これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?



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第1回「“何か”をするための時間をつくるには?」

 

月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。甲斐みのりです。このたび、「悩みは“すき”の種」というテーマで、みなさんが悩んだり迷ったりしていることをお聞きして、“一緒に考える”試みを始めることになりました。

“試み”と書いたのは、なにしろこのようなことは私にとって初めての経験で、正直に申し上げると、みなさんが納得できるようにしっかり答えられるだろうかと不安な気持ちが大きいからです。

私も日々、悩んだり迷ったりの連続で、“経験豊かな立場として正解に導く”などは、とてもとてもできません。けれども等身大で、一つ一つ真摯に向き合い、部員のみなさんと寄り添い合えたら思っています。これからどうぞよろしくお願いします。

毎回、みなさんから受け取った「お悩み」は、手紙社の担当者・Kさんが届けてくださることになっているのですが、初回はズバリ「悩みは“すき”の種」というテーマに通じる内容でした。



【今月のお悩み相談】

相談者:May Fさん

日々、忙しく時間が過ぎていきます。働かなきゃ、お金になることしなきゃ、ためになることしなきゃ、とやりたいことを横目にやらなくちゃいけない(と自分で思い込んでいる?)ことに翻ろうされています。

刺繍をしたり本読んだり、新しく住む家を探したりしたい。心豊かにほっとできる癒しの時間を持ちたい。どうすればそういった時間を作り出せるのでしょうか。人生という時間の使い方……。

相談者:KYOKO SUZUKI さん
甲斐さんこんにちは。いつも甲斐さんの文章やお話にたくさんのワクワクをいただいたり、すきノートにすきを集めながら、日々の元気を育てています。

そんな風に過ごしていると、行きたいところや、読みたい本、観たい映画、学びたいこと などなどがどんどん増えてきます……が、思うばかりで現実は読みたくて買った本が積み上がったままだったり、なんだか今は時間がないから「いつか行こう、いつか観よう 、いつか勉強しよう」となかなか行動に移せません。

「◯◯したい」を行動に移すよい方法ってあるのでしょうか。

May Fさん、KYOKO SUZUKIさん、お二人とも、人生という限りある時間の中で、どうやって充実した時間を作り出せるか、やりたいことを行動に移せるか、模索しているのですね。Mayさん、KYOKOさん、私も同じです! いや、私だけでなく、部員のみなさんの多くが、共通した思いを抱えているのではないでしょうか。


私が最初に感じたのは、「刺繍することや読書することが好きで、新しい家で和やかに暮らしたい」と思うMayさんと、「読書や映画やさまざまなことを通して広く学ぶ」ことに気持ちを向けるKYOKOさんの、たおやかな人柄と前向きな姿勢。思い描く理想になかなか近づけずもどかしさを抱いているからこそ、こうして心の内を打ち明けてくださっているのですが、「こんな自分でありたい」「こんな暮らしがしたい」という“強い思い”があるからこその悩ましさ。理想は人を動かす力になり、私たちはこれまでも、憧れたり願ったりしながら少しずつ前に進んできました。こんなふうに強い思いを、こうして打ち明ける行動力は、確実にこれからのお二人の糧になります。まずはこの自分自身の行動を「私、よくやったぞ」と意識して、自分を褒めてあげてください!


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ソクラテスによる「無知の知」という考えがあります。人は何かを知れば知るほど、学べば学ぶほど、経験すればするほど、「自分はいかに知らないか」ということを自覚します。前を向くことと、満たされることは、なかなかイコールでつながらない。むしろ前向きになるほど、時間や知識やお金など足りないさまざまに直面し、もどかしさは膨れ上がります。


私は大学生の頃、気持ちの上では今よりもずっと、本や映画が大好きで、読みたい本・観たい映画をノートにずらりと書き出しました。1作品を読了・鑑賞するごと、タイトルに線を引くのが喜びになっていましたが、1作品を読了・鑑賞するたび、同じ作家や監督の別の作品にも興味が向いて、読みたい本・観たい映画リストはひたすら増え続けます。あるときふと、私が何百年・何千年生きたとしても、永遠に読みたい本を読み尽くすことはないし、観たい映画がゼロになることはないんだと気がついてから、「満たされないことを楽しもう」と考えるようになりました。

