あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今回のテーマは、「あの人物の素晴らしさを思い知った映画」です。その“観るべき10本”を選ぶのは、マニアじゃなくても「映画ってなんて素晴らしいんだ!」な世界に導いてくれるキノ・イグルーの有坂塁さん(以下・有坂)と渡辺順也さん(以下・渡辺)。今月もお互い何を選んだか内緒にしたまま、5本ずつ交互に発表しました! 相手がどんな作品を選んでくるのかお互いに予想しつつ、相手の選んだ映画を受けて紹介する作品を変えたりと、ライブ感も見どころのひとつです。


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お時間の許す方は、ぜひ、このYouTubeから今回の10選を発表したキノ・イグルーのライブ「ニューシネマ・ワンダーランド」をご視聴ください! このページは本編の内容から書き起こしています。




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−−−乾杯のあと、恒例のジャンケンで先攻・後攻が決定。今月もまた有坂さんが勝利し、後攻を選択。それでは、クラフトビールを片手に、大好きな映画について語り合う、幸せな1時間のスタートです。

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渡辺セレクト1.『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』/人物:ダルトン・トランボ
監督/ジェイ・ローチ,2015年,アメリカ,124分

有坂:うんうんうんうん。
渡辺:この「トランボ」っていうのが、その名前なんですけど、これがですね。映画人で、今は知られているんですけど、1940年代のアメリカの脚本家、ダルトン・トランボという人ですね。この人が、当時ハリウッドで「赤狩り」というのがあってですね、共産主義者を排除するという動きがありまして、このトランボっていうのは共産党の人だったので、その赤狩りに合うんですけど、脚本家としてはめちゃくちゃ才能があった人なので、ハリウッドから赤狩りで干されてしまうんですけど、その後、なんと偽名を使ってオファーを受けていたんですね。才能があるのでオファーは受けるし、その作品はヒットするし、なんならアカデミー賞を獲ってしまうと、っていうので、一番有名な作品がローマの休日。『ローマの休日』の脚本は、偽名で書いたトランボの作品だったというので、今はそれも認められて、トランボのクレジットがつくようになりました。『ローマの休日』とかは、今はクレジットとか、脚本に、複数いるんですけど、トランボの名前が入るというようになっています。あと、スパルタカスとかですね。キューブリックですね。
有坂:『スパルタカス』と『ローマの休日』を、同じ人がやってんだもんね。びっくりだよね。
渡辺:そうなんですよね。わりと、けっこう錚々たる、ウィリアム・ワイラーとか監督のものをやってたりするので、40年代、50年代ぐらいのハリウッド映画の、今だとクラシック映画の名作と言われる作品を数々手がけていたのが、実はこのトランボという人です。なので、これはちょっと知られざる人だったというやつなんですけど、この映画自体めちゃくちゃ面白いので、「そんな人いたんだ」っていう切り口でも楽しめますし、映画としてもすごいなんていうか、ドラマチックな作りになってるので、エル・ファニングが出ていたりとかですね、役者もすごい良かったりしますので、配信でやってますので、今だと何だろう、何でやってるかな? Amazonプライムとかの見放題じゃないけど、レンタルとかで、楽天とかその辺で観られますので、ぜひ興味のある方は観ていただければと思います。
有坂:映画が誕生して130年も経つと、その間の映画業界の裏側が映画になるわけだよね。そうやって、いろんなストーリーが実はあったってことも知ったり、今トランボを聞いてふと思い出したんだけど、アラン・スミシーって知っている?
渡辺:あー。もちろん。
有坂:アラン・スミシーっていう脚本家がいるんですけど。
渡辺:監督もじゃない?
有坂:監督もか。これって、ようは作り手が、もう自分がつくった作品として認めたくない、けれど、世に出さなきゃいけないというときに使用する偽名が、アラン・スミシー。だから、「アラン・スミシーだけど、誰だれ、誰だれ」っていう。いろんな人がアラン・スミシーという名前を使って出すんですけど、それをその裏側を追った映画とかもあって、なんかね、そういう裏側の大人の事情で名前を変えてしまうっていうところもね、なんか、こうちょっとアメリカ人らしくて面白いなと思いますが。……なるほどね、トランボは考えてなかったな。わかりました。じゃあ、僕の1本目は、今回のテーマを聞いて、真っ先に思いついた映画から行きたいと思います。これも、人物を言えばわかりますが、三島由紀夫のドキュメンタリーです。


有坂セレクト1.『​​三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』/人物:三島由紀夫
監督/豊島圭介,2020年,日本,108分

