あなたの人生をきっと豊かにする手紙社リスト。今月の本部門のテーマは、「今年の干支『辰』にちなんで、架空の生き物ならぬ架空の設定を楽しむ本」。その“読むべき10冊”を選ぶのは、ブックコンシェルジュや書店の店長として読書愛を注ぎつつ、私小説も人気を博している花田菜々子さん。「雰囲気こそ大事なのでは?」という花田さんが雰囲気で(いい意味で!)選ぶ、ジャンルに縛られない10冊をお届けします。
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1.『うみべのストーブ 大白小蟹短編集』
著・文・イラスト/大白小蟹,発行/リイド社
「このマンガがすごい!2024」でも1位となり今、急激に注目を集めているこちらの作品。表題作はしゃべるストーブが主人公(?)となり、恋人との別れに落ち込む男性をなぐさめるためにいっしょに海を見に行く、というなんとも奇想天外な素敵さ。設定の面白さだけでなく、じんわりとやさしい気持ちになれるお話ばかりです。
2.『木になった亜沙』文春文庫
著・文/今村夏子,発行/文藝春秋
「この手から誰かに食べさせたい」という願いを持つ亜沙は、転生して杉の木になり、そしてわりばしになった−−。3編の小説はどれもホラーのような不穏ささえ感じる奇妙な物語だけれど、どれもが叶わぬ愛の物語なのだと思うとずっしりと心に響きます。一度好きになったらやみつきになってしまう今村さんの世界観が魅力。
3.『悪魔の辞典』YUEISHA DICTIONARY
著/中村 徹,絵/Yunosuke,発行/遊泳舎
「愛」「正義」なんていう定義の難しい言葉から、「かき氷」「ビニール傘」「ウェディングドレス」……なんてものまで、さまざまな単語を辞書風の表現で、シニカルに捉え直してブラックジョーク的に解説するユーモア本。装丁やデザインもかわいいので、性格の悪い友人にプレゼントしたらきっとよろこんでもらえそう。
4.『あたしの一生 猫のダルシーの物語』小学館文庫
著・文/ディー・レディー,訳/江國香織,発行/小学館
語り手が猫、というのはそこまで珍しくはないのですが(代表的なところでは『吾輩は猫である』も)、物語内で猫が人間の言葉を話す設定となると、つい「おもしろかわいい」方向になりがちです。でもこの本で人間との愛を語る猫のダルシーの言葉はとても美しくて、あまりに伝わって泣けてきます。猫を飼っている人なら必読の1冊。
5.『水歌通信』
著・文/くどうれいん、東 直子,発行/左右社
ともに短歌でもエッセイでも活躍しているくどうれいんさんと東直子さんのふたりによる、交換日記のように作られたひとつの物語。なのですが、くどうさんが紡ぐ現実っぽい世界線に対して東さんが呼応する魂っぽい世界線(?)が共鳴し合うのが何とも説明し難い不思議な設定で、街を浮遊しているような不思議な感覚を味わえます。
6.『商店街のあゆみ』
著・文/panpanya,発行/白泉社
ちょっと怖いけど変で楽しい異世界を描き続け、多くの人に愛され続けているpanpanyaさんの最新刊。表題作「商店街のあゆみ」は、実は少しずつ生き物のように移動する商店街と、それに巻き込まれて(勝手に自分の家に商店街が近づいてきたので)お店を始めた少女の物語。ありえないのに妙に淡々としている人たちの生活がよいです。
7.『ポエトリー・ドッグス』
著・文/斉藤 倫,発行/講談社
主人公が犬で、かつ、バーのマスターをしており、お酒といっしょにお客さんに「詩」をお出しする、という変な設定なのに、それをまったく感じさせないくらい設定がしっくりくる1冊。やさしい口調で語られる詩の魅力は心にすっと入ってきて、「詩を読んでみたいけど特に海外の詩や昔の詩は難しそう」と思っている人にもおすすめです。
8.『残像に口紅を』中公文庫
著・文/筒井康隆,発行/中央公論社
こちらはかなり昔の作品ですが、「アメトーーク」、そしてTikTokでの紹介により何度も再ブームが起こり、10万部以上も増刷されたそう。日本語の五十音の音がひとつずつ世界から消えていき、そのたびにその音を含む名を持つ存在が消えていく、という設定で描かれた実験的な作品。当時の時代の雰囲気を感じながら手に取ってみるのもよいかも。
9.『赤ちゃん本部長』
著・文/竹内佐千子,発行/講談社
漫画がヒットし、TVアニメにもなったこちらの作品。47歳の本部長が朝起きるとなぜか赤ちゃんに……けれど思考や言語力、そして記憶もそのままなので、赤ちゃんの状態で部長として仕事を続けることに。まさに「もしこうなったら」の設定が生きている、楽しくてめちゃくちゃ笑えるコメディですが、じんわりとジェンダーの問題やマイノリティーが生きづらい社会を想起させてもくれる作品です。
10.『空想地図帳 架空のまちが描く世界のリアル』
著・文/今和泉隆行,発行/学芸出版社
最後に、ここまでご紹介した「架空の設定」とはちょっと意味が違うのですがどうしてもご紹介したい1冊。子どもの頃に架空の街の地図なんて描いたことがある人もいるかもしれませんが、もしそれを大人になっても、しかもすごく精密なやつを、やってる人がいたらどうしますか……? いや、どうしますかっていうかこれがその本なんですが。このマニアックさ。そして大きな愛(地図への)にしびれます。
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選者:花田菜々子
流浪の書店員。あちこちの書店を渡り歩き、2018年から2022年2月まで「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で店長をつとめる。2022年9月1日に自身の書店「蟹ブックス」を東京・高円寺にオープン。著書に『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』など。