これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?



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第9回「夢に向かって挑戦をする中で子どもを授かるタイミングは?」

 

月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。目覚めてすぐに窓を明けるのが気持ちのいい季節になりました(花粉症の方はこれからつらい季節ですが、なんとか乗り越えましょう!)。

冬の間は縮こまって見えた窓辺の植物に新芽を見つけ、小さな春を感じています。寒い時期は休んでいた週末の1万歩さんぽを、そろそろ再開できるかなと楽しみです。さて、さっそく3月の相談についてお話しを。



【今月のお悩み相談】

相談者:けろのんさん

こんにちは。けろのんと申します。うまく相談文をまとめられず、長くなってしまったのですが、子どもを授かるタイミングについてご相談したいです。

私は今、結婚してから丁度1年が経過したところで、年齢は私も妻も30代です。そろそろ子どもがいたら良いなと考えています。でも今、私達は好きなことを求めて動き出してしまった真っ只中。私達には、地方の古民家に移住して、そこで喫茶店や事務所を開きたい、自然豊かなところで子どもを育てたい、という夢があり、はじめは貯金が貯まり次第、動こうと考えていたものの、安心できるくらい貯金が貯まってから動き出しても遅いかもしれないと思い。思い切って、夫婦二人とも仕事を辞めて、古民家探しに専念しました。しばらくは、なかなか見つからなかったものの、数ヶ月かけて無事、良いところを見つけて、昨年、移住することができました。

動き出し、貯金がなくなりそうになった時に、幸いにも個人で仕事を頼んでくださった方がおり、なんとか今、生計を保つことができています。ちょっと前には古民家探しで悩んでいて、見つかったら今度は直すことを悩んで生活のことや、お金のこと、これからの仕事のことなどはたぶんずっと心配で、悩み出すと、悩みは尽きず、子どものことを考えると、まだこのタイミングではないかなと考えてしまいます。

おそらく子どもが授かってしまえば、やらなきゃいけないと思いがむしゃらに何かしらしていくとは思うのですが、冷静に考えてしまうと、この先も、おそらくこのタイミングではないと思いながら何年も経ってしまうのではないかとも考えてしまいます。

時間が経てば妻への体の負担もありますし、もし今、授かっても心配事の多さが負担になるとも思います。夫婦で話し合って決めることだとは思うのですが、もし甲斐さんのご意見を聞かせていただけると嬉しいです。よろしくおねがいします。



けろのんさんからの「子どもを授かるタイミング」の相談ですが、実は数回前に手紙社担当のKさんから、回答のご提案いただいていました。しかしながらそのときは、しっかりとお答えできる自信がなくて、お断りしてしまいました。ところが……数ヶ月経ってもけろのんさんの相談が頭から離れず、できうるかぎり誠実にお答えすべきではと思い立ち、Kさんに「やはり、けろのんさんの相談に回答させてください」と今度は自分からお願いをした次第です。


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けろのんさんご夫婦は、すでに二人の夢の一歩として地方の古民家に移住されたとのこと。二人で仕事を辞めて、新たな土地で、新たな挑戦、本当に大きな勇気がいったことと思います。同時に、明日は? 数ヶ月先は? 一年後は? と不安も絶えないことでしょう。

私もけろのんさんご夫婦と同じく、20年以上自営業者という立場ですが、その間、今後の不安から解放されたことはなく、ずっと共存してきました。どんな自営業者も、“これからどうなるか……”という心もとない思いを抱えながら、仕事・商売・生活を営んでいます。それは、どうにか心配ごとを乗り越えてきた先輩方が多いということでもあります。お金や時間のやりくりなど、本人たちにしかできないこともありますが、手紙舎のスタッフや部員仲間、私ももちろんですが、手を差し伸べたり、背中を押してくれたり、包み込んでくれる人はきっといます。どんどん話を聞いていってくださいね。




