これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?



──



第2回「文章力と“お手紙力”をつけるには?」

 

月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。甲斐みのりです。

前回から始まった「悩みは“すき”の種」。第2回は、“手紙舎”の存在そのものに近づくような「手紙」へのお悩み。tomomi tagaさんからいただいたお便りは、手紙だけでなく「文章力」というテーマも含まれています。



【今月のお悩み相談】

相談者:tomomi tagaさん

甲斐さん初めまして。いつも、甲斐さんの本を楽しみにしています。

私の悩みは、文章力がない事です。最近、お手紙を書く機会が増えたのですが、勢いで書いた手紙は、読み返すとちゃらんぽらん、あっちこっち話が飛んでいます。特に、最後の締めの言葉は「また、書きます。」「お元気で。」「お身体お大事に。」以外思いつかず。今まで好き放題語った後に、急に静かになった感じです。

ぜひ、楽しく書く手紙や文章力をつけることについて、良い方法がありましたら、教えて頂ければと思います。よろしくお願いします。



まずは、文章力について。

はてさて、いい文章とは。みなさんも、書物や学校の授業、ときにテレビや映画などの映像を通して、文豪や研究者による小説や随筆の、うっとりするような名文に出合う機会があったはずです。あるいは歌の歌詞でも、なんたる感性、なんたる表現力と、胸を打たれることはありませんか? 幼い頃から言葉の読み書きが身近にあった私も、すばらしい文章に出合うたび、尊敬の念を抱いてきました。SNSが一般的になった今、言葉を綴ることを本職としていない方の巧みな文章に触れ感心することもよくあります。

そうして、「すばらしい」「美しい」「おもしろい」「読みやすい」「なんて巧妙だろう」と、心を揺り動かされる文章に触れる機会を積み重ねるうち、だんだんと、自分自身の好みや理想が見えてくるようになりました。


──────────


情けなく恥ずかしいことではありますが、私は“文筆家”と名乗りものを書くことを仕事にしながら、未だ文章を書くことが得意ではありません。素直に本心を告白すると、文章を書くとき、どこかでいつも苦しさをともないます。得意ではないけれど、努力はする。これまで出合った、自分が好きな文章に少しでも近づけるように。

“近づく”というのは、まねをするという意味ではなく、自分が好ましく感じる文章のように、言葉や思いに対して誠実であろうと心がけること。「うまく書けた」という実感を得ることが最終的な目的ではなく、依頼者、取材対象者、読者の意図や思いをそれぞれ咀嚼して、可能な限り分かりやすく伝えること。それから、たとえありきたりな言葉や表現でも、自身から湧き出るテーマや取材対象への愛情が行間に滲むように最善を尽くします。さらには、乱暴に言葉を使わず、丁寧に。こんなことを、最低限大切にしています。

こんなふうに私のように、「自分の内面から表現したい言葉や思いが溢れ出し、書かずにはいられない」という芸術肌ではない自覚がある方は、頭の中に掲げた理想をもとに文章と向き合うのも一つのあり方。その結果として、自然な形で「うまく書けた」がともなえたら申し分ないのですが。私自身、まだまだ精進が必要な立場。もっとたくさんの文章を読み書きせねばなりません。




誰もが認めるいい文章を書くことは到底難しくても、自分が好きと感じる文章や、理想の文章に近づく努力は、誰にでもできることだと思っています。

tomomiさんが、“力”を感じる文章とは、どんな文章でしょうか? 好きが溢れている文章、丁寧に言葉が選ばれた文章、名言に満ちた文章、詩的な表現を多様した文章……? 自分がどんな文章をいいと思ったり力を感じるか、改めて考えたり分析することで、これからさらに文章と付き合っていくうえでの、理想や道筋がくっきり浮かんでくるかもしれません。

いやしかし、tomomiさんが模索しているのは、芸術や職人的な“文章道”ではなくて、もっときっと純粋に「楽しく手紙や文章に向き合う方法」ですね。

自分の話ばかりで申し訳ないのですが、私は20年近く前に、「手紙の書き方」をテーマにした、ムックの制作に携わったことがあります。そこで担当したのが、著名人が残した手紙。宮沢賢治、向田邦子、内村鑑三などの文面を例に、「その人らしい手紙」を考えるページを作りました。そのムック自体、基本的な手紙の書き方、マナー、時候の挨拶など、ルールの解説から始まります。私も他のスタッフとともに、書式にならってかしこまった手紙を書く練習をしました。決まりにのっとり手紙を書いて学ぶことは多々ありましたが、どうにも楽しい気持ちになれない。難しい、窮屈だ、受け取った人は嬉しいだろうか、ここには私という人格が不在だとさえ感じるほど。基本を身につけることは必要だけれど、実践する機会は今後どれだけあるだろうと、あれこれ思いがめぐりました。

そのうえで、作家や著名人が書いた手紙をいくつも読み込んでいると、「ああ、私も手紙を書きたい!」と、気持ちが浮き立ってくるではありませんか。もちろんみなさん、フォーマルな手紙も数々書いてきたはずですが、記憶に残り、受け取る人や読む私たちを楽しませてくれるのは、自由な文章。子ども、家族、友人、恋人、弟子、志を同じくする人……。相手に優しく語りかけるものもあれば、ちょっとした不安を打ち明けたり、日記風のものもありました。共通していたのは、書き手のひとりよがりでなく、文面に送る相手の顔が浮かんできたところ。手紙は人と人との交流手段という原点に立ち返り、文章力だけでは成立しないことを改めて感じました。




そんな私自身の体験から、ちゃらんぽらんでも、あっちこっち話が飛んでも、最後の締めの言葉がいつも同じでも、tomomiさんの目の前に手紙を送る相手がいることを想像しながら語りかける文章ならば、書く自分も読む相手も、互いに楽しめるのではないでしょうか。近況は手紙の醍醐味ですが、その人を置いてきぼりにしない、自分語りだけではない、相手が入り込む隙間が自然と用意された手紙を好ましく思います。

しかしこれも私個人の印象。tomomiさんもよろしければ一度、作家の手紙を集めた本を読んでみてはいかがでしょう。新旧、さまざまな編が出ているので、書店でも図書館でも見つけられます。


──────────


「楽しく文章や手紙を書きたい」と思いを抱くtomomi tagaさんですから、あれこれ模索する中で、本当に自分にしっくりくる答えを見つけられるはずです。特定ではありますが、手紙には必ず読者が存在するものですから、文章を書く力をつけるための鍛錬にもつながります。手紙も、ひとりごとでも、たくさん書き続けるうちに自分らしさが見えてくると信じて、ともに書き続けましょう!


──



甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)が刊行。