベンです。シニア・インターンとして会社の福祉事業の一環として雇われているので、全然アン・ハサウェイ演じるジュールスからすると、何の期待もなく、福祉事業だからという形で雇ったものの、なかなか会社が本当にうまくいかず、彼女自身もどんどん追い込まれていく中で、ジュールスとのコミュニケーションが生まれ、彼からいろんな助言を、アドバイスをもらっていくうちに、二人が心を通わせていくという物語となっています。この映画は、やっぱり『プラダを着た悪魔』が、これよりも前に公開されていて、これ『プラダを着た悪魔』の続編として観ると、また面白いんだよね。あの雑誌で働いていた彼女が、同じファッション業界でもちょっと職種を変えて、CEOになったのかと思うとグッとくるんですけども、やっぱりそっちのイメージが強いので、もうちょっと彼女がメインの華やかな映画かなと思いきや、このロバート・デ・ニーロがね、本当に久々に素晴らしい役をやったな。これ、オスカー獲ってないんだよね。
渡辺:うん、獲ってないね。
有坂:これは、アカデミー賞を獲ってもいいんじゃないかなっていうぐらい、素晴らしいデ・ニーロの演技が堪能できる作品となっています。やっぱり、さっきのイーストウッドじゃないですけど、やっぱりロバート・デ・ニーロもいろんな役柄を演じて、やっぱりそんな彼からしか滲み出ないようなオーラ。言葉にできないようなオーラみたいなものが、このシニア・インターンのベンの説得力にもつながっているんじゃないかなって、個人的には思いました。なんか、やっぱり酸いも甘いも分かっている人なので、あくまでも社長を立てながらも、何かあったときに絶妙な一言を言ったりするんですよね。社長に直接何かを聞くんじゃなくて、周りからいろんな情報を得て、状況を確認していくとか、やっぱりこの右肩上がりで何の失敗もなく来た人ではなくて、おそらく彼もいろんな苦労があったんだろうなっていう懐の大きさが、もう言葉にせずとも、オーラで滲み出ているっていうのが、やっぱりこの役の素晴らしいところじゃないかなって思いました。映画としてはやっぱりスタートアップ企業らしい自由な雰囲気と、一方でシニア・インターンのベンの古き良きやり方、「一番大事なことはメールではなくて直接話した方がいい」とか、そういうどっちがいいじゃなくて、どっちの良さもあって、そこをうまくこの会社の中で活かしていくというところが、楽しめる作品でもあるのかなって思います。で、この映画の名言、ロバート・デ・ニーロ先生の名言は、

「あなたがしてきたことは、誰にでもできることじゃない。あなただからできたんだ」

……っていうことを言うんですよ。これは、アン・ハサウェイ演じるジュールスが、本当に追い込まれて、もう自分にどんどん自信がなくなっていったときに、誰でもいいところはあると、そこをちゃんと見つけて、褒めてあげることができるベンの良さが表れている言葉だなと思いました。やっぱり自信がないときって、どんどん視野が狭くなってくるけど、それを客観的にアドバイスしてくれるベンみたいな人が、「あなただからできたんだ」っていう一言、この一言でどれだけ救われるか、自分の心を一回もっと広い視野に戻すこともできるような、大きなきっかけになった名言じゃないかなと思います。これは、僕が今話すよりも、もちろん劇中で見た方が100倍感動するんで、ぜひ観てほしいし、こんなおじいちゃんいたらいいなって思うと同時に、こんな上司がいてほしいと思う人も多いんじゃないかなと思います。
渡辺:今、観られるね。アマプラでも。
有坂:コメントで、「昔、上司がデ・ニーロにそっくりだった」。
渡辺:笑。
有坂:これ、「デ・ニーロにそっくりだっただけだ」とね。
渡辺:顔かな?
有坂:ちょっとサイコパスなデ・ニーロにそっくりだと、ちょっと大変だけど、このベンみたいなデ・ニーロが上司だったら本当に理想的だよね。
渡辺:定年退職して、それから来てるんだよね。
有坂:そうそう。
渡辺:だから、ベテランの厚みというか、言葉の厚みがあって経験豊かなところが本当に絶妙にいい味出してて。これは本当に、いいおじいちゃんの、ギリギリ現役のいいおじいちゃんっていう感じですね。
有坂:やっぱり、デ・ニーロも、基本的に前に前に出る演技は得意じゃない? ちょっとサイコパスな役とか。だけど、これだけ受け身の演技でこんな上手いんだなって初めて知ったぐらいな一本だったので、個人的にはデ・ニーロ映画の中でも大好きな一本です。はい、ぜひ観てみてください。
渡辺:そうだね、主演じゃないところでね。
有坂:なんか助演とかだと、嫉妬とかするんじゃないかと勝手にイメージしていて、こんなに主演を引き立てられるようなこともできるんだなと発見でした。
渡辺:なるほど。はい、じゃあ、続けて僕の2本目は、2015年のスウェーデン映画です。



