星燈社(せいとうしゃ)・山本 星さんにお話をうかがいました

「星あかりは、月あかりより目立たないけれど、あったら嬉しい。そんなさりげなく日常を彩る存在でありたいと、いつも思っています」

そう話すのは、東京・小金井市の緑が身近な場所で、日本のいいものに手描きのあたたかみある図柄や和の伝統色を組み合わせて、今の暮らしに馴染む紙もの、布ものを制作する「星燈社」(せいとうしゃ)の山本 星さん。紙博でも人気を博す星燈社のアイテムは、何よりも可愛らしく、普段の暮らしにとり入れたくなるものばかりです。2009年に星燈社を立ち上げてからこれまでに数々の図案を描き、多数のアイテムを生み出してきた山本さんに、ものづくりの原点から、ずっと大切にしていること、これからのことについてまで、お話をうかがいました。





「可愛い!」と手に取りたくなる、“新しくて普通のもの”をつくりたい

北海道出身の山本さんが星燈社を立ち上げたのは、早稲田大学の法学部在学中の2009年。国際法について学んでいたこともあり、いろんな国の文化を肌で感じたいと中東やアジアを旅して巡りました。そのとき多くの国で実感したのは、欧米など海外の文化をとり入れるうちに、その国らしい文化がだんだん薄れていること。

「すごくもったいないなと思っていたとき、トルコで学生たちが伝統楽器を使って、今っぽい音楽を演奏していて、すごくかっこいいなと感動して。自分も日本の若い人たちに、『日本のものっていいな』と思ってもらえるような仕事がしたいと思ったんです」

そこで注目したのが、和雑貨や和の道具。例えば、星燈社で最初に手がけ、今も定番となっている「茶筒」は、ベースは長く使い続けられてきた一般的な茶筒ですが、そのまわりに手描きのあたたかな風合いの和柄を貼ることで、「こんなの見たことがない」「可愛い!」と多くの人が手にとって、日本茶にも興味を持ってくれました。




「長年のうちに使いやすく洗練されてきた茶筒の形は変えず、今の人に可愛いと思ってもらえるようなデザインを加えて、これまでにないものを生み出す。形を変えないことで、職人さんたちはスムーズに製作でき、お客さんに届くときの価格も抑えられる。そんな、“新しくて普通のもの”をつくりたいと思っています」

図案の原画をずっと手で描いているのも、作品ができる過程に理由があります。

「打ち合わせで工場を訪れると、手ぬぐいの染物工場では、その日の温度や湿度に合わせて染料の粘度を職人さんが手で調整している。紙ものでも、シルクスクリーンで人の手によって印刷されている。そうやって生まれる品物に、パソコンでデザインした図案は合わないんじゃないか。手で描くからこその滲みや揺らぎ、自然な間、バランスなどが品物と一つになって、あたたかみや親しみが湧いてくる気がするんです」



自分が感じたことを、我がままに描く




それでは、描く図案は、どのように生み出されるのか? 山本さんに素朴な疑問をぶつけると、話を聞いた2022年2月末に発売されたばかりの新刊『戸塚刺しゅう×星燈社 星あかりの刺繍手帖』(啓佑社)を見ながら、こんな話をしてくれました。



『夜風』






「例えば、『夜風』という図案には、本の中で次のような一文を添えました。『秋の訪れを最初に告げるのは 晩夏の夕べに吹く夜風』。よく考えたら、夏から秋への移り変わりを感じる瞬間って紅葉などの分かりやすい変化ではなくて、夜の風がちょっと爽やかに冷たくなったときだなと。だから、図案の中の花々も少し風に揺れているんです」



『ほのか』






「ほのか」という図案には、「ほのかに香る匂いを辿ると 赤黄色の金木犀」という言葉が添えられています。「金木犀の存在を感じるのは、花を目にしたときではなく、ほのかな香りがただよってきたとき。そこで図案名も『ほのか』にしました」。

こんなふうに山本さんが手がける図案には、その瞬間に吹く風やただよう香りなど、目に見えないものまで描き込まれています。

「じつは、大学のときに写真部で、写真を夢中で撮っていたこともあって、図案も自分の心が『あっ!』と動いた瞬間を切り取って、保存しているような感覚があるんです。季節ごとにシャッターを切って13年間描きためてきたものが、今の星燈社の図案です」

そんな「あっ!」と感じる瞬間が、歳とともに食べ物の好みが変わるように、だんだんと広がっていると山本さんは感じています。



「雪夜」




「星燈社を立ち上げた当初の『雪夜』という図案は、しんしんと降るぼたん雪を描いたもので、子どものころの北海道での体験がもとになっています。それが、同じような“丸”を基調にした『街灯』という柄は、自然豊かな田舎に出かけて都会に帰ってきたときの、街あかりを目にしてほっとした瞬間を切り取ったもの。ぼく自身の暮らす場所の変化や、そこで抱いた感情までも図案のもとになっているんです」



「花格子」







この「花格子」という図案は、東京での暮らしが長くなった山本さんが、都会のコンクリートの隙間にたくましく咲く花にひかれて描いたもの。「花絨毯」は、なかなか物事が思うようにいかないとき、地面に散った花びらがまるで絨毯のようで、前を向いて歩きながらも、たまには下を向いて立ち止まるのもいいんじゃないかと思って制作した作品だそうです。



作品は一人でつくるようで、一人でつくるものではない

2009年に星燈社を立ち上げたばかりのころは、先ほどの「雪夜」のように背景に色を敷いた図案が多かったそうですが、5年ほど経った2016年ごろからは水彩で描くタッチに変化し、さらに5年が過ぎた2021年からは、星燈社の図案を刺繍で表現するための刺し方を紹介した新刊『星あかりの刺繍手帖』を制作した経験がもととなり、刺繍のようなタッチの新たな図案が生まれました。




「振り返ると、13年間描き続けてきた中で、いろいろな巡り合わせがもとになって、自分の表現の世界がだんだんと広がってきています。ときには、スイスやイタリア、台湾などの海外で星燈社のアイテムを手にしてくれた方からの声が、作品のヒントになることもある。そう考えると、作品は自分一人でつくっているようで、一人でつくるものではないのかもしれませんね」




最後に、今後どんなものを手がけていきたいかと尋ねると、「大きな目標は特になくて、自分が納得のいくものをつくり続けていきたい。それだけです」と微笑む山本さん。そうやって目の前のことに真摯に向き合うなかで、これまでも自然と新しい道が開けてきました。

「手紙舎でアイテムを購入してくださるみなさんをはじめ、星燈社の製品が好きだと言ってくださるみなさんは、『このアイテムが日常にあったら素敵だろうな』『毎日が楽しいだろうな』と、モノではなく“気持ち”を買ってくれている気がするんです」

そんなふうに手に取ってくれた人の日常を、そっと彩る作品を届けたい。まさに、夜空に静かにきらめく星あかりのように。 (文・杉山正博)








山本 星(やまもと・せい)
星燈社代表。北海道函館市生まれ。早稲田大学法学部卒業。2009年「今に馴染む日本の暮らし」をテーマに株式会社星燈社を創業。自社で描いた図案をベースに、日本の工場と職人の手を借りて紙と布の日用品をつくり届ける。学研プラスより出版された星燈社の絵本『これなあに』は日米で発売。2022年『戸塚刺しゅう×星燈社 星あかりの刺繍手帖』(啓佑社)を上梓。

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