イラストレーター・北澤平祐さんにお話をうかがいました

「高校まで、絵にほとんど興味がなくて」

多数の書籍装画や、「洋菓子のフランセ」「アフタヌーンティー・リビング」などの商品パッケージ、広告、近年は絵本作品など、多方面で活躍するイラストレーターの北澤平祐さんのインタビューは、そんな意外な一言から始まりました。




「絵を描くよりも小説や漫画を読んだり、音楽を聴いたり、ゲームをしたりするのがすごく好きで、実はそれが今の仕事に役立っています」

北澤さんの絵の才能を最初に見出してくれたのは、高校の美術の先生です。10歳から26歳まで、アメリカで暮らしていた北澤さんは、先生の勧めでロサンゼルス近郊のアナハイムにある大学へ。大学の近くにはディズニーのスタジオやハリウッドがあり、美術系のプログラムが充実。そこで北澤さんは、恩師と呼べるイラストレーションの先生と出会い、イラストレーターの道を歩み始めました。

大学院を卒業後、母校でデジタルイラストレーションのクラスを受け持ちながら、イラストの仕事を受けたり、展示を開催したりと活動をスタート。そして、26歳で帰国後、「KENZO」の香水パッケージを手がけたことを機に、徐々に装丁など仕事の幅が広がっていきました。




絵にストーリー性が生まれる理由

心に何かを秘めたような表情をした女の子や、猫や鳥などのいきいきとした動物、その周りに散りばめられた数々のモチーフなど、今にも物語が始まりそうなストーリー性を感じさせる北澤さんの作品。その原点は、アナハイムの大学で学んだことにあります。

「恩師が特にそうだったのかもしれませんが、アメリカでは日本よりも、もっと意味合いの深いイラストを求められることが多くて。『一つひとつのモチーフに意味を持たせるように』と教わってきました。例えば、女の子がチーズを食べている絵にしても、『なんでチーズを食べているんだろう?』と考える癖がついていて、それらが積み重なっていくことで、ストーリー性が生まれるのかもしれません」

書籍の装画の場合、原稿をすべて読んだ上で、ポイントとなるシーンやモチーフを抽出して描いていきます。絵に意味合いを持たせて描くスタイルが、もっともハマるジャンルだといえます。もちろん、仕事によってはライトなテイストが求められることもある。その都度、頭を切り替えて臨んでいるそうです。




リアルから醸し出されるものを大切に

「まだデジタルアートの黎明期でコンピューターも遅く、Photoshopが立ち上がるのに20分ぐらいかかった」という大学生のころから、いち早くデジタルで絵を描き始めた北澤さん。イラストレーターの活動を始めて10年ぐらいはデジタルがメインでしたが、その後、カラーインクで描くようになり、現在ではアナログで制作するほうが多くなっています。

「最近では、アプリや機材によって、デジタルでもまるでアナログのように描くこともできますが、それでも一番大きな違いは“修正できるかどうか”。デジタルは、いろんなバージョンをセーブしておけば、簡単に前に戻れますが、アナログは突然猫がやってきて紙を破ったり、コーヒーをこぼしてしまったりしたら取り返しがつかない。そんな“生”の部分から醸し出されるものが、必ずあると思うんです」

それは温かみだったり、生々しさだったり……。リアルならではの緊張感が与えてくれる良さを大切にしたいと、北澤さんは考えています。

色についても、アナログでは一度塗ってしまうと修正が難しいため、いい意味であきらめがつき、決断が早くなったといいます。そんななか、だんだんと使う色が6、7色に絞られていき、北澤さんのオリジナリティーの一つとなっています。表現も、以前はもっと絵画的なアプローチでしたが、最近はどんどん簡潔にグラフィカルな方向に進んでいます。






「ただ、それも悩みどころで、自分らしい表現というものができた途端、マンネリ感が出てきてしまう。だから近い将来、7色すべてを捨てて、もう使わないと決断する日がくるかもしれません」


これまでの表現を捨てたくなる衝動が常に




自分のことを飽きっぽい性格だという北澤さんですが、自分が飽きるよりも、まわりに飽きられるスピードのほうがきっと早く、自分が飽きてしまってからでは遅いと感じています。

「だからこそ、数年おきにこれまでの表現を捨てたり、ガラッと変えたりするのは、イラストレータとして必要不可欠な気がしていて。2年に一度は必ず個展を開き、そこで新たな表現方法やタッチを提示するようにしているんです」

最近では、世の中の新たな表現を求めるスピードが、さらに早まっている。

「そのスピードに合わせて、どんどん新しいものを提示していくほうがいいのか、それとも、一つ表現をしっかりと熟成させた上で、次の新しい価値を生み出していくほうがいいのか、いまだに答えが出ません」