渡辺:お、なるほど。
有坂:前に順也がね、紹介したと思いますが、ちょっと今回、真っ先に三島由紀夫のこれだなと。
渡辺:そうなんだ。
有坂:だって、「あの人物の素晴らしさ」。もちろん三島由紀夫は偉人で、素晴らしさは、なんとなくですけどわかっていたつもりだったんですけど、なぜこれを挙げたかというと、このまずドキュメンタリーは、もうその名のとおり、これはあの東大全共闘、もう本当にすごく過激な千人を超える学生たち vs 三島由紀夫の、これはもう討論会を記録したフィルム、本当にすごく貴重な歴史的なフィルムだと思います。69年。もう一番社会が荒れ狂ってる時期で、その先頭を突っ走っている表現者として三島由紀夫がいて、当時って政治がうまくいってないときに、学生とか若い人たちが、自分たちが行動を起こして自分たちの手で政治を変える。本気でみんなが信じて生きていた時代。その三島由紀夫が東大に乗り込んでくるんですけど、基本的には超アウェイなんです。学生たちは、このとき「三島を論破して、舞台の上で切腹させる」って言っていたらしい。それぐらいのかなり危険な状態で、三島由紀夫が東大に来ます、と。
渡辺:単身、乗り込んでくるんだよね。
有坂:しかも、これが警察を、警護をつけると言ったのも本人が断って、単身乗り込んでくるっていう。その辺の風景とか、ちょっとした緊張感みたいなものがフィルムの中にしっかり記録されているので。
渡辺:だいぶ暴力的な時代だもんね。
有坂:本当にもう一触即発みたいな空気もあるんです。東大の全共闘側には、絵に描いたようなヒールがいて、芥なんとかっていう人がいるんですけど、その人が、この人本当学生なのかっていうぐらいの知性と、ヒールの雰囲気を漂わせて、なぜか途中で、その後、実はパパで自分の赤ちゃんを抱っこしながら、三島由紀夫と対峙するっていう。
渡辺:たばこ吸いながら。
有坂:そう、たばこ吸いながら。もう、なんかよくわからない状況になるんですけど、なんかそんな極限な状態に追い込まれた三島由紀夫なんですけど、もうね、メンタルが全然ぶれないで、もうね、常にすごく美しい日本語で学生たちと対峙する。ちゃんと学生に対してのリスペクトもある。
渡辺:敬語なんだよね。
有坂:そう、喋り方なんですよ。で、なんか僕のイメージしてた三島由紀夫って、もうちょっと尖っていて、もう例えば学生の前に立ったら、もう自分が威圧感丸出しで圧倒するんじゃないかな、と思っていたら、まったく逆だったんですよ。初めて、その三島由紀夫がきちんと喋っている映像を見たので、余計にそのインパクトが強かったんですけど、でも、やっぱりその彼の信じている思想みたいな、かなり偏った思想みたいなもの。そこはまあ、共感できる人、できない人はいると思うんですけど、でも、こう人と向き合うときの姿勢みたいなとことか、こんなに素晴らしい人格者だったんだなっていうことが、とにかく衝撃的でした。「あの人物の素晴らしさ」というテーマにぴったりだなということで、一本目はこれなんですけど、特にこのドキュメンタリーって、このSNS時代に観ると、やっぱり今って顔を見せないで、みんなバンバンいろんなこと言いたい放題言うじゃない。この時代だからこそ、やっぱり観る意味ってすごくあると思う。やっぱり人と向き合って、途中で三島由紀夫をやじった学生がいて、その学生に対して、同じ学生の立場の全共闘の芥さんも、ちょっとその態度が気にいらなくて、お前ステージに上がってこいよみたいになって、「殴ってやる」みたいなことをいうんだ。で、三島由紀夫も、「みんなの前で殴れ」みたいなことを言うんだけど、やっぱり目の前に人がいたときって、やっぱりやりたいと思ってもやれないとか、言いたいけど言えないとか、言葉だけではないコミュニケーションって人間ってあると思うんですよね。そういう目に見えないエネルギーとか、この無意識のところでの駆け引きとか、そういうものも映像だからきちんと記録されていて、観ていてもいろいろ楽しめると思うので、全然この時代に興味がなくても観てほしいと思う衝撃の一作です。
渡辺:これは観られますね。アマプラでやっている。
有坂:すごい時代です。U-NEXTでも見放題です。
渡辺:三島由紀夫に偏見のある人ほど観てほしいね。
有坂:そうだね。ちゃんと、自分の弱さもね、学生の前でさらけ出したりするんだよね。
渡辺:ユーモアがあるしね。
有坂:ユーモアあるよね。
渡辺:完全に「vs」だったのにちょっと飲まれていくもんね。そういう雰囲気のある。……なるほど、そうきましたか。じゃあ、どうしようかな。じゃあ、僕の2本目は、またアメリカ映画をいきたいと思います。


渡辺セレクト2.『モーターサイクル・ダイアリーズ』/人物:チェ・ゲバラ
監督/ウォルター・サレス,2004年,イギリス、アメリカ,127分

有坂:うんうん(拍手)。
渡辺:この『モーターサイクル・ダイアリーズ』は、ある青年がチェ・ゲバラになる前のお話です。当時、普通に名もない若者として、バイクで南米を旅するという、ゲバラ青年のお話です。なので、全然政治的なものとかまったくない、普通に青春映画として面白い映画です。このときに、まあ、若いときって自転車で日本一周するとか、どこどこまで行くとかそういうのがありますけど、これはバイクで中南米を旅するという青年の同じような話です。このときに目にするのが、貧困だったりとか、民衆に立ちはだかっている困難だったりとか、不条理みたいなものを目の当たりにしていくんですね。なので、青春映画でありつつ、若者が社会の壁みたいなものに打ち当たるところがあったりとかですね。それが、チェ・ゲバラになっていくっていう、その前段の部分を描いていたりするので。だから、伝説の革命家みたいなイメージがありますけど、彼も普通の青年だったんだとか、なんで、そういうふうになっていったのかみたいなことが、青春映画としてちゃんと丁寧に描かれているので、そういうところで別に革命家っていうと怖い思想の塊みたいなイメージありますけど、それはちゃんと普通の青年で、いろいろそういう原体験があって、それで理想の社会を目指そうとしたんだというところが見えてくるというですね。そのつくり方が非常に良かったなと思います。監督のウォルター・サレス、これで一気に有名になりましたけど、本当に映画としても面白いですし、チェ・ゲバラという人のまた違う側面、魅力みたいなものに触れられる作品かなと思ったので、2本目に挙げてみました。
有坂:この映画、チェ・ゲバラになる前の話でいいなと思ったのが、何かを成し遂げた人って憧れを持っている人が例えばいても、「あの人だから、チェ・ゲバラだからそうなれたんでしょ?」って言いがちじゃない。だけど、そのチェ・ゲバラにも同じ年齢の悶々としていた時代があって、その中でなんか自分の中の問題意識と、自分で行動した旅が重なって、彼は一気に自分の人生を大きく動かしていったっていうような、誰にでも起こり得ることだと思うんだよね。別に革命家じゃなくても。だから、「自分はこういう人で、自分が憧れているゲバラは、もともとそういう素養がある人だ」って分けちゃいがちだけど、この映画を観るとなんか地続きの同じ若者で、きっかけがこういうことだったんだなってわかることで、なんかこう自分も前向きに何かをやっていこうというね、きっかけになるから、すごくいいなと思うし、実際なんか高校生男子とかに観ている人、けっこういるんだよね。親が観せたいとか。
渡辺:これも観られるのかな。
有坂:配信では観られない。でも、すぐ観られるだろうね。ロードムービー好きには、もうたまらない作品。……はい、じゃあ、僕の2本目は、人物で言うとトム・クルーズです。
渡辺:ええ!(笑)。