渡辺セレクト2.『幸せなひとりぼっち』
監督/ハンネス・ホルム,2015年,スウェーデン,116分

​​有坂:うんうん!
渡辺:この作品もですね、主演は頑固おじいちゃんです。街にいる、なんかゴミ捨て間違えたら、すごく注意してくるおじいちゃんみたいな、そういう人が主人公です。もう街でも有名な偏屈ジジイで、ちょっとルール違反みたいなのをしたら、すげー言ってくるっていう。若者とかにも、ちょっとウザがられているっていうおじいちゃんが主人公なんですけど、あるとき近所に、イラン人の家族が越してくるんですね。その陽気なイラン人家族が越してきて、なんかルールが分からないから、いろいろ聞いてくるんですね。最初はもうウザがって、相手にしないんですけども、しつこく何度も聞いてくるから答えているうちに、だんだんその家族との交流が生まれていってという中で、この偏屈おじいさんの過去みたいなものも、フラッシュバックで描かれていって、「どういう人物なのか?」みたいな、どうしてこういうふうになったのかみたいなことも描かれていくうちに、感動が待っているというタイプの作品です。これは、映画コメンテーターのLiLiCoさんが、人生ベスト1ぐらい大絶賛している。LiLiCoさんもスウェーデン出身なんで、激推しの作品なんですけど、このおじいさん、実は最愛の妻っていうのを少し前に亡くしていて、仕事もクビになってしまっていて、もう行き場をなくしていて、家でもう首をくくろうかと思っていたときに、イラン人家族が越してきて、いろいろ尋ねてくるから、首を吊る暇もないみたいな形で巻き込まれていくっていうことなんですけど。やっぱり過去がフラッシュバックされていく中で、いろいろこの地域のために貢献しようと思って、ルールを守って、一生懸命やってきていたっていう過去だったりとか、それがうまくいかなくなって、最愛の人もいなくなって、本当に偏屈なほうにそれが出てしまっていたっていうのが、だんだんわかってくる、それがイラン人家族と出会うことで、またそれを見つめ直して、ちょっと違う方に生きる、生き甲斐というか、生きる目的っていうのを見つめ直していくっていうお話になっています。なんか、こういうルールにうるさい偏屈おじいさん、「近所にいたよな」みたいな。そういうのも思い出させてくれつつ、そういう人にも、そうなる理由とか過去とかっていうのはしっかりあって、また、「ちょっとしたきっかけでそれって変わるよね」とか、「そういう人にもいいとこあるよね」みたいなことを、ちゃんと気づかせてくれる作品になっていて、本当によくできていて、ちゃんと感動させてくれる作品です。これ、実はハリウッドでリメイクをされました。そのリメイク権を買ったのがトム・ハンクスで、トム・ハンクス主演で『オットーという男』っていう名前で、今年、劇場公開されています。もう本当にそのまま、トム・ハンクスが偏屈じいさんでっていう内容になっているので、割と忠実にリメイクされているんですけど、まぁそれだけ原作というか、元ネタがいい作品ではあるんですよね。やっぱりちょっと偏屈じいさんみたいのが、『グラン・トリノ』も『世界最速のインディアン』もそうなんですけど、でも、その中を知ると、「ちょっといいところあるじゃん」とか、「だからこういうふうになったのね」みたいなところも、気づかせてくれる良作となってますので、これもぜひ機会があれば、これもアマプラでやってるのかな?
有坂:やってるね。
渡辺:観やすいので、ぜひ、できればこのスウェーデン版の方が、僕は好きだったんで、こっちもいいと思います。
有坂:観比べるのも面白いよね。なぜトム・ハンクスがリメイクしたかったのかっていう、何かその違いがもしあればね、そこにトム・ハンクスのこだわりが見えたりして。『グラン・トリノ』とちょっと設定は似てるよね。
渡辺:そうだね。
有坂:やっぱり、自分たちがずっと暮らしてきた場所に、別の国の移民とかが入ってくる。そうやって日本だとやっぱりなかなかね体験しづらい部分ではあるけど、もうヨーロッパでは、それが当たり前になってきていることを、もう映画の世界では何年も前からね、物語として描いているので、なんかその目線で観るのも面白いかもね。やっぱりそういうときに、壁になるのはじいさんなんだね(笑)。
渡辺:実はね(笑)。
有坂:アメリカのテキサスとか大変そうだもん。
渡辺:一番動かなそうな人がね。そこが動くと変わるっていう。
有坂:そうだね。でも、やっぱりそういうなんか、順也がさっき言ったみたいに、このじいさんにも過去があって、「なんでこうなっちゃったんだろう?」って想像力を持つことは本当に大事だよね。
渡辺:そうだね。
有坂:やっぱりそれがあるかないかで、未来は全然変わってくるなと思うので。はい、じゃあ、僕の3本目はドキュメンタリー映画いきたいと思います。



