KIYATA・若野 忍さん、由佳さんにお話をうかがいました

「だって、天井を見上げたらムササビがいるって楽しいじゃないですか」

KIYATAが初期の頃から作り続けているムササビランプについて、由佳さんはそう笑います。大きく体を広げたムササビのおなかに、ぽうっと灯がともるペンダントランプ。ぬくもりある佇まいの一方で、ムササビの瞳は、どこか野生動物のような光を宿しています。

照明だけではありません。チクタクと針を刻む時計に、コートをかけるフックに、何気なく見た手鏡に。愛らしさと動物のまっすぐな眼差しが同居するKIYATAの作品は、日常にひと匙のファンタジーをもたらす存在です。

個展やイベントで「KIYATA国物語」と名付けられる唯一無二の世界観は、どんなふうに生まれているのでしょう?




夢のようで夢じゃない 空想のモノに質量を

埼玉県・飯能市の山の中で、10歳になる息子さんと、アトリエに務めるスタッフたちとにぎやかな日々を送る若野(もしの)忍さん・由佳さん夫妻。自然に囲まれたアトリエには、シカやイタチ、モグラに鳥たちと、ひっきりなしに「森の来客」が訪れます。

「10年ほど前、ここに移り住む前は武蔵村山の工房で制作していました。当時から作っているものは変わりませんね。でも『頭の中の森』だけで作っていたのが、こっちに来てからは現実の森になったかな(笑)」

忍さんはそう話します。子どものころから空想家で、絵が好きで、時間さえあれば落書きばかりしていたそう。異国の神話や民話に想像をふくらませたり、図鑑で見つけた生きものを描いては頭の中で動かしてみたり……。妄想と創作を行き来するのは、少年時代から得意でした。

本物の森のそばでものづくりするようになっても、「KIYATA」の原点は、そんな忍少年の空想です。

「森に入っていくと、動物たちが色んなことを教えてくれたり、もてなしてくれる。作品はいつもそんな物語から生まれています。自分自身が探検しているようなイメージで、森の奥深くに進んでいく。そこでは、動物の時計もランプもそのまま登場するんですよ」(忍さん)

なんと、想像した物語からインスピレーションを得て作品に落とし込むのではなく、物語の中で「KIYATA」の作品はそのままの姿で登場するというのです。ファンタジーの中に存在したものが、手ざわりと重みをともなって、現実の世界に現れる。それはまるで、映画『となりのトトロ』でサツキとメイが叫ぶ、あの名台詞のような感動ではないでしょうか。

「夢だけど、夢じゃなかった」






アートとインテリア 物語と現実の境を、曖昧に

ファンタジーの世界に手を差し入れて、取り出してきたかのようなKIYATAの作品。「物語出身」のそれらは時に(いや、しょっちゅう?)、不便の多い代物です。時間が読みづらい時計、さほど明るくない照明、ほとんど何も入らない引き出し……。けれど二人にとって、実用性が物語の発動条件以上に大切になることはありませんでした。

「KIYATAとして活動を始める以前は現代アートをやっていましたし、家具デザインを学んだこともありました。でも、アートはギャラリーで鑑賞されるもので、家具は部屋で使うもの。そうやって分けるのではなく、アートを現実の空間に持ち込みたかった」(忍さん)

「ふと見上げたらムササビがいる」、そんな部屋で過ごすことの癒しや愛おしさ、今にも動き出しそうな予感。自分たちの手を離れた作品が新しい場所で物語を奏ではじめるのを、忍さんと由佳さんはまるで秘密の扉でも仕掛けたかのように、楽しみにしています。

「こういう姿をしていると、『物語がある』ってわかるじゃないですか。そのきっかけを渡して、どんな物語かは持ち主になってくださった方が自分で紡ぐ。そうやって可愛がられて初めて、(その子たちが)生きてくると思うんです」(由佳さん)






物語の続きを、みんなで

制作の合間に鳥の巣を気にかけたり、家族やスタッフと大鍋のまかないを囲んだり、アトリエでの日々はまるで「KIYATA国物語」の一部のようです。「もみじ市」に出店とあれば、スタッフ総出でキャラバンのようにワイワイ出向き、一点ものの作品の購入権は「じゃんけん大会」で大盛り上がり。個展を開けば、購入した作品を家族の一員のように話してくれる人や、差し入れを持ってきてくださる人、さまざまなお客さまとの交流が生まれます。

「いつか、オープンアトリエをやってみたいんです。ここで作品やものづくりを見てもらって、みんなでテーブルを囲んでランチを食べたりして」

そう話す由佳さん。そこにはきっと、キツネのハンドルのかごを下げた人や、野うさぎのブローチを付けた人がいるでしょう。クマの時計のあいまいな時間を見てあわてて出かけた人や、留守番のムササビランプに「いってきます」と声をかけた人もいるかもしれません。

おとぎ話のような、本当の話。「KIYATA」の物語の世界はいつも、手ざわりとぬくもりを持って実在しているのです。(文・大橋知沙)









KIYATA(キヤタ)
埼玉県飯能市の山の中にアトリエを構える、若野忍さん・由佳さん夫婦による木工ユニット。2008年より活動開始し、国内外での個展やイベントを中心に作品を発表。「KIYATA」はスリランカの言葉・シンハラ語で「ノコギリ」の意味。スリランカに縁のあった二人が、直感と響きで決めたそう。
Web Site:https://www.kiyata.net/
Instagram:@kiyataforest