あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今月の本部門のテーマは、「M-1の季節! お笑い芸人さんたちの多様な才能に触れる本」。その“読むべき10冊”を選ぶのは、ブックコンシェルジュや書店の店長として読書愛を注ぎつつ、私小説も人気を博している花田菜々子さん。「雰囲気こそ大事なのでは?」という花田さんが雰囲気で(いい意味で!)選ぶ、ジャンルに縛られない10冊をお届けします。
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1.『答え合わせ』マガジンハウス新書
著・文/石田 明,発行/マガジンハウス
お笑いの“解説本”は他にもいろいろ出ているのですが、いちばんわかりやすく読みやすいなと感じたのがこちら。かつてのM-1チャンピオンでありながら現在は審査員や漫才の講師も務めているというだけあって、ただのお笑い好きの素人が読んで面白いのはもちろん、M-1に出るようなお笑いのプロの人にも役に立つ内容なのでは? と思うほど斬り込んだ内容。賞レースの採点の仕方まで書かれているので、今年は採点しながら鑑賞してみようかな? と思わせてくれる1冊です。
2.『人生を変えたコント』
著・文/せいや(霜降り明星),発行/ワニブックス
こちらもM-1チャンピオン、霜降り明星のせいやさんが長年構想していたという自伝的小説。高校生になって突然自分に降りかかってきた“いじめ”、そして抜け落ちてしまった髪の毛……。お笑いの力で、いや、コントの力で人生を塗り替えてしまった行動力と才能に感動します。ほんとうの復讐とはいじめの相手を悔しがらせたことではなく、それすらどうでもよくなるくらい夢中になれるものに出会えたことかも。さわやかな読後感が魅力。
3.『がったい!』
著・文/こにしけい、たなかけんた、萬田 翠,出演/トム・ブラウン,発行/講談社
人気コンビ、トム・ブラウンさんの有名な「合体漫才」をなんと絵本にしたのがこちら。奇抜でシュールなネタが持ち味の彼らですが、ネタと“絵本”という媒体がなぜか不思議なほどマッチ。レトロな雰囲気の絵もよいです。独特のリズム感もきちんと再現されて、読み聞かせでも子どもたちに大ウケしているらしいです。大人が読んでももちろん楽しいのでぜひ。
4.『黙って喋って』
著・文/ヒコロヒー,発行/朝日新聞出版
同性からも好感度の高いヒコロヒーさんですが、実は読書好きとしても有名。そんな彼女の初の小説集は、恋愛の何気ないワンシーンを切り取ったスケッチ集のような1冊。感動的なシーンや憧れるシーンは描かずに、何か違う、心がすっと曇る、昔の傷が少しだけ疼く……そんな瞬間ばかりが集められています。「もしや自身の体験?」と勘ぐってしまうくらいのリアルさだけど「自分の恋愛の引き出しはゼロ」とあとがきで書かれていて逆に驚き。創作力と観察力がすごすぎます。
5.『まあるいふたり』
著・文/関太、鈴木もぐら,著・撮影/加賀 翔,発行/小学館
タイムマシーン3号の関太さんと空気階段の鈴木もぐらさんは身長も体重もほとんど同じまんまる体型(身長が165cmくらい、体重が110kgくらい)。そのふたりのかわいさを味わうための写真集がこちら。普通に考えれば太めのおじさんの写真なので……どうだろう……? というところなのですが、撮影しているのも芸人「かが屋」の加賀翔さんで、実は加賀さんの撮る写真ってすごくいいんですよね(SNSなどでも見られます)。最終的にはふたりがめちゃめちゃかわいく見えてしまいました。
6.『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』文春文庫
著・文/若林正恭,発行/文藝春秋
芸人さんとかを抜きにして、旅行記としていちばん好きな本かもしれないこちら。キューバ旅行のたった5日間ほどのことを1冊にしているのに内容がぎゅうぎゅうなのがすごい。旅立つ前の空港の出来事や機内から見えた景色まで面白く書けてしまうなんて、もう才能以外の何物でもないとそれだけで感動してしまいます。新自由主義をはじめとする現代社会に疑問を感じている著者ならではの「こんなできごとに遭遇して→自分はこう考えた」の部分に唯一無二の面白さが宿っています。
7.『ムムリン』ヤンマガKCスペシャル
原作/岩井勇気,著・文/佐々木順一郎,発行/講談社
こちらはハライチの岩井勇気さんが原作を担当したコミック。いかにも藤子不二雄オマージュなのですが、特筆すべきはのび太的な少年・コウタが全然ぼーっとしてなくて性格が悪く、ムムリン(表紙の丸い生きもの)には「宇宙人だからってだけでやさしくしてもらえると思ってない?」、スネ夫的キャラには「親の財力でしか友達つくれないくせに」と常に辛辣。でもただイヤな奴なわけでもないコウタとムムリンの友情に癒されます。藤子好きの私のハートにも刺さりました。
8.『カキフライが無いなら来なかった』幻冬舎文庫
著・文/せきしろ、又吉直樹,発行/幻冬舎
又吉直樹さんの『火花』が芥川賞を受賞するもっと前に出版され、今でも人気のこちら、なんと自由律俳句の本です。聞き慣れない言葉かもしれませんがいちばん有名なものでいうと尾崎放哉の『咳をしてもひとり』でしょうか。文筆家のせきしろさんとともに作られた句は「モータープールでは泳げないと知った夏の日」「便座は恐らく冷たいだろう」など、一瞬遅れてから情景が思い浮かび、悲しいような笑ってしまうような気分のものばかり。続編で『まさかジープで来るとは』『蕎麦湯が来ない』も出ています。
9.『水道水の味を説明する』
著・文/鈴木ジェロニモ,発行/ナナロク社
今、ひそかに注目を集めている芸人、鈴木ジェロニモさんのネタをそのまま本の形にした1冊。タイトルにもあるネタは、言葉通り水道水の味を延々とソムリエのごとく表現し続けるもので「美味い」「味はある」という普通寄りの説明からだんだん「舌の両サイドが味を探している」「もうひと波来そうだけど来ない」などと独自のワールドへ。でも言われてみればそうかも? 私も味を探してみたい! と思わせるのは哲学かアートのようでもあり、でもやっぱり笑えるのです。
10.『一発屋芸人列伝』新潮文庫
著・文/山田ルイ53世,発行/新潮社
芸人さんとてすべての人が長く売れ続けられるわけではありません。とりわけ“一発屋”の人たちは意地悪な目を向けられ、嘲笑の対象になることもしばしば。本書はかつてブレイクした芸人である髭男爵の山田ルイ53世さんが、同じような運命を辿った芸人たちに人生を聞くインタビュー集。しかしこのインタビューが抜群に面白くて引き込まれてしまいます。失敗や挫折の中にこそ美しさや面白さがある。落ち込んだときもこの本を読めば、彼らの言葉が元気をくれるはずです。
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選者:花田菜々子
流浪の書店員。あちこちの書店を渡り歩き、2018年から2022年2月まで「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で店長をつとめる。2022年9月1日に自身の書店「蟹ブックス」を東京・高円寺にオープン。著書に『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』など。