これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?
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第24回「眠れぬ夜をどうやってやり過ごす?」
月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。
これから梅雨が始まりますが、日中はすっかり初夏の陽気ですね。私はいち早く麦わら帽子やカゴバッグを取り出して頻用しています。少し前には、眠りにつこうとしていたところ、耳元でブーンというあの音が! もうそんな季節かと落胆しながらベッドから身を起こし、天然素材を使った蚊取り線香を棚の奥から引っ張り出して、1年ぶりに着火。蚊は苦手だけれど、昔ながらの蚊取り線香の香りに夏の到来を感じつつ、眠りにつきました。みなさんは、どんなことで夏の訪れを感じますか?
今回お便りをくださったナイトメアさんはいかがでしょうか?
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相談者:ナイトメアさん
甲斐さんはじめまして。眠れない夜のアドバイスをお願いしたいです!
疲れていても寝つきが悪い日があります。目を閉じて落ちる時を待つのですが、意識すればするほどダメ。 ここは「ええい!」と、眠れない夜を楽しむことにしたい。そんな時、甲斐さんならどんなことをして過ごしますか? 甲斐さんにも眠れない夜はありますか?
寝るべきか、起きるべきか。
どうしましょう……。
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吉本ばななさんのデビュー作『キッチン』は、「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う」という一文から始まります。私にとって世界中でいちばん好きな場所はベッドの中。幼少期からベッドの中に宝物全部持ち込んで遊んだり、ベッドの中でお茶会ができたらなんて想像しては楽しんでいました。
しかし、どんなにベッドが居心地よくても、どの時代にも、睡眠の悩みは尽きません。10代の頃は、家でも学校でもとにかく眠くて仕方がなくて。仕事を始めたばかりの20代は、低血圧で起床するのにひと苦労。30代のある時期は、寝たくても眠れない不眠との戦い。そうして今、40代では、まだまだ寝ていたいのに、なぜだか早朝に目が覚めてしまうのが悩みの種。
つまりはナイトメアさん、私もいくつもの眠れない夜を乗り越えてきました。「疲れていても寝つきが悪い日」「意識すればするほどダメ」。ある、ある、ある! です。
あるとき、敬愛するタモリさんが、テレビでこんなようなことを言っていました。「眠れないっていう人がいるけど、布団の中で目をつぶってりゃあいいんだよ」。そのとき私は30代前半で、まさに不眠に悩んでいた時期。タモリさんが言うように、まぶたを閉じてじっとしてみるのですが、すべきことや、できていないこと、いろいろな考えが頭の中で膨れあがって、リラックスとは程遠い状態。もう30分、いや1時間経っただろうか……と焦りが募り、夜明けを迎えることがよくありました。明るくなりかけた頃にやっとうとうと。それから数時間で目覚ましが鳴って、ぼやけた頭で仕事に向かう悪循環。次第に常に体調不良。どうにかこの状況から抜け出さなければとある行動に移しました。
その行動というのが、暮らしと仕事をよりよいリズムと環境でおこなうための引っ越し。適当だったベッドや寝具を整えて、不規則な食事の時間を正し、夜型の生活を朝型に切り替えました。フリーランスという仕事柄、それまで締め切り前は当たり前に徹夜をしていたのですが、せめて日付を超えて仕事をしないというのを徹底。週末もいつまでもだらっと寝ていないで、とりあえず一度は決まった時間に起床する。人それぞれだと思うのですが、私の場合は意外とあっさり、1~2週間で朝型の生活に順応することができました。ひと月も経たぬうち無事に不眠は解消。以前より断然、仕事の効率もよくなりました。
40代になってからは、お酒の量も、夜出歩くことも、ぐっと減ったことも関係しているのかもしれませんが、24時前後には、すっと眠りにつくようになりました。同世代の友人との話題でも、夜更かしできなくなったというのがとても多い。それも以前より気持ちに余裕ができて、のんびりできているからかもしれません。今は早朝に目覚めてしまう……というまた違った悩みがありますが、30代の頃より睡眠の質は明らかにいい。生活スタイルが穏やかに変化し、気持ちがおおらかになってくると、眠ることが楽になるのだと実感しました。
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それでももちろん、眠れない夜はあって、そういうときはとにもかくにも、ベッドの中で本を開きます。ベッドサイドにはいつも本の山があって、そこから読みたい本を選んでいます。長い前置きのあとに、いたって普通の答えで申し訳ない限りです。一時期は、ネットサーフィンしていたこともありますが、情報を深堀できる分、覚醒に導かれることが多くて。ベッドの中でおこなう読書は、いい意味で眠気に誘われることがほとんどで、いつのまにかうとうと。自分の中で、このジャンルの本を開くと眠たくなる(再び、いい意味で)というのが分かっているので、なかなか寝付けないときは本に寄りかかっています。そのため私のベッドサイドブックは読みかけばかり。その読みかけの本の山が、眠れぬ夜のお守りになってくれるのだから、(3度目の)いい意味での本末転倒。なかなか結末に辿り着けないけれど、大切な愛おしい本ばかりです。
ナイトメアさんさんも、「眠れない夜を楽しむための本」を買い集めてはいかがでしょうか。5~6冊くらい、ベッドサイドに積んでおくための本。これこそ人の不思議ですが、そうやって張り切って買った本ほど、開いてみたらいつの間にか眠くなって、なかなか前に進めない。眠るのも忘れて読めたら読めたで、もちろんよし。ナイトメアさんの「眠れない夜を楽しむための本」はどちらに作用するか、一度試してみてください。
ゴールデンウィークやお正月などの連休中、映画やドラマを観ながら夜更かしを楽しもうとはりきることもあるのですが。そういうときに限って、ストンと眠りに落ちてしまう。しかし、起きていたいのに寝てしまうその感じも、なんとも幸せですよね。
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甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、エッセイ集『たべるたのしみ』『くらすたのしみ』『田辺のたのしみ』(ミルブックス)など、著書多数。2022年11月に『乙女の東京案内』(左右社)、2023年4月に『地元パン手帖』(グラフィック社)を2倍以上の情報量でリニューアルした『日本全国 地元パン』(エクスナレッジ)を刊行。