ビル・カニンガム&ニューヨーク
監督/リチャード・プレス,2010年,アメリカ,84分

渡辺:うーん、だよね。
有坂:さっき、アン・ハサウェイの『マイ・インターン』で、ちょっとファッション業界の作品を紹介したので、同じファッションつながりでいきたいと思います。ビル・カニンガムという人は、フォトグラファーです。彼は、ニューヨーク・タイムズの名物コラム、 「On the Street」という、もう50年近く続いた連載コラムがあって、それを担当しているフォトグラファーです。この人ですね、彼は自転車に乗ってニューヨークの街角に出て、ファッションフォトを撮ることを、本当にそれだけを生業にして生きてきた人。50年以上、日常の中に、朝起きてご飯を食べて、自転車に乗って街角で素敵な人たちの写真を撮るというのが、彼の中にはあって、とにかくそれを貫いて生きた人です。最終的に、2016年に彼は87歳で亡くなりました。亡くなる本当に晩年まで、この名物コラムは続いていて、彼はずっとストリートに出て写真を撮り続けていたというですね、さっきの『世界最速のインディアン』のバート・マンローみたいな、自分の好きを見つけて、信念を貫いて生きた超かっこいいおじいちゃんです。この『ビル・カニンガム&ニューヨーク』はドキュメンタリーなので、本人が写っているわけですよ。本人の言葉が、ちゃんと映像と音で記録されています。もう、とにかくそれの価値たるや、実際このビル・カニンガムという人は、やっぱり自分はそんな特別な人間ではないからというので、撮影を断り続けていたらしいんですね。なんと、監督はもうオファーを最初にかけてから、うんって言ってくれるまで、交渉期間は8年かかった。それで、なんとか、うんって言ってくれて、記録された映像なんです。やっぱり、その亡くなってしまったら、僕たちみたいに直接交流のない人にとっては、未知の人だったのが、ちゃんと映像と音として記録されているので、ぜひ一人でも多くの人に観てもらいたいなと、純粋に思える作品となってます。これは『ヴォーグ』の編集長のアナ・ウィンターにも、「私たちはいつもビルのために洋服を着るのよ」って言わしめるほど、やっぱりビル・カニンガムという人は、コツコツコツコツ積み上げたことを、ファッション業界の人たちからも支持されて、もう特別な立場に自分のポジションをつくることができた、個性的なタイプのおじいちゃん。僕がちょっと好きなエピソードが、彼は有名人を撮るっていうことに全然興味がなくて、なおかつ、撮影とかで、パーティーとかでも写真を撮るらしいんですけど、その招待されたパーティーでも中立性を保つために、自分はあくまでおしゃれな人を撮りたいっていうスタンスだから、どれだけすすめられてもお酒も飲まないどころか、水も一口も飲まないんだ。それぐらい、自分の中立性というのを保って続けてきたから、やっぱりこれだけビル・カニンガムというのが、一つのブランドになったんじゃないかなと思います。そんなビル・カニンガムが残した名言、いくつかあるので絞れず、ちょっと2つ紹介します。まず一つは、

「私は毎日外へ出かける。オフィスで気がめいったとき、外に出てストリートの人々を見た途端、気分が良くなるのさ。絶対に先入観を持って出かけたりはしない。ストリートが私に話しかけてくるんだよ」

かっこいいね。もう一つ、

「写真を撮ることは、仕事ではなく喜びだね。だから後ろめたく感じてしまうんだ。だって、他のみんなは仕事をしているのに、私はただ楽しみすぎているみたい」

ということで、彼は仕事をしている意識はまったくなかった。これはちょっと大変おこがましいんですけど、僕はめちゃくちゃ共感できる言葉で、キノ・イグルーも好きで始めたことが、途中から仕事になっているものの、本当にその好きをずっと貫いているだけなので、大先輩がこんなことを言ってくれるんだから間違いないんだなと、個人的にも勇気をもらえた一言です。ぜひ観てみてください。
渡辺:なるほどね。これ、でもさ、本当にニューヨークって、本当にこんなファッションの人が歩いているんだって思える。それを撮っているビル・カニンガムを撮っているので、すごい面白いですよね。本当に通行人を急に撮って、正面回って撮ってとか、本当にそんな撮り方しているので、すごいんですよね、スナップの撮り方が。
有坂:そのニューヨーク・タイムズのページ構成もかっこよくて、何人か撮った人を紙面に取り上げるんですけど、青い服、着ていたら青い服の人ばっかり取り上げたり、すごくインスタっぽいんだよね。インスタのビジュアルの作り方に、すごい似ているというか、ヒントもあったりするので、ぜひそんな目線でも観てもらえたらと思います。
渡辺:ビルは、アナログだけどね。
有坂:超アナログだよね。
渡辺:フィルムで撮っているんですよ。ずっと。デジカメの時代なのに、最後までね。だから、すごいフィルムをため込んでいたりとかね。それがすごい面白い。
有坂:そういう意味で、どんどん価値が出てくる映画ですね。フィルムの時代を知らない人が、どんどん増えていくというね。
渡辺:なるほど、そうきましたね。じゃあ、ちょっとドキュメンタリーいきたいと思います。
有坂:あれはやめて!
渡辺:ちょっと違う感じだと思うんですけど、2011年の日本の作品です。
有坂:なんだろう?