本題の子どもを授かることについてです。

「古民家で喫茶店を開き、自然豊かな土地で子どもを育てたい」。二つの夢の一方を歩み始めたばかりですが、ぜひもう一方の夢にも手を伸ばしてください。命のお話しなので、慎重に考えるべきことですが、だからこそ強く伝えたいです。夫婦二人の気持ちが同じように「いつか子どもを」と望んでいるのでしたら、“どのタイミングで”と迷わずに、“いま”だと私は思います。子どもを授かりたいと思ったそのときに、授かることがでるというわけではないからです。だからこそ、“いま”なのです。


現在は出産年齢が高齢化しており、30代・40代で子どもを授かることは珍しくありません。けれどもその裏側にある現実として、30代・40代で、苦しい思いをしながら不妊治療をしている人たちもいます。周囲が知らないだけで、けろのんさんご夫婦の身近なところにも、不妊治療をしている(していた)方がいるかもしれません。まだまだ不妊治療はタブーなこととして扱われることが多く、治療中の本人たちは、なかなか周囲に話せず、友人、仕事場、ときに家族にさえ隠しながら高額な費用や限られた時間をやりくりしていたり、先が見えない不安を抱えています。不妊治療の先に、必ず子どもを授かるという巡り合わせはなく、さまざまな理由で治療を断念する人もいますし、年齢を重ねるほど流産のリスクも大きくなります。


不妊治療をしている(していた)ことや、流産の経験は、人に話せず(話す機会もなく)、夫婦だけで、あるいは女性一人で、辛い記憶としてふたをしてしまうことが多いため、話を聞く機会も少ないですよね。30代なかばくらいまでは、不妊を自分たちの身近なこととして、考えてもみなかったという方がいるのも当然かもしれません。そろそろと見計ったとき、願った通りに進んでいくことは奇跡です。新しい命を授かり、健康に子どもが生まれてくることは、本当に奇跡です。私自身、悲しみや不安を乗り越えてきたので、やっぱりけろのんさんに伝えようと考え直しました。




仕事を辞めて、古民家を探し、移住を果たした、けろのんさんご夫婦ですから。“いま”歩を進めて大丈夫。二人の背中を私が押します。

“いつか”ではない、“いま”です。何より、子どもという二人にとって絶対的に大切な存在こそ、仕事や生活の不安をのりこえる力になるのではないでしょうか。「授かっても心配事の多さが負担になる」ということよりも、「時間が経てば妻への体の負担」という妻と子どもへの愛情を、第一に考えてあげてください。


30代から40代にかけて、女性が年齢を重ねるごとの妊娠・出産の心身の負担は、産婦人科のサイトや、専門書を通して、すぐに情報を得ることができます。しかしあまり情報を入れすぎることもストレスにつながるので、最初は不妊治療をおこなっている産婦人科のサイトに限りながら、30代以上の妊娠・出産について、まずはけろのんさんが学び直してみてはいかがでしょうか。もちろん、夫婦一緒にでも。一度、二人で地域の産婦人科に足を運んで、先生に直接、出産について相談してみるのもおすすめです。先生は、たくさんの女性、たくさんの夫婦を見守ってきていますので、こうして私がお話ししている以上に、“いま”ということの大切さを感じられるかもしれません。



ひとつご理解いただきたいのが、ここまでのお話しは、決してお二人を脅かしているわけではありません! 30代以上みんなが、自然な形で子どもを授かるのが難しいということでもありませんし、30代以上をみな不妊治療につなげて語っているわけでもありません。


けろのんさんご夫婦が、お互いを大切に思いながら、いつか会えるかもしれない子どものことを二人で思いながら、これからどんな生活が待っているだろうと夢を持って楽しみながら、歩んでいくことを心から願っています!


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追記
最後にこの場をお借りして、こちらを読んでくださっているみなさんへのメッセージです。パートナーがいる方、パートナーを持たない方、それぞれの生き方がある中で、子どもがいてもいなくても、幸せを築くことができるということも、大切なこととしてお伝えしたいです。今この世の中では、子どもを持たないカップルや一個人に、無言の偏見があるような気がしています。「子どもがいてあたりまえ」という偏った価値観が、なくなりますように。


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甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)が刊行。