有坂セレクト2.『マグノリア』/人物:トム・クルーズ
監督/ポール・トーマス・アンダーソン,1999年,アメリカ,187分


渡辺:ああ!
有坂:ちょっと順也と違うのは、劇中の人物がすごい。僕は、これはトム・クルーズっていう人自身がすごいっていう意味で、『マグノリア』を紹介したいと思います。この映画は、ポール・トーマス・アンダーソンというブギーナイツとか、あとはゼア・ウィル・ビー・ブラッドとか。アメリカのウェス・アンダーソンっていう監督の方が有名だと思うんですけど、同じ時代に出てきた同じアンダーソン。途中まではダントツ、ポール・トーマス・アンダーソンの方が、ビッグな監督と言われてました。そのポール・トーマス・アンダーソンが99年につくった、これは群像劇です。なので、「主演、トム・クルーズ」ってことではなくて、実は扱いとしてはトム・クルーズは助演なんですね。で、複数のこれは人たち、9人ぐらいだったかな。大物テレビプロデューサーとか、彼が捨てた息子とか、看護婦とか、クイズ番組の司会者とか、天才少年とか。そういう複数の9人、それぞれつながりはほとんどないような9人が、同じ24時間を過ごす。それぞれの人生を、いろんな視点で見せていきながら、最後、つながると思いきや、つながらないんだけど、これはネタバレになるので絶対に言えないんですけど、あることでつながるんですよ。わかりやすく物語が交差するわけではなくて、ただある大きな、もう観たら衝撃的なあることがきっかけで、みんなの人生がつながるっていうのかな、映画としてつながる。まあ、そういう群像劇となってます。で、一応なんかこの映画のテーマは、その「偶然」っていうものを大きくテーマとして扱っていて、映画の冒頭に物語とまったく関係のない3つのエピソードが出てきて、それがなんか偶然にまつわるエピソードが3つ出てくるんですね。そのうちの3つ目がなんか一番、ハッて思ったんですけど、あるとき、ビルから飛び降り自殺をする男がいて、落ちていく途中、その途中の部屋で喧嘩をしている、夫婦喧嘩している人の銃でバンって打った弾が、流れ弾が当たって実は死んだみたいな。
渡辺:窓の外にいって、その窓の外をちょうど落下したところが当たっちゃったっていう。
有坂:それが、母親が撃った銃だったっていう。そういう偶然にまつわるエピソードから物語が始まっていくっていう。どこに着地するのかなっていうのをワクワクしながら観たら、とんでもないところに最後はたどり着くという群像劇の中で、トム・クルーズは、カルト教団の教祖みたいな役をやっているんですよ。
渡辺:主演じゃないんだよね。
有坂:そう、だから、こういう扱いとしたら、助演男優賞をゴールデングローブ賞で獲ったり、オスカーもノミネートされた、きっかけになった映画です。で、なんかね、ほんとにもう最低な男なんですよ、このトム・クルーズって。「その女を誘惑してねじ伏せろ」っていうような卑猥な言葉を言って、男をあおって、そういう仲間を募っていくみたいな、そういう教祖的な役割をトム・クルーズがやっているんですけど、それまでのトム・クルーズって、やっぱりもういわゆるザ・スターで、ミッション:インポッシブルとか、そういうのばっかり出ていた流れの中で、この『マグノリア』に出てはじめて、助演というものをやったんだよね。
渡辺:そうだよね。
有坂:この役も、実はトム・クルーズが自らオファーして、ぜひ出してほしいということで、出演を熱望して叶ったみたいです。でも、実際にポール・トーマス・アンダーソンという人は自分のつくりたい世界がはっきりある人だから、スターを受け入れるっていうのは簡単なことではなかったらしいんですけど、そのトムの熱意に押されてキャスティングして、そうしたら今度、映画会社側が、「よっしゃラッキー」と、トム・クルーズで売り出せるということで、トム・クルーズ推しでやろうと思ったら、それはもうポール・トーマス・アンダーソンが絶対反対ということで、このポスターもね、このマグノリアの花、8つの花びらにそれぞれの顔があって、トム・クルーズを特別視することもなく、あくまで群像劇ですよという形でポスターもつくり、予告編も自分でつくると、絶対スター映画にはさせないということで、きちんとクオリティコントロールもした上で発表された映画で、実質、でもトム・クルーズのスターの部分が削ぎ落とされた結果、「演技派だった」と、「すげえじゃんトム・クルーズ」ということで、トム・クルーズの株が爆上がりした映画でもあります。これは、エイミー・マンというミュージシャンの曲が元になっている映画で、ある意味、原作と言っていいぐらいエイミー・マンの曲とか、歌詞の世界を映画化した作品なので、ぜひエイミー・マンの曲と合わせて、実際劇中でもいっぱい使われているんですけども、観てほしいなと思う一作です。
渡辺:トム・クルーズが、ブリーフ一丁で出てきますからね。
有坂:観られるね、U-NEXT。これは、本当にもう20世紀最後の傑作だと、個人的には思っています。
渡辺:なるほど、じゃあ、トム・クルーズってこと。……なるほど、じゃあ、僕の3本目に行きたいと思います。人物で言うと、バンクシーです。