渡辺セレクト3.『二郎は鮨の夢を見る』
監督/デヴィッド・ゲルブ,2011年,アメリカ,82分

有坂:笑、俺も考えた、それ。
渡辺:これは、ドキュメンタリーなんですけど、そのドキュメンタリーの対象となっているのが、寿司職人。銀座の名店「すきやばし次郎」の店主・小野二郎さんに密着したドキュメンタリーとなっています。「すきやばし次郎」って、確かオバマ大統領とかも来日したときに行っていたと思うんですけど、そういう本当に予約が何か月先まで取れないっていう、ミシュランを5年連続三ツ星っていう、とんでもない評価の銀座の名店なんですけど。本当に、この二郎さんが、もうおじいちゃんなんですけど、現役バリバリの世界最高峰にいる寿司職人なんですね。なんで、おじいちゃんなんだけど、現役バリバリで最高峰にいる人っていう目線のところで面白いなと思いました。弟子が、息子二人、師弟関係でやっていて、本当にもう息子二人もそれなりの職人なんですけど、毎回仕込みの段階で、二郎さんが味見をする。そこにすごい緊張感があるんですよね。本当に出汁を取るとか、卵焼きをつくるとか、そういう基本のところのテイスティングみたいなところに、なんかこう職人のすごさみたいな、怖さとか、威厳みたいなものがすごい出ていて、なんか本当にそういう職人とか、プロっていうのを続けていった先に、こう仙人みたいな、極めちゃった人の姿っていうのがそこにあって。こういうのも、ある意味、すごいおじいちゃん。なんか引退して可愛くなったおじいちゃんとか、いろんな姿が、「昔はすごかった」とか、いろいろあると思うんですけど、おじいちゃんなんだけど、現役バリバリで、誰も追いつけない最高峰にいるみたいな、そういうところを切り取った作品なので、ドキュメンタリーっていう切り口でね。ちょっとこれを言っておこうと、その対で思いました。これは、本当に作品としてもすごい面白くて、寿司ってものが。これは監督が外国人なんですよね。
有坂:そう、アメリカ人。
渡辺:だから、やっぱりちょっと日本人の見方と違って、寿司っていうものをアートとして捉えてるんですよね。なので、職人さんなんだけど、もうアーティストっていう扱いなんですよね。「この芸術的な、これをつくり出す人」みたいな。やっぱり一個一個をすごい美しく、握り一個をポンと出すのも、めちゃくちゃ美しく撮っているんで、本当になんて言うんだろう、グルメっていうよりかは、アートみたいな目線の撮り方になってる作品なので、これ本当に面白いので、寿司職人っていうよりアーティスト「すきやばし次郎」を撮ったっていう作品になってますので、未見の方は、これもおすすめなので、ぜひ観ていただきたいなと思います。
有坂:このなんか、さっき順也が言った「緊張感」。現場の緊張感って、僕は飲食で働いたことがないのでわからないんですけど、これぐらいカリスマ的なシェフがいるお店って、今でもあの緊張感ってあるのかな?
渡辺:いや、あるんじゃない?
有坂:それが行き過ぎると、今、結構パワハラだっていう問題が出てきて、それがエスカレートしていくと、多分この次郎のドキュメンタリーの中のあの緊張感っていうのは、かなり昔の時代の話みたいに見えると思うんだよね。そういう意味でも、すごい記録として貴重なドキュメンタリーじゃないかなって。あんな客観的に観ていても、ドキドキするよね。確かに考えました、僕も。じゃあ、僕の4本目いきたいと思います。2006年のアメリカ映画。これも大好きな一本です。



有坂セレクト4.『リトル・ミス・サンシャイン』
監督/ジョナサン・デイトン,ヴァレリー・ファリス,2006年,アメリカ,100分

渡辺:ああ、そうだよね!
有坂:これも大人気の映画です。好きな人もいるんじゃないかなと思いますが、ちょっと物語を簡単に説明すると、これは家族の話ですね。この家族の中のオリーブという女の子、何歳くらいかな? 小学校低学年くらいかな? のオリーブちゃんが、全米の美少女コンテストの地区代表に選ばれたと。その代表に選ばれて、決戦の地であるカリフォルニアに行こうというときに、この黄色いおんぼろバスに乗って、家族みんなで行くと。旅するというロードムービーとなっています。この家族っていうのはね、もうみんな訳ありで、もうなんか勝ち組になることにしか興味のないお父さん。ニーチェに習って沈黙を貫くお兄ちゃん。ゲイで自殺未遂するおじ。ヘロインを使用して老人ホームを追い出されるおじいちゃん。そんなバラバラな家族をなんとかまとめようとするお母さん。それに、ちょっとおデブで可愛いオリーブちゃん。というですね、本当にもう何があっても面白いことしか起こらないような、訳あり家族のロードムービーとなっています。このヘロインを使用して、老人ホームを追い出されたおじいちゃんが、このいろいろなキャストの中でも、やっぱりすごく重要な役になっていて、これどこまで話したらいいんだろうな。
渡辺:ネタバレしないように(笑)。
有坂:ネタバレしない程度に……難しいな。これは、おじいちゃんはとにかく偏った考えの持ち主ではあるんですけど、でも、おじいちゃんが言っていることって、意外と人生の真理を言っていて、破天荒なんだけど、確かにそうだよねっていう説得力があるような言葉を言ってくれるような、不良のおじいちゃんです。
渡辺:そうなんだよね。
有坂:これ言いたいけど言えないな、これ、ダンスコンテストに向かっていく流れなんですけど、ダンスコンテストのときにね、言えないな、難しいな。
渡辺:笑
有坂:これちょっと説明が難しいんですけど、このおじいちゃんを演じたアラン・アーキンは、アカデミー賞の助演男優賞を受賞しました。それぐらいキーになる役なんです。物語のキーになるから、ネタバレになるのでほとんど話せない。ちょっとすいません。ジレンマしかないんですけども、とにかく彼が、さっき本質的な人生の真理を言っているんじゃないかということの一つに、こんな名言がありました。それだけ、ちょっと紹介しようと思います。

