ネクタイ・のりおさんとあさみさんにお話をうかがいました
ワンピースをひるがえし、大きなりんごを運ぶ女の子。
くまと森を散歩したり、草むらに寝そべったり。
シロツメクサにぺんぺん草……花屋に並ぶことのない野の花たち。
どれも、北海道を拠点に活動するイラストレーターユニット「ネクタイ」の描くものです。1枚のポストカード、ひと切れのマスキングテープでも、その小さな面積に広がるのはおおらかなファンタジーと少しのユーモア。どんなふうに「ネクタイ」の世界が生まれ、描かれるのか、相澤範和(のりお)さん・亜沙美(あさみ)さん夫妻にお話をうかがいました。
「『ネクタイ』というユニット名も、直感なんです。どんな名前にするか、思いついた単語をぽんぽんっと投げながら、ピンとくるか来ないか話してて……。ある日シャツ屋さんの前を通りかかったとき、『ネクタイは?』と言ったら(のりおさんが)『いいね』って」
そう話すあさみさん。「ネクタイ」のはじまりは、2人で営む雑貨店のオリジナルアイテムとして、自分たちでイラストやデザインを手がけた雑貨を制作したことから。「音の響きや文字の印象が好きで、深い意味を持たない言葉が良かった」と名付けた「ネクタイ」の世界は、ちょっと不思議なユニット名と物語のある作風で、着実にファンを増やしていきました。
柔らかな描線とくすみのある色彩のイラスト、そしてレイアウトなどのデザインを手がけるのはあさみさん。今ではアトリエショップとなった店の運営のほか、のりおさんの仕事はというと「おしゃべりとか、大道具さんとか、薪割り(*二人は薪ストーブのある家に暮らしています)とか?」。そう彼は笑うのですが、「ネクタイ」の創作活動において、なくてはならない役割がありました。
何気ない会話から立ち上がる物語が創作の原動力
一筆箋に描かれた、荷台に山ほどパンをのせたトラック。ひとつ落っことしたことにも気づかず、運転しているのは女の子です。別の1枚では真っ赤なりんごを、また別の1枚では黒猫を。さらには大きな石に行くてを阻まれ、2人の女の子は、荷台で三角座りして困り果ててしまいました。
1枚ずつのイラストの愛らしさはもちろん、描かれていない場面にも想像がふくらむ、物語性に富んだ作品。ストーリーはきまって、のりおさんの言うところの「おしゃべり」からはじまります。
「『こういうのがかわいい』っていう要素があって、それは言葉だったり、裏の森の動物や植物だったり、ドライブ中に見た風景だったり。そういうものを組み合わせて短いストーリーを作るうちに、方向性が見えてくるような気がします」(のりおさん)
例えば、レトロカーの好きな2人の「トラックってかわいいよね」という話題から、「何を載せる?」「何が起こる?」「この先に何がある?」と、会話が進むにつれ物語は色を帯びはじめます。
時に言語化が難しい、感覚的な部分でも、対話を積み重ねることで少しずつ形ある表現に。「ネクタイ」が描くファンタジーとユーモアのきらめく世界は、ディレクターでありストーリーテラーでもあるのりおさん、それを描き形にするあさみさん、そして2人のキャッチボールから生まれる化学反応が源なのです。
どこかで現実とつながる。身近にあるファンタジー
「ネクタイ」のイラストに登場する人物は女の子ばかり。けれど時々、トラックや紳士帽、革靴なども描かれています。あしながおじさんのように、直接姿を見せることはないけれど、物語の鍵になる存在。もしかしてこれは、愛らしいファンタジーの世界にちらりと見え隠れする、男性像なのかもしれません。そういえば「ネクタイ」も、おもに男性が身につけるものです。そう話すと、のりおさんはほぼ毎日帽子をかぶっていると教えてくれました。どうやら、物語はどこかに、現実とつながるドアがあるみたいです。
絵や物語をのせる乗り物として、「紙もの雑貨であることでよかったことはありますか?」と聞くと、こんな答えが返ってきました。
「最近は、雑貨の切り抜きを手帳にコラージュして楽しんでくださる方が多くて、そのタグ付けが励みになっています。お手紙をいただくこともあって、今も文通を続けている方も。ある時、お店に置き手紙があったんです。それもその便箋の絵にちなんだ場所に置いてあったりして。それこそ物語の中のできごとみたいですけど」(あさみさん)
その手紙の差し出し人・通称「くまおさん」は、今では大切な文通相手。「ネクタイ」の作品にたびたび登場するくまは、このエピソードから着想を得たものだそう。
こんな話を聞くと、ファンタジーは必ずしも、私たちの生活と別の次元で起こっていることではないのだと気付かされます。夢見る心と想像力をもって日常を暮らせば、いつだってファンタジーは動き出す。「ネクタイ」の紡ぐ物語は、私たちのすぐそばにあります。(文・大橋知沙)
ネクタイ
相澤範和さん・亜沙美さん夫妻によるイラストレーターユニット。札幌市街地から車で1時間ほどの町で創作活動を行いつつ、アトリエショップでは紙もの雑貨の販売のほか、さまざまな作り手による企画展も開催する。レトロカー好きで現在の愛車はホーミーちゃん。
https://necktie-illustration.stores.jp/
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アトリエショップinstagram:@necktie.atelier_shop