これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?



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第22回「自分の制作物や表現を発表し育てる場に出会うには?」

 

月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。

みなさんは春らしいこと、すでになにかされたでしょうか? 私は春休みに、日本屈指の温泉地・別府を旅してきました。温泉は英語で「hot spring」と表します。そう思うと、温泉に入ることもなんだか春らしいような気がしてきます。3月末は雨が続いていましたが、天気予報に、くもりのまま数時間持ちそうな朝があるのを見逃さず、雨の合間を縫ってお花見もしました。コンビニのカフェオレ、新しくできたピザ屋のピザ、好きなパン屋のパン。目覚めてすぐ「今なら行ける、今から行こう」と急遽決めたので、特別なものは用意できなかったけれど、桜とともに春休みを迎えたばかりの子どもたちが駆け回るのを眺めながら、小一時間ほどですがお花見を楽しみました。帰り道にはまた雨が降り出したのでぎりぎりセーフ。これから始まる4月には、なんでもない朝に公園で朝食を食べたりしようと思います。





本格的な春の始まりに、なnaさんからの相談について考えてみました。



相談者:なnaさん

こんにちは、はじめまして。

甲斐さんのまわりにも、アートの世界と通じる方々が、いらっしゃると思い、ご相談お送りさせていただきました。

私は数年前から、絵を描くようになりました。絵自体がうまいかというと、びみょうですが好きです。あまり私は、得意なことがないので、絵で表現して、人とのつながりを広くしたり、交流していけるとよいなと思います。作品自体を見えるところに出していきたいと思うのですが、どうしたら良いでしょうか?

カフェで個展をしたり、展覧会に出したりは、ちょとしてます。私の絵が、雑誌や本の表紙やパッケージなど身近な物になったり、海外で見てもらうとか……。絵でつながる世界を広げたいなと思うのです。どうしたら、私らしさの絵を磨いて、展示やグッズに広げ、人とな交流が広がるかな……。絵のアドバイスやプロデュースしてくれるところはありますか。私のアート、絵を育てていくには、どうしたらよいですか?

よろしくお願いいたします。



うまいかどうかというよりも、自分が好きだと思えることに邁進するのは、生きがいにもつながるステキなこと。なnaさんの文面からは、自分自身が楽しんで、展示をしたり、交流をしたり、グッズを作ったり、世界を広げるきっかけになったらいいと望まれているのが伝わってきました。仕事にしたいということでしたら、また回答が変わってきますが(雑誌や本の表紙やパッケージなど身近な物になるというのは、仕事としての話しになってくるのですが……)、絵を通してもっともっと世界を広げていくためにはどうしたらいいだろうと、改めて考えてみました。


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冒頭で書いた別府旅では、長年に渡り親戚のような付き合いをしている別府在住のイラストレーター・網中いづるさんの、絵画教室の生徒さん・Aさんも、同時期に別府を訪れていました。網中さんが東京で開催している絵の教室に通う方たちは、生徒さん同士で仲良くなって、網中さんを含めてみんなで旅をしたり、食事に出かけたりしているそうです。会社勤めをしているAさんは、週末に網中さんの絵画教室に通い、有給休暇を利用して別府を訪れ、網中さん家族に別府を案内してもらっていました。網中さんはじめ大分在住のみなさんとの食事会にはAさんも参加して、陶芸家、ショップオーナー、竹細工作家、建築家、さまざまな職業の方たちと触れ合い、Aさんにとってかけがえのない春休みを過ごされたのではと思います。


そんな様子を間近に見て、網中さんは、絵から広がる無限の世界を、生徒さんたちに伝えているのだなあとしみじみしました。私も芸術大学の文芸学科に通っていたとき、ゼミの先生に、文章の技術だけではない、さまざまなことを教えてもらったことを思い出しました。大阪の学校だったので、通天閣周辺の新世界周辺を歩き、ここはどんな店だとか、この階段はこの映画のあのシーンに登場したとか。ときに訪問販売の追い払い方や、映画館に通うことの楽しさ……。文章の技術よりもそれ以外のことの方が、あのときの私自身の学びだったなあと今は思います。そうして今は文章の技術以外のことも、ものを書く上でしっかり役に立っています。


学生時代に安西水丸さんの授業を受けていたとうイラストレーターの友人からは、「水丸先生がこんなことを言っていた」という、人間関係や雑学についての話をよく耳にします。彼女もまた水丸先生に、絵を描くこと以上の、人生を教えてもらっていたのでしょう。




絵や文や音楽や料理やもの作り全般、基礎となる技術や知識やセンスはとても大切です。けれども、基礎を蓄えた先はその人次第。自分自身に卓越した才能があれば、誰かが導いてくれたりプロデュースもしてくれて、自分はただ絵を描くことだけに没頭していればいいのかもしれません。しかし、たいていの人はそうはいきません。自分自身で世界を広げようと行動しない限り、決して目の前は開けない。私は網中さんと、お互いに独立したばかりの20数年前に出会っていますが、その間お互いに、仕事、展覧会、商品と、絵や文に関するさまざまなことを伝え合い、相談し合ってきました。それだけではなく、個人的な悩みを打ち明けたり、ともに旅をしたり、おいしいものを食べたり、同士のように歩んできました。

ちょっと回りくどくなってしまいましたが、もの作りをおこなう上では、志を同じくする、いい師、いい友を持つことが、大きな支えになるはずです。なnaさん自身で好きな先生を見つけて、教室に通ったり、イベントに足を運んだり、先生の作品やインタビューなどにたくさん触れてほしいです。直接会えない人でも、師として仰ぎ、その人から学ぶことはできます。絵の教室やイベントで、支え合える友達に出会えるかもしれません。私も、自分から誰かを、なにかを、強く尊敬したり好きになったり信頼を寄せることで、さらにいろいろな人と出会い、世界が広がり、道が開けました。




網中さんはじめ私には、絵を描く友人がたくさんいるのですが、みんな他者の絵を観ることも大好き。時間さえあれば美術館やギャラリーに足を運び、作品集を眺めています。好奇心も旺盛で、本も映画も音楽も、旅もおいしいものも、美しいもの、かわいいもの、おしゃれすること、あらゆることに一生懸命。より多くのことを体験をして、感性を育てることに貪欲です。絵だけに限らず、見る、知る、感じることに夢中になることが、自分の絵を育てることにもつながるはずです。

また、私自身の経験から考えを言えば、「あなたをプロデュースしたい」という誘いは警戒すべきと思ってきたタイプで、アドバイス全てを聞く必要はないと感じています。できればなnaさんにも、本当に自分が信頼できる人と出会い語らい、自分で道を切り開く苦悩と楽しさを経験してほしいです。その方が、ずっと豊かで安全です。

たくさん絵を描き、たくさん絵を観る。よき師とよき友に出会えるように辺りを見回す。さまざまな経験を通して感性を育てる。これだけ書いて、結局シンプルな回答に辿り着きましたが、こんなふうにできれば、きっと大きな生きがいを感じられると思います。


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甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)が刊行。