「負け犬がどういうものか知っているのか、本当の負け犬は勝てないことを恐れて、努力もしないようなやつのことを言うんだ」

これはもう勝ち組になることにしか興味がないお父さんに、父親に向かって言ったことですね。そんな不良で人生の本質をついてくるおじいちゃんが、このロードムービーの旅の中で、どんなことが起こって、その起こったことを通して、どれだけ家族にいろんな影響を与えたかということが分かる作品となっています。これ、ジョナサン・デイトンという人と、ヴァレリー・ファリスという夫妻が監督しています。彼らは、もともとミュージックビデオをたくさんつくっていて、ジャネット・ジャクソンとか、R.E.M.とか、メジャー系の人のミュージックビデオをつくって、いよいよ映画監督としてデビューするという、デビュー作がこの『リトル・ミス・サンシャイン』。こんな傑作をデビュー作でつくっちゃった。後に『ルビー・スパークス』とか、『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』という映画などもつくっているんですけども、とにかくこの『リトル・ミス・サンシャイン』は物語も傑作だし、割と人生の深い部分を描きながらも、基本コメディとして描いている。そこが笑えるから、観やすさがあるんですけど、すごくメッセージがグッとくる。ビジュアルもかっこいいし、音楽もいい。本当にいいところしか出てこないような、本当に全体的な完成度の高い作品となってますので、観てない方は、ぜひこの夏観ていただけたらと思います。
渡辺:ポール・ダノもこれで出てきたぐらい?
有坂:そう、ポール・ダノとかスティーヴ・カレルとかは、これでブレイクしたみたいな感じだね。
渡辺:主役の女の子が、牛乳瓶の底みたいなメガネをかけていて。それで、ミスに選ばれるっていう。それがまた可愛くて(笑)。
有坂:なんでだろう? って誰もが思うんだけど、選ばれたんですよ。
渡辺:それがまた可愛いんですよね。
有坂:それがね、ラストにね。ラストに最高の名シーンが待ってるんで、乞うご期待!
渡辺:これは本当にね、映画としてめちゃくちゃ面白いんで、おすすめですね。なるほど、じゃあ、4本目ですか。僕の4本目は、2018年のアメリカ映画です。