今、私のアトリエには、おそらく万に近い本がありますが、それらを全て読もうと思わず、ただひたすら、大好きな本に囲まれていることを楽しみ、読みつくせない本が積み上げられた部屋を愛しています。今年の初めに加入したネットフリックスのマイリストは、いつか観ようと思う映画やドラマでパンパン。毎晩のようにマイリストのタイトルを順に読み上げては、「私にはこんなに観たい作品がある」と悦に入ります。

 


コロナ禍で自由に出かけられなくなった昨年から夢中になっているのが、「日本全国地図旅行」。スマホの地図アプリを開いては、あらゆる地域をくまなく見回し、訪れてみたい店や宿に星やハート印をつけることを楽しんでいます。機会があればお見せできればと思いますが、私の日本地図は星やハート印だらけでとんでもないことになっています。

昨日は、栃木県足利市を地図旅行したのですが、食べてみたい焼きそば店が20軒以上。もちろん全てに印をつけながら、「悔しいなあ、全部食べきれないよ~。いつか足利に行くことができたら、この中から何軒行けるかな」と想像すると、心が浮き立ってくるのです。気持ちがパンパンに満たされて、「こんなに行きたい場所がある」ということが嬉しくなってくるのです。


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人には時間もお金も限りがあり、やりたいことを全部やり尽くしたり、もう他には何もいらないくらい満たされることは、永遠にないのかもしれません。けれどもそれを悲観的にとらえるのではなく、考え方をちょっと変えてみると、やりつくせないくらいやりたいことがあることが、喜びに感じることができるんです。


May Fさん、忙しい時間の合間に、これからどんなデザインの刺繍をしたいか、どんな本を読みたいか、理想の家の具体的な間取りやそこに置きたいものを書き出してみてください。

KYOKO SUZUKIさん、行きたいところ、読みたい本、観たい映画、学びたいことが、どんどん増えるとは、最高じゃないですか。もっと増やして欲しいですが、心で思うだけでなく、それを書き留めたり記録していくと、たとえ実現できずとも、別の達成感が生まれて、満たされるような気持ちが味わえます。

それって、じゅうぶんに、「心豊かにほっとできる癒しの時間」であり「行動」です。


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この頃の私の場合ですが、電車の移動中や、入浴時、少し早く家を出て人を待つ間、就寝前と、数分でも時間を見つけては、スマホのメモ機能と地図アプリに、やりたいこと、行きたい場所を積み重ねています。少し前までは、それらをノートや手帳にペンで書き込むその行為が楽しかったので、ノートや手帳を活用できる方にはスマホよりもアナログ的に手を動かすことをおすすめしたいです。


溜まりに溜まった、行きたい店、泊まりたい宿、食べたいもの、やりたいことメモから、私が実際に実現できるのは、分母が大きい分、年間で1割にも満たないほど。それでも、日頃からやりたいことや行きたい店や場所をメモしている分、ちょっと時間があいたとき、仕事でどこかへ出かけたとき、そのメモをみて「あ、近くにこの店がある、行ってみよう」と、足をのばすようにしています。


人生には限りがある。それでも、今世では足りないくらいやりたいことがたくさんあるということを、楽しい気持ちに変えることができます。やりたいことができた達成感を積み重ねる方法もあるかと思いますが、とにかくやりたいことをひたすら積み重ねることもじゅうぶんに楽しいし、ステキなことだと思います!


最後に一つ、私が好きな歌を紹介します。

京都の喫茶店〈六曜社地下店〉のマスターで、ミュージシャンでもある
オクノ修さん「夜がそこまで」。YouTubeにアップされているので検索してみてください。

「もうこんなに長く一緒にいるのに、まだまだ足りないよ」という歌詞。足りないことは不幸ではない。足りないという気持ちを、温かく幸せに感じることができる歌です。


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甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)が刊行。