これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?



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第17回「愛犬との別れをどう乗り越えたら良い?」

 

月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。

もうすっかり初冬の寒さですね。私は長年、目覚めてすぐにお湯を沸かし、お茶やコーヒーを淹れるのを朝のルーティーンにしています。ケトルを火にかけてから、シュンシュンと音をたてて湯気がたちあがるまでに、ぼやけた視界が少しずつくっきり浮かび上がる、そのわずかな時間を愛おしく感じています。寒くなり始めたこの時期は特に、静かな朝に台所にたちこめる湯気とその音に包まれるのが心地よく、コーヒーのおいしさもひとしおです。みなさんにも毎朝の習慣にしていることはあるでしょうか。


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“初冬の気配”といって思い出すのが、猫とともに暮らしていたときのこと。春は窓辺のひだまり、夏はひんやりとした床の上で眠るのが好きな愛猫が、朝晩ふとんにもぐりこんでくると、「また寒い時期がやってきた」という季節の合図。それから秋から冬にかけては湯たんぽのように、私の体にぴたりと寄り添い眠ってくれるのがこの上ない幸せでした。

愛猫は4年前に天国へと旅立ちましたが、ともに過ごした19年はかけがえのない大切な時間です。


11月の相談はHAPPY弥生さんから。

 


【今月のお悩み相談】

相談者:HAPPY弥生さん

我が家には、この11月で15歳になるオスのミニチュアダックスがいます。すべての世話を主人が一手に引き受けてくれているのに、私のことが1番大好きなようです(笑)。

ここ数年夜泣きが始まり、私たちが2階の寝室に上がると寂しくて泣き出すようになりました。仕方なく私が一階で眠るようになると落ち着き今では私の腕まくらで毎晩すやすや眠っています。もう可愛いくて愛おしくて仕方ありません。

15歳にもなると日に日に老いを感じるようになりました。人間でいうと何歳になるのでしょうか。

いつかくるその日のために、心の準備や覚悟はしなくてはいけないと思ってはいるのですが、いなくなった時を想像すると怖くて辛くて耐えられません。初めてペットを飼う私は、まだお別れを経験したことがありません。

甲斐さんは、ペットとお別れしたことがありますか? 残された日を愛犬とどう過ごすか、旅立った後、心の整理をどうつけたらいいのか乗り越え方などアドバイス頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします。


HAPPY弥生さんの、ミニチュアダックスくんへの溢れる愛が、じーんと伝わってきます。私は猫との生活を始めて猫好きになってから、犬も好きになりました。よく、猫派、犬派などと振り分けられることがありますが、動物も人と同じように、「みんなちがって、みんないい(金子みすゞさんの詩)」ですよね。

この世の真理として、人も動物も、実質的な寿命に永遠はありません。私たち自身が寿命を迎えるとき、これまで出会った全ての人にお別れをすることになりますし、今生きているということは、無数のお別れを経験することでもあるでしょう。



「動物との暮らしは、命の重さを感じること。一緒に生きる責任を持つこと」。これは小学校低学年の私が、父から説かれた言葉です。当時、可愛がっていたハムスターが亡くなり泣いていたときのこと。なぐさめてもらえるかと思っていたら、重い言葉で諭されて、当時は2倍のショックを受けました。

父の言葉がずっと胸にあったので、大学時代に仔猫を譲り受けることになったとき、少なからず迷いはありました。それでも、命の重さや責任を受け止める覚悟や自覚ができたので、猫との暮らしを始めました。

大阪、京都、東京と、猫とともに移り住み、最後の2年ほどは静岡の実家の両親がずっと彼女に寄り添ってくれました。愛猫は19年間よく生きてくれて、私だけでなく私の家族や友人にも、幸せをふりまいてくれました。


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猫が天国に旅立った日の夜、不思議な夢をみたんです。私は暗く深い海の底に横たわっていました。「ああ、自分はこのまま死ぬんだな」ぼんやりとした意識の中、自分がまもなく息絶えることを悟ります。けれども少しも怖さはなく、むしろとても穏やかで安らかな気持ちです。そのうち、遥か遠くの水面がきらきらと明るく光り、家族や友人が、水面の向こうから自分の姿を覗き込んでいるのが分かりました。私は、声にならない声を自分の大切な人たちに届けようと、深く強く思います。「みんなに見守られて、私は幸せ。死ぬことは怖いのかと思っていたけれど、怖くないんだね。ありがとう」。そうして涙を流しながら、まだ夜明け前の暗い時間に目が覚めました。

それが愛猫からのメッセージだと考えるのは、人間のエゴかもしれません。けれども私は、エゴでもいい、これは彼女からの贈りものだと、その夢を受け止めることにしました。あれから4年経ちましたが、日々のあらゆる場面で彼女の存在を感じています。そのたびに、一緒にいられてよかったと、心が穏やかに鎮まります。





人も動物も、大切な存在が目の前からいなくなったとき、もう触れることができない現実に、どうしたって辛く悲しく寂しくなるででしょう。それでも一緒に過ごした、優しくて温かくて楽しくて幸せな思い出がたくさんあれば、必ず乗り越えられるはず。私たちの大切な存在は、私たちを悲しませるために私たちのもとにやってきたわけではないのですから。ミニチュアダックスくんはこれまでも今もこれからも、HAPPY弥生さん家族を優しく包み込んでくれるでしょう。だから大丈夫。安心して、今、楽しい時間を過ごしてください。たっぷり愛情を注ぎ、彼の思いを受け取ってください。

愛しくて仕方がない存在と楽しく大切なときを一緒に過ごすことも、不意に不安になることも。いつか愛おしい存在が遠いところへ旅立ち、その存在を感じながら生きていくことも。ミニチュアダックスくんにとっても、HAPPY弥生さんにとっても、その全てが生きる意味となるはずです。


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甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)が刊行。