渡辺セレクト4.『さらば愛しきアウトロー』
監督/デヴィッド・ロウリー,2018年,アメリカ,93分

有坂:そっか! 忘れてた。
渡辺:これは、どういう話かというと、銀行強盗を繰り返す話です。銀行強盗なんですけど、どういう男かというと、おじいちゃんなんですね。おじいちゃんなんですけど、すごく紳士的に銀行強盗するっていうおじいちゃんで、そのおじいちゃんをやってるのがロバート・レッドフォードなんですね。かつてのイケメン代表ハリウッドスターというロバート・レッドフォードがやってるので、めちゃくちゃジェントルに銀行強盗するんですよね。銀行のカウンターに行って、女子行員がいるんですけど、にこやかに話しながら、ジャケットの裏にある銃をチラッと見せたり、わかるよねみたいな感じで、ちょっとじゃあお金用意してみたいな。決して君を傷つけないみたいな感じで、ウインクなんかしちゃったりして、すごいもう女子行員も、「ジェントルな人だわ」みたいな感じで、お金用意しちゃうっていうですね。それでスマートに立ち去っていくっていう。周りに客いるんですよ。でも、もうさらっと銀行強盗していくっていうですね。銀行強盗っていうとね、覆面被ってバーンって天井に打って、「みんな伏せろ!」みたいな。「この袋に金入れろ!」みたいな。そういうのを思い浮かべると思うんですけど、全然違うんですよ。もう素で、顔を晒して、普通に私服で行くので、それでお金ちょうだいみたいな感じで、ありがとうみたいな感じで行くっていうですね。で、それを繰り返していくっていう。なんか、実在のモデルがいるらしいんですけど。
有坂:そうそう!
渡辺:そういう、本当にこう昔のアメリカって銀行強盗ものの映画が多いですけど、本当にそういう手っ取り早く金をやるなら、銀行強盗みたいな、そういう時代の最後の本当に時代のアウトローという男を描いています。で、そういう男がどういう人だったのか、どういう生い立ちだったのかみたいなことも、だんだんわかってきて、やっぱりこういうふうにしか生きられなかったみたいな。悲しい人生でもあるみたいなことも、実はわかってきたりするんですけど。なんかそういうジェントルに強盗、銀行強盗していく男と、だんだんそういうことがわかってくるっていう。しかも、こういう人って、やっぱり何ですかね、こういうふうにしか生きられないというか、結局なんだろう、明るい未来が待っているわけではないことを、分かりつつやっているんですね。そういう、悲しさも合わせ持ちつつですね、人間ドラマとしてもすごく面白いっていう、そういう作品になっていてですね。監督のデヴィッド・ロウリーという人は、A24で『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』っていう、これもすごいもの静かなんだけど、すごく人の人生みたいなことを見つめ直していくような、すごい良作を撮っている人。なんかこういう人だから撮れた。本当にもう今の時代だと生きていけないけど、このときにあった本当に最後の男、おじちゃんみたいな、そういう生き様をちょっと見せてくれた作品になっています。
有坂:これね、その『さらば愛しきアウトロー』っていうタイトルとかさ、なんか、そのポスタービジュアルとか含めて、正直、全然期待できなくて。もうロバート・レッドフォードの引退作だよね。
渡辺:そう。
有坂:そうだし、まああとデヴィッド・ロウリーって、やっぱりすごい監督として、なんか魅力的だなと思って観に行ったら、「こんないい映画だったの?」みたいな。いろいろ損してるんじゃないかなって思っちゃうぐらい。
渡辺:そうだよね。だいぶ遅れて観たんだよね。どうなんだろう? と思っちゃっていたところがあったんだけどね。
有坂:そう、だからこれさ、なんか基本的には軽快な映画じゃない? 割と軽いトーンで描いている。なんか、そのトーンをある程度保って映画つくるって簡単なことじゃないし、ロバート・レッドフォードみたいな、あの名優がそういう役を演じられる。そのなんか軽やかさまで演じられるレッドフォードを、改めてかっこいいなって思うし、これは、観逃さないでよかったってっていう。
渡辺:そうだよね。でも危うく、ちょっと見逃しちゃうかもしれなかったぐらい。
有坂:見逃されがちな映画で、僕の紹介した映画で言うと、『世界最速のインディアン』と近くて、やっぱこれもね、極悪みたいな人が出てこないんだよね。
渡辺:そうだね。
有坂:基本的に、結構みんな、なんかいい人というか、人間の良心を信じたくなるような映画でもあるような気がしています。はい。分かりました。じゃあ、ラスト! 僕の5本目いきたいと思います。最後はドキュメンタリー映画です。



有坂セレクト5.『シーモアさんと、大人のための人生入門』
監督/イーサン・ホーク,2014年,アメリカ,81分

渡辺:あーあ!
有坂:これは、2014年のアメリカ映画です。これは、みんな大好きイーサン・ホークが監督を手がけた作品となっています。これはイーサン・ホークが、なんか自分自身人間として行き詰まりを感じたときに、このシーモアさん、シーモア・バーンスタインというピアノ教師と出会うところから作品が始まります。シーモア・バーンスタインと出会ったことで、行き詰まっていたイーサン・ホークが、なんかもう彼の包み込むような安心感に包まれて、彼の弾くピアノにも魅了されて、「ぜひ彼を記録したい」と、「彼を使って作品をつくりたい」ということで制作された1本となっています。今、お話したような裏エピソードも劇中に映像で出てくるんですね。なので、イーサン・ホークが悩んでるってところから観ている僕たち観客は、彼に共感しながら、そのシーモアさんの人生に触れていくような展開となっています。このシーモアさんというピアニストは、右肩上がりで成功した人ではもちろんなくて、かつては朝鮮戦争に従軍していたりとか、いろんな、のびのび演奏してるように見えて、実はものすごい不安だったり、恐怖と戦っていたり。そういうような思い出、決して平坦ではなかったっていうような人生が、イーサン・ホークがインタビューしていくうちに、だんだんだんだん現れてくるんですね。ただ、そこで語られる彼の言葉とか雰囲気とか、ピアノの音とか、それはもうすべて温かいんですよ。なので、なんかそのイーサン・ホークが、もう不安から癒されていくように見ている観客の僕たちも、シーモアさんにどんどんどんどん心を解きほぐされていくような、上質なドキュメンタリーとなっています。シーモアさんも、『マイ・インターン』のデ・ニーロと一緒で、話し方が丁寧で褒め上手なんですよ。やっぱり、これだけキャリアのある人も、いろんなものがにじみ出ている人から褒められると、やっぱり人って、それだけで不安から解放されたりとか、自分の大事なところに立ち帰るきっかけになるんじゃないかなと思うので、やっぱりこういうおじいちゃんが、『グラン・トリノ』の最初の偏屈なおじいさんとかにならず、自分の負い目みたいなものも全部受け入れて、いろんな人の良さを引き出していこうとなると、これだけ大きな人たちに影響を与えられるんだなっていうのが、ドキュメンタリーとしてちゃんと映像に記録されているので、今後おじいちゃんになる身としては、すごい希望が持てる作品でもあります。これ観た人からやっぱりよく聞く言葉が、かつて自分も夢を持っていて、その夢を諦めたつもりだったけど、もう一回チャレンジしてみたいとか、諦めようとしていただけだったんだなとか。本当にもうシーモア先生に直接言われたかのように、自分の人生を考え直す人が続出しているんですね。それだけでも、本当に「イーサン・ホーク、作品をつくってくれてありがとう!」と思えるような一作となっています。これね、絶対言えませんけど、ラストめちゃくちゃいい言葉で締めくくられるの。これは、名言として言いたいんですけど、それは言えない、流石に言えないですが、もう名言だらけの映画なので、これも2つ紹介させてください。まず1個目、

