これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?



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第10回「嫌な上司と向き合う強さと優しさを手に入れるには?」

 

月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。寒の戻りもありますが、すっかり春の陽気ですね。厚着せずともでかけることができる春先には、いつも以上におしゃれを楽しみたくなります。遠くへ出かけるわけでなくとも、お気に入りのワンピースを着て近所をさんぽするのが楽しい毎日。仕事や学業の節目の時期でもあるので、新しいことを始めるのにもいい機会ですね。私も4月から実践したいことを、ノートに書き出してみようと思っています。

それでは、4月の相談を。



【今月のお悩み相談】

相談者:ともこさん

甲斐さんはじめまして。甲斐さんの地元パン大好きです。 私の悩みを聞いてください。「強く優しく器の大きい人になりたい」が子どもの頃から死ぬまでの私の目標です。

職場の所属部署の統括者の主任が意地悪で非常識で人の痛みのわからない、とんでもない人で、同僚が次から次へと辞めていきます。昨年も5年頑張ってた子が最後は心療内科に通い入院することになり辞めていきました。励まし、時には盾になり庇って、一生懸命支えてきたつもりなのですが駄目でした。

私が弱く優しくなかったから支えきれなかったと反省。そして器が小さいのでこの主任を許す事が出来ません。保育園児の頃に読んで私のバイブルになっている『泣いた赤鬼』の青鬼さんのようになるにはどうしたら良いのでしょう。日々穏やかで笑顔溢れる職場作りなんて夢のような話なのでしょうか。



みなさんからの相談を読むたびに、いつも「むずかしいなあ」と頭を抱えてしまいます。すぐに回答せずにしばらくは、日常の中で「どうするのがいいだろう」とあれこれ考え、自分なりの最善を見出すことができたら、こうしてパソコンに向かいます。


今回のともこさんからの相談ですが、実のところ今も私の中で確信できる答えが出ていません。これまで何度も、ともこさん同じように、強く優しくありたいと思ってきましたが、未だにそうなれていないからです。

それでも実際の経験として、強さや優しさを育む種として思い当たることがあるので、それをお伝えしてみますね。

 



人生で何度か、その人と同じ世界に生きているだけで、嬉しくて、幸せに思えるほど、人を好きになったことがあります。冷静に考えると、ふわふわと心が浮き立つ恋の病なのでしょうが、そのときは間違いなく、誰にでも優しくできるような気がしたり、どんな困難も乗り越えられると思うまでに、心を強く持つことができました。

“恋”で例えてしまうと、かえって分かりにくいでしょうか。強く優しく大きな器であるためには、自分自身の心が満ち足りた状態であることが大切だと思うのです。

最近では「推し」という言葉が世の中に浸透し、人でもものでも、なにかを好きになったり、応援する多幸感を、多くの人と共有できるようになりました。私自身、なにかに夢中になっているとき、好きな人やことに囲まれて過ごしているとき、家族や友人はじめ身近な人たちに、「機嫌がいいね」「調子がいいね」「いつもよりにこやかで優しいね」などと言葉をかけてもらううと、嬉しくなります。

ともこさんの上司の方は、なにかに夢中になったり、自分が好きなものへ愛情を注ぎたいと考えたり、そのような経験が少ないのかもしれませんね。

職場を辞めることになった同僚のみなさんも、ともこさんも、これまでの辛さや悲しさが覆われるくらいの大切な人やものに出会えますように。ともこさんも私も、大きな器を抱いているなあと実感できた暁には、その大きな器をいつでもみずみずしく満たしておけるように、ますますいろいろなことを、精一杯楽しみましょうね!




最後に主題とは別の話になりますが、あらためて職場の上司の方のことを。ともこさんの同僚が、次から次に辞めていくというまでのことは、ちょっと聞き過ごすことができませんね。大きな問題だと思います。

この何年かで、ハラスメントへの問題提起がやっと少しずつ一般的になり、それを受けた側が以前より声をあげやすい時代になってきました。とはいえ、会社や本人に向けて問題提起するのは容易なことではありません。声をあげた側がリスクを抱える可能性があるのも悔しい現実です。意地悪というのは子どもの世界だけの話ではなく、大人になっても悲しいくらい溢れていますね。傷ついた同僚の存在に、ともこさんも傷ついてきたことでしょう。

私にも「ああ、これはハラスメントだな」と思うことがこれまでにありました。そのときの私は、その人自身や周囲に声をあげることをせず、“そっとその場から離れる”ようにしてきましたが、本当はそんな自分のやり方は間違っていてると認識しています。自分が我慢したりそっと逃げることは、同じような状況を作り出すことにつながってしまう。自分の弱さが悔しいです。


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ともこさんは「器が小さいのでこの主任を許す事が出来ません」とおっしゃっていますが、主任の問題に対して、決してともこさんの器が小さいわけでありませんし、許すことができなくていいんです。むしろ見過ごしてはいけないと思います。

今すぐではなくても、いつかしっかりと声をあげたいです。体も心も、人を傷つけてはいけないし、傷ついたときは我慢しなくていい。それがもっと当たり前になるように、考え続けていこうと思います。


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甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)が刊行。