渡辺セレクト3.『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』/人物:バンクシー
監督/バンクシー,2010年,アメリカ、イギリス,90分


有坂:うんうんうん、なるほど。
渡辺:バンクシーはもうご存知、覆面アーティストで、バンクシーの映画っていくつかあるんですけど、これが一番最初に出た作品で、一番面白い作品です。この映画は、ドキュメンタリーなんですけど、内容でいうと、もともとあの覆面アーティストとして正体不明のバンクシーを、ドキュメンタリーとしてインタビューを取ることに成功したっていう、あのティエリーだったかな、っていうフランス人男性が登場してバンクシーにインタビューするんですね。でも、バンクシーはフードを深くかぶって、ちょっと暗がりの中で答えるみたいな感じなんですけど、そのうちバンクシーが「お前ダメだな」みたいな、「俺がお前を撮る」みたいな感じになってきてですね、そうすると、その本当はこう、撮す側だったティエリーっていう男が、今度は被写体になってしまって、バンクシーの言われるがままに何かアートをやりだして、イベントやれとか、何かやっているうちに人気者になってしまうっていう。
有坂:Mr.ブレインウォッシュ(洗脳)。
渡辺:そう、なので、今度バンクシーが監督になって、その男をプロデュースしだすみたいな、そういう構図になっていくんですね。それが、Mr.ブレインウォッシュがどんどん売れっ子になっていってしまって、その様子を映していくんですけど、なんかこうふと途中で思うのが、さっきまで何者でもなかったこの男が、バンクシーが認めているみたいなことで、どんどんアーティストとして有名になっていってしまって、その男のつくり出すものが、ちょっと前まで何の価値もなかったものが、ものすごい高額のアートとして売り出されるようになってしまうみたいな。そういう現象を観ている側は、なんかドキュメンタリーとして観させられていくっていうですね、という、バンクシー自体がアートってなんだっていう、そういうテーマをこの映画に盛り込んで観せていくっていうことに、だんだん観ているほうも気づかされていくっていうですね。本当に、この作品自体がなんか全部トリックなんじゃないかっていうような、すべて含めて、そういう気持ちにさせられることもアートっていう、もう全部バンクシーの手のひらで転がされているっていう。それ自体も作品みたいなふうに、観させられるところがこの作品の面白いところだし、バンクシーの天才的なところっていうですね。このタイトルが、『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』っていうのが、なんかこう出口に向かって、美術館とかで出口に最後にグッズコーナーがありますけど、なんかこのグッズのコーナーに向かって出ていくみたいな、そこで売買されるというか、そこでみんながお金を落とすみたいなことがアートのビジネスになっているみたいなことを、めちゃくちゃ揶揄ったタイトルなんですけど、アートの本質ってなんだみたいなことを問うているんですけど、真面目じゃなくて、すごい面白い出し物を観たみたいな感覚で、そういうテーマをちゃんと突きつけられるっていうですね。なんで、これは本当に、なんだろう、バンクシー、天才すぎるという。
有坂:バンクシーが監督をしているんだよね、この作品自体。
渡辺:そうなんですよ。
有坂:で、さっき順也が言ったけど、こうフードかぶって暗がりでしゃべっている、実際にその人がバンクシーっていうふうに観ているけど、本当にバンクシーかどうかはわからないですね。Mr.ブレインウォッシュが踊らされているように見えるけど、それさえもドキュメントって言っているけど、フィクションなんじゃない? とか、いくらでも解釈できちゃう。そこが何かやっぱりバンクシーの天才性だなって。
渡辺:これはね、ドキュメンタリーでこんなつくり方するなんて、今までないし、本当にね、アートって何っていうものをメッセージとしてちゃんと感じることができる。
有坂:Mr.ブレインウォッシュのキャラがいいんだよね。ちょっとダメなんですよ。ダメで、でも、ブレイクした自分かっこいいみたいな。だから、余計になんかアートとはっていうのを考えちゃうような、だから、そのキャスティングさえももう狙ってやってんじゃないかなっていうぐらい。
渡辺:そうそうそう。
有坂:だから、話せば話すほど面白い。
渡辺:面白い。また観たくなるくらい。これもね、あんまり観られないんだよね。
有坂:配信ないね。ちょっとお願いしますよ、観れないのばっかりじゃないですか。
渡辺:これはでもね、DVD売っていたら絶対に買ったほうがいい。これは、持っていて本当に価値のある作品かなと思います。
有坂:なるほど、じゃあ、僕の3本目は、人物はジャン=リュック・ゴダール。超巨匠で、2010年の作品です。