「人生には衝突も喜びも、ハーモニーも不協和音もある。それが人生だ。避けては通れない。だが、解決の素晴らしさを知るには不協和音がなくてはならない」

これが一つ、もう一つが、

「私の年齢になると、ごまかしを一切やめる。人に嘘を言わなくなり、自分の心のままを語るようになる。相手が喜ぶことを言うのではなく、真実を言うことこそが、相手にとって最高の褒め言葉だとわかる」

どうですか?
渡辺:深いねぇ。
有坂:深いよね。グッとくるよね!
渡辺:なるほどね。
有坂:そう、こういうなんかね、本当にやっぱりシーモアさんは、言語化する能力もすごく高い。その人の言葉が、その人の声で記録されてるから、やっぱり観ている側の心がすごく動くし、悩んでる誰かがいたら、この映画を紹介したくなるような映画なので、ぜひ今人生に悩んでる人は、今日の夜中、朝まで寝ないで、シーモアさんの人生入門を受けていただけたらと思います。
渡辺:U-NEXTでやってたね。
有坂:やってた?
渡辺:やってたね。でも、イーサン・ホークってすごいよね。やっぱり出演作も結構定評があるし、割とすごい選んで、考えて作品選んでるんだろうなと感じられるし、そのイーサン・ホークが監督したっていうね。
有坂:そうだね。やっぱり自分の悩みが出発点になって、それを作品にしたいっていうところに嘘がない。それに応えたシーモア先生っていう、本当の気持ちだけがギュッと集まってできたような、結晶化されたような。
渡辺:なるほど!
有坂:なんか観たくなってきた!
渡辺:笑。
有坂:はい。という最後の作品でした。
渡辺:はい、じゃあ、僕の最後はですね、まさに今やっている作品をいきたいと思います。



渡辺セレクト5.『生きる LIVING』
監督/オリバー・ハーマヌス,2022年,イギリス,102分

有坂:あー!
渡辺:これは黒澤明の『生きる』という作品のリメイクで、今まさに劇場公開されていまして、カズオ・イシグロが脚本をやっているイギリス映画です。結構、これも出る作品が定評のある、ビル・ナイが主演を務めています。ビル・ナイは出ている作品が面白いで、お馴染みなんですけど。
有坂:『ラブ・アクチュアリー』とかね。
渡辺:『アバウト・タイム』とかね。いろいろ面白い作品に出ています。これは市役所の職員。定年間近のおじいちゃんが主人公です。本当に仕事一筋でコツコツずっとやってきてっていうおじいちゃんが、がんが見つかってですね。余命わずかであるということを宣告される、というところから始まっていきます。それで、家は息子夫婦と住んでいるんですけど、息子夫婦からはちょっと邪魔者扱いされている感じがあって、職場でも、もう仕事しか興味ない人だよねみたいな。もうすぐ定年しちゃうしねぐらいにしか思われていないっていう人で。余命わずかになって、「俺の人生何だったんだろう?」みたいなことを見つめ直して、残りの余生どう過ごすかっていうことを、考え直していくっていう作品なんですね。市役所の職員なので、市民からいろいろな問い合わせがあるんですけど、市役所でありがちな、たらい回しにするっていう。「何とか課に行ってください」って。そしたら「やっぱり何とか課に行ってください」みたいな。そういうたらい回しにしている側だったんですけど、そういうのをちょっと改善しようって立ち上がったりするんですね。あとは転職を考えている部下を応援したりとか、もう生きることを一生懸命、そこからやり出すっていう話なんですね。なんで、やっぱり一番共感するとしたら、同年代の人なんだと思うんですけど、この『生きる』っていう黒澤映画を、昔もう20歳ぐらいのときに観ても大号泣するぐらい感動して、今観て、またリメイク版を観ても感動して、だからこれやっぱり、また少し歳をとって観ても絶対感動するんだろうなと。なんかその観る視点とか立場っていうのが、感情移入するキャラクターっていうのが変わっていくんですけど、こんな上司だったらとか思ってたのが自分だったらみたいに、次なると思うんですけど、それでもまた感動できるんだろうなと思うし、やっぱりそこからでも、生きるっていうことを見つめ直せる。そこからでも何かこうまだ変われるんだっていう、そういうすごくポジティブになれるようなメッセージがある作品なので、これはまだ映画館でやってるのでぜひ観てほしいし、やっぱりずっとなんかこう死んでるような、死んでるように生きてきたおじいちゃんが、死ぬって分かった途端に生き出すっていう。その話がめちゃくちゃ面白いので、ぜひこれ、黒澤版も本当にいいので、ぜひ、できれば映画館でやってるうちに、観ていただきたいなと思います。
有坂:いやーこれ、よく映画にしたよね。こんなリスクしかない企画をさ。
渡辺:リメイクをね。
有坂:そうそう。やっぱ、それぐらい黒澤明の作品が、世界的な名作として語られているので、カズオ・イシグロもね、自分のキャリアをかけて。
渡辺:そうだよね。
有坂:手がけたぐらいな、本当に入魂の一作じゃないかなって思います。なんかちゃんとでもオリジナルの良さをトレースしつつ、英国紳士の良さ。
渡辺:そうなんだよね。
有坂:そこがやっぱり日本版と決定的に違うところで、そこを比較する面白さもあるんじゃないかなって思うので、順也、オリジナル版の『生きる』をくるかなって。
渡辺:映画館でやっているっていうところで、リメイク版のほうにしました。
有坂:順也は大の黒澤好きで。
渡辺:好きなんですよ。


