これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?
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第6回「億劫だと思うことにどう向き合っていこう?」
月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。甲斐みのりです。
毎年この時期、同じことを口にしては、自らをそわそわと気忙しい方へ追いやっている気がするのですが、やはり言わずにいられません。
ああ……年越しへのカウントダウンが始まりましたね。
子どもの頃は、クリスマスや年越しの行事を前に心弾ませていたけれど、いつしか12月は、たくさんのことをやり残しているような胸のつかえを抱えながら日々を過ごすようになりました。こんなふうではいけないと、分かっていながら繰り返してしまう。デンジャラスSさんからの相談にも通じるなあと思います。
【今月のお悩み相談】
相談者:デンジャラスSさん
甲斐さん、こんにちは。
最近高級トースターの広告で甲斐さんを見つけて、何だか不思議とほっこりしました。こんがり焼けた「トミーズ」のあん食を私も食べてみたいです。
さて、私の悩みは「面倒くさい」とどう付き合うかです。例えば、前髪。そろそろ切らねば……と思いつつ3週間くらいうだうだと過ごして、どうにもこうにも邪魔になってからようやく切りに行きます。ある時はお風呂上がり。髪が濡れたまま、のんべんだらりと過ごして、体が冷えきってお風呂に入った意味が限りなく透明な0に近付いてからようやくドライヤーで乾かします。
やり始めてしまえば思っていたよりも早く終わるし、快適になることは間違いないのに、どうしてなかなか、腰が重いのです。
甲斐さんにもそんな時はありますか? また、何か対策をとったりしていますか?
ということで、「甲斐さんにもそんな時はありますか?」というデンジャラスSさんからの問いへの答えは……
「はい、もちろん!」
いやはや、生きていると、面倒くさいことだらけ。とはいえ、面倒くさいことと同じくらい、楽しいこともあるし、生きがいも感じているので、嘆かわしいばかりではありませんけれど。
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私、24歳くらいまでは、かなりのマイペースで、腰が重いのは当たり前、約束でもなければだいたいだらっとしていたのですが、25歳で上京して本格的にフリーランス業を歩み出してからは、常に頭の中で段取りを考えている、せっかちな性格に転じていきました。
人ってこんなふうに変わることもあるのかと、自分でも思いがけない変化でしたが、夢に向かい、自分で自分を管理しながら一つずつ仕事を成し遂げていくには、このままの自分ではいけないと、危機感を覚えたことでだんだんと変わっていきました。
そのきっかけのひとつとなったのが、長らく憧れていた方と仕事をする機会に恵まれたとき。憧れの大先輩は、気になることがあればその都度ちゃちゃっと確認と決断。締め切り日きっかりに仕事を仕上げてくださって、受け取る私がもたもたしてしまいました。それまでの私は、いつでもなにかを先のばしにすることばかり考えて、締め切りを過ぎることがよくあったのですが(もちろん事前に伝えていましたが)、先輩が長らくすばらしい仕事を続けている理由のひとつは、しっかりとした自己管理ができているからなのだと目の当たりにしました。
以来、私が続けているのは、「To Doリスト」を書き出すこと。それも、「ひと月」「2週間」「1日」と、三段階に分けてです。
まず、大枠の予定をその月ごとに組んで把握。その後、2週間単位で詳細なスケジュールをたてるのですが、計画通りに進まないことを見越して、1~2日予備日を設けます。そうして毎朝、仕事も私的な用事も、今日すべきことを紙に書き出し、終わったら線を引いて消去します。万が一、やり終えたことがあったときには、翌日のTo Doリストに持ち越し分を書き出して、その日を締めくくります。こうしてTo Doリストの書き出し、消去、持ち越し作業が習慣化するにつれ、すべきことを書き出すことにも、消去することにも、“すがすがしさ”を感じるように。もちろん、とりかかるのに億劫な仕事や用事は定期的にあるので、そんなときは、これを終えたら、好きなものをを食べていい、あれを買っていい、旅や散歩へ出かけていいと、大きいことから小さいことまで、自分へのご褒美を掲げて乗り切ります。
けれども、ここまで私が例に出したのは、あくまでも主には仕事のはなし。あるいは私的なことでも、期限つきの書類を提出するときなど、きっちりことを進めなければ、他人に迷惑をかけてしまったり、結果的に自分が損することに対してです。デンジャラスSさんがおっしゃる、前髪を切る、濡れた髪を乾かす、そのような類の「面倒くさい」は……人に迷惑をかけたり、自分の命にかかわることでなければ、そのままでいいと思います! のんべんだらりも人の個性。完璧でなくたって、生きていくのに困りません。
実は私も、今日はこうして机に向かってデンジャラスSさんの相談にお答えしていますが、昨日は予定外に1日ダラダラ、ネットフリックスを見てしまいました。夜になるにつけ夕ごはんの支度が面倒になり、お米を炊くのを諦めました。
最後にもうひとつ、“けれども”を付け加えておきます。おとなになって実感するのが、人って、どうしたって変われないこともあるけれど、案外すんなり変われることもあるということ。おとなだから今さら変われないだろうと思い込んでいたことでも、ある瞬間にストンと変われることもあったりするので、変わりたいと思うことや、変えてみようと試みることを、諦めずにもいてほしいです。
「面倒くさい」とうまく付き合っていきたいと、思い続けるデンジャラスSさんでいたら、ある日ふと、すんなり腰があがる日が、やってくるかもしれません。
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追伸
ご覧いただいたトースター、我が家に迎え入れたのですが、導入後はとても快適ですばらしく、トースト人生が一転しました。
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甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)が刊行。