新たな表現のためにインプットで心がけていることをたずねると、「意識的にSNSは見ないようにしていて、自分からは新しいものを探しにいかない」とのこと。

「イラストレーターの世界では、どんどん素敵な絵を描く方が出てきていて、自然と目に入ってしまう。それだけでも打ちのめされてしまうのに、SNSなどで探しにいって目にしたら、立ち直れなくなってしまうと思うんです」

もう一つの理由は、誰かのイラストを目にすることで、無意識にそのスタイルに似てしまうという怖さもあるから。そこで、もっぱら鑑賞しているのは「音楽」。歌詞からインスピレーションを得たり、メロディに影響を受けたり、絵を描くときも必ず音楽を流しています。

日常生活のなかで目にした光景や耳にした会話が、ヒントになることももちろんあります。アイデアが生まれる瞬間として多いのが、“皿洗い”をしているとき。

「皿洗いは反復作業なので、脳が何も考えていない状態になって、そのときに、ふと道を歩いて目にした花や壁などいろいろなものが思い返されて、アイデアとして形になるんです。シンクの横には、いつもノートが置いてあって、思いついたら急いで手を拭いて描き留めるようにしています」




絵は、上手くなってしまったらおしまい

『ぼくとねこのすれちがい日記』(ホーム社)や『ゆらゆら』(講談社)、そしてこの9月に刊行されたばかりの『ルッコラのちいさなさがしものやさん』(白泉社)など、近年は絵本づくりにも力を入れる北澤さん。




「自分のなかでの葛藤は、絵と文章のアンバランスさ。絵は長年の経験からここまでできるというのが分かっているのですが、文章はまだまだ暗闇のなかをずっともがいているような感じで。絵と文章のバランスがとれるように早くもっていきたいですね。そして安定したら、それをまた崩して(笑)、新たな表現に挑戦するのが今の目標なんです」

そんな新たな表現ために、このクリスマスに自分へのプレゼントとして購入しようと考えているのが、「手回しの版画プレス機」です。

「これまで、版画の教室やワークショップに参加した経験があるのですが、版画にはインクをつけて、プレスした紙をめくり上げる瞬間、想像を超えるものが生まれてくる楽しさがある。その偶然性にすごく惹かれるんです」

“偶然性”とは、自分の想像どおりにできない“不確実性”とも言える。そこに惹かれるとはどういうことなのでしょう?

「絵は、上手くなってしまったらおしまいだと思っていて。手癖でなんでもできるようになってしまうと、それがどんなに良い絵でも、想像の範疇に収まってしまう。そこから脱却するためには、極論ですが、描いている途中に窓の外から飛んできたボールが当たって線がぶれたり、色がはみ出してしまったり、そうやって生まれるものは、その瞬間にしかできない唯一無二の作品だと思うんです。けれど、毎回ボールに頼ることはできないので、同じような未確定要素のある版画に惹かれるのかもしれません」




見る人とのつながりの輪から新たな表現が

この11月の月刊手紙舎では、2022年7月に発売された『幸せな自身の育て方』(ダイヤモンド社)に描き下ろした13点の原画が販売されます。それと同時に、2022年10月27日(木)~11月7日(月)の期間(※11/1定休)、東京・調布市の「TEGAMISHA GALLERY soel」にて原画展も開催。また、9月に出版されたばかりの絵本『ルッコラのちいさなさがしものやさん』(白泉社)の原画も展示されます。ぜひ、この機会にカラーインクならではの美しい発色を目にして楽しんでください。

「そのときは、一つひとつの絵から受けた印象を、ぜひ教えてもらえたらうれしいです。私はずっと絵の解釈で間違っているものは一つもなく、100人が見てくださったら100通りの解釈があると思っています。みなさんが見出してくださったストーリーが、次の作品を描くヒントになるかもしれません」

こうやって同じ時代に生きて、絵を通じて同じ瞬間を共有することは、大げさではなく奇跡だと思うと北澤さんは微笑みます。

「観てくださる方、イラストを通じて偶然つながった方の輪のなかから、まだ目にしたことのない新たな表現が生まれてくる。そう考えると、絵は自分だけで描いているようで、一人で描いているのではないのかもしれませんね」(文・杉山正博)








北澤平祐(きたざわ・へいすけ)
神奈川県横浜生まれ。アメリカに16年間在住後、帰国。イラストレーターとして多数の書籍装画や広告、プロダクトにイラストを提供するほか、『若草物語 Ⅰ&Ⅱ』『赤毛のアン』(ともに講談社)など児童書の挿絵や、第5回ブックハウスカフェ大賞銀賞受賞作・『ゆらゆら』(講談社)など絵本作家としても活躍。本とコーヒーtegamishaでは、2017年に絵本『雪花』(ジャパンライフデザインシステムズ)原画展を、2019年に絵本『キャラメルゴーストハウス』(岩崎書店)の出版記念フェアを開催。