半径100mで実現した、京都の染色技術を生かした筆記用インク

「スマホやタブレットが普及するなかで、手書きの機会がどんどん減っていくと文具業界ではネガティブに捉えがちですが、私は逆に、手書きの機会が減るほど、手書きの魅力は高まっていくと感じているんです。フィルムカメラやレコードを選んで愛用する人がいるように、万年筆やガラスペンとインクで、手書きを楽しむ人が、今後さらに増えていくのではないかとワクワクしています」

そう話すのは、京都市内を中心に16店舗を構える「文具店TAG」から生まれた文具・雑貨メーカー「TAG STATIONERY」(タグステーショナリー)で、商品の企画開発を担当する森内孝一さんです。

以前は、生活雑貨のオンラインショップを運営する会社で働き、オリジナル商品の開発なども担当していた森内さん。そのショップでLAMYの万年筆などを扱い始めたことから手書き道具の魅力にはまり、ついには文具店を運営する現在の会社に転職しました。

その文具店の社内で有志が集まり同好会が誕生し、オリジナル商品の開発に向けて動き出すことに。かねてより、オリジナルの手書き道具をつくりたいと考えていた森内さんは、同好会の中心メンバーの一人として積極的に活動し、第一弾として筆記用インクの開発を手がけました。




その際に、心強いパートナーとなってくれたのが、TAG STATIONERYの本店からほど近い「京都草木染研究所」です。本店のある京都・烏丸松原は、染織文化が色濃く残る地域。その烏丸松原で300年近い歴史を重ねてきた染色材料専門店のなかにあり、天然染料による染色の研究や染料の開発などを行なっているのが、京都草木染研究所です。



草木染めの色見本


「担当者は、とても好奇心旺盛な方で、初めての挑戦となる紙に着色する草木染めインクの開発に、前のめりになって携わってくれました」

こうして2015年11月に初めてのオリジナル商品として誕生したのが「京の音(きょうのおと)」という筆記用インクシリーズです。瑠璃色や萌黄色、山吹色など、平安時代の京都をルーツとする伝統の和色を、友禅の染色で使われる原料をベースに、現代の解釈で再現。滲みを生かした表情豊かな濃淡と、奥行きのある色彩が多くの人をひきつけています。



京の音 / 濡羽色



手書きの世界へ、気軽に一歩を踏み出せる万年筆を

“半径100mの距離”にある老舗染料業者の協力を得て「京の音」を生み出したTAG STATIONERYでは、その後も「手書きの楽しさを発信すること」に加えて、「京都に息づく伝統技術を、現代の手書き道具に生かすこと」を重要な柱の一つに掲げて、商品づくりを行なっています。

その中で誕生したのが、「紙に文字を染める」ことをコンセプトにした「文染(ふみそめ)」です。京都に伝わる染色の技を活用した植物由来のインクや、染料とにかわ、ふのりをもとにした色墨などを開発。さらに、手書きの楽しみを広めていくために筆記具も手がけたいと、万年筆の商品化にもチャレンジしました。



「文染」シリーズ


「万年筆というと、コレクター向けの美術品のような高価なものもありますが、私たちが提案したかったのは、もっと気軽に手書きが楽しめる一本です。そこで、真鍮のボディに鹿革や牛革を巻いて、色合い、手触りともにやわらかく仕上げました。使うほどに味わいを増して、経年変化も楽しめます。価格もなんとか1万円台に抑えられました」

「やわらかな万年筆」と名付けられたこのアイテムは、今年に入ってリニューアル。革は、獣害駆除された鹿から取った「ジビエレザー」を使用。染色も環境負荷の少ない植物由来の染料で染められています。



文染 / やわらかな万年筆


デジタルでは置き換えられない“ゆらぎ”が、手書きの醍醐味

インクや万年筆に続けて、ガラスペンやつけペン、インク壺、ノート、紙ものなど、手書きまわりのオリジナルアイテムを数多く手がけてきた森内さんに、あらためて手書きの魅力を尋ねると、次のように話してくれました。

「万年筆に自分の手でインクを入れて、紙の上でペン先を走らせると、その接点からインクが滲み出て文字になる。このアナログな体験は、デジタル機器がいくら進歩しても、きっと置き換えられないと思うんです。無数にある筆記具やインク、紙の組み合わせによる書き味の違いや、筆圧によるインクの滲み、濃淡など、数値では表せない “ゆらぎ”が、手書きならではの醍醐味だと感じています」

森内さん自身も、手帳やメモ帳と万年筆を常に持ち歩き、ふと思いついたことをメモしたり、ときにはガラスペンを使ってイラストを描いたりして楽しんでいます。




「自分で選んだお気に入りの道具を使って、文字を書く瞬間はもちろん、ただ手元に置いてあるだけでも、なんだか気分がいい! そんな愛着のある道具を見つける楽しさも、手書きの魅力の一つだと思います」




手書きを楽しむ文化を広げていきたい

インクや筆記具に加えて、近年、開発に力を入れているのが紙製品です。「インクが滲まない」「サラサラ書ける」「裏抜けしない」など、紙自体に求められる機能はたくさんありますが、森内さんはそうした機能よりも、“書いてみたいと思わせるひと工夫”が重要だと感じています。

「書きやすさを追求するのは、そろそろいいのかなと思っていて。それよりも少し書きにくいけど、インクの滲み方がきれいとか、カリカリとした引っかかりのある書き味が気持ちいいなど、そんなアナログならではの感覚が、書いてみたいと思わせるきっかけになるのではと考えているんです」




また、書いてみたくなるひと工夫を盛り込んだアイテムとして、好評だった「エンベロープ型便箋」をリニューアル。三つ折りにすると封筒の形になるものを、よりサイズを小さくメモパッドタイプに一新。インクで描いた6種類の美しいパターンも加えました。



MINI ENVELOPE PAD


「私たちは、インクや万年筆などのさまざまなアイテムをつくり出していますが、それらを単に販売したいわけではありません。もちろん、多くの方に手に取ってもらえたらうれしいのですが、ただ販売するだけでなく、TAG STATIONERYのアイテムを通じて“手書きを楽しむ文化”を広げていきたいんです」




そのための取り組みの一つが、2022年9月9日(金)から11日(日)に京都文化博物館で開催される「京都手書道具市」。全国の文具店や文具メーカーなど約30店が集結し、万年筆や鉛筆などの筆記具から、ノートや便箋、紙製品まで、手書きを楽しむための道具がずらりと並びます。

「文房具でも、紙ものでもなく、“手書き道具”というカテゴリーを前面に打ち出すことで、一つのジャンルとして確立していきたい」

筆記具とインク、紙というシンプルな道具が出会い、その瞬間にしか生まれない美しい線や色、大切にしたい言葉が紡ぎ出される。そんな手書きの奥深い世界へ、まずはTAG STATIONERYの手書き道具から、一歩を踏み出してみませんか?(文・杉山正博)










TAG STATIONERY(タグ・ステーショナリー)
京都に創業した文具店から生まれた文具・雑貨メーカー。「京の音」、「文染」、「HUE 6 COLORS」、「Taste of writing」、「TAG STATIONERY」と5つのブランドを運営している他、文具のセレクト販売や、文具イベントの開催も行っている。

Web Site:https://store.tagstationery.jp
Instagram:@tag_stationery_store
Twitter:@StationeryTag
Facebook:@tagstationerykyoto