これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?



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第18回「長年勤めた会社からの転職をどう考える?」

 

月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。とうとう冬の到来ですね。

私は近々、豊橋を走る市電を利用した「おでんしゃ」という“おでんを味わえる電車”に乗る予定があり、それを楽しみにしています。いつか乗ってみたいと思い続けた夢がとうとうこの冬、叶います。


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それではさっそく、今年最後の「悩みは“すき”の種」を。今回は、らじかるさんからの相談です。


【今月のお悩み相談】

相談者:らじかるさん

高卒で現在の会社に入社して30年以上。定年まで働こうかと思っていましたが、会社の置かれてる状況や立場的にこれ以上の給料アップが望めないこと、現在の職場の上司の言動に振り回されて疲弊してしまい、はじめての転職活動をしています。

しかし年齢も年齢なこと、経歴を考えるとこれといったキャリアもなく、書類選考におちてばかりで面接に漕ぎ着けることができません。かといってフリーランスでできるようなスキルもなく……。メンタルを長年患っていて主治医の先生からは「責任を伴うような仕事は控えるように」と言われておりますが、同業他社での転職となるとたいていが店長やマネジャー候補。

このまま現在の会社に残るのがよいのか、思い切って給料アップがみこめてイキイキ働ける職場を探すか悩んでいます。給料も安いので生活はかつかつです。ちなみに副業禁止です。人生100年時代と言われていますが今後の道筋が見えません……。


これまでも何度か「悩みは“すき”の種」でお話ししていますが、私には就職経験がなく、20代からフリーランスとして仕事を続けてきました。そのため、私が就職・転職といった相談にお答えすることは、どうしても検討外れな内容だったり、空論になってしまうような気がしています。


らじかるさんのご年齢は、40代後半ほどでしょうか。「思いさえあれば、きっと大丈夫!」などという軽はずみな発言はできず、就職・転職経験のない私でも、40代後半で、納得いく形で給料がアップし、理解ある上司・同僚・条件の元で問題なく働ける職場にすぐに出合うことは、容易ではないと想像がつきます。らじかるさんは主治医の先生から、「責任を伴うような仕事は控えるように」と言われているとのこと。心身をいたわりながら、転職活動をしたり、環境の変化を考え続けるることも、気苦労が多いことでしょう。

 



あらためて、らじかるさん自身の性格や環境をよく存じ上げない状態で、給料アップが見込める職場への転職を安易に後押しすることは、差し控えたいと思います。らじかるさんと同じような年齢や立場で転職経験がある方に出会ったり、相談する場が他にあればいいのですが……。

現状を変えようと考え、努力することは、人が生きる上で無駄なことではないですし、らじかるさんご自身で何度でも迷い、考え、挑戦し、答えを見つけていただきたいです。なにもしなければなにも変わらない。それだけは確かです。ですから、選考に落ちることがあっても書類を送ること、こうして誰かに相談したり問いかけること、もちろん自分自身で考えることを臆せず続けていただきたいです。

そうする中で、自分を理解してくれる人、(給料アップという意味ではなくても)理想の職場、よりよい環境に出合えるかもしれません。そうでなかったとしても、人生100年時代を生き抜く、らじかるさんの力になるはずです。私も、フリーランス生活20年の中で、何度も現状を変えられるようにと、悩み、もがき、努めてきました。それでも、いやそれだからこそ、5年・10年という単位で振り返ったとき、前よりは今がいいと思えています。


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転職や給料・キャリアアップへの相談の答えを出すことができず申し訳ない限りですが、ひとつ別のご提案を。らじかるさんの相談の趣旨とはズレてしまいますが、転職活動とともに、生きがい探し活動をしてみてはいかがでしょうか。生活はかつかつとおっしゃられていましたが、お金をかけずにできることはたくさんあります。趣味、推し活、ボランティア、学習、資格取得……。

仕事とは別に、夢中で打ち込めることが見つかると、そこに転職や人生100年時代の今後の道筋の答えがあるかもしれません。


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以前、手紙社代表の北島さんと対談した際、「手紙社を始めた当初はいろいろなことがカツカツで大変なことも多かったけれど、好きなスタッフと好きなことをしている実感の中では、貧しくても楽しいし、掃除をするのも楽しい」というようなことをおっしゃっていたのが忘れられません。

私は20代後半でもの書きの仕事を始めた当初、“自分が好きなことを紹介する本を作りたい”という目標がありました。貧しい中でたくさんの失敗や苦労をしましたが、それでも本を作るためにより多くの経験を積むことを生きがいとして感じていたので、貧しさも苦労も結果的にどこかで楽しんでいました。何年かあと、今よりよくなっていられるようにと歯を食いしばっていましたが、精神面では常に、「若い頃より今が楽」という実感があるので、それだけでも御の字です。





ときどき、「自分探し」という言葉を揶揄する状況に遭遇しますが、私は、自分探しや生きがい探しを臆することなくできる人を尊敬します。同じように、自分の価値観の中でその人らしく生きている人、生きがいを持って生きている人を、愛おしく思います。

生きがい探しは、時間はかかるかもしれませんが、年齢関係なくお金をかけずにできることです。私の両親は地元で俳句の会を主催していますが、さまざまな年代や職業の方が参加していて、みなさん熱心にされていました。先月には「京都モダン建築祭」を巡ってきたのですが、ボランティアの方たちのおかげで成り立っていることが感じられて、ありがたかったです。ボランティアのみなさん、一人一人、イベントを成功させようと一生懸命で、いい顔をされていました。

生きがい探しのために、いろいろなイベントに参加してみたり、「自分はどんなとき、よりイキイキとしているだろう」と、過去の自分の経験を振り返ってみるのもひとつです。生きがいを実感できると、仕事に対する考え方が変化する可能性もありますし、気持ちが少し楽になるかもしれません。


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らじかるさんは、就職活動で書類を出したり、こうして相談してくださったり、すでに行動に移されている、行動力がおありですので、生きがい探しも楽しめるのではないでしょうか。

私もこうしてらじかるさんに語りかけながら、自分自身もまだまだ生きがい探しを続けていきたいと、むくむくやる気が出てきました!


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甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)が刊行。