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有坂:「もっとおじいちゃんが好きになってしまう映画10本」が出そろいました。みなさん、観ている作品などね、あったでしょうか? ぜひ観られるもの、観られないものちょっとあるんですけれども、配信に関しては急に観られたりするので、ちょっとチェックしてもらったり、レンタルショップがなくなってる昨今、難しいものもありますが、どうしても気になったものは、例えばDVDを買ってみるとかして、自分の世界を広げていく一つのきっかけになってくれたら、うれしいなと思います。最後に何かお知らせがあれば。
渡辺:そうですね。何も考えてなかった(笑)。
有坂:毎回やってるんだけどね(笑)。
渡辺:最近、キノ・イグルーのイベントが、野外上映が中止になっちゃうとか、それってでも、野外のそれも醍醐味というか、生もののところがあるので、行けるチャンスがあったら、本当に野外はぜひ観に来ていただきたいなと思いますので、ちょっと中止になってしまうというリスク含めて、今後もいろいろ企画してますので、楽しみにしていただければと思います。
有坂:僕からは、6月3日の土曜日に、銀座の無印良品でイベントをやります。これは「ATELIER MUJI GINZA」というビルの6階かな、にあるところで、「キノ・イグルーと観るモダニズム建築」というイベントをやります。これは「IDEE」と「無印」って今一緒になっていて、「IDEE」のほうで、「Life in Art」というプロジェクトがあるんですね。生活の中にアートを取り入れていこうというプロジェクトなんですけども、その「Life in Art」が今、“TOKYO MODERNISM 2023″という、1か月半ぐらいやってる、モダニズムデザインのほうによったイベントを、結構いろいろやっています。展示もそうだし、ワークショップとか、トークショーとか、もうすごい面白いことをやっているんですけども、その一企画として、モダニズム建築が印象的な映画を、「ATELIER MUJI GINZA」で上映します。この上映作品は、『コロンバス』という2020年のアメリカ映画なんですけれども、この映画を、実際その東京モダニズムで展示している、モダニズムデザインの椅子に座って観られるという、かなり攻めた。よくぞ、それOK出してくれたなっていう。
渡辺:贅沢だね!
有坂:このイベントでしか座ることができないんです。なので、モダニズムデザインの椅子に座りながら、モダニズム映画を観て、さらにそのモダニズムデザインについて、「IDEE」の大島さんにちょっといろいろトークをしていただこうという、結構贅沢な一夜限りのイベントとなっています。もう予約の受付も開始しているので、キノ・イグルーのホームページなど、見ていただければうれしいなと思います。また、ちょっと6月はですね、もう一個、革小物をつくっている「ke shi ki」というブランドがあるんですけれども、「ke shi ki」さんとちょっとイベントも、代々木上原あたりでやりますので、この辺の情報は、またおいおいお知らせしたいと思います。ぜひ、Instagramやホームページを見ていただけるとうれしいです!


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有坂:ということで。ちょっと過ぎてしまいましたが、「もっとおじいちゃんが好きになってしまう映画10選」。ぜひ皆さんも観てみてください! では、来月はおばあちゃんということで、みなさんもぜひ考えておいてください。では、今月はこれで終わりたいと思います。遅い時間までどうもありがとうございました_!
渡辺:ありがとうございました。おやすみなさい?!


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選者:キノ・イグルー(Kino Iglu)
体験としての映画の楽しさを伝え続けている、有坂塁さんと渡辺順也さんによるユニット。東京を拠点に、もみじ市での「テントえいがかん」をはじめ全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映。その活動で、新しい“映画”と“人”との出会いを量産中。

Instagram
キノ・イグルーイベント(@kinoiglu2003
有坂 塁(@kinoiglu)/渡辺順也(@kinoiglu_junyawatanabe