有坂セレクト3.『ゴダール・ソシアリスム』/人物:ジャン=リュック・ゴダール
監督/ジャン=リュック・ゴダール,2010年,スイス、フランス,102分

渡辺:それ!(笑)
有坂:これは、まあ、「あの人物の素晴らしさを思い知った」、当然ゴダールの素晴らしさなんて、とっくに思い知っているんですけど、2010年に、これ僕、劇場でリアルタイムで観ているし、予告編も観ていたんですけど、何がすごいかって、今言った予告編なんですよ。これ、予告編はYouTubeで観られるので、最近やっとアップされて、今までなかった。もうぜひ観てください! これ、あの映画が、102分って書いていますね。この予告編って『ソシアリスム』のオープニングからラストまでを超高速早回しで、102分間全部観せ切るっていう予告なんです。そんな予告を、これ、ゴダール自らがやっているんですね。なので、よーく観たらラストシーンとか映っているんですけど、俺の映画は別にそんなラストシーン観せたところで、全然影響ないからっていう。なんか、その余裕とか、あとこのときのゴダールって、80歳なんですよ。80歳にして、これだけ尖った予告編をつくるって、やっぱりすごいなと。このときって、グザヴィエ・ドランとか、その世界的に若い、ウェス・アンダーソンもそうだけど、面白い監督が出てきているけど、触発されたのかなんなのか、80歳にしてそんな攻めた予告編を自らつくるゴダール。で、「かっこいい!」と思って本編観たんですけど、全然意味がわからない。
渡辺:笑
有坂:これに関しては、意味がわかんないのはいいんですよ。もうゴダールはだいたいそうだからね。もう、良さが全然一回じゃとてもわからないぐらい。やっぱり何本かあって、もう完全に置いてけぼり食らっちゃう映画、ゴダール映画の中でもトップクラス!
渡辺:晩年なんて特にそうだもんね。
有坂:その中でもね、優しさを見せているものもあるんですけど。
渡辺:優しさなんてないから(笑)。
有坂:あるんだよ(笑)。でも、他のゴダール映画と同じで、何だろう、その本当の映像のみずみずしさ、イメージを一回観たら、こうなんか脳裏に焼き付いて離れないみたいな、なんか、その自分がインスタ用に写真撮るときとか、どうしてもなんかその焼き付いたイメージを元に撮りたくなるとか、なんかそういうビジュアルのイメージというのは、もうもちろん圧倒的。あと、その編集とか、あとゴダール映画で、特に晩年ゴダール映画の見どころの一つが、タイポグラフィーの使い方。画面の中にどういうふうに文字を入れるか。そこはね、本当に多分、デザインとかする人には、ものすごい参考になるところでもあるかなと思うので。そこかな、観てほしいのは。あとはロバ。めちゃくちゃ可愛いロバと、赤いミニクーパーが素敵です。
渡辺:これも観られないんじゃない?
有坂:本編はね。いつか観てください。でも、予告はもうYouTubeですぐに観られるので、爆音でぜひ、観てもらえたらと思います。
渡辺:はい、じゃあ4本目ですね。じゃあ、僕の4本目は、人物で言うとアレサ・フランクリンです。


渡辺セレクト4.『アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン』/人物:アレサ・フランクリン
監督/シドニー・ポラック,2018年,アメリカ,90分

有坂:ほう。
渡辺:2018年の作品なんですが、映像自体は1972年のものです。これは、『アメイジング・グレイス』というアレサ・フランクリンのアルバムが発売されたんですけど、それがどういうアルバムかというと、LAの教会でライブをしたときの録音したもののアルバムなんですけど。
有坂:超最高!
渡辺:そう、それをドキュメンタリー映画として撮っていたんですけど、機材トラブルかなんかでお蔵入りになっていたんですよね。ずっと50年ぐらいお蔵入りになっていたのが、ようやく最近になって、今の技術で修復というかね。
有坂:音源が取れてなかったんだよ、これ。
渡辺:なんかね、音と映像がバラバラだったんだよね。
有坂:カチンコなしだったんだ。
渡辺:カチンコって、そんな重要なんだと思うんだけど、タイミングを合わせるためのね、カチンコがなかったって、それが50年間眠っていたっていう。それが今の技術で修復されてお披露目になった、っていうのが映画館で観られるっていうね。というので、もう真っ先に観に行きましたけど、これが本当に素晴らしいですよね。もともとゴスペルのところから、アレサ・フランクリンってきているので、そこの原点に立ち返ってスターになった今、またそこで演奏するという形で、なんか尊敬するなんとか牧師みたいな、牧師さんっていっても、もうほぼ歌手なんだけど、向こうのゴスペルの教会の牧師さんなんて。あと、なんとか聖歌隊みたいな、ようは、もうよりすぐりのスペシャリストたちが集まってアレサ・フランクリンと一緒に演奏するっていう。これ普通にお客さんが入っているんですけど、もうお客さんもその一部みたいな感じで。演奏はね、本当に素晴らしいし、最高のパフォーマンスなんですけど、やっぱりだんだん熱気を帯びていって活気を帯びていって、なんかふらふら立ち上がって踊り出すお客さんとかが、なんていうのかな、なんか、もう宗教的なちょっと取り憑かれちゃったみたいな感じの人たちが、一人、二人どんどん出てくるっていうぐらい、音楽の力と宗教の力みたいなのが一体になったような、本当にゴスペルってこういう感じなんだなっていう、本当に魂で歌っているみたいな、そういうパフォーマンスが目の当たりにできるっていう。これは、本当に映像記録としてもめちゃくちゃ貴重だと思いますし、アレサ・フランクリンが、それだけ伝説の歌手と言われるのが、これを観たら本当にわかるっていう。一般の人を本当にそんなに酩酊させるぐらい、歌でフラフラにさせるような力があるっていう。そういったものが観られるっていうのが本当にすごいです。よく映像を観ていると、客席の奥の方にミック・ジャガーがいるっていう。普通に観にきているっていう。なんかそういう同時代の違うジャンルの歌手が、普通に観にくるっていう、そのぐらい伝説のライブっていうのが観られるんで、やっぱりちょっとアーティストもの一個入れたいと思ったときに、いっぱいあるじゃん、ドキュメンタルもそうだし、ちょっとアレサ・フランクリンが、最近観た中で一番良かったかなと思ったので、アレサ・フランクリンの『アメイジング・グレイス』を入れました。
有坂:これはすごかったね。なんかミック・ジャガーがさ、ブルースとか、R&Bとか、ブラックミュージックにルーツがあるとかって知ってはいたけど、いてくれて本当に嬉しかった。本当にそうなんだなと思ったよね。この場に本当にミック・ジャガーとしているんじゃなくて、本当にオーディエンスの中の一人として、そういう意味でもね、本当に奇跡のドキュメンタリー。よくぞ、完成させてくれました。……はい、じゃあ、僕はその華やかさとは真逆をいく日本のドキュメンタリーを紹介します。えーと、これ、人物紹介が難しくて、人物としては町をうろうろしている人。
渡辺:どういうこと?(笑)
有坂:映画は2017年の作品です。


有坂セレクト4.『ひい君のあるく町』/人物:町をうろうろしている人
監督/青柳拓,2017年,日本,47分

渡辺:おー、おお、おお。
有坂:これ、多分ちょっとね、配信で観られないかも。というのも、これは2017年に、当時23歳だった青柳拓という監督が、大学の卒業制作でつくったドキュメンタリーです。47分なので、まあ中編ドキュメンタリーなんですけど、どういう内容かというと、山梨県の甲府、なんか盆地のさらに南側のエリアに市川大門という場所があって、監督はそこで生まれ育った人。で、まぁ昔はにぎわってたけども、今はもうどんどん人口減少でシャッター街になっていってというような町を、あらためて監督がその住んでいた街にカメラを向ける。その向けるにあたって、この“ひい君”っていう人にカメラを向けるんですね。彼はどういう人かというと、町を毎日うろうろしているおじさん、何者かよくわからないおじさんなんです。ニコニコしたり、このようにヘルメットをかぶって町の人と一緒にしゃべったりとか、お菓子もらったりとかするっていう謎の人物なんですね。監督は自分の地元を離れて東京の大学に行ってその卒業制作としてどうしようというときに、いわゆるひい君の話を飲み会の席でしたときに、「確かにそういう何者か分からない、怪しい人って俺の町にもいた」って盛り上がって、「じゃあちょっとカメラを向けてあの人が何者かっていうのを探る」って言って、ドキュメンタリー制作が始まるんですね。そうしたら、別に特別何っていう人ではなくて、ちょっと軽く知的障がいがある人で、でも自分からどんどん好奇心旺盛で外に出ていくような人で、町の人からも愛されてお菓子もらったりお話したりみたいなことを日常的にやってる人だったと。ひい君にいろいろ家族の話とかを聞いていく中で、ある一枚の写真が見つかって、その写真というのが、ひい君が写っている写真なんだけど、よく見たら青柳監督も写っているっていう写真が見つかったときに、監督が昔の記憶と接続して頭を撫でてもらった記憶につながる。まだ、自分の町もすごく豊かで、自分が若く小さくて、地元が楽しかった頃の記憶とつながるっていう。それは本当にひい君を撮ろうっていうところから、そういう監督的には、自分のある意味、町での豊かな思い出にまでつながっていくっていうドキュメンタリーに結果的にはなったんですね。で、なんかやっぱり、この映画観たときに、いいなって思ったのは、やっぱりなんか僕が住んでた、小さい頃いた練馬区春日町とかも、「あのおじさんなんだろうね」って人っていたんだよ。順也の生まれ育ったところも、もっといそう。
渡辺:いた!
有坂:だよね。で、なんかそういう人を見たときって、やっぱりそのわからないことが怖いから、知ろうとも思わない。話しかけようとも思わないし、もう見て見ぬふりというか、変な人だねって、みんなで言い合って終わっちゃう。だけど、その人にもやっぱり人生はあって、その人生を知るために、監督はカメラってものを使って作品化したわけじゃない。そう作品化したら、自分のその幸せだった、幸福な記憶とつながっていくとか、なんかその流れがすごい素敵だなって思ったし、なんか今まで謎で怖いって思っていた人も、こんなに何かこう周りを幸せにできる人なのかも、って思える一つのきっかけになるドキュメンタリーだなと思ったので、本当にこれはね、卒業制作で作品をつくらなきゃいけないということが、結果的に監督も幸せになり、それを観た人もなんか自分の見ている風景をちょっとこう1回考えるきっかけにもなる、素晴らしい自主映画だなと思いました。
渡辺:これは観られないのかな?
有坂:観られないけど、監督自身は、その後、コロナ禍の自分をセルフドキュメンタリーで撮った東京自転車節。もうUberEatsをやっている自分にカメラを向けるっていう、あと、フジヤマコットントンっていうドキュメンタリーも、
渡辺:最近のやつですね。
有坂:ポレポレでやっていたりしたので、新作やると旧作を特集上映って形でやっているので、観る機会はいずれあると思うので。
渡辺:配信はないんだ。
有坂:配信はないね。
渡辺:なるほど、観てないんだよな、これ。
有坂:これは47分。中編だね。あの人物すごかったっていうのともまたちょっと違うんですけど、あの人物すごいかも。
渡辺:ひい君?
有坂:ひい君は、でもすごかったよ。ひい君とは違うんだけど、みんなの中にもいる、町をうろうろしてる人の中に、素晴らしい人がいるかもよっていう。ひい君はすごかった。
渡辺:はい、じゃあ、その流れを受けて。
有坂:えっ? 受けられるの?
渡辺:僕の5本目ですね。5本目は、その特定の人とかではないんですが、2022年のアメリカ映画です。


渡辺セレクト5.『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』人物:ジャーナリスト
監督/マリア・シュラーダー,2022年,アメリカ,135分

有坂:ああ、うんうんうん。
渡辺:これはどういう映画かというと、「#MeToo 運動」のきっかけになった、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインという人のセクハラ、パワハラ問題を暴いた女性記者の劇映画です。女性記者2人が、どうやらそんな噂があるというので、調査取材をしていくという話なんですけど。やっぱり当時のハーヴェイ・ワインスタインって、めちゃくちゃ力のある映画プロデューサーで、作品はアカデミー賞にノミネートされるみたいなものを次々とプロデュースしたりしているので、やっぱりハーヴェイ・ワインスタインプロデュースの作品ということで箔が付くし、それに出演できるということは、俳優にとってはすごいチャンスだったりするので、ハーヴェイ・ワインスタインについての取材ということで、口をつぐむ人がめちゃくちゃ多いし、やっぱりパワーのある権力者なので、なかなか取材は進まないみたいなところを描いた作品なんですけれども。ただ、やっぱり女性記者というところもあって、女性の共感を得だして、女性の権利を守るであったりとか、地位を回復するみたいなところに共感をしだした女優たちが、一人また一人というふうに証言を出していくっていう。そこから、ついにハーヴェイ・ワインスタインを有罪にして、「#MeToo 運動」が起こっていくという、その流れをつくった、そういう女性記者の話なんですけども。なので、この個人というよりかは、ジャーナリストのすごさみたいな、その何かちょっと時代をひっくり返したりとか、ムーブメントをつくったりみたいな、その流れを作り出す記者、ジャーナリストたちのすごさみたいなものをすごく感じたので、これは一つのそういう代表的な作品かなと思います。あのなんだろう、記者たちっていう作品とかで、それはブッシュ政権のときの大量破壊兵器は実はなかったみたいなものをスクープした、ワシントンポストの記者の話とかですね。スポットライト 世紀のスクープっていう映画とか、アカデミー賞を獲っている作品ってけっこうあるんですけど、けっこう地味なんですよね、全部。おじさんが主人公だったりして、めちゃくちゃ地味だったりするので、その中で一番観やすいというか、っていうのは、あと#MeToo 運動みたいな象徴的な事件とつながっていたりっていうのもあるので、この『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』が、そこを代表的に観やすい作品かなと思うので、何か特定の人というよりかは、ジャーナリストの代表の作品として挙げさせていただきました。
有坂:面白かったよね。
渡辺:本当に。
有坂:2人が、仕事で待ち合わせしたときに
渡辺:服が被っちゃうやつね。
有坂:同じ服を着てきちゃって恥ずかしい。そういうところがあるかないかで、全然変わってくるんだよね。
渡辺:そうそう。
有坂:やっぱり男主人公の政治系映画って、そういう遊び心とかが、気が抜ける瞬間がまったくないからね。そういう意味でも、それだけでもけっこう新しいなって思ったね。
渡辺:これは、でも観られるんじゃないかな。
有坂:観られます。Netflix、Amazonプライム。
渡辺:これは、まあ観やすいし、本当にここから「#MeToo 運動」っていうのが起こっていったんだっていうのが、体系的にもよくわかる作品なので、ぜひ。
有坂:じゃあ、僕の最後は、予定してた作品を変えて、順也が『アレサ・フランクリン』を挙げたときに、そっかその視点があったなと思って、ミュージシャン視点でいきたいと思います。2006年のアメリカ映画です。

有坂セレクト5.『ビースティ・ボーイズ 撮られっぱなし天国』/人物:ビースティ・ボーイズ
監督/アダム・ヤウク,2006年,アメリカ,89分

渡辺:そこ行きますか(笑)。
有坂:これはご存知、解散してしまいましたけども、ヒップホップグループのビースティ・ボーイズ。彼らが2004年にやったライブ。これは、まあいわゆるコンサートフィルムなんですけど、あのニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで地元凱旋ライブをやると。それを、今までと違うことをやってやろうということで、その観客50人に事前に小型カメラを渡して、ライブをそれぞれの視点で記録してもらい、それを後で一つの作品にまとめるっていう形で始まったプロジェクトなんですね。
渡辺:新しいよね、このときにね。
有坂:で、その50人に言われたのは、「とにかく何を撮ってもいいけど、カメラを絶対止めるな」と。
渡辺:「カメラを止めるな」と。
有坂:まさに「カメラを止めるな」と。50人全員が回しっぱなしで撮れっていうのが唯一の指令だった。それはね、長い時間撮れば絶対面白いもの撮れると思うけど、一番大変なのは編集じゃん。編集監督が、結果的に延べ100時間以上にわたる映像を、後からこれは80、90分か。……89分に、これはまとめるんですけど、このまとめた監督、アダム・ヤウクは、実はビースティ・ボーイズのメンバーなんです。なので、なんかビースティ・ボーイズって、そのまあ、もともとハードコアバンドから始まって、ヒップホップやって、そのヒップホップとハードコアが融合していくみたいな。曲によって楽器を持って演奏したり、急に次の曲では3人がMCでラップやったりっていう、なんか本当にこう自分たちが好きなものを心の赴くままにやっていった人だけど、もうこの『撮られっぱなし天国』のときには、かなり評価も定まっていて、映像作品もスパイク・ジョーンズとコラボして、いろんなミュージック、伝説のミュージックビデオも数々つくって、もうそういうクリエイティビティへの欲みたいなのがなくなってもおかしくないのに、めちゃくちゃ攻めた音楽映画をつくる。しかも、自ら監督しちゃう。そういうエネルギーとかがやっぱりかっこいいし、なんか改めてその才能ある人に任せたことはやってきたけど、ここで自分たちでやるってところが本当に素晴らしいなということで、感動したのを覚えています。実際にそのみんなの撮った映像をまとめたものを観ると、例えばトイレに行くところとかもあったり、あと観客がわーって盛り上がってる中、あれっ、ベン・スティラーがいるって、ベン・スティラーを撮るカメラがあったり、本当にライブ感がすごいんですよ。でも、この時代って多分、その今のね、全員がスマホじゃない時代で、なんかそうやってカメラを渡して一つに作品化するというのは、すごくなんかアートっぽい考え方でもあるなと思ったし、それをね、そのヒップホップの人がやる。なんか、ヒップホップに対するネガティブなイメージもまだ強い中、そういうクリエイティブをやっていくってところもかっこよかったし、あと海賊版っぽいじゃん。それが面白いなぁと思って、海賊版を自ら撮れみたいなことをミュージシャンがいって、作品にするっていうところのバランス感覚も今っぽくていいなと思いました。で、あと合わせて観てほしいのが、ビースティのミュージックビデオで「3MC & 1DJ」いう有名な曲があって、これはまたちょっとね、違ったクリエイティブで撮っていて、長回しワンカットなんだけど。すごいこれはまたね、らしさ全開な。
渡辺:どういうやつだっけ?
有坂:あのね、Uber Eats みたいに家に訪ねていって、地下に降りて行ったら、3人がこの決めポーズで待っていて、そこからラップが始まってという。
渡辺:ああ、あれか!
有坂:もうかっこいいので、ぜひこの『撮られっぱなし天国』と「3MC & 1DJ」のMVは、あっ、でも観られないんだね、配信で。
渡辺:観られない。これはね、そうなんかさっきね、今だったらスマホって言ってましたけど、この当時はスマホないから、ライブを客席側からの視点で観るっていう映像がほぼないときだったんですよね。そのときに、もうお客さん目線で観られる映像っていうのが、それはすごい斬新だったんですよね。でも、なんかブレブレなので、めちゃくちゃ酔うっていう。
有坂:オフィシャルの映像も入るんですよ。それがメインなんですけど、もう結構な割合でお客さんの映像も入ってくるんで、
渡辺:あの画質の悪さとかさ、今観るとすごいよね。
有坂:あのね、画質の悪さがビースティっぽいんだよね。あれがかっこいいんだよねー。
渡辺:その中で、普通にベン・スティラーがお客さんとしてめちゃくちゃ踊っているっていう。
有坂:ベン・スティラー、あの人物も素晴らしかったね。
渡辺:株をあげましたよ。
有坂:株をあげたね。

 

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有坂:はい、ということで、5本ずつ紹介しました。いかがだったでしょうか? まあ、挙げたかったけど外したものもありましたが、また機会があったら紹介したいと思います。

有坂:はい、じゃあ最後にお知らせがあれば
渡辺:お知らせは、どうしようかな? またフィルマークスでリバイバル上映をやっているんですけど、12月に昔のアニメ、銀河鉄道999をやります。あの79年の映画だったので、45周年。45年前の映画なんだっていうやつなんですけど、それが4K版っていうのが出ているので、その4K版としてやります。『銀河鉄道999』っていうのは、銀河、宇宙を旅する鉄道があるんですけど、その鉄道の列車にこの目的を持った少年と、謎の美少女のメーテルが旅をするというお話です。主題歌がゴダイゴの『銀河鉄道999』のテーマ曲がめちゃくちゃ有名で、EXILEもカバーしていたという曲なんで、曲は多分聞いたことあると思うんですけど、全国80館ぐらいでやりますので、12月13日からなのでまだ先なんですけど、ぜひ年末観ていただければと思います。
有坂:何分なのこれ?
渡辺:2時間弱。
有坂:128分。
渡辺:2時間超えてた(笑)。
有坂:なかなか観られる機会ないね。
渡辺:そうなんです。

有坂:わかりました。じゃあ、僕はキノ・イグルーの年末イベント、クリスマスのイベントを紹介します。12月21日に自由が丘にあるIDÉE SHOPで、「Kino Igluと観るクリスマス映画」という企画をやります。これは、今年のIDÉEのクリスマスが、視覚・味覚・嗅覚・触覚・聴覚、全感覚で楽しむクリスマスという大きなテーマがあって、その中の視覚として目で楽しむクリスマスということで、クリスマス映画の上映会をやります。上映作品があの超名作、素晴らしき哉、人生!。1946年の映画を、これはIDÉE SHOP自体は、そんなに大きな空間じゃないので、25人ぐらいの限られた人数で、静かに感動。静かに感動できるなんて言葉じゃ言えないぐらい感動する映画で、特に今、世の中がこんな暗い感じになってきて、いろんなことに希望が持てなくなってくるほど、この『素晴らしき哉、人生!』の持つメッセージというのは多くの人に響くだろうなと思い、この映画を選びました。
ぜひ、このときはワイン飲みながら、あとはクリスマスソングをもちろん会場で流すんですけど、レコードで流します。とか、限られた人数で、本当に思い出に残るクリスマスの時間を過ごしてもらおうかな、と思いますので、ぜひ興味のある方は、ご予約いただければと思います。本当にクリスマスに観られてよかったっていう一本だよね。
渡辺:ね、代表的なクリスマス映画なので。
有坂:アメリカではクリスマス時期になると家族みんなで観るっていうのが定番だった、そんな作品となってますので、よろしくお願いします。

 

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有坂:はい、では11月も終わったということで、来月は12月。
渡辺:いよいよ年末。
有坂:勝手にアカデミー賞、毎年恒例のコーナーです。僕たちも追い込みで今ね、年末観逃しのないように最新作いっぱい観ていますので、その中からアカデミー賞、何を選ぶか、来月も楽しみにしていてください。
では、今月のニューシネマ・ワンダーランドは以上で終わりたいと思います。遅い時間までありがとうございました!!
渡辺:ありがとうございました!! おやすみなさい。

 

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選者:キノ・イグルー(Kino Iglu)
体験としての映画の楽しさを伝え続けている、有坂塁さんと渡辺順也さんによるユニット。東京を拠点に、もみじ市での「テントえいがかん」をはじめ全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映。その活動で、新しい“映画”と“人”との出会いを量産中。

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キノ・イグルーイベント(@kinoiglu2003
有坂 塁(@kinoiglu)/渡辺順也(@kinoiglu